高松城にて信長の訃報を受けた秀吉は激怒した。
しかし高松城の城主・清水宗治が自刀するのを見届けるまで秀吉は動かなかった。
清水氏へと訃報を告げる使者を捕縛し、信長が死んだと悟られないように事を進めた。
その後、信長の仇をとるべく近畿に大急ぎで戻った。
「信長様が倒れられた今、秀吉様には天下を取っていただく」
「……はい」
参謀の黒田官兵衛もこれ幸いとばかりに秀吉に天下を取らせようと進言し、三成もまた淡々と告げた。
それについては異存はない、秀吉様なら太平の世を築く事ができるだろう。
だけど、何かが引っかかる。
「……三成様」
「なんだ」
「……信長様は、本当に亡くなられたのですか?」
「嘘を言ってどうなる。どうした、お前らしくない」
「……すみません」
織田信長が……死んだ。
自分にとっては信長こそが仇だったのに、こんないとも簡単に死んでしまうなんて。
義の為だと言っていたあの人の命は、いったい何だったのだろうか。
「余計な感傷に浸ってどうする。そんなものは捨てろ」
「……はい」
信長が死んで、周りは皆落ち込んだり仇を討つと躍起になっている者もいる。
だけど私は、謀反を起こした明智光秀におそらく感謝している。
10・裏切りと親愛
山崎にて、まるで逃げも隠れもしないというように明智軍は待ちかまえていた。
三成様が前戦に立つという事で、私はその援護を任された。
今まで前戦に出る事は少なかったから、出陣前におねね様が「ガンバッてね!」と仰ってくれたのに、
三成様は「それって具体的にはどういう意味ですか?」なんて相変わらずな事を言っていた。
「付いて来い、綾葉」
「はい!」
気合いを込めて返事をした綾葉を振り返って、ふと三成は呟いた。
「……お前がそこにいるなら、おねね様に押しかけられずに済みそうだ」
「はい?」
「………いや、忘れろ」
結局何だったのか意味の分からないまま、三成様を追いかけた。
戦況は秀吉軍が優勢だった。
その上さらに秀吉様に味方する者達が援軍としてやってきたために、勝利は確実に見えていた。
筒井家家臣の島左近という男もその1人だった。
戦局を見極め、絶妙な契機を見計らって援軍を送ってきたその男に、
秀吉様も感嘆の言葉を述べていた(三成様は『使える駒』と言っていたけど、たぶんそれは褒め言葉だ)。
左近という男はまさしく戦に生きる武人だった。
今までの過去を思わせる顔の傷、私では支えきれないであろう大剣。
一吼えすれば一瞬で百もの敵を薙ぎ倒しそうな腕だった。
ただ、食えない性格だとは思ったけど。
「左近といったな……この援軍、貴様の差し金か」
「だとしたら何だい?代わりに城でもくれるんですかい?」
「……報いよう、いずれな」
三成様はそれだけ言うと再び馬を走らせた。
その後ろ姿を見送りながら、左近は鋭い目で何かを見極めていた。
「石田三成か……口は悪いが噂以上の切れ者と見た」
……口は悪い、は余計です。
思わず大剣を肩に担いだ男をジトリと睨み付けたが、
左近はそれに気を悪くさせたようには見えず今度は興味を此方に向けた。
「そこのお姫さんは何故あのような男に付き従っているんだ?もしかして男女の関係か?」
「違います。私の事など理解していただかなくて結構です」
値踏みされるような目を視界から消した。
「そうか。ま、俺は仕えようとは思わないがな」
「ご自由に。………ですが、三成様は一度言った事は必ず成し遂げる方。
報いると仰ったのなら、それは本当の事なのでしょう」
場の雰囲気や冗談で物を言う人ではない方が、『報いる』と言った。
それが具体的にどんな事までかはわからなかったが、必ずこの男に何かをするのだろう。
……この局面だけで三成様の寵を買えるなんて、少し羨ましいと思った。
「そうかい。またお姫さんに会えるのなら、それも楽しみの一つとして取っておこう」
「……私の事は結構です」
味方にすれば心強い相手も、食えない関係ならもうこの先あまり会いたくはない。
だけど再び会うことになるだろうと、綾葉は漠然と感じた。
天王山、勝竜寺を占拠した秀吉軍の残す所は明智光秀の首のみとなった。
それに対して、ほぼ負け戦であるのに光秀は一歩も引こうとはしなかった。
「譲れません、誰の為でもなく、あのお方の為」
それどころか、完全に秀吉様と戦う気でいる。
明智光秀……信長を裏切った人。私の仇だった男を討ち取った人。
何故だか、あの強い目が印象的な男だった。
「光秀、悪いが信長様の仇討たせてもらうぞ!」
「信長様の仇、か……その業も天下も、私は背負わねばならないのです!」
まるで……やむにやまれぬ事情があって信長を裏切ったような口振り。
そして、今でも信長を慕っているような……そんな表情だった。
剣と剣がかち合う金属の音がそこら中に反響する。
今まさに、互いに知らぬ仲ではなかった人同士が命をかけて戦っている。
その壮絶な戦いに、綾葉や一般兵達は遠くから戦況を眺めているしかできなかった。
いや、この場に自分がいては駄目だと感じさせる何かがあった。
……どうして貴方は戦っているのですか?
どうして、元々は仲間だった人と戦うのですか?
どうして、慕っていた信長を殺したの?
………どうして、信長を慕っていたの?
色々聞きたい事があったけど、そんな事ができる訳なかった。
目の前で明智光秀は討たれた。
ただの一つの言い訳もせず、業を背負うとだけ言った人物が。
「引き受けてやるさ、お前の想いも、信長様の業もみんなわしが引き受けて、つないでやるさ」
それを皮切りにして、一斉に兵達の勝利の雄叫びがあがった。
備中で信長の訃報を聞いた臣下達は悲しみや怒りに暮れていて。
気持ち冷めやらぬまま普通では考えられない早さで山崎へと流れ込み、そして信長の仇を討ち取った。
興奮や喜びが湧き上がってくるのも仕方のない事なんだろう。
だけど綾葉はその輪の中から離れ、他人のようにその騒ぎを眺めていた。
「…………」
難儀な世だと思った。
討ち、討たれ、対立し、和解し……家を捨てたり、家を裏切ったり……裏切られたり。
主だと決めた人に仕え、裏切って主を討ち取り、そして臣下に討ち取られ。
本当はこんな世こそがおかしいのに、皆その感覚が薄れている。
人を殺すことも、人を裏切ることも、同士であった者を斬ることも……当たり前だと。
光秀殿は、おそらく自分の中で相当の葛藤に襲われ、そして主を滅した。
だけどあの強い目は、最初から最後まで敬愛する信長の臣下としての意思を貫き通していた。
慕っていたからこそ、主を殺した?
その理由は……おそらく光秀殿にしかわからない。
わかるのは……光秀殿はこの時代の中で不変の心を持っていたという事だけ。
今この時、大いなる敵として首を取られた男は……本当に、間違った事をしたのだろうか……時々わからなくなる。
こんな世で生き抜くには、志を強く持たなければ時代の波に呑まれて死んでしまう。
変わりやすい戦の世、私の心だけでも変わる事のないように……強く持とう。
「綾葉、何をしている」
「……はい、すぐ参ります」
三成様に呼ばれ駆け出そうとした足は自然に止まり、そして後ろを振り返った。
既に首だけとなってしまった男が命を燃やして戦った場所を。
私の本当の仇であった男を、慕っていながらも討ち取った明智光秀という戦人を。
「……ありがとうございました…………そして、私も貴方の意志を継ぎます……」
私は……理不尽な事が起きない、誰もが平穏に暮らせる世を作るための礎となりたい。
そうしてようやく見つけた、それが成し遂げられるかもしれない静かな目の主。
もう、『義を貫く人だから』仕えている訳ではない。
それ以上に……不器用な優しさを持つ、人と馴れ合う事が苦手な孤高の人だから。
私だけでも心からお傍にいようと思った。
性格故にあの方は私を裏切らない。私は何が起こっても裏切りはしない。
世の誰もが三成様の敵に回っても、私だけはあの方の味方をする。
――「そこのお姫さんは何故あのような男に付き従っているんだ?」――
あの方の不器用さなど、他人に理解されては困る。
最後の主と決めた、三成様……あの方の為だけにこの槍を振ろう。
そうして三成様に身の危険が迫ったのなら、喜んでこの身を差しだそう。
三成様に死ねと命じられたなら、笑いながら私は腹を切るだろう。
この理不尽な世の中、この意思だけはもう絶対に変わらないだろう。
………私は三成様の為に生きて、そして死のう。
――不思議な目をした、最後まで意思を貫き通した戦人が眠る墓標に、誓った。
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山崎の戦い、終了。
ヒロイン、明智光秀に不思議な親近感を湧かせてます。
ちょっとこの辺りは難しいかもしれないです。
左近とは会っただけ、家来になるのはまだまだ先の事。
微妙にヒロインとは反りが合わない気がする。あ、でもうち解けたらもの凄く仲良くなりそう(笑)
三成話で話が盛り上がりそうだと予想。
シリアス続きですけど、
三成様がちょっとヒロインの事を気にかけ出してるの気がつきました?(笑)
次回はたぶん明るい城生活。