消えていかないで
置いていかないで
ねぇ、お願い、ギュッと抱きしめて
このままだとおかしくなってしまいそうで
刻は、少しずつかけ離れていく
私は、少しずつ、光を失う
純白という、剥き出しの心を―――
君死にたもうことなかれ 3
「・・・・っ・・・・・」
灯した明かりの中で、鳳綺は涙を止めない。
寝台に腰を掛けている隣に座ってみても、何の反応も起こさない。
時折見える白銀の瞳は焦点が定まっていない。
俺は知っている、こんな目を。
「・・・・・・・・鳳綺」
ゆっくりと黒髪を撫でてやると、鳳綺は俯きながらも体をこちらへ向けた。
何度も味わった、それでも終わらせる事のできなかった痛み。
鳳綺は何も言わない、だけど何で苦しんでいるのかは手に取るようにわかる。
自分は年を取らない、周りの人間と自分とはもう違うのだと。
情を移しても、結局先に老いて死んでしまうのだ。
刻の流れが、自分を見捨てて先に行く。
人は死ぬ、それを覚悟していてもどうにも消えない虚無感。
ジクジクと膿のように侵蝕しつづける、孤独感。
傷つき、嘆き、もうこんな苦痛は知りたくないと逃げ出す。
ある者は神仙である事をやめ、再び人間になろうとする。
そして『神仙である事をやめられない』者は、心が壊れる。
比例して湧き溢れる、憎悪を民にぶつける程に。
自分は既に人間ではない。
頭ではわかっているのだ、だけど人間は簡単に人間を辞められない。
そして再び繰り返される孤独感。
死んでいった者達が、今でも怨念のように自分に取り憑いている。
どうしても振り払えない者達、しかしそうさせたのは自分。
次第に自分から、何かが剥がされていく。
次第に自分から、感情が抜け落ちていく。
それでも消えない、孤独。
―――俺と、同じ。
それを、初めて鳳綺は突きつけられた。
・・・・・耐えられるか?
この純粋すぎる彼女に・・・・・?
「鳳綺・・・・」
両頬を撫でるように顔を上げさせると、彼女の綺麗な白銀は赤く腫れていた。
親指でそっと目尻を拭っても、次々と新しい涙が生まれて零れる。
真っ直ぐで純真な、だけど朧気な瞳が俺を見つめる。
・・・・・・無理だろうか・・・?
「・・・・・・・・やめるか?」
声こそ出なかったものの、「え・・・っ?」という一瞬のためらいが聞こえた。
「今ならまだ間に合う。仙である事をやめて、人間に戻るか?」
不老をやめて、再び人間の刻の中へ。
お前は俺とは違って、それが選べる。
苦しいのなら、それでもいい―――
一瞬、尚隆が何を言ったのかが理解できなかった。
仙である事をやめる、それは官吏をやめるという事。
それは、尚隆から離れるという事・・・・・・・・
「・・・・・・っ・・・・嫌・・・!」
力任せに首を横に振った。
苦しいよ、苦しいけどそういう事じゃないの。
「寂しいよ、悲しいよ・・・・・だって、女将さんは・・・っ!!」
温かくて安らげる、私の第二の故郷。
「だけど・・・・・それは嫌っ!」
夢だった官吏をやめるのはさらに嫌だ。
だってここでやめてしまったら、今まで応援してくれた人に何て言ったらいいのかわからない。
雄飛だって覚悟して官吏になった、苫珠なんかわざわざ私の為に仙になってくれた。
「逃げるのだけは・・・・嫌だ・・・」
この国で生きている人達。
中には、生きたくても生きれなかった人もいるだろう。
私達は、そういう人達を少しでも減らさなくてはいけないのに。
この尽きない命を、粗末に扱っては駄目なんだ。
「それに尚隆と離れるのは絶対嫌だ・・・・・!」
貴方を置いて先に死ぬなんて、それこそできない。
貴方はとても強くて、とても弱い人だから。
「・・・・・辛いぞ、この道は」
悲しそうな漆黒の瞳。
貴方は、もう何度もこんな気持ちを味わったんだね。
「わかってる」
「後になってやめたいと言っても、もう誰もいないぞ?」
涙で尚隆が歪んで見える。
まるで貴方が泣いているみたい。
「それでも・・・・・私は尚隆と一緒にいたい」
・・・・・・ねぇ尚隆、2人なら孤独も薄まる・・・・そう思わない?
「ずっと、尚隆の傍にいさせて・・・・」
「・・・・・・あぁ、俺がお前の傍にいる」
確かに悲しいよ、辛いよ、まだ涙は止まらないけど。
尚隆を独りにさせたくないから。
1回でも少なく、こんな辛い思いさせたくないから。
「尚隆の傍にいないと・・・・・私はたぶんおかしくなる」
「・・・・お前を知っている奴が誰1人いなくなっても・・・・・・俺がいる」
「ずっと傍にいる・・・・・・この国が滅ぶまで」
「だから傍にいろ、俺が壊れないように・・・・」
尚隆がいるから、私は逃げたりしない。
「だから、抱きしめて・・・・・・」
強く、もっと強く、私が消えてしまわないように。
―――海沿いの農村、そしてそれを取り囲むような緑の生い茂る山。
その中腹の草原に、小さな石碑はあった。
「・・・・・・・・おとう、さん・・・・!」
刻まれていた名前は鳳綺の父。
サクッと、背後で草を踏む音がする。
やっと来られた、この地に。
・・・・・・私が後宮入りをしてから、ここには帰ってきていない。
母と父がいるこの地に、私の小さな頃の思い出が詰まる故郷に。
逃げていたんだ、親しい人の死から。
両親の死が怖くて、ずっと帰って来れなかった。
尚隆がいて、初めて向き合えた。
「ご、めんなさい・・・・・もっと、早く・・・・・っ!」
何も話せなかった。
今何をやっているのかとか、大事な事を何一つ言えなかった。
お父さんの最後の顔を、見る事ができなかった。
・・・・・・馬鹿だ、私。
逃げてばかりいないで、もっと早くに会っておくべきだったんだ。
「・・・・尚隆・・」
背中に尚隆の体温を感じる。
たぶんこんな気持ちも、尚隆は何度も気付いているのかもしれない。
「みんなに置いて行かれるのは怖い・・・・だけど、
私の知らない所で死なれるのはもっと嫌だ・・・・っ!」
もっと早くに来るべきだったとか、私が弱くなかったらとか・・・・後悔ばかりが私を襲う。
それは、孤独感よりもさらに痛い傷。
心残りと悔しさがいっそうに私の心を蝕む。
「ちゃんと、見届けるっ・・・・辛いけど、もう後悔はしたくない・・・・!」
「・・・・・・あぁ、大丈夫だ・・・・・俺がいる・・・」
尚隆が優しく抱きしめてくれる。
風が私達の頬に触れ、空へと流れていった。
「・・・・・・・・俺がずっと、傍にいます・・・」
それは、お父さんに誓った言葉だった。
尚隆はフッと微笑むと、鳳綺を正面に向かせた頭を撫でた。
「まだ間に合う人がいるだろう?」
「・・・・・・・うん・・・・一緒に来てくれる?」
「当たり前だろう」
鳳綺と尚隆は山を降りると、農村のとある家に走っていった。
まだ、あそこには・・・・・温かいお母さんがいる。
もう後悔はしたくない。
辛くても悲しくても、もう逃げたくはない。
たとえ感情が削がれていくのだとしても。
尚隆がいる限り、私は私でいる気がする。
そして私には、まだ一緒に永遠を生きてくれる仲間もいるから。
・・・・・ありがとう、女将さん、お父さん。
私はみんなに出会えて幸せだった。
だから、強く抱きしめて―――
―――そして数年が経って。
2つ寄り添うように並んでいる墓には、生き生きとした花が捧げられていた。
毎年、途切れる事もなく。
そして風が舞う。
刻が、流れる―――――
<了>
Back Top
終わりました~~やっと!!
とりえあえず必須課題は終わらせました。
親しい人の死を初めて知って、改めて自分が不老だという事を突きつけられる。
絶対辛いはずです、仙やめてやろうかなぁ~とか思いますよね普通(苦笑)
国が60年だか80年だかで滅ぶのは、やっぱり王が孤独感に耐えられなかったからだと。
ウチのヒロインさんは、尚隆様がいる限りは自分を保てるだろういう事で一件落着。
ずっと両親関連の話が出てこなかったのは、ヒロインが逃げてたからという事なんですね。
なので実は両親の記述ってメッチャ少ないです。
これを乗り越えられたので、雁は後400年は安泰ですね(笑)
シリアス続きでスイマセン、ここからはやっと楽しくできるかも。
さぁ~やっと旅行記が書ける!今度は範にしようかな(ワクワクvv)