定めよ 白銀の天秤
その想いの揺らすままに
届け 苦渋の心
そのたぎる熱の限り
――今日は再び来ぬものを――
「鳳綺」
「・・・・ぅっ!」
突然背後から呼ばれて、鳳綺は丸めていた背中をピンッと正した。
「あ、はは、尚隆・・・・・・」
鳳綺にも仕事を終わらせているとはいえ、
さすがに連日外に行くのは良くないと思う心はあった。
だけど今日は良い天気、体が出かけたいと訴えてくるのだ。
気まずそうに上目遣いをすると、尚隆は怒った顔も笑った顔のどちらでもなかった。
まるで、事務的な話し方のような気がした。
「・・・・・出かけるなら一度ここの様子を見ておけ」
「・・・・・・調査?」
一枚の資料を渡され鳳綺は首を傾げながら目を通した。
それは関弓のある靖州よりも虚海側の土地について記されていた。
「ああ、実際に降りて市井を見て回るのも遂人の役目だ」
鳳綺はふと奇妙な違和感を感じた。
尚隆・・・・・何か変だ・・・・
何でわざわざ遂人の仕事を再確認させるような言い方なの?
でもそれは尋ねる事ができなかった。
「・・・・・・わかった、じゃあ行ってきます」
「あぁ・・・・」
資料を受け取ると鳳綺は吉量に跨り雲海の地平線に消えた。
「・・・・・・・いいんですか?」
「何がだ」
隣に控えていた王后の女御・・・・・苫珠は雲海を眺める王に尋ねた。
「止めなくて」
「・・・・・・・・・・・」
鳳綺が誰と一緒にいるか、それは2人とも知っている。
すると尚隆は、ふっと誰にともわからない溜息をついた。
「・・・・・・止める理由がない」
・・・・・・・・不器用な人ね。
一切感情を見せない王の背中に、女御は心で呟いた。
譲れぬ想いと銀の天秤 5
「・・・・・・で、その調査に何で俺まで駆り出されるんだ?」
地上を遥か下に臨み、貞州の官吏は吉量を操る鳳綺に問いた。
「だってせっかく新しい街を見に行けるんだから、一緒に来たら楽しいかなと思って」
「・・・・・まぁ・・・・いいんだけどさ」
鳳綺にそう言われたら雄飛は二の次が出なくなる。
琉綏に2人で跨り、落とされないようにと雄飛の腕が鳳綺に控えめに回される。
これは最初雄飛は断ったのだが、鳳綺が『危ないから』と半ば強引に掴まらせたものだった。
私の体温と、雄飛が触れている体温・・・・・その差がどうしてか大きくなっていく。
「あ、街が見えてきた。降りてみよっか?」
雄飛の返答も聞かずに鳳綺は琉綏を降下させる。
微かに息の詰まる空間・・・・・・・・それは何故?
「へぇ・・・・・結構盛んな街だな」
表通りをキョロキョロ見渡しながら雄飛が言う。
「にしては静かだね。昼間だからかな?」
宿や料理店が立ち並び、今は穏やかな時が流れている。
夜になったらここは繁華街として煌びやかに彩られる事だろう。
・・・・・・尚隆が来なくてよかったかも・・・・・・
だって夜の街大好きな人だから、こんな所知ったら何日も帰ってこなくなるよ。
こういう店だから綺麗な人も多そうだしなぁ・・・・
なんて、緑の柱を見つめながら鳳綺は薄ら笑いを浮かべた。
「・・・・・・・・・・・・・」
雄飛はその表情の変化と妓楼を比べて眉をしかめる。
・・・・・・あの人は誠実そうな性格にはとても見えなかった。
格好からしてもどこか緩んでいて、何でも受け入れてしまいそうなあの笑み。
鳳綺は・・・・・気苦労が絶えないんだろうな。
――「・・・・・・・あんなイイ女、嫌いな訳がないだろう?」――
「っ・・・・・・!」
鳳綺・・・・・どうしてあんな男なんだ・・・・・・?
「行こう鳳綺」
「うん・・・・・・・・って、え・・・?」
いつの間にか鳳綺の手は雄飛に引っ張られていた。
「・・・・・雄飛・・・・?」
「・・・・・・・鳳綺は放っておくとどこに消えるかわからないからね」
「え?わ、私そんなに子供じゃないよ!?」
「・・・・・・・危なっかしいよ、すごく・・・・」
雄飛・・・・・?何かいつもと違う・・・・・
繋がれた掌が段々と熱くなって、汗がにじむ。
一歩前を歩く雄飛の背中はどことなく大きく見えて。
・・・・・・雄飛も、男の人なんだなぁって思った。
・・・・・そういえば、尚隆とこうやって手を繋いで歩いた事ないかも・・・・・・
尚隆はこんな事するような人じゃないから、並んで歩いてても手を繋がなかった。
不満はないよ、だって今まで気がつかなかったくらいだから。
そう、いつも尚隆は私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれて。
時々私が周りに気を取られて距離が開いてしまった時は、
尚隆・・・・・しょうがないなって顔で待っててくれるんだ。
「・・・・・・ふふ・・・」
「?鳳綺・・・・・?」
「あ、ごめんね?」
知らないうちに顔が綻んでたみたい。
「だって、手なんか繋いだことなかったから・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
呑気な鳳綺とは反対に、雄飛の顔は益々不快に満ちていく。
それと同時に鳳綺の手を握る力も強くなっていく。
「・・・・・・俺なら・・・・・」
「え・・・・・・?」
真剣な雄飛の目がこちらを振り返った。
その普段の優しい眼差しとは正反対の色に白銀の瞳は揺れる。
見つめられて、ドクンと強く胸が跳ね上がる。
「・・・・・・・何でもない」
ふっと張りつめた空気を吹き飛ばして雄飛はまた歩き出した。
・・・・・・そう、俺はあの人を認めない。
絶対鳳綺は騙されている。
あんな男、影で何をやっているかわかったものじゃない。
だけど鳳綺は本当に幸せそうに笑っているから。
泣き続けてずっと腫れの引かなかった瞳は生き生きと輝いていて。
鳳綺にとってあの人がどれほど大事かが痛いくらい伝わってくる。
もしあの人と鳳綺を引き離したら、その銀の光は曇ってしまうかもしれない。
騙されているんだとしても鳳綺はまた傷ついて泣いてしまうかも知れない。
・・・・・そう思ったら何も言えなかった。
「宿場町として栄え、特に問題はなし、と・・・・・」
帰ってからそういう報告をしようと、詳しい情報を頭に叩き込む。
もう日が傾きだす頃だから、そろそろ帰らないと遅くなってしまう。
「ごめんね、こんな所まで付き合わせちゃって」
「いいよ、俺は観光に来たから楽しかったし」
「・・・・・ありがとう、雄飛」
少しずつ街が活気を帯びてくる。
色とりどりの衣装に身を包んだ女性達が表通りを行き来する。
そしてそれを浮ついた顔で追う男達。
何故にこの街が栄えているのかについては、あまりこれ以上追求する気はない。
一時でも体が安まるのならそれもいい事なのかもしれない、と鳳綺は寛容に受け取った。
「じゃあ帰ろっか」
「・・・・・・そうだね」
雄飛もそれに賛同した。
あまりこういう雰囲気には慣れていなかったし、
これ以上一緒にいたら何かが壊れてしまう気がするから。
琉綏が待つ厩へと2人は足を進ませた。
「・・・・・・・・あ、あの人・・・・・」
「え?」
鳳綺は遠くを見遣り、一言だけ呟いて立ち止まった。
雄飛もそれにつられるように視線を辿った。
いくつもの灯籠が街を照らす中、一人の黒髪の女性。
店に入っていく客にしっとりと頭を下げて微笑む顔・・・・・・見覚えがある。
鳳綺は吸い込まれるようにその女性が立っている宿に近づいた。
「やっぱり・・・・・あなた・・・・!」
「え・・・・・・・・・あ、あの時の・・・・!?」
鳳綺も宿の女性もぱあっと花を咲かせたように目を見開いた。
相手の女性は目を潤ませ、そして抱き合った。
「あなた、菊さんよね!?」
「あの時助けてくれた方ですよね・・・・!?」
「・・・・え?鳳綺、知り合い・・・・?」
遅れて走り寄ってきた雄飛には、事の顛末が全くわからなかった。
「そうか・・・・菊さんは海客なのか」
あのまま店に引き込まれ、手厚い歓迎を受けて目の前には豪勢な食事が。
ここでようやく事情を知ることができた。
「はい、鳳綺さん達には本当にお世話になりました」
店で立っていた黒髪の女性・・・・・菊は以前に尚隆と遠出をしていた時に、偶然に暴漢から助けた女性だ。
海客だから言葉もわからず、唯一言葉を理解できた尚隆が通訳となり県庁まで連れて行った。
もう数年前の話であった。
「あの後、旌券をもらって今後どうしようかなんて考えてたら、ここに誘ってもらえて」
菊は自分と同じ格好をした、忙しく働く女達を見渡した。
「・・・・・みんな海客なんです。女将さんがとても優しい人で、行き場のない私達をここで働かせてくれるんです」
「そうなんだ・・・・・・」
「はい、みんな同じ境遇だから寄り添いあいながら頑張って生きてます」
「・・・・・よかったぁ、あれからどうしたのかなって気になってたから・・・・」
ふふ、と微笑んでみせた菊には出会った頃の泣き叫んだ面影はなかった。
「・・・・・・・あの、もう一人の男の人はどうしたんですか?」
「え?ええ、今日はちょっと忙しくて友達と来たの」
「そうですか・・・・・・じゃあ、私は元気にしてますって伝えてくれませんか?」
「も、もちろん!ちゃんと伝えておくね」
何となく気まずくなって隣を見たら、案の定雄飛はつまらなさそうな顔をしていた。
「・・・・・・その男の人ってどんな感じだった?」
「え!?ゆ、雄飛!?」
ずっと黙り込んでいた雄飛が突拍子もない事を口にした。
慌てる鳳綺を余所に、菊は微かに頬を染めて記憶を辿った。
「・・・・とても優しい人でした。何もわからない私にこの国の良さや楽しさを教えてくれたり、笑わせてくれて・・・・・・
凛々しくて、真面目そうな人でした・・・・」
尚隆・・・・・そんな事話してたんだ・・・・・・
あの時蚊帳の外だった事と、尚隆の事を話す菊の表情が面白くなくて鳳綺は俯いた。
雄飛は雄飛で複雑な表情で眉をしかめ、『・・・・・そう』とだけ答えた。
「言葉もあの人だけ通じて・・・・・・あれ?そういえば、鳳綺さんとも雄飛さんとも言葉が通じてる・・・」
「・・・・・あの時は違ったけどね、私も雄飛も官吏になったから今は仙なの」
「あ、だから日本語がわかるんですね!?・・・・・じゃあ、あの人も仙なんですか?」
「・・・・・・・そうだよ」
嘘を言っているつもりはないのに、ふと罪悪感が募った。
「あ、ごめんなさい話し込んじゃって・・・・・・どうぞ鳳綺さんもたくさん食べてくださいね!」
「ありがとう、じゃ遠慮なく」
「雄飛さんもどうぞ。お酒もいっぱいありますよ」
「あ、あぁ・・・・・・・・・・・鳳綺、いいのか?」
「何が?」
「帰らなくて・・・・・」
「・・・・・・・・・あ、そうか」
鳳綺はようやくさっきまで帰ろうとしていた事を思い出した。
いつもは貞州にいたからそんなに急がなくてよかったけど、今日はちょっと遠い所にいる。
早く帰らないと関弓に着く頃には深夜になってしまいそうだった。
「う~ん、でも・・・・・」
せっかく菊さんがご馳走してくれるって言うんだし。
私としても海客の苦労とか、色々聞いてみたい気もする。
それに・・・・・・・ちょっとお腹もすいてるし・・・・・・
「・・・・・・少しならいいんじゃない?」
「・・・・・・・そうなのか?」
「うん・・・・・・たぶん」
たぶん・・・・・たぶん大丈夫だろう・・・・・・・
「せっかくだから少し食べて、すぐ帰ろう?」
「・・・・・・・鳳綺が言うならいいけど・・・・・」
話がまとまったとわかると、菊は2人の杯に酒を並々に注いだ。
そして一斉に数人の女達が寄ってきて食事を煽る。
「私からのせめてものお礼です、たくさん食べて飲んでくださいね」
「菊ちゃんの恩人なんですってね~ささ、もっと飲んで飲んで!」
「あら・・・・・・こっちのお殿様、結構いい男じゃないの!」
「え!?お、俺ですか・・・・!?」
次から次へと女達が雄飛に群がる。
「俺、酒はあんまり・・・・!」
「まぁ、下戸でいらっしゃるの?今時珍しい旦那ねぇ」
「でも少量なら飲めるでしょう?少しでいいから、はい頑張って!」
「は、はぁ・・・・・」
雄飛は渋々酒に口をつけ、喉を湿らすと顔をしかめた。
「可愛いわぁ~~もっと飲んで飲んで!」
「や、も、本当に無理ですから・・・・・っ!」
「そんな事言わずに・・・・ね?」
「・・・・・い、いつになったら帰るんだ鳳綺・・・・」
助けを求めようと手を伸ばすが、当の鳳綺は呑気な顔でこっちを眺めていた。
い、いや・・・・笑ってないで助け・・・・・っ!
・・・・・そうして雄飛が落ちるまでに、そんなに時間はかからなかった。
「・・・・・ごめんね、そんなに弱いなんて知らなくて・・・・・」
夜の闇を飛びながら鳳綺は後ろで唸っている雄飛に呟いた。
「鳳綺は・・・・・・・・強いな・・・・・」
「うん、結構お酒好きだし・・・・・」
日頃から酒豪の尚隆と一緒に酒を飲んでいるからだろうか。
いつのまにか人並みに酒に強くなっていた。
・・・・・酔えばすごい事になるらしいけど、その辺の詳細を尚隆は教えてくれない。
「・・・・・強そう、だもんな・・・・・あの人・・・・・」
「うん、それはもう・・・・・・・・・・・・・・って、え!?何で!?知ってるの!?」
鳳綺はバッと振り向いたが、雄飛は動かすなと言わんばかりに呻いた。
「・・・・・・・一回、大学で見ただけだよ」
「・・・・・・・そ、そうなんだ・・・・!」
鳳綺は顔を真っ赤にさせて俯いた。
今飛んでいるのが暗闇でなかったらどこかに隠れてしまいそうなほど気恥ずかしかった。
「・・・・・・・どこが・・・・好きなの?」
「え!?」
鳳綺の心拍数はさらに増していく。
「菊さんも言ってたから・・・・・・鳳綺は・・・・・どんな所が好きなのかなって・・・・・・・」
「そ、それは・・・・・っ!」
ど、どうしてこんな事になったの!?
そもそもどうしてこんな事聞かれてるの!?
色々な事で頭がパニックになり煙が出そうな勢いだった。
「・・・・・・それは・・・・・っ!」
「・・・・・・・それは?」
もう一度振り向くと、雄飛の瞳には穏やかさが灯っていなかった。
苦しそうにやつれていたけど、目だけはこちらを射抜くような力があった。
「・・・・・・・わ、わからない・・・・・・」
ようやくそれだけが鳳綺の口から漏れた。
わからないよそんなの・・・・・・
だって、菊さんのように・・・・・・一言で表せない・・・・・・・
「だ、大丈夫・・・・・?気持ち悪くない?」
貞州の寮に着いたが、雄飛は一人で歩けないほどフラフラしていて。
ここで帰るなんて事できなくて、片腕を抱いて雄飛の部屋に付き添った。
「・・・・・・あぁ・・・・・大丈夫・・・・」
「待ってね、今お水持ってくるから・・・・」
雄飛の部屋は性格と同じように綺麗に整頓されている。
出かける前まで仕事をしていたのか、机には書類やら本やらが積まれていた。
そんな風に観察しながら、鳳綺は水を持って帰ってくる。
「・・・・・本当にごめんね・・・・・・断って早く帰ればよかったね・・・・」
「いいよ・・・・・俺の方こそごめん、迷惑かけて・・・・・・」
「そんな、迷惑だなんて思ってないよ・・・・・・」
寝台に横になり、雄飛は痛みを訴える頭を腕で押さえた。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
しばらく沈黙が続いて、鳳綺はハッと気づく。
暗い部屋の中に、雄飛と自分2人きりだという事に。
「・・・・あ、そ、それじゃあ私は帰るね―――!」
立ち上がろうとするが、腕を強く掴まれる。
その突然な事に鳳綺は肩を跳ね上がらせた。
「・・・・・・・ここにいて」
胸が痛いほど打ち付けられる。
「わ、私、帰らないと・・・・・・!」
「・・・・・あの人がいる所に?」
何で、雄飛・・・・・・どうしてそんなに見つめてくるの?
「本当に・・・・・あの人は君を幸せにしてくれる?」
怖い、反らしたい・・・・・
でもどうしてか反らせない・・・・・・
「君は純粋で、すぐ人の言う事を信じてしまうから・・・・・」
どうしてこんなに心がざわつくの・・・・・・?
「・・・・・・将来、君が悲しまないかって・・・・・・心配なんだ・・・・・」
雄飛は友達なのに・・・・・・大切な友達だって思ってるのに・・・・・
「あの人は本当に君の事を想ってる・・・・・?」
・・・・・・そう、尚隆と出会った頃のような胸の高鳴り。
恥ずかしくて、自分がよくわからなくて、だけどどうしてか温かくて。
「・・・・・・・鳳綺・・・・・・一緒にいて・・・・・・・」
・・・・・・・・そうか、私は雄飛が好きなんだ・・・・・・・・
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あ、あらv(逃げる準備)
おかしいなぁ・・・・尚隆夢だったはずなのに・・・・・ダッシュ!!!
え?酒ネタでヒロインがつぶれるかも、って思いました?(誰に聞いてる)
残念!雄飛くんがつぶれました(笑)
酒に弱いヒロインってのはやっぱりありきたりな気がしたので却下しました。
そりゃ~あの尚隆と一緒にいたらイヤでも強くなりそうです。
今回は、現在の雄飛と回想の尚隆と交互に出して錯綜させてます。
ヒロインが呑気に思い出に浸っている間に、どんどん雄飛くんは勘違いで苛立ってますv
さぁ!?ヒロインは一体どうするのか!?
あ、そういえば冒頭の「今日は再び来ぬものを」はゴンドラの唄の歌詞です。
某マンガで歌詞を知って、何かいいなぁと思って入れました。
その歌詞は誰の事を言ってるって感じですね(汗)