何故……?
どうして……?
どうして自分は無傷でいる?
どうして守ろうとした主が倒れている?
「早く救護を呼べ!殿を後ろに下がらせるぞ!!」
「綾葉様、お気を確かに!」
周囲の反響音で頭がガンガンする。
ようやく動かせた手、だけど主に触れる事はできなかった。
三成様が、苦悶に満ちた表情で傷口を押さえ。こちらを見る事もなく。
放り出された鮮やかな鉄扇が、所在なさげに土に転がっていた。
「まだ敵がいるかもしれん!残った者は森を探せ!」
どうして、三成様が私を庇ったんだ。
その役目は私のはずだ、私が三成様をお守りしなくてはいけないのに。
どうして……
「っ…お、れは………なん、とも……な…っ」
「殿!無理しないで下さいよ!!」
主の声は、いまにも消えてしまいそうなほど切れ切れで、掠れていて。
痛みに顔を歪ませながら振り返り、視線が交差した。
「っ!!」
恐かった。
今度こそ見捨てられる、そんな気がして震え上がった。
だけど、主は、三成様は……彷徨わせた視線の先の、私の安否を気遣っていた。
必死な目がそれを物語っている、見間違える訳がない。
血で濡れた手を伸ばして、確かに私の名を呼んだんだ。
「、……綾葉……っ」
―――どうして私は、また守られているの………?
「……左近殿………三成様を、お願い、します……」
揺らぐ視界、覚束ない両足で地を蹴る。
「落ち着け綾葉殿!……っ、綾葉!!」
「お待ち下さい、綾葉様!!」
誰の制止の声も聞こえない。
聞こえるのは戦の音。
三成様を傷つけた、敵の音……ただそれだけ。
「さない……許さない………許さない!!!」
24・血の雨、欠けた月に染まりて
―――傍にいられないなら、死なせてくれと思った。
「いやです!私も戦います!」
地響きのように地の底から迫り上がってくる、戦の音。
もうすぐそこまで来ている、この幸せを壊した者達が。
「駄目だ、綾葉は逃げるんだ」
「嫌です!!最後までお供します!!」
どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも、あの人はそれ以上許してはくれなかった。
変わらぬ微笑のままで、初めてお目にかかったあの強い瞳のままで。
「そんなっ……私は長政様をお守りするためにいるんです!」
「ありがとう……だが私は、そなたには生きて欲しいのだ」
残酷な事を。私は、貴方がいなければ死も同然なのに。
生き延びた所で、そこに貴方がいなければ意味がない。
「ならば長政様も一緒に逃げましょう!どうして長政様だけ残る必要があるんです!?」
「………義の為だ」
連れて行ってくれと静かに告げると、控えていた臣下達が私と主を引き裂こうとする。
声を殺して泣く男の人の手を振り解き、碧い鎧に必死で頭を擦り付けた。
「お願いします!私も戦わせてください!それが無理なら私も一緒に残らせてください!!
お願いですから……!お願いです長政様ぁ!!私を……お傍においてください…っ!!」
縋り付く子供の私を、貴方はいつだってあやしてくれた。
最初から最後まで……私は貴方の心の支えにはなれやしなかった。
「……可愛いね、藤姫……そんな綾葉を、某は愛していたよ」
「……っっ!!!」
狡い人だ、どうしてこんな時になって、そんな事を言ってくれるのか。
貴方が優しく囁くその声に、頭を撫でてくれるその手に黙るしかできないんだと、貴方は知っていたのでしょう?
その一言で死んでもいいと思っている事も、きっと知っているくせに。
「主として最後の命を遣わす……生きるんだ、そして幸せになれ」
戦う事も守る事もできず、彼の愛する人さえも救う事ができなかった。
「綾葉……」
彼の色素の薄い髪が太陽に透かされ、輝くような眼差しで…………最後には光の中に消えた。
「嫌ああああああぁぁ!!!長政さまあああああぁぁぁ……っっ!!!!!!」
あの人のいない、この世は生き地獄だと、確かにそう思っていたんだ―――
「許さない……三成様を狙う者は、誰であろうと斬る!!」
教えて下さい、長政様……私はどうすればいいんですか?
最後の主、私のたった一人の主。
三成様が死んでしまったら、私はどうすればいい?
何の為に生きているの?
何のために、ここまで戦ってきたの?
守るべき人が守れずに、そのくせ守られて。
あの時と何も変わっていない。
何もできていない、私はまた何の役にも立てない。ただ独り絶望の中に立たされるだけ。
嫌だ……もう嫌だ………こんな自分は嫌です、長政様…っ!!
「ひ、怯むな!相手は女一人だ!」
「で、ですが……っ」
「ここからは誰一人通さない……三成様は、私が守る!!!」
最前線に立ちはだかる、槍を携えた女武将。
体中から発せられている殺気と、鬼と見紛う程の瞳に、男達は対峙を躊躇った。
一歩でも進めば一瞬で殺られる、それを本能で感じていた。
味方ですら、近づけないほど。
―――「綾葉……貴女は、幸せにね……」
「い、いやですお市様ぁ!!私を……独りにしないで下さい!!」
「何を言うの……私がいなくても、あなたは……生きてきたでしょう?」
「可愛い藤姫……私とあの人の姫……」
どれだけ手を伸ばしても、届かなかった……母のような姫。
「…………離れていても……貴女を愛していたわ、綾葉……」―――
「やあぁっ!!」
返り血が雨のように降り注ぎ、目に入った赤いものが涙を覆い視界を塞ぐ。
赤い、世界が血の色に染まる。
……私はずっと、太陽のような眩しくて温かい光が欲しかった。
ねぇ長政様……あの方は、三成様は……っ
確かに言葉が足りなくて、敵も多くて、軍の事がまず第一だけど……それでも、優しい人だった。
長政様のように溢れる光をくれる方じゃないけど、
あの方は……穏やかに、静かに、確かに小さな灯火を与えてくれた。
この騒がしい戦の世の中で、あの方の傍がとても心地がよくて。
ずっと……お傍にいたいと……!
……ザシュッ!
「あぅっっ!!」
深紅の血が、ドクドクと体内から溢れてく。
痛い……光が欲しい。
十年探してやっと見つけた……穏やかな場所。
知らない間に………あの静かな部屋が、かけがえのない場所になっていた。
「……はぁっっ……斬る……全、て……斬る…っ!」
こんな所で死にたくない。
まだあの部屋を守りきれていない……あの方を、守りきれていない。
ねぇ、長政様……
――「綾葉」――
長政様……っ!
――「某は愛していたよ」――
いつの間にか……こんなにも、三成様の事が……
「はああぁっ!!!」
ごめんなさい、長政様……
ここで倒れれば、すぐにでも貴方に会える……
……でもまだ、死ねないと……気付いてしまった。
「なんと、あの時の娘か」
「!!!」
目の前にそびえ立っていたのは、誰もが震え上がるであろう本多忠勝だった。
自分を倒すために来たのだろう、その馬上の姿に内心適わないと感じた。
相手は無傷、対して此方は傷だらけ……勝てる訳がない。
背中を伝う冷汗で自分が恐怖を感じている事に気付いたが、反面どこか嗤っている自分がいた。
「はぁっ……、お久しぶりです、忠勝殿…っ」
「このような場で再び会う事になろうとはな」
「ええ……、皮肉ですね」
一度だけ、一緒に月を眺めながら酒を酌み交わした。
あの時は互いの主君の為に尽力しようと笑い、
いつか、もしかしたら敵になったとしても戦うしかないんだと漠然と感じていた。
まさかこんな所で現実となるとは思いも寄らなかった。
「だが戦場で相まみえた以上、拙者はそなたを斬らねばならぬ」
「わかっています……っ、私も躊躇いはしません…」
残念だと心底思った。
戦の世でなければ、敵でなければ、再び共に酒を交わす事ができたかもしれないのに。
それでも綾葉は迷わず武器を構えた。
感傷よりも、悲観よりも、大事なものがあるから。
「……そのような姿になってもまだ戦いを望むか。まともに戦えるとは思えないが」
今の綾葉は血塗れだった。
無数に殺してきた他人のものと、自分のものと。
戦の装束は所々が破れ、生身の部分からはいくつもの切り傷が線を描く。
息を切らし、ほぼ気力で立っているような状態。
ただ血色の涙を流す瞳だけが、獣のように獰猛で、修羅のように荒んでいて恐怖すら感じた。
しかし彼女は戦に狂った訳でもなく、生に執着した目で忠勝を見上げていた。
……女の鬼がいればまさにこのような姿形をしているのだろうかと見紛うほど禍々しく、そして綺麗だった。
「戦わなければ守れない……後ろに守りたい人がいる、
だからこの身から血が全て流れ尽くしても、肉が全て剥がれ落ちても……私は戦う!!」
死にたくない、勝てそうもない。
だけど逃げる訳にはいかなかった、引き下がる訳にはいかなかった。
だって背後には傷を負った主がいるから、私の為に血を流した三成様がいるから。
ならば最後まで抵抗するのみ、最後の最後まで贖ってみせる。
「……ならば、今は生き延びよ」
「っ……?」
だけど忠勝が武器を振るう事はなかった。
見逃してくれるという事だろうか。
「今はその命散らす時ではない」
「――綾葉様!!」
遠くから馬蹄の音と、聞き慣れた奏の声が聞こえた。
奏は綾葉の前に回り込むと綾葉を庇いながら、剣を構えて忠勝を睨み付けた。
「連れて行くがいい、じきに戦が終わるだろう」
「え……?」
状況が理解できない奏を余所に忠勝は馬の方向を変え、
少しずつ殺気が消えていく綾葉を見据えて微かに笑った。
「万全の時にまた遭おうぞ、綾葉殿」
「……ありがとう、ございます…忠勝…殿…っ」
忠勝が兵達と共に引き上げていくのを見つめ、
戦いが終わったのと同時に、綾葉は静かに意識を手放した。
さっきまでの戦いが嘘のように、世界が静かだった。
あれからどうなったのかよく覚えていないけど、こうやって寝かせられているという事は、私は助かったのだろうか。
体が痛い。でもそれ以上に胸が痛い。
どうしてかわからない、ただ無性に涙が止まらない。
「……綾葉!」
ああ、遠くで私の主の声がする。
長政様とは違って、低くて、冷静で、言葉の一つ一つが胸に響いてくるような、とても落ち着く声。
よかった、生きていてくれたんだ。
血で張り付いた目を剥がすようにうっすら開くと、朝日のような光が差し込む。
痛い、だけどこれは嫌なものじゃない。
眩しい太陽……まるで、長政様のような光だ……
あのまま死ねば、もう一度この目で見ることができたかもしれない。
ずっと、探し続けていた死に場所で、義の世の為に生き、そして最後には長政様の元へ。
……でも、できなかった。
まだ死にたくないと気付いてしまった。
「やっと…………会えると思ったのに……」
……ごめんなさい、
「長政、様……」
貴方と同じぐらい、大切な人ができてしまいました。
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長政様ぁああぁぁあ!!!!
やっと登場、長政様。やっと名前が出せて嬉しいです。本望です。
ひとまず小牧長久手の戦いは終了です。
史実と無双を合わせるのは大変です。