島左近という名のある戦人が仕官した事で、城内はその話題で持ちきりだった。
稽古場も例外ではなく、剣の腕を一目見ようと詰めかける者や、
一部の力に自信のある者は試合を申し込んだりと、普段より騒がしい。

その中で、これは真剣の戦いかと見間違うほどの気迫で左近に挑む一人の女がいた。
周りの男達はその白熱ぶりにただ茫然と立ち尽くしていた。

「なあ……隊長、本気だよな?」
「……はい、目が真剣です」

前々から綾葉の副隊長を務めている男は、ボソボソと同隊の兵士に呟いた。
槍術指南として幾度も稽古場でその腕を見せてきた綾葉だったが、こんな風ではなかった。
目の前に広がるのは、まさに戦場のど真ん中で行われている事そのものだ。

「最近機嫌悪いですよね、隊長」
「ああ、それもこれもあの男が来てからだ」

あまり感情を顕わにしない綾葉が唯一その表情を緩めるのは、絶対的な忠誠を誓っている主だけのはずだったのに、
そこへ先日仕官したばかりの有名な男が増えた。
もっとも、島左近に対しては完全に敵対心からくるものだったが。


カンカンという、木製特有の音を鳴らせて試合は未だ勝敗が決まらない。
男にいたっては終始楽しそうで、余裕の表情で綾葉の攻撃をあしらっている。
それが余計に怒りを助長させるようで、さらに険しい目で男に迫る。

簡単に言うと、殺気が混じっている。


「……一騒ぎ起きそうだな、こりゃ」


副隊長は幾ばくか青ざめた表情で、終わらない試合を眺めていた。






20・崩壊と敵対心






長く続いた試合は結局左近の勝利で終わり、綾葉は不機嫌な表情を隠さずに井戸水で顔を洗っていた。
拭えない焦燥感と、負けてしまった悔しさで火照る体を冷やそうと何度も冷水を浴びる。
ポタポタと髪から零れていく雫を眺めても、結局消えない不快感。

そこへ、サクサクと土の踏む音をわざと大きく立てて近づく気配を感じた。

「俺が嫌いか、綾葉殿?」

左近が目の前に現れて、綾葉の表情はまたしても険しくなる。

「好きではありません」
「はっきり言うねえ」

山崎の戦いの時にも、この男が食えない性格だと感じた。
軽い男のようにも思えるが言葉はいつも的確で、自分の心を見透かされているような気になる。
そうして、当の本人は余裕の笑みで真意を探らせない。

「貴方がどの程度三成様に忠誠を尽くしているのか、まだ見極めておりませんので」


そんな左近の目が、嫌いだ。


手拭いで顔を拭きながら、綾葉は左近を睨んだがやはりそれは軽くあしらわれた。

「あんた、殿を好いているのかい?」
「…………主として命を賭けるほどには」


心臓が跳ね上がった自分に驚いて、一瞬だけ返答がおくれた。
どうして私は、今の言葉に動揺したのか?


「ああそうかい。だが俺が来て面白くないんだろ?主の盾は多い方がいいと思うんだが、違うか?」
「……私は、貴方が得体の知れない人間だから信用できないと言っているのです」
「直球だなぁ。それも殿の為?」
「当たり前です」

左近はフッと笑った。

「それはただ忠誠心から来てるのか、恋慕からなのか、どっちなんだろうな」

下衆な物言いに、綾葉はカッと頭に血を上らせた。

「……貴方が私の感情について言っているのなら、余計な詮索しないでもらえますか。
人にズケズケと入り込まれるの嫌いなんです」

綾葉はこれ以上は相手していられないと、左近の横を通り過ぎた。
この男と一緒にいると、自分は嫌な感情ばかり湧き上がる。

「貴方が禄で主を選んだのではない事を祈っています。
ご指導ありがとうございました、それでは」


「俺は好きだよ、あんたの事」
「………………は?」
「そういう一途な所、可愛いと思うんだがね」

素っ頓狂な事を言われて思わず背後を振り返った。
恋慕とか好きとか可愛いとか、女が喜びそうな言葉ばかりを浴びせられた。

普通の女ならそれで気を良くするのかもしれないけど、
今は女扱いされる事が不名誉な気がしてならなかった。

「私は貴方のそういう所、嫌いです」

何を考えているかわからない男など、簡単に信用できる訳がない。
そしてそんな男に勝てない自分が悔しくて、嫌いだ。


「……これはまた、なんと壁が厚い女性だろうね。気丈すぎて俺には高嶺だが」

憤慨して去っていった戦場の女に、左近はやれやれと肩を持ち上げた。











綾葉、これらを頼む」
「はい」

ドサッと積まれた書類は、それぞれが別の場所へ持っていくものだ。
持って行く順に効率よく並べていると、筆を走らせていた主が口を開いた。

「大幅な小隊移動があったが問題はないか」
「はい、報告書通り滞りなく進んでいます」
「そうか」

女忍部隊が男だらけの隊に馴染めるか心配していた部分もあったが、
彼女らはおねね様の所属だった事もあってか、そういうのも上手く立ち回っていた。

「三成様は……新しいお屋敷はどうですか?」
「どう、とはどういう意味だ」
「広さや、居心地は良いですか?」
「……特に変わりはない」
「……………そうですか」

裏返せば、問題もなく居心地はまあまあという事だろうか。
自分に必要なもの以外には本当に頓着しない人だなと改めて感じた。


「――失礼しますぜ、殿」

そんな時機会を見計らってきたように入ってきたのは、今朝方打ち合いをした島左近。
穏やかな空気がぶち壊しにされた気分で、綾葉は左近を睨んだ。

「おっと、綾葉殿もいたんですねぇ、お早いですな」


……自分がここにいる事なんてわかりきっている癖に、よく言うよ。


「…………それでは、これらを届けて参りますので私は失礼します、三成様」
「……ああ」

左近を無視するようにして書類を抱え、主の返事が返ってくるのと同時に退出した。
男二人のみになった部屋で、左近は特に気にした風もなくよっこらせと座り込む。

「……今朝、綾葉と試合ったらしいな」
「えぁまあ。随分と良い腕をしてますね」
「そうか」
「それに良い目をしてる」
「………………」

三成はここ最近感じる違和感を抱えたまま、再び筆を走らせた。











綾葉は長い廊下を意味もなく歩いていた。
書類を届け終わると途端にする事がなくなり、こうして足取りは重くなる一方。

(……戻りたく、ないしな)

島左近が来ると自分が酷く邪魔者のような気がして、あの部屋にいられなくなる。
あの男は自分と違い、望まれて三成様の傍にいる。
それに比べて自分は望まれた訳でもないし、する事もないからいただけだ。
私が長年仕えて確立した三成様の背後に、あの男がいると思うと自分が惨めに思えてくる。

所詮、私は必要なかったのかもしれない。

(それを取られると、私はからっぽだ……)

今この時に何をしたらいいのか思い浮かばない。



「あ、綾葉様!」

そんな時、廊下の向こうでばったり出会った奏が何かを抱えて近づいてくる。
彼女はいつでも自分に対して笑ってくれるから、ふっと気持ちが落ち着く。

「お奏殿、どうかしたんですか?」
「これから新入り達の指導に行く所です」
「え、お奏殿も?」
「ええ、副隊長殿にお声をかけていただきましたので、新入りの稽古を集中的にやろうと思いまして。
基礎がなっていない奴ばかりだと副隊長殿も言っていましたしね」

先日増員された兵卒の中には、まだ若く戦の腕も未熟な者がいた。
綾葉もそのあたりの補強をしなければいけないと考え、今朝それを指示した所だった。

「これが、武具の手入れも一から教えないといけないんですよー!」
「それで一式持ってた訳ね」

使い古されたそれは今にも臭ってきそうなほど年季が入っていた。
ああ、自分にも武具の扱い方がわからない時期があったなと、しみじみ感じた。

「私も様子を見に行っていいかな?」
「ええ、もちろんですよ!綾葉様が来れば皆喜びますよー!」

奏に連れられ稽古場に行くと副隊長の怒号が聞こえ、そして既に稽古を付けられのびている兵達がいた。
副隊長は新入り達に指導するのが楽しいらしく、生き生きと棒を振り回していた。
要するに稽古場はごった返していた。

「やってるね」
「!綾葉様!」

綾葉が顔を出すと兵達はドッと沸きだち、「綾葉様だ!」という呟きが方々で聞こえた。

兵が増える事は良い事だと思うけど、この頃は多くなりすぎて兵卒の顔が全員覚えられない。
むさ苦しい男達に囲まれて生活する事に慣れていた自分にとって、それは残念でならなかった。
兵卒は兵卒なりの結束があるというのに。

「ほらあんた達、綾葉様がいらっしゃったんだから、もっとしっかりする!それでも男なの!?」
「「「「は、はい……っ」」」」
「強くならないと生き残れないよ!」

副隊長の稽古はそうとう厳しかったらしく、奏が喝を入れても容易に起き上がれなさそうだった。
綾葉には、その光景がなんだか懐かしかった。

「では、起き上がれる者から武具の扱いを指導します」

それは奏ではなく綾葉の言葉だった為、奏は意外そうに目を合わせた。

「え、綾葉様?」
「手伝ってもいいよね?久しぶりに基礎に触れてみたくて」
「ええ、大歓迎ですよ!あんた達、綾葉様が直々に指導してくれるそうよ!」

そんな大袈裟な、と思った綾葉だったが、その効果は抜群だったようで兵達はあからさまに目の色を変えた。
綾葉は自覚していなかったが、新入り達にとって既に綾葉は簡単に接する事のできる人物ではなかった。
三成の側近であり、女なのに男顔負けの戦の腕、そして誰にも劣らない忠誠心は、やはり新入り達の間でも有名だった。

ちなみに副隊長も結構な地位になっていたが、彼は兵達の世話が好きなようで、
よく色々な隊に顔を出すのでどの兵からも等しく身近な存在だった。

「お、俺もう元気です!」
「俺も!先程の稽古なんて何のその……うっ、ゴホッ!」
綾葉様!是非我らに指導を!」
「お、俺が先だ!」
「いやいや俺が先だ!」
「イテテ、押すな馬鹿!」
「是非綾葉様に!」

ぐったりしていたのが嘘のように、先を争って綾葉の前に座り込む者達。
綾葉はその勢いにただ驚き、ある程度予想していた奏は呆れていた。


「おいお前等!俺の稽古はまだ終わってないぞ!」


向こうで虚しく立っているのは、急激に人気のなくなった副隊長。
ふと副隊長と目が合うと、彼はこっそりと「そりゃあないですよ」という情けない顔を向けてきた。


「元気そうですね皆さん。もう少し絞ってからにしましょうか」
「「「「「「え、ええーーーーーー!?!?」」」」」」

笑いを堪えて呟くと、兵達は謀ったように声を揃えて絶叫する。

「一度吐くぐらいの気合いを見せなさい!ここに来るのはそれから!そうですよね、綾葉様?」
「………うん、そうだね」


兵達には申し訳ないけど、何だか温かいなと思った。











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ヒロインって案外ねちっこい性格ですね(笑)
左近が完璧に苦手なご様子。
そして三成様は……どうなんでしょう、ウフフ。

それと、いい加減副隊長に名前付けた方が良さそうですね。
補足しますと、「副隊長」って言ってますが、それはヒロインの副官であって、
既にいくつかの小隊をまとめる位置にあります。

あまり表記してませんが、意外とヒロイン出世してます。