ふと、遠い存在だと思ったらどんどんその距離は縮んでいって
まっすぐ見据えた彼女の白銀の笑顔
神に、この笑顔を独り占めになどさせたくありません
譲れぬ想いと銀の天秤 2
「・・・・・・・鳳綺が頻繁に外出?」
王の執務室で尚隆は書類に筆を走らせながらそう返した。
「いつもの事ではないか」
「それはそうなんですが・・・・・週に2回は出かけている様子なんです」
朱衡は言葉を濁らせながら尚隆の前に立っていた。
少し用事で鳳綺のいる後宮を尋ねても、ほとんどその姿を現さなかった。
「后妃付きの女御も中々口を割らなくて・・・・あれは相当頻繁に出かけているかと」
「鳳綺の事だから仕事はちゃんとしているんだろう?なら別にいいではないか」
「仮にも后妃は王后ですよ?王后がそんな頻繁に外出なされては御身に危険が生じないかと・・・」
「・・・・・・・・俺にはそんな心配の言葉は一度もかけんではないか」
「主上は別です」
「・・・・・・・・・・・・・・」
溜息まじりにキッパリと切り捨てた朱衡。
その表情は尚隆には絶対見せない心配の色が浮かんでいた。
「・・・・・・主上なら何か知っているかと存じましたが、その様子ではご存知ではなかったようですね」
主が嘘を付いている顔というのは長年の嫌な付き合いできっちり覚えていたが、
今の会話と顔から本当に知らないという事が伺える顔付きだった。
「妻の行動を知らなくて悪かったな」
尚隆は微かに不機嫌になりながら皮肉を込めた。
何も知らないのか、とバカにされたようで癪にさわる。
「・・・・・・・・はぁ・・・后妃一人で大丈夫なのでしょうか・・・・」
「悧角がいるだろ」
「・・・・・・どこの国に使令1匹つれて飛び回る王后がいますか?」
「ここにいるだろ」
使令を『匹』扱いかよ。
無駄に過保護な臣下にうんざりしたのか、溜息まじりに尚隆は筆を置いて立ち上がった。
「・・・・・・・・どちらへ行かれるおつもりで?」
「鳳綺の居場所がわかればいいんだろう?」
「主上は宮殿から一歩も外には出しませんよ」
「・・・・(チッ・・・)・・・わかったわかった」
先を越された事に軽く舌打ちをして、投げやりに手をヒラヒラさせて尚隆は執務室を後にした。
朱衡は溜息をつきつつ、大人しく主の帰りを待つ事とした。
珍しく素直に行ってくれましたね・・・・・・主上もやはり過保護ではないですか。
そんな事を考えていた朱衡。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あら、主上」
最大の難関が来て僅かに臨戦態勢に入る女御。
「鳳綺はいるか?」
やっぱり聞くことはそれか・・・・・・
「今出かけています」
「何処にだ?」
「・・・・・・・それは存じ上げておりません」
「ここ最近いつも出かけていないか?あの黒いのが煩くてかなわん」
『黒いの』とは朱衡の事らしい。
数日の間、この後宮には主の姿がない。
王后を訪ねる官達にも口々に行き先を聞かれたが、それを教えるのには少し憚られた。
いくらなんでも、遊び回ってますとは大きな声では言えない。
毒舌で有名な女御でさえ、さすがに王后の悪い噂が広まるのは感心しない。
苫珠は話す事を躊躇ったが、王になら別に咎められる事もないとふと感じた。
「あ~~・・・・・・・ちょっと前に、大学時代の友達に再会したらしくって・・・」
「・・・・・・・大学時代の友達?」
もう一つ、王だからこそ気になる事もあるが、それについては知らないだろうと思い話を進めた。
「一番仲が良かった友達らしいですよ、私も会ったことありますけど」
「・・・・・・・・」
ふと尚隆は、一番思い出したくなかった人物を思い出してしまった。
鳳綺の大学時代に一番記憶に残っている、怒りで自分に掴み掛かってきた人物を。
「・・・・・・そんなに仲が良かったのか?」
「ええまぁ・・・・・・・というか、その人以外の友達と一緒にいる姿を見る方が珍しかったくらい」
「よく知ってるみたいだな・・・・・」
「私が住み込みでやってた店に飽きもせずいつも来てましたからね」
食事を囲んで鳳綺を優しく見つめていた、あの男。
自分に見せるような笑顔を、惜しまず振りまいていた鳳綺。
「后妃も学生気分に戻ってるんじゃないですか?」
「・・・・・・・・そうか」
「どうしますか?出かけるのを控えさせてやりますか?」
「・・・・・・・・いや、いい・・・」
苦笑まじりに尋ねる苫珠に、尚隆はそれだけ答えた。
「・・・・・・仕事はしてるらしいから別に咎める事もないだろう」
「・・・・・そうですか」
用もないから行く、と付け加え尚隆は部屋を後にした。
・・・・・・・・まさかな・・・・
廊下を歩きながら、尚隆は記憶に蘇ってきた男の姿を首を振って消した。
まさか、あの男ではないだろう。
変に勘ぐっている自分に笑いながらも、苫珠に『それは男か?』とさえ聞くことはできなかった。
「・・・・・・・まさかね・・・・」
苫珠は王の浮かない顔を思い出して首を傾げていた。
主上が雄飛の事知ってる訳ないよね・・・・・・
「第一雄飛も、まだ鳳綺が好きなんて事ないよね・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・と思うけど。
「・・・・・・・それでね、苫珠が部屋に入れてくれなくてね!」
「はは、苫珠を怒らせたら後が怖いからね」
鳳綺は毎日起こった事を余すことなく話す。
食事にも手をつけないほど話す事に熱中しているらしい。
「やっと入れてくれたと思ったら1時間お説教だよ~?!もうぐったり・・・・・」
「苫珠は鳳綺の事を心配してるんだよ」
「それはわかってるけどさ・・・・・」
鳳綺が笑うと自然にこっちまで顔が綻んでいってしまう。
5年前にこうやって食事をした時には鳳綺の笑顔は貴重で、いつもは泣き腫らした瞳で平静を取り繕っていた。
だけど今は怒ったり泣いたり笑ったり、良い意味で数え切れないほどの表情をくれる。
・・・・・・・・そして俺には鳳綺を完全に喜ばせる事はできなかったんだと思い知らされる。
「そういえば!苫珠にね雄飛の事話したら何て言ったと思う?」
「・・・・・・何て言ってた?」
「『馬鹿は馬鹿なりにやってんだね』だって!」
「・・・・・・・・それ褒めてない気がするんだけど・・・」
・・・・・今、鳳綺がこうして笑っているのは『あの人』がいるからなんだろうな・・・・・
嫌に口元を曲げながら、平然と鳳綺を泣かせていたあの男がいるから。
「そう?でも苫珠なりに褒めてるつもりなんだよ」
「そうだろうけど、鼻で笑われてる姿が想像できる・・・・・」
「あははっ、雄飛いつも見下されてたもんね」
「・・・・・・・・・・・・・」
まだ付き合ってるのか?もう5年も前の話だからひょっとしたら・・・・
そんな事を考えながら雄飛は鳳綺を覗き込んだ。
だけど鳳綺の笑顔に一片の曇りはなく、お裾分けしますと言わんばかりに振りまいてくる。
「私・・・・・・苫珠が傍にいてくれて嬉しいんだ・・・」
「今さら何言ってるんだ?」
喧嘩じみた争いをしているけど、結局は絆の結びつきが強い鳳綺と苫珠。
そんな当たり前の事を呟いたから、俺はからかいの意味を込めて聞き返した。
すると鳳綺はそうだね、って言って笑った。
長い睫毛が大きく上下して、一つ一つの仕草に目がいってしまう。
だけど・・・・俺だったら、絶対鳳綺を手放さないと思うから・・・・まだ・・・・
そんな事を詮索している自分が少し嫌いになった。
・・・・・・本当は。
ちゃんとケリをつける気でいたんだ。
鳳綺は、あの人と一緒にいて幸せなんだ。
たとえ『あの人』がどんな人であっても。
「あ、そうだ。この後少し街の外散歩してもいい?」
俺は、鳳綺が幸せであるならそれでいいと思う。
だから、諦めようと・・・・・・
「さっき来るときに騎商の団体がいてね」
だけど、忘れられるはずもなく。
「もしかすると珍しい騎獣がいるかもしれないよ?」
でも諦めないといけない。
だから決めたんだ。
もう一度だけ会って、それで最後にしようと。
官吏になって立派に成長した姿で、最後に一度だけ会いたかったんだ。
・・・・・俺の・・・・男らしい姿を、男らしくなった所を見てほしかった。
すこしでも『あの人』のように男として見てもらえたら。
「見に行っていいかな?」
未練もあった。
なぜ自分の想いを伝えなかったのかと。
鳳綺は、俺の事はただの友達と思っているだろう。
だから大学を出てしまえば、俺達は別の道を行く。
そして俺は過去となり、友達という糸は切れてしまう。
もう鳳綺と一緒に過ごすことはできない。
たった一つ鳳綺と結びつく『友達』という関係さえ、月日が経って薄れようとしている。
もう俺達は『同じ大学の友達』ではない。
あの時の環境はもうすでになく、あの時の関係はあの時しか作れない。
だから、あと一度・・・・・・もう一度会って、簡単に話を済ませてそれで別れようと思ったんだ。
「元気でね!」そんな会話がなされるだろうと予想していた。
最後に鳳綺の笑顔が見られたら、それでいいと思っていたんだ。
「・・・・・・・って、雄飛聞いてる~?」
だけど・・・・・鳳綺は凄く嬉しそうな顔で走ってきた。
そして鳳綺は言った・・・・・・「またすぐ遊びに行くから!」と・・・・
――私達は変わらないよね?――
・・・・・・そんな、不安な顔で見上げないで。
俺は鳳綺の中で一体どの位置にいるんだろうか?
たくさんいる友達よりも、俺は上にいるのだろうか?
・・・・・・一番上には、あの人がいるのだろうか?
だけど、俺が思っていたより・・・・・・鳳綺は俺を必要としてくれた。
友達としてかもしれないけど、それでも・・・・・頻繁に来るほど・・・・・
「・・・・・・・・・雄飛~?」
雄飛は鳳綺を見つめ、溜息まじりにふっと笑った。
「・・・・・・どうしたの?」
「なんでもない」
まいったなぁ・・・・・・
これじゃあ、諦めるにも諦めきれないじゃないか・・・・・
彼女は鈍感なのか純粋なのか・・・・・・・よくわからない。
「・・・・・・こんな遅くまで何処行ってたの」
「え~と今日はご飯食べて、街に来てた騎商の所に行ってたぐらいだよ?」
鳳綺は他の女御達に着替えさせられながら、苫珠を振り返った。
「雄飛にね、苫珠の事話したら『その毒舌やめないと友達なくすよ』だって!」
「・・・・・・・あいつ、いつか殴る・・・」
何故か笑顔でそう告げる鳳綺。
だけど苫珠は雄飛の珍しい挑戦よりも、鳳綺のヘラヘラした顔に不機嫌そうに答えた。
「でもそう言った時の雄飛の顔、すっごい脂汗浮いてたけどね!」
「・・・・・・・・そう」
この所、帰ってくればいつも雄飛雄飛・・・・・・
雄飛の話しかしてないのではないか、というぐらい会話に頻繁に出てくる名前。
「・・・・・・・・今日、主上が来たわよ」
「え?!また一人で遊びに行ってたのがバレた?!」
「・・・・・・・・別に、『仕事をしてるならいい』って帰ってった」
「なんだ・・・・・・・怒ってなくてよかった・・・・」
苫珠は段々と眉間に皺が寄っていくのがわかった。
・・・・・・・・何この違い・・・・
「今度新しい騎獣でも買おうかな?そしたら雄飛と一緒に出かけられるのに」
「・・・・・・・は?」
何を言ってるんだこの王后は。
「でも飛翔できる騎獣は高いし・・・・・・飛翔は苦手だけど孟極なら可愛いからそれもいいな」
雄飛に依存しているのだろうか、それとも無意識に・・・・・・・・・
「・・・・・・・・あんた、雄飛の事どう思ってんの」
「え?どうって・・・・?」
「好きか嫌いか」
「・・・・・・・・そんなの、大好きに決まってるでしょ~!」
昔、似たような質問をした時があった。
一緒にいて楽しい、だけど恋人としては考えた事がない。
俯いて言葉を濁すようにそう言った鳳綺。
それが今は堂々と『大好き』とそう答えたのだ、あの無邪気な王后は。
・・・・・・・ちょっとたきつけ過ぎたかしら?
『雄飛の事、男として見てやりなさい』
そう薦めたあの頃の自分に少しだけ後悔した。
この心配事が本当にならないようにと、そんな意味を込めて苫珠は溜息をついた。
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ヒロイン以外の視点で頑張ってみました。
まだこれから起こる事の予兆みたいな感じです。
・・・・・・って言っても、そんな大した事起こりませんが(汗)
全然満足のいく文書じゃありません・・・・(涙)
いつか絶対書き直そうと思います。