貴女がいたから 笑っていられた
貴女がいたから 思いっきり泣けた
すぐ会えなくても 遠くにいる存在だとしても
貴女がどこかにいるんだって思うだけで
私は私として生きていられた
―――疲れたら降りといで、いつでも歓迎してあげるから―――
君死にたもうことなかれ 2
「・・・・・わかっていたの・・・・いつか、こういう日が来るんだって・・・」
2人が追いかけていくと、誰もいない薄暗い店の中央で細い背中が震えていた。
嫌な静けさの中、鳳綺が呟き続ける。
「わかってた・・・・・少しずつ『終わり』が近づいてきてるって・・・・・」
刻一刻と迫る・・・・・死。
「でも・・・・早すぎるよ・・・・っ!」
わかっていても、心が納得できない。
「だって・・・・・つい最近だったじゃない、榮蓮ちゃんが産まれたの・・・・」
「・・・・・鳳綺、少し落ち着きなよ――」
「つい最近まで・・・・・元気に店で働いてたのにっ!」
「鳳綺・・・・・」
苫珠と雄飛が抑えようとしても鳳綺の勢いは止まらなかった。
目尻に涙を浮かべ、首を横に振り続ける。
「私が落ち込んでるといつも話を聞いてくれて・・・・・!」
温かいお茶をくれて、優しく慰めてくれて。
「いつも・・・・・いつだって私を笑い飛ばしてくれたのに・・・・!」
女性なのに強い力で、背中を押してくれた。
「いつでも歓迎してくれるって言ったじゃない・・・っ・・・!」
―――疲れたら降りといで、いつでも歓迎してあげるから―――
「いつも・・・・・いつも・・・・・!」
豪快な笑いが好きだったのに。
私と苫珠と雄飛の3人と、女将さんと旦那さん・・・・第2の家族のような温かさをくれた。
いつも、いつも・・・・・と、当たり前だった事が今、音を立てて崩れ去る。
崩れ始めている・・・・以前からそう気がついていたけれど、ずっと目を反らしていた。
先の不幸を考えるより、その時ののどかな日常に甘んじていたかったから。
・・・・・・寝台に寝かされていた女将さんは、ピクリとも動かなかった。
あれだけ元気に笑っていた人だったのに、全てが嘘であるかのように目も覚まさない。
突き出された現実に堪えられなくて、私は思わず部屋を飛びだしてしまった。
どうして笑ってくれないの?
どうして女将さんだけそんなに老いてしまったの?
どうして・・・・・・私は何も変わっていないの?
「どうして、こんな・・・・っ・・・!」
覚悟はしていた、『死』を何度も見届けなくてはいけない事を。
だけど、苦しいよ・・・・・わかっていても寂しくて、悲しくて・・・・・・
どうして自分は何一つ変わらないのか、その事にも段々腹立たしくなって。
・・・・・私の居場所がどんどん消えていく。
私のいた時代が消えていく。
どうして・・・・どうしてみんな先に行ってしまうの?
「・・・・・・・置いて、いかないで・・・っ・・・・」
刻の流れから捨てないで・・・・・・
「1人で泣いてんじゃないわよ・・・・っ!」
苫珠の叫びが部屋に響いた。
鳳綺の正面に回り肩を握りしめた表情は、怒りではなく苦しみに歪んでいた。
「私だって、辛いわよ・・・・・女将さんがここに住まわせてくれたんだから・・・・!」
居場所がなくなった自分を、女将さんは快く受け入れてくれた。
「私にとっても・・・・・母親みたいな人だったんだから・・・・っ!」
苫珠の赤橙色の瞳から雫が溢れ出した。
苫珠は女御だからだと言って、今まで一緒に遊びに来るような事は少なかった。
だけど本当は、苫珠が一番女将さんを好きで、一番悲しんでいるのかもしれない。
あの気が強い苫珠が・・・・泣いている。
「・・・・・鳳綺、俺達は仙なんだ・・・・・これからこういう事が何度もある・・・」
絞り出したような声で雄飛は呟いた。
「俺だって、わかってた・・・・女将さんがどんどん小さくなっていくの・・・・」
あれだけ大きな存在だった人が、いつの間にか年老いて。
「でも認めたくなかった・・・・・認めた先にあるものなんか、一つしかなかったから・・・・」
・・・・それは永遠の別離。
「・・・・・・・っ・・・・・ごめん・・・・苫珠、雄飛・・・」
鳳綺は真っ赤になった目を擦った。
1人だけ、子供みたいに泣いてるのが恥ずかしくなった。
「ごめんなさい・・・・私だけ取り乱しちゃって・・・」
「・・・・・・別にあんただけじゃないよ」
苫珠は目尻を押さえながらそっぽを向いた。
みんな・・・・・苦しんでいたんだ。
永遠の命のしがらみに戸惑い、悩んでいたんだ。
「行こう・・・・・俺達はずっと生きてるけど、女将さんがここにいられる時間はもう少ししかないんだ」
「・・・・・・最後に、見送りするよ」
「・・・・・・・・うん」
何とか気持ちを落ち着かせようとしていると、奥からバタバタと足音が近づいてくる。
「は、母が・・・・・母が目覚めました・・・・っ!」
「女将さん!」
「・・・・・ああ、あんたたち・・・来てたのかい?」
声に反応するように、女将さんはスゥッと目を開けた。
その弱々しい瞳に溢れそうになる涙を我慢していると、深い皺を寄せて笑われてしまった。
「泣くんじゃないよ・・・・ったく、鳳綺は泣き虫だねぇ」
温かい手が私の髪を撫でてくれる、それだけでもう堪えきれなくなった。
「苫珠・・・・元気にしてたかい?仙として、やっていけそうかい?」
「・・・・・は、い・・・・」
「雄飛・・・・ちょっと男らしくなったんじゃない?」
「・・・・・・っ!」
やめてよ女将さん・・・・こんな時にまで優しくしないで。
「・・・・何だい、みんなして今日は泣き虫だねぇ」
最後まで我慢してた雄飛の頬にも涙が伝う。
「榮蓮・・・・・この子達を、頼むね」
「・・・・・っ・・・・そ、んな・・・・!」
みんながみんな、上手く喋れなくなっちゃって女将さんが困ったように笑う。
それがまた涙を誘うんだ。
「・・・・・・大丈夫だよ、私がいなくてもあんたたちは独りじゃないよ」
やだよ・・・・・『いなくても』とか、そんな事言わないでよ・・・・
「これから先・・・・どんな事があっても自分の進んだ道を後悔するんじゃないよ」
・・・・・・・これから先、こんな事をあと何回経験しないといけないの・・・・・?
10回?100回?
・・・・・・・・そんなの、堪えられない・・・・・
女将さんは一瞬目を閉じ呼吸を数回繰り返して、また目を開けた。
息をする事さえも辛そうで、だんだん・・・・声が掠れていく。
近づいてくる、最後の刻。
「・・・・・やだ・・・・・・女将さん・・・・っ!」
「・・・・・さ、3人とも・・・・私の子供、みたいだった」
いってしまわないで、消えてしまわないで。
「この国に産まれて、よかった・・・・あんたたちの国で生きれて・・・・よかっ、た・・・」
いやだ・・・・・・・もう嫌だよ・・・・っっ!!
「あんたたちに会えてよかったよ」
「女将さん・・・・っっっ!!!!」
「・・・・・・・帰ろう、鳳綺」
見送りも終わり、女将さんが眠る祠をじっと見つめたままの鳳綺。
涙を拭う事も忘れた彼女の瞳は虚ろで、何も聞こえていないようだった。
「鳳綺・・・・・・・・・しっかり、しなさい・・・」
雄飛と苫珠が肩を持って振り向かせても、表情は何一つ変わらなかった。
腕を掴み歩かせて、苫珠は榮蓮に軽く頭を下げた。
「じゃあ榮蓮、私達はこれで・・・・」
「・・・・・・はい・・・・・お忙しい中、母の為にありがとうございました」
「・・・・・榮蓮もしっかりな」
「ありがとうございます、雄飛さん・・・」
鳳綺は依然として俯いたまま言葉を発しようとはしない。
その様子に溜息をついて苫珠は雄飛を振り返った。
「・・・・・・じゃあ、あんたも元気でやりなよ」
「わかってる・・・・・・鳳綺を、頼む・・・・」
互いにうまく笑えない顔をどうにか歪ませて別れを告げた。
「ほら、行くよ・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
それでも鳳綺は何も答えない。
「・・・・・・あんたがそんなになってどうするのよ・・・・」
初めて目の当たりにした大切な人の死。
仙でいるかぎりの宿命と、人間としてのただ単純な悲しみとで悩んで、葛藤に苦しんだのだろう。
鳳綺の弱点は、その純粋すぎる心と、真面目すぎる責任感が混在している事。
・・・・・・だけどそれが、鳳綺が皆に愛される良い所なんだけど。
でも今回ばかりは、耐えられるのだろうか。
「・・・・・・・・しゅ、主上・・・」
祠を出ると、そこには白い騎獣と漆黒の王が闇に映えるように佇んでいた。
服を着替える事もせず、官服のままの尚隆がただじっと立っている。
鳳綺は初めて泣き腫らした顔を上げた。
目が合うと、尚隆は悲しそうに微笑んだ。
「・・・っ・・・・・・・尚隆!!!」
顔をグシャグシャにさせて尚隆に飛びついた。
真夜中にもかかわらず街中に響く、鳳綺の泣き叫ぶ声。
尚隆が柔らかく背中を撫でてくれたから、またさらに涙が溢れて止まらなかった。
―――疲れたら降りといで、いつでも歓迎してあげるから―――
<続>
Back Top Next
はい、やっと更新ですスイマセン。
あと1話です、シリアス続きですが頑張って読んで下さい(苦笑)
死の話も書きたかったんですが、何が一番書きたかったかっていうと、
尚隆が迎えに来てるところです(笑)
何も言わずにただ待ってるだけなんて・・・・・・いいねぇ~vv
ではもうちょっとお付き合い下さいね。