雁州国、関弓。
鳳綺がこの首都に来て三ヶ月が経った。
鳳綺が海で拾われてからは既に二十年程の月日が過ぎていた。
関弓に来るまでは海沿いの農村、茜挌(せんかく)で育ち、普段は州都の少学に通い、休日は親の手伝い、
夜には知り合いの所で剣の稽古、と忙しい毎日を過ごしていた。
そんな中、少学での努力が認められ、関弓の大学に奇跡的に入学することになった。
本来ならば一生かかっても合格できないほど入学が困難であるが、鳳綺には三州の学頭の推薦があった。
一州の少学では足りず、他州の少学に何度も出向いて専門の知識を身につけていた事が身を結んだのだろう。
すらりと成長した四肢、背中にかかる長い艶やかな黒髪、そして何より、淡い光を携える白銀の瞳。
活発な方だが少し人見知りする性格で、人前にでると黙り込んで微笑むだけになってしまうのが短所だと思っている。
もっとも、美の類に入る容姿と銀光故に逆に他人を圧倒させてしまう事には鳳綺自身は気づいていない。
2章
「あら、風漢様。今夜はこちらに来てくれませんの?」
「美女からの誘いが多くてな、平等にお相手しないと寂しがり屋の姫達が悲しんでしまわれるからな」
尚隆は緩やかに笑いながら馴染みの妓女に手を振った。
百年の治世を築いている賢帝、延王尚隆は国一の妓楼街を歩いていた。
簡素でありつつも上質な服からはまだ昨夜の女の残り香が漂う。
朝と言うには遅すぎる日差しを浴び、たまには妓楼以外でも見て回ろうかと、
立ち並ぶ緑の柱を抜け活気溢れる商店街へと足を運んだ。
色気たっぷりの女達の街とは違い、ここは民が忙しなく動き回り表通りには露店が並ぶ。
老若男女様々な人が行き交うのを見るのは、民の生活を直に感じられるから好きだった。
しかし人通りの少ない裏通りまで来ると、ふと怪しい集団が目に付いた。
いくら発展した大きな街であっても、裏道にまで行けばそういう輩も必ず存在する。
大した連中でもないだろうと捨て置くつもりだったのだが、
騎商の店から出てきた黒髪の女と三人の男達が連れ立って細い小道に入ったのを見てしまい、
尚隆は嫌な空気を感じとって眉間に皺を寄せる。
後を追いかけて男達を見つけた時には、既に女は絡まれていた。
「――それで、騎獣は何処にいるんですか?」
「へっ、そんなもんいねーよ」
「お嬢様があんなとこにいちゃいけねえなぁ」
「そうそう、あんたみたいのは大人しくお家にいねえとなぁ」
ニヤつく男達が口々に言う。
見るからに絡まれている女性と悪者の構図ができあがっている。
だが黒髪の女は怯む訳でもなく笑顔を浮かべたままだった。
「……では、もう此処にいても仕方がありませんね」
「ああん?何だって?」
「上玉だからな。ゆっくり遊んだ後は妓女にでもしてやるぜ」
女は終始笑顔だったが、その冷たい声に隠しきれない怒りが含まれている。
「……そこをどいていただけませんか?騎獣がいないなら帰らせてもらいます」
「へへっ、何言ってんだぁ姉ちゃん」
「強気なのも今のうちだぜ」
「これがどんな状況かわかってんのか?」
弱い者に迫る男達はこの上なく楽しそうに笑い、獲物を追い詰める。
男がじりじりと壁に寄せ、舌なめずりが聞こえてきそうな距離にまで近づいていく。
尚隆がいよいよ助けようかと物陰から出て行こうとした瞬間、
突然女は懐から短剣を抜き、伸ばしてきた男の袖を薙ぎ払った。
「な……っ!」
「これ以上近づくと、今度は大事な肌を切りますよ」
女の目が一変し、鋭い視線を男達に浴びせた。
「こ、この女ぁ!」
逆上した男が掴みかかろうと突進する。
しかし女はそれをさらりとすり抜け男の背中に回ると、首の後ろに剣の柄を思いっきり打ち付けた。
予期せぬ出来事に男は意識を手放し壁に倒れ込んだ。
その様子を呆然と見ていた他の男二人が、はっと我に返ると途端に逆上する。
「こ、このやろう!人が優しくしてれば!!」
「始めに嘘をついたのはそちらです!」
この言葉が引き金になり、男達がさらに怒りを露わに突っ込んでくる。
女は器用に男の腕をかわしながら剣で虚空を切り続けた。
しかし、このまま男達を傷つけずにやり過ごすのはさすがに難しいだろう。
尚隆がそう感じた次の瞬間、気を失っていたはずの男の手が女の足首を掴んだ。
「!!!!」
バランスを崩して女は地面に倒れ込み、その隙にもう一人の男が飛び掛かろうとする。
だが、すかさず尚隆がそれを遮った。
「嫌がる女を抱くのは趣味がいいとは思えないが」
「、ぐっ……!」
男の首にあてがった剣の先で、女が驚いたように此方を凝視している。
「この男の死体を拝みたかったらこのまま続けてくれても構わんが?」
「ち……っ!行くぞ!」
周りの男達を一瞥すれば、男達は恨みがましい目付きをしながらも去っていった。
それに眉一つ動かす事もなく尚隆は剣を鞘に納め、座り込んでいた女に手を差し伸べた。
「立てるか?」
「あ……、はい」
差し出された手を思わず掴むと、尚隆は特に力を入れた様子も見せずに女を軽々と引き上げた。
立ったはずみでお互いの距離が接近し、初めて女の瞳が淡い銀光を放っているのに気がついた。
「……銀……」
「あ、あの……助けて下さって、どうもありがとうございました」
「なに、礼には及ばん」
「いえ……本当にありがとうございました」
女は男達に向けた表情とは違う、柔らかい微笑みを浮かべた。
それは気恥ずかしさと申し訳なさが混ざったもので、ただ感謝の言葉を述べられているだけなのに。
一瞬頭が真っ白になるほどの銀光が尚隆を突き刺して、時間が止まったような気さえした。
「……どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」
我に返ると尚隆は気をそらす為に軽く頭を振った。
「ここは危険だ。人気のある場所に行こう」
「はい……すみません」
黒髪の女は大人しく尚隆の後をついて来た。
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ヒロイン大人しくついて行きすぎ、そりゃ騙されるよ。(笑)
お約束なパターンから物語が進んでいきます。
進行方針は「少女漫画なノリで大人なタッチ」?(汗)