必死に隠してほしかった。

しらじらしい笑顔で取り繕ってほしかった。

どんな嘘でもつき通してくれた方がよかった。


その方がまだお前を壊しやすかったのに。






譲れぬ想いと銀の天秤   3





「・・・・・あ、朱旌だ」
「本当だ、懐かしいな・・・・・」

食事を囲みながらふと窓の外を見ると、大勢の人だかりの中で旅の一座が演劇をしていた。
鳳綺は人の間の僅かな隙間から目を凝らして雄飛に実況中継した。

「・・・・・・よく連れて行ってくれたよね?」
「そうだね、鳳綺を慰めるのに随分と苦労したよ」
「あ、はは・・・・・・・・」

鳳綺は恥ずかしくなって、にっこりと笑う雄飛の顔を見れずにいた。


朱旌の一人が派手な演出をするたび、外からは歓声が響く。
昔を思わせる騒がしい雰囲気とは逆にこちらの空間は静かに時が流れる。


・・・・・・ずっと雄飛はこうやって私の隣にいてくれた。
朱旌の劇を見て、ご飯を一緒に食べて、私が笑うまで辛抱強く待っていた。
そして私の顔が緩めば雄飛は決まって満足そうに微笑み返したんだ。

『やっと笑った』

それが雄飛の口癖だった。


「・・・・・・・・・・ありがとう雄飛・・・」
「え?」
「・・・・・・・・・・・何でもない」


傍にいてくれて、ありがとう。
何度言っても言い足りない、感謝の言葉。



「雄飛・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・えっと・・・・・・その・・・・・」

お礼の言葉を述べたかと思えば、鳳綺は俯いて困った顔をした。
それは、雄飛に言わなくてはいけない事を思い出したから。


「あのね・・・・・・・」


雄飛が慰めてくれたおかげで私は今までやってこれたから、尚隆と幸せになれたから・・・・・・
これは、雄飛に報告しなければいけない事だと思うから。


「・・・・・・・どうした?」
「うん・・・・・・・」


雄飛の軽く首を傾げた仕草を見るたび、言いかけた台詞は喉に詰まる。


『私、尚隆と結婚したんだ』

『本当は遂人の他に、王后になったんだ』


雄飛は私が泣いて塞ぎ込んでいた時に一番傍にいてくれた人だから・・・・・・だからこそ、そう言うべきなのに。
だけどその時頭によぎるのは、何とかして笑わせようとしてくれた雄飛の必死な顔。

・・・・そして、雄飛の手と腕の温かみ。


「・・・・・・・・・・彼とはうまくいってるんだ?」
「え・・・・・・?」
「わかるよ、鳳綺が言いたそうにしてる事は」


前にもこんな事あったな。
言い出せない私を察してか雄飛は先に沈黙を破ってくれた。


どうして、私が考えている事がわかってしまうんだろう。


「・・・・・・・・・・うん・・・」
「そう、ならよかったよ・・・・・・・」


ほら、この話をすると雄飛は少し悲しそうな顔をするんだ。
これ以上言ったら彼はもっと無理して笑いそうな気がする。

そしてまた私は本当の事が言えない。
私の味方をしてくれる人に隠し事なんかいけないのに。




外の騒がしさが耳につく。




「・・・・・・・・・・外、出てみようか?」
「え?・・・・う、うん・・・・・・・・・」

鳳綺の困惑を受け取ったのか、雄飛は躊躇いがちに立ち上がった。


単に話を反らしたかったからなんて、ふと今そう感じてしまった。
・・・・・・・・何故雄飛がそんな事しなければいけないの?と自分で自分に言い聞かせて鳳綺も外に出た。






路上を陣取る朱旌の踊りは不思議なものだった。
見たことのない舞に、奇妙としか言いようのない仮面。
聞き慣れない音楽に合わせて役者は素早く立ち回る。

「ちょっと見にくいね」
「うん・・・・」

人だかりの山脈から覗くように必死でつま先立ちになる。
背が低い分、雄飛よりも視野は狭くなる。

「・・・・・・・見える?俺が持ち上げてあげようか?」
「え?!い、いや、大丈夫だよ・・・っ!」

慌てて手を振る私に、雄飛は悪戯っぽく口元をあげた。


役者の一人が大技を繰り出せば辺りからは溢れんばかりの拍手が送られる。
つられて手を叩きながら、鳳綺はちらりと隣を見上げた。


整った顔立ちに、長い前髪を残して後は一つに結い上げられている頭髪。
どれも黒色を帯びているのに、それは闇ではなく安らぎを秘めていて。
優しい口調で、包み込んでくれるような柔らかい存在。
そしていつも笑顔ばかりくれる。

・・・・・・尚隆とは正反対の位置にいるような人だなって思った。



異国の旋律はだんだんと佳境を迎え、劇は最高潮に盛り上がる。
その頃にはさっきまで慣れなかった舞台が不思議と面白いと思えるようになっていた。

むしろ、自分とはかけ離れた世界に憧れを抱かせるような・・・・・そんな演技だった。







「久しぶりに見たけどやっぱり面白・・・・・・・・・雄飛?」


今さっきまで隣にいたのに目的の人はこつぜんと姿を消していた。
辺りを見回しても、劇が終わってそれぞれ帰路につく人達に阻まれて視界が狭い。


ど、どこ行ったのかな・・・・・?


そんな事を思うとだんだんと不安になってきて、鳳綺は必死で雄飛の影を探した。
散っていく人数がだんだん減り、辺りが晴れていくと自分にまっすぐ歩いてくる人を見つけた。


「雄飛!どこ行ってたの~?いきなりいないからびっくり―――」
「これあげる」
「え・・・・・・?」

目の前に来た雄飛を見上げるより先に、自分の髪に何かが刺さる感触がした。

「朱旌の一団の店にあったんだ。この地方にはない花だから珍しくて」
「・・・・・・・かんざし?」

自分では見えない位置なので鳳綺は上目遣いに手をやった。
髪に絡む2本に枝分かれした櫛は金属のようにひんやりしていて、先端は布のような大きくない塊が付いている。
そこから鎖が垂れ下がり、一番下にはまた布の塊が。
軽く頭を振ればチリンと控えめな可愛らしい音が聞こえた。

「造花って言うのかな、そういうのは。花に似せてあるけど枯れない」

星形に広がる5つの花びらは遠慮がちだけど優美に咲いていた。
鳳綺の黒髪を翳らせる事なく、引き立てるように存在する紫色の桔梗の花。

「・・・・・・すごく似合ってる」

雄飛は少し頬を染め、そして満足そうに言った。


「・・・・・・・・・・・ありがと・・・」


いつも・・・・・・いつもいつも雄飛は私に笑顔をくれる。
私を笑顔にさせてくれる。


「・・・・・・いつも、私ばかり色々としてもらっている気がする・・・・・」
「気にしなくていいよ、俺がそうしたいと思ってるんだから」
「・・・・・・・・・あ、ありがとう・・」


私は雄飛に『ありがとう』と言ってばかりいる。

・・・・・・私も雄飛を喜ばせてあげられたらいいのに。


何か・・・・・・私が雄飛にしてあげられる事はないのかな?


















――――人だかりの中で2人を見つけた。

舞台に魅入りながらも、互いにチラチラと隣を窺う一対の男女。
時々目が合えば、可笑しくなって笑い合う。


ふと、1人にされて不安そうな顔をする女。
必死で対を求めて顔を左右させる。

男が帰ってくればとたんに嬉しそうに微笑む。
黒髪に飾られたのは男から贈られた簪。

あんなに嬉しそうに。
あんなに幸せそうに。


既視感が襲う。
胸が熱く火照る。
拳を握りしめても止まらない震え。
怒りのせいではない。


『一番仲の良い友達』


あれがどうして『友達』に見えるのか。


昔、激しい想いをぶつけてきた男と。
その特別な微笑みを他の男にも向けた女。


・・・・・・彼女は鳳綺


それは俺の最も愛する女の名――――



















「・・・・・・よう、遅かったな」
「え、あ、尚隆?!執務は終わったの?」

寝室に俺がいると思わなかったらしく、鳳綺は慌てるようにこちらに寄ってきた。
今がもう夕方ではないという事を自覚しているのだろうか。

「・・・・・・・・まぁな」


ここ数日鳳綺がいないせいで、頭にくるほど執務がうまくいっている。
そんな事、いつも出かけてるお前は知らないのだろうが。


「・・・・・・・・どこに行っていた?」
「貞州に行ってきたの。今日は朱旌が来てて楽しかったよ~」


男と会っているのに鳳綺は後ろめたいという表情は見せなかった。
・・・・・・・本当に『ただの友達』としてしか思ってないんだろうか?


「朱旌の踊りってどこの国のものなんだろう?見慣れないものばかりだったけど・・・・」
「・・・・・・・・・朱旌は一つの国に定住していないからな。独特な踊りになっていくんだろう」
「そうなんだぁ・・・・・」


そればかりではなく鳳綺は今日あったことを事細かに説明していく。
嬉しそうに、その時感じた感想まで付けて。
・・・・・・・・ただ一つ男と一緒にいた事だけは除いてであったが。


・・・・・・面白くない。


本当に『友達』としか思ってないのなら、何故男と一緒にいた事を言わない?


「・・・・・・・・鳳綺
「え、あっ・・・・!」

自然に湧いた力のまま鳳綺の腕を引っ張り、さっきまで自分が座っていた寝台に縫いつけた。

「な、どうしたの尚隆・・・・?」

変わらず鳳綺は呑気に頬を染める。

「・・・・・・・・・どうもしない」


これ以上こみ上げる感情が溢れないうちに、鳳綺の唇を奪った。
甘い溜息を漏らしながら鳳綺はいつものように俺を受け入れる。


さっきまで男といた事を忘れているかのように。


「・・・・・っは・・・・ちょ、ちょっと待って・・・・私帰ってきたばかりだし・・・!」
「待てん。頭のいい女御はとっくに消えてるからな」

無理に自分を装って笑ってみせる。

鳳綺はいつも抵抗するが本気で拒絶はしない。
軽く抵抗しながら少しずつ俺を受け入れていく。
むしろこの軽い抵抗が、いつの間にかこれから起こる行為の許可の合図となってしまっている。


だけど今日は、この合図に無性に腹が立つ。


「・・・・・・・・っ!」

波を打つように曲線を描く鳳綺の黒髪に、紫色の花がついた簪が目に入った。


この簪を贈ったあの男には明らかに気持ちがある。
鳳綺はそれを知らずにこうやってすぐ他の男との情事を受け入れている。


「・・・・・っ・・・・・どうしたの尚隆?今日・・・・何か変だよ・・・・?」
「別にどうもしない。変なのはお前だろう?」

そう言って俺は少々乱暴に鳳綺を抱いた。





本当に友達としか思ってないのならそれでいい。





だが・・・・・・・お前は無意識にあいつを見ているだろう?













尚隆は眠りについた鳳綺の頬をなぞった。
そして、髪に未だに絡みついている簪に触れた。


造花であるこの花は決して枯れる事はない。


「・・・・・・・・・・桔梗か・・・」




――変わらぬ愛――




それが桔梗の花言葉。







本当はこれが目に入った時にすぐ引き抜いて投げ捨ててやりたかった。




だけど、一糸まとわぬ情事の最中でも、この簪だけは引き抜く事ができなかった。











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ストーカー尚隆様(笑)
一体これは本当に尚隆夢なんだろうか・・・・・・・(冷汗)
ダメよ尚隆様~~人のデートを邪魔しちゃv

・・・・・三角関係大好きでホントすいません!

これからどうなるのか楽しくて楽しくて!(え?)
どんな事を互いにさせようかワクワクしていますv


尚隆様が苛ついてる原因は色々とあると思われ。
一つは嫉妬。
そして、相手が熱烈攻撃をしているのにヒロインが無自覚だという事かな?

気付いてやれ、とかそんな優しい気持ちからではなく、
無意識に雄飛君に気持ちが傾いてるのがわかってしまったから苛ついているんだと・・・
その辺の尚隆様の詳しい心理状況は、次からゆっくりと解きほぐさせていただきますv


あ、あとやっと雄飛君の髪型が決まったんですが(え?)、想像すると夕暉みたいに・・・・・
たぶん、十二国の一般市民はああいう髪型をしているのではと勝手に解釈して書いてしまいました。

あと、朱旌の定義がよくわかりませんが、ここでは中国雑伎団みたいなのを想像してくれると助かります。