11・ねねの縁結び戦






「打ち込みやめ!」

稽古場に響いていた金属の音が綾葉の号令によりやむ。
いくつかの小隊をまとめる立場にまでなった綾葉は、この頃はよく兵達の槍の指導をする側にまわっていた。

「踏み込みがやはりまだ甘いですね、間合いを考えないと混戦になった時苦労しますよ?」

そう言うと綾葉は自ら練習用の槍を持ち、部下と直接対峙した。
それをぐったりした様子で見守るのは既に綾葉に直接指導してもらった小隊員達。

彼女はまだ若かったがその槍の腕は相当なものだった。
槍においては彼女と互角に戦える人間は少なく、その腕から槍術指導を任される程。

「……はあっ……なんで綾葉殿はあんなに強いんだ?」
「なんでも幼少の頃からずっと槍を持っていたらしいぞ」
「それは……綾葉殿の槍の師が相当腕の立つ方だったんだろうな……」
「そうだな……でも、格好いいよなぁ綾葉殿……」
「ああ、女人ながらに尊敬できる方だ」

その整った容姿と、冷静に戦を判断し与えられた任務を確実にこなす姿に憧れている者は多かった。
女でありながら武器を持ち、そして主の命には忠実……ある意味完璧な人間だった。
そんな彼女を慕っている男達も、稽古などでは何度も会話をかわしていても、
今一歩お近づきになれないでいる事が小さな悩みの種だった。

「……では、本日はこれまでとします」

終了の号令がかかり、ようやく辛い稽古から解放される。
皆思い思いに散っていくと思いきや、今日は彼女と比較的仲の良い人が声をかけた。

綾葉殿、今日はこれから予定があるのですか?」
「いえ、特に大きな予定はありませんが……」

皆が思わず遠巻きに見てしまう綾葉、彼女はあまり笑わなかった。
比べるのは悪いと思うが、どちらかというと常に冷静で、
笑った顔もおねね様のような元気快活な抱擁力を持つものではなかった。

「ならば少し、城下にでも―――」



綾葉はいるか?」


突然聞こえた声は綾葉が主と決めたその人。
三成が綾葉を呼ぶやいなや、綾葉は話の途中であった男を差し置いて三成の元に駆け寄った。

柔らかい、穏やかな笑顔で。

「はい、ここおります。お呼びしていただければすぐに参りましたのに」
「ついでだ。少し使いを頼みたいがよいか?」
「はい、是非とも。着替えてすぐに参ります」
「ああ」

三成はそれだけ言うとさっさといなくなってしまい、綾葉も早々に着替えに走ってしまった。

「…………」
「…………」
「…………」

それを茫然と見遣っていた綾葉を狙う男達は、もう諦めの言葉もでない。

「我らが槍術指南の綾葉殿は、三成様しか興味がないからなぁ」

長年綾葉の隊で副隊長として一緒に戦っている人物はそうカラカラと笑った。
「だからお前ら、隊長を狙おうとしても無理だぞ」と無言の圧力をかけて。

そう、彼女の三成に対する絶対の忠誠心は何が起ころうとも全く揺るがなかった。
そして気になることが、ただの主従関係であるはずなのに綾葉の物腰が柔らかくなるのはどういう事か。

「問題は隊長がどう思ってるかだよなぁ。ただ主に心から忠誠を尽くしてるだけなのか……」
「あ、それ俺も気になります!三成様と一緒にいると、もの凄く楽しそうな顔をするんです」




「そうね、確かに気になるのよねぇ」



「「「「!お、おねね様!!」」」」

突然何の音もさせず物陰から現れたのは総大将の正室であるねね。
一兵卒が動揺するのは無理もない。

綾葉の三成を見つめるあの目……ただの主って訳じゃなさそうね」

遠巻きに見ているしかできない男達をよそに、ねねは怪しく目を光らせていた。

綾葉と三成がくっついてくれたら本当にめでたい事この上ないものね♪」

でも奥手の三成が早々に綾葉に手を出すとは思えないし、第一綾葉の事どう思ってるかもわからないけど。
あの生きにくい子を慕ってくれる綾葉は本当に稀有な存在で、 彼女であれば三成は幸せになれると思う。
綾葉が三成を男として慕ってくれているのなら、是非ともそこは成就させてあげたいものだ。

「よし、善は急げね!」

そうして、ねねは再び物陰の奥に消えた。











三成に頼まれた用事を終えた綾葉が何の躊躇いもせず私室の障子を開けると、
何故かねねが中にいて「おかえり、綾葉♪」なんて出迎えた。

状況を理解しようと慌てている綾葉を余所に、真剣な顔のねねに対面して座るように命じられ。
これは一体どんな重要な話をされるのだろうと、綾葉は思わず緊張していた。

綾葉は……三成の事どう思ってる?」
「………………はい?」

脱力しかかる質問に対して、やはりねねは真剣な表情。
どちらかというと、怪しい目をしている気がするが。

「どうなの?」
「どう……ですか?仕えるべき主だと思ってますけど…………」

ねねの顔を見る限り、どうやらそういう事ではないらしいと綾葉は理解したが、
だけどそれ以外に答えようがなかった。

「他の人に仕えようとは思わない?例えば……うちの人とか」
「申し訳ありませんが、私が仕えようと心に決めたのは三成様ただ1人です」
「一生?」
「………一生はわかりません」
「どうして?」
「私は、三成様が作る義の世の礎となればそれでいいので、
必要とあらばいつでも三成様の盾になって死ぬ覚悟でいますので、一生お傍にいる事は叶わないと思います」

自信満々と言ってのけた綾葉を見て、ねねの表情に僅かな影が生じた。

その忠誠心は評価に値するが……何というか、危うい存在だと感じた。
まるで三成の傍にいる事よりも、死ぬ事の方が大事だと言っているかのようで。
思い違いなら、いいのだけれど。

「……三成のどこに、そこまで仕えようという気になったの?」
「そうですね……以前は、私が欲しかった平和な義の世を築く事ができる人だと確信したので仕えようと思いました。
でも今は、三成様の全てが尊く……私の命に代えてもお守りしたいと思っています。」
「え……?」
「おねね様が仰っていた『生きにくい人』という意味が、今なら少しわかるんです」


それは、慕っているという事ではないのか。


「……そう、わかったわ……でも綾葉、貴女は女子なのよ?」
「………?」
「誰とも一緒にならないで、戦で生きていく気なの?」
「………はい」
「本当に?」

女子の幸せは、やはり愛する殿方と可愛い子供達と生きる事だと、ねねは思う。
自分がそうであるように、戦いながら伴侶の傍にいる事だってできるのに。

質問攻めにされて答えに窮して黙ってしまった綾葉の言葉を引き出すように辛抱強く待つと、
ポツリポツリと口を開き始めた。

「……私には、誰かと夫婦になって子供を産んで、真っ当な生活をするという未来が全く想像できませんから。
結婚なんかいらないんです……ただ、三成様に仕えて死ねれば……それでいいんです」
「………もしこの先、良い相手がいたとしても?」

綾葉は笑うだけで何も答えなかった。
それでも結婚しないと、三成に仕えていればいいと、顔が語っていた。

「それなら……もし、三成と夫婦になれと言ったら?」

なんて意地悪な質問をしてしまったのだろうと、ねねは少し後悔した。
だけど綾葉は顔色一つ変えずに満足そうに笑った。


「ご命令とあらば」


……彼女には、恋愛感情が欠落していた。






―――あの人より、素敵な男なんてこの世にいるのだろうか。いえ、きっと……いない―――






もう日も傾き始めた頃、ねねは自室に戻る前に三成の様子を見ようと思い立ち、
茶菓子を持って三成の部屋に入った。

「何故おねね様が……」

相変わらず、素直に物が言えない子。

「あら、私が持ってきたのでは不満?」
「い、いえそういう訳では……」

どこか不機嫌そうな顔。
それはいつものような照れ隠しではなく、何かを言いたそうな表情だった。

「………綾葉に持って来てもらった方がよかった?」
「な、何故そこであれの名前が出るんです!私は別に……!」

冗談めかして言ってみると、予想外にも不器用な子は過剰な反応を見せた。


あれ?もしかして……三成の方が脈あり?




まだこれは諦めたものじゃないと、ねねは密かに拳を握った。











Back Top Next



おねね様、ぜひとも頑張ってください(笑)
ヒロイン、三成を主として敬愛してはいるけど恋愛とかそういうものではない。
10年前に置いてきてしまったのは、恋心。

戦国時代の軍組織名が微妙です。
どちらかというと米軍の知識があるのでどうしても欧米化しそう(笑)
まぁ、受け流してください。

次回からようやく過去が見えてくるかも。