「尚隆!」

金の鬣を今にも逆立てそうな勢いで六太は延王の政務室に駆け込んだ。

「何だ、騒々しい」
「何だじゃねぇよ!また鳳綺を泣かしただろ!」
「……何の事だ」

書類に目線を落としたまま尚隆は知らない振りをしてみるが、六太の勢いは衰えない。

「とぼけんなよ!鳳綺が泣く原因っつったら尚隆しかないだろ!」
「……他の理由も少しはあると思うが」
「は?」

尚隆が出向く前から彼女は泣いていた。
それを指摘するものの、六太が結局言いたいのはそこではないらしく、首を傾げただけだった。

「とにかく!何で泣かしたんだよ!」
「馬鹿に言ってもわからんだろう」

真剣に尋ねても、のらりくらりとかわす事ばかりを言う尚隆に六太はついに業を煮やした。

「もういい!」

入ってきた時と同じように六太は大股で出て行った。
それを横目で見た尚隆は、小さく溜息をつく。

やってしまった、という自覚はある。
いくら腹が立って咄嗟に動いてしまったとはいえ、一番やってはいけない方法をとってしまった。
今までも半ば強引だった事はあるが、今回は本当に駄目だ。

「はぁ……」
「おや、主上が溜息とは珍しい」
「…………」

六太が来ている間、声を発さなかった朱衡が目敏く反応する。
じろりと睨んでみるが、全く意に介さず涼しい顔をして立っている。

「どうやら台輔の仰っている事は本当のようですね。
女性の扱いに長けた主上でも、上手くいかない事がおありのようで」
「うるさい」

半分面白がっているだろう朱衡は相手にするだけ無駄だと、尚隆は眉間を震わせながらも口を噤んだ。

(……俺の身にもなってみろ、慈悲の動物とやら)

二年も我慢してようやく落ち着いて会えるようになったと思ったら、
弱り切った顔で泣き言を漏らし、仕舞いには会いたくなかったとまで言うのだ。
麒麟ならば少しは此方にも同情してほしいと、もういない六太に悪態をつく。

「近頃、治朝が騒がしいようですね。
新しく配属された官吏に対しての風当りが強くなっていると聞いていますが」
「……あれぐらい自力で何とかしてもらわねば困る」

他の官吏からのやっかみなど、跳ね除けられる強さがあると尚隆は思っていた。

「ですが、王からの一言で異例の配置となった事は事実です。
その後ろめたさがあるから、彼女も強く反発できないのではないでしょうか」
「…………」
「主上のお気持ちも理解はできますが……彼女の唯一の味方が王と台輔では、この場合何の役にも立ちません」

罪悪感に晒された尚隆に、追い討ちのように正論が突き刺さる。
何も言えなくなって、長い溜息だけが政務室にこだまする。

「……わかっている」

あの怯えきった表情、それから咎めるような目。
それらを思い出して、尚隆はまた後悔に襲われるのだった。







18章








鳳綺は重い足取りで廊下を歩いていた。

尚隆との事があった日から、気持ちがずっと沈んでいる。
強引に押し倒されたからではない、自分が醜い感情をぶちまけて尚隆を傷付けてしまったから。

(最低な私は、嫌だ)

罪悪感と自分に対する嫌悪感が鳳綺を蝕む。
自分で自分が許せなくて、どうにかなってしまいそうだった。

自然と俯き加減になっていたせいだろうか、廊下ですれ違う人と肩がぶつかってしまった。

「あ……!」
「気をつけなさいよ!」
「……すみません」

目を吊り上げて睨み付けてくる、いつもの女官吏だと気付き、困った人に当たってしまったなと思った。
早く立ち去ろうと鳳綺は落ちた書類を拾い上げる。

「出来がいい鳳綺様は、充分に前を歩く事もできないのかしら」

難癖をつける隙を与えてしまった自分が悪いのだろう。
だけど今日は、全てが耳障りに聞こえて仕方ない。

「それとも私に対する嫌がらせかしら?」
「…………」

苛々する。
どうしてこんな目に遭わなければならないのだろうか。
何もかもが煩わしくさえ感じた。

女が吐いたわざとらしい溜息に、鳳綺の中の何かが爆発した。

「全く……何でこんな人が遂人なのかしら」
「っ……うるさい!」

突然声を張り上げた鳳綺に流石に驚いたのか、女は一瞬黙り込む。
一度だけ女を睨み付け、鳳綺はその場から走り去った。

それからは、ほとんど夢中だった。
ばたばたと乱雑に書類だけを目的の部屋に届けると鳳綺は自室には戻らず、とある場所へ向かった。

琉綏……」

鳳綺が現れると、白い縞のある赤い鬣の馬・吉量は嬉しそうに鼻を擦りつけてきた。

琉綏は騎獣が多数いる厩で預かってもらっている。
こちらに来てからは色々と忙しくて、顔を合わせるのは久しぶりだ。

鳳綺琉綏の鬣を撫でた。

「……私の味方はお前だけかな、琉綏

琉綏は手の感触を確かめているように静かに目を閉じる。
鳳綺は額をこつんと重ねると、堪えていた涙が落ちた。

「私……どうしてこんなに弱くなったんだろう……」

尚隆の言った通りだ。
以前の自分は、人と関わる事を拒んだり、逃げ出して騎獣に縋るような事はしなかったはずだ。
少なくとも、辛い現実を他人に当たったりする事なんてなかった。

(こんな風じゃなかったのに)

大学に通っていた頃は、がむしゃらで無我夢中だった。
そして官吏になるという夢があって、忙しいながらも前を向いていた。

夢が叶ったというのに、ちっとも笑えない。
どうやって笑えばいいかも、もうわからない。

ぎゅっと琉綏の頭を抱き締めると、気遣うような鼻先が鳳綺の肌をくすぐる。
その温かさが嬉しくて、また泣いてしまいそうだった。

「此処にいたのか、鳳綺

突然に声がして、ハッと後ろを振り返ると金の鬣の少年がいた。

「台輔……」

ばっちりと泣き顔を見られてしまい、慌てて目頭を押さえるが、
六太は首を横に振りながら真剣な顔で近付いてくる。

「いいよ鳳綺、泣きたいだけ泣きな。此処には鳳綺の敵はいない」

随分と優しい言葉が返ってきた。

「……いいえ、台輔。私は自分に泣いていたんです……」
「どういう事だ?」

顔を上げると心配そうな六太の目が揺れている。
鳳綺はくすりと苦笑すると琉綏を撫でる。

「……弱くなってしまった自分に」
「そんな、鳳綺は――」
「昔はこんな自分じゃなかったんです。こんな風じゃ……」
「…………」
「人のせいにして、自分は逃げて、あげくに泣いて……」
鳳綺……」

六太がそっと鳳綺の肩に触れる。
鳳綺琉綏の穏やかな瞳を見つめながら、ふとある事を思い出す。

それを急に実行したくなって、鳳綺が勢いを付けて振り返ると、いきなりの事で吃驚している六太に笑って見せる。

「台輔、一緒に来ます?」
「え?ど、何処に?」
「少し、外まで」

え、と呆けたような顔をする六太を余所に、鳳綺はてきぱきと琉綏を厩から出してやる。
そして関弓山を飛び出した。

















外の世界は既に真っ暗だった。

大学の頃よく利用していた厩に琉綏を繋げると、勝手知ったるように関弓の街を真っ直ぐに進む。
夕食時が終わった頃なのか、比較的穏やかで静かな雰囲気が流れている。
目的の場所はまだ閉まる頃ではないだろうと思っていたが、
慣れた大通りの奥に灯りを点けた食庁を見つけると安心した。

「……こんばんは」

戸を開けながら控えめに声をかけると、奥から人がやってくる。
吃驚した顔をするのは、久しぶりに見る苫珠だった。

鳳綺!?」
「や、やぁ……苫珠。久しぶり」
「久しぶりじゃないわよ!あんたまだ数週間しか経ってないじゃない」
「そう……だったっけ」
「まさか、もう音を上げたんじゃないでしょうね?」

いとも簡単に言い当てられるとは思わなかった。
鋭い苫珠に鳳綺はびくりと肩を上下させてしまい、何とか誤魔化してみる。

「そ、そんな事は……ないと思う」

だけどそんな言葉を信じるような苫珠ではない。
痛いほどの疑りの視線を浴びせていると、そこでようやく鳳綺の背後にいる人物を見つけた。

「あれ?こちらの少年は?……!?」
「ど、ども」

ひょっこり顔を出して、困ったように六太は笑う。
そのまま飛んできたので豊かな金色の鬣が隠れもせず揺れている。

「た、台輔!?」

苫珠は慌てて膝を折ろうとしたが、六太がそれを制した。

「あ、いいよいいよ。俺はただ鳳綺に付いてきただけだし」
「は、はぁ……」

鳳綺に向き直ると深い溜息を付いた。

「……あんたと『あの人』の事、やっと何となくわかってきたよ……」
「……?」
「まぁいいわ。それで?何から逃げ出してきたわけ?そんな泣き腫らした目で」
「っ……やっぱり、わかっちゃう?」

気恥ずかしくて苦笑すれば、苫珠が当たり前だと言い放つ。
そして近くの椅子に座り、早く話せと言わんばかりの顔をする。
やっぱり優しいなぁ、なんて思いながら鳳綺は小卓を挟んで向かい側の椅子に、六太と並んで腰掛ける。

「えっと、大した事はないんだけど……」
「そういうのはいいから」

元々相談する気で来たのだが、何だか話しづらくて言い澱んでいると、苫珠にぴしゃりと切り捨てられる。
仕方なく、鳳綺は関弓山に上がってからの事を掻い摘んで話した。
他の官吏達の事、そして尚隆との事を。

ぽつりぽつりと説明していたのだが、次第に苫珠の顔色が変わっていくので、
鳳綺はその気配に怯えて最後はしどろもどろになっていった。

「……それで?」

肘を付きながら既に青筋を立てている苫珠。
これは怒られるやつだとわかっていたが、続きを求められているのでもう全部話すしかなかった。

「そ、それで……喚き散らして……っ」
「……で?」
「で……い、今に至って、います……」

もう話す事はないと鳳綺が口を噤むと、辺りには沈黙が訪れる。
苫珠は眉を寄せ、静かに怒りに震えているようで。
隣にいる六太まで、何も口を挟めずに固唾をのんでいる。

「…………」
「…………」
「……せ、苫珠……さん?」

恐る恐る声をかけてみると、ふいに苫珠が息を吸い込む音がした。

「こんの……馬鹿鳳綺!!」
「っ!?」

机がひっくり返るかと思うぐらいの勢いだった。
鳳綺はその場に硬直した。

「あんた馬鹿じゃないの!?」
「は、はい……」
「虐められたからって何勝手に『あの人』のせいにしてんのよ!!」
「……おっしゃる通り、です……」
「あんたがいつまでもぐだぐだ言ってるから、誰でも怒るのは当たり前でしょ!」
「……はい」

怒涛のような激昂に、鳳綺は返す言葉がない。
全くもって正論で、耳が痛い。

「あんたの主も可哀想ね!肝心の真意が通じてないんだから!」
「……っ」

麒麟を『あんた』と言えるのはきっと苫珠ぐらいだろう。
食って掛かりそうな目のまま隣に向かって言い放つので、六太は反射的に身を縮み込ませた。

『真意』とは、一体なんだろうと鳳綺は顔を上げる。
本当にわからないのか、という表情で苫珠は大きな溜息をつく。

鳳綺、あんた……夢は何だったっけ?」
「……官吏になって、いろんな所を見てみる事……」
「で?あんたの役職って何だっけ?す?すん……すい……?」
「……遂人」
「そうそれ!その遂人は何をするんだった!?」
「……『山野を治める』」
「でしょ!?だったらあんたにぴったりじゃないの!」
「……え?」

鳳綺は目を見開いた。

「あんたは人の幸せが見たいって言ったし、色んな所に行ったなら街の実態を知っている」
「……ま、まぁ……」
「だから下にいる人が本当は何を望んでいるかも知ってる、どこをどうすればいいかもわかってるはずでしょ!?」
「…………」
「学力もあれば知識もある。経験なんてのはね、誰だって最初は未経験なんだから学べばいいだけでしょ?
だから『あの人』はあんたを遂人にしたんでしょう!?」

鳳綺の動きが止まった。

「あんたの為にあるような遂人じゃない」
「…………っ」

(私の、為……)

自身の頭を殴られたような衝撃だった。
尚隆は、言葉数は少なかったけど『鳳綺の望む通りにした』と言った。

ずっと不相応な位置だと思っていた。
だけど考えてみれば、鳳綺が官吏になってやりたかった事が一番できる役職だったのではないだろうか。

(尚隆は、全部わかって……)

鳳綺がやりたい事を、鳳綺以上に見定めて。
鳳綺ならできると、信頼してくれていたのかもしれない。

王の権力で適当な地位にしたのではなく、ただ鳳綺の為にしてくれた、そういう事なのだろうか。

(なのに私は、尚隆に酷い事を言ってしまった……)

尚隆が怒るのも無理はない。

尚隆の言う通り、変わったのは鳳綺自身だった。
勝手に線引きして、尚隆から遠ざかったのは自分だった。

(どうして、こんな簡単な事に気付かなかったんだろう……)

今更になって後悔の念が鳳綺に押し寄せる。

「まだあるわよ!」
「ええっ!?」

罪悪感に駆られて俯いていた鳳綺にさらに追い打ちをかけられる。

「あんた、嫌がらせ受けておいて、どうしてそのままにしてるのよ!」
「だって……その通りだと思って……」
「やられたらやり返しなさいよ!」

びしっと鳳綺を指さした。

「そんな、やり返すなんて……」
「できないと?」
「……う、うん」
「甘ったれんじゃないわよ!!」

本日何度目かわからない叫びに鳳綺はまたしてもビクリと反応する。

「あんたがそうやってうじうじしてるから相手はつけあがるのよ!」
「うっ……」
「それに!そんな弱っちぃのが中級官だったら誰でも虐めるわよ!」
「ええ、そんな……」
「情けない声だすんじゃないわよ!」
「ひっ……」
「要はあんたさえしっかりしてればいいんだよ!」
「……私さえ?」
「あんたが誰にも文句が言えないような遂人になればいいだけの事!」

言いたい事を全て言い切ったのか、苫珠は肩で息をしながら「すっきりした」と吐き出した。
次から次へと捲し立てられて鳳綺はしばらく唖然としていたが、
言葉を一つ一つ呑み込んでいくと、何だか無性に笑えてしまった。

「そうね……その通りだ……」

当たり前すぎて笑えてしまう。
こんなに簡単な話だったのに、どうして自分は難しく考えていたのだろうか。

ずっと忘れていた"自分"という存在が、一気に戻ってきたような感覚だった。

「なんだったら鳳綺、あんた短剣でも常に持っておくといいわ」
「短剣……?どうして?」
「あんたは剣を持つと人が変わるから」
「人を危険人物みたいに……」
「それで今度突っかかってくる奴がいたら短剣で脅してみなさい!」

そう言い、苫珠はその姿を真似てみた。
冗談なのか本気なのかわからない苫珠が面白くて顔が綻んだ。

「……それで?『今度言ったら本当に斬る』とか言うの?」
「『仙だからそんな簡単に死なないでしょ?』って付け加えなさい」

苫珠は悪戯っぽく口元を曲げた。

「私、そんな事できないよ」
「今の鳳綺ならやりかねないんじゃない?」

鳳綺が耐え切れずに吹き出せば、苫珠も満足したように笑った。
本当にできる訳ではないが、嫌がらせに対抗する手立てを考えてくれる苫珠に鳳綺は内心で感謝していた。

食庁の空気が一変して楽しそうな笑い声に包まれる。
こんなに笑ったのは久しぶりだった。

そんな一歩間違えたら危険な会話を、六太は冷や冷やするような気持ちで聞いていた。
慈悲の化身は口を挟む余裕すらないまま小さくなっていた。

「……だんだん戻って来たじゃないの」
「え……?」
「剣を持った時みたいな顔に」

やはり苫珠は鳳綺を元気づけようとしてくれていたのだろう。
嬉しくて目を細めていると、苫珠も珍しく柔らかい眼差しを鳳綺に向けた。

「あんた、結構いい目するからね」
「それ……褒めてくれてるの?」

首を傾げれば、無自覚だったのか苫珠は突然怒り出す。

「な、何言ってんのよ!褒めてるんじゃなくて、危険だって言ってんのよ!」

声を荒げた照れ隠しに、鳳綺は笑みを隠せない。
懐かしく感じるやり取りが嬉しかった。

「……ありがとう、苫珠。話聞いてくれて」

苫珠はそっぽを向いた。

「ふん!あんたの話、聞いてて飽きないからね」
「ふふ……やっぱり褒めてる」
「けなしてんのよ!」

苫珠に乱暴な言葉をぶつけられても、鳳綺は笑っていた。
だけどあまりからかっては可哀想だと、鳳綺はゆっくりと立ち上がる。

「ごめんね、こんな夜中に。頭が少し冷えてきた」
「それはよかった。こんな夜中に来ていい迷惑だわ」
「そういえば、女将さんは?」
「今日明日とちょっと出かけてるのよ」
「……そっか」

女将にも会いたかったが仕方ない、と鳳綺は置き去りにしてしまっていた六太を振り返る。

「それじゃあ台輔、帰りましょうか」
「お、おう……」
「ごめんなさい、こんな所まで連れてきてしまって」
「いや、全然いいんだ……」
「……そういえばその少年、麒麟だったわね……」

忘れていたのだろう、六太を見つめながら苫珠がしみじみと呟いた。
麒麟にも態度が変わらない所、本当に凄いなと鳳綺は思うが、流石に口には出さなかった。

「じゃあ、苫珠……また来るね」
「もう来るな!あんたが来るとまた何かがあったって思うじゃないの!」
「……心配してくれてありがとう」
「迷惑なのよ!」
「はいはい」

鳳綺は赤い顔の苫珠を見てから琉綏に騎乗し、そのまま飛び立った。
さよならは言わなかったけど、鳳綺はまたすぐに苫珠に会いに来るだろうし、自分達はこれでいいのだと思う。

食庁の灯りが見えなくなる頃、後ろに乗っていた六太がようやく口を開いた。

「なぁ……鳳綺
「はい?」
「……あの姉ちゃん、恐えな……」

鳳綺は思わず吹き出していた。
何だか彼にしては静かだなと思ったら、どうやら苫珠の勢いに圧倒されていたらしい。

「でしょう?」

去り際の、怒ったように照れる彼女の顔を思い出す。

「絶対失いたくない、私の大切な友達です。一度、台輔にも紹介したかったんです」
「そ、そうか……鳳綺が良いならそれでいいと、思う……」

震えるように零す六太。
傍から見れば一方的に攻撃されているように見えるかもしれないが、
彼女はああ見えて情に脆く、鳳綺の事も心配してくれているのだ。

今回だって、苫珠のおかげで大事な事を思い出した。
会いに来てよかったと心から思う。

「台輔……私、やっとわかりました」
「な、何を?」
「私のやるべき事です」

突然中級の官吏にさせられてしまったと、泣き暮らしている場合じゃない。
本当にやらなければならなかったのは、その壁を乗り越えてちゃんと仕事を全うする事だ。
大変な地位だけれど、それはとても意義のある役職だった。

「私は……主上と、それに台輔にも信頼してもらって遂人に召し上げられたんですね」

当然やっかみだってある事すら、想定内だったのだろう。

「私だからできると……そう思ってくれていたんですよね?」
「当たり前だろ!尚隆は馬鹿だけど、そういう事に関してはいい加減じゃないから……」

苫珠に言われて、冷静になって考えれば簡単に気付けた事だった。
尚隆は適当そうに見えて実はそうでない人だという事は、知っていたというのに。

「だから、もっと頑張ろります。誰にも文句を言われないくらい、立派にやってみせます」
「そ、そうか!」

鳳綺の力強い言葉を聞いて、六太は安心したように笑った。
彼にも随分心配をかけてしまったなと思う。

「考えてみればずっと官吏を目指してましたけど、それは単なる通過点で、本当の夢は別だったんですよね……」
「……本当の夢は?」

六太が後ろから鳳綺を覗くように見上げる。
夢を抱いたあの頃のように、鳳綺は夜の闇に負けない銀目を瞬かせながら思いを馳せた。

「色んな所に行って、色んな街を見て、たくさんの人を見て―――」

そうして思い出す、初めて会った時の『あの人』の言葉を。


――「その夢を少し手伝おう」――

そう言って、彼は余裕たっぷりに笑っていた。


「どうした?」
「…………、いえ」

(そうだった……尚隆は、変わっていなかったね……)

最初に会ったあの時から、尚隆は何一つ変わっていない。

鳳綺は苦笑しながら俯いた。
どうしてか泣いてしまいそうだった。

「私……主上に謝ろうと思っていたんですけど、やめました」
「……え?」

六太が首を傾げているのを気配で感じた。

「……主上には、態度で謝ろうと思います」

言葉で伝えたとしても、それだけでは尚隆の思いに応える事にはならないだろう。
自分の行動を改めて、本当に彼の気持ちを汲むのならば、
遂人という地位を全うする事こそが本当の意味での謝罪なのではないだろうか。

誰にも文句を言われない一人前の官吏になれれば、きっと延王の耳にも届くだろう。
それまでは尚隆に会わない、いや会えない。

「だから……今日の事、主上には黙っていてくださいね?」

鳳綺が振り返って笑えば、六太もつられて破顔する。

「……お、おう!頑張れ、鳳綺!」
「はい!」
「俺もたまには遊びに行くから!」
「台輔も仕事して下さいね」
「うっ……!ま、まぁ……一応」
「ふふ……」

もう鳳綺の笑顔に翳りはなかった。











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ヒロイン再始動。
しかしこんなに苫珠さんが活躍するとは思ってなかった。