―――「落ち着いたか?」―――
助けられた記憶。
青い軍服が印象的だった。
「…………」
「温かいコーヒーだ。飲みなさい」
「…………」
「名前は?」
「…………」
「……はぁ……。私はロイ・マスタング、一応軍人だ。それで、君は?」
「……フェリア……」
「何だ、ちゃんと話せるではないか」
「…………」
「何があったのか……聞いてもいいだろうか?」
「…………」
「……わかった。まぁ、ゆっくりしていきたまえ。ここには君の敵はいない」
「…………」
9th
俺は焦っていた。
日に日に真っ青になっていくフェリアに。
男達が襲ってきて、フェリアの錬成を初めて見た時以来、たびたび俺達は襲われる事になった。
頻度で言えば3日に一度くらいで。
だけどあいつらは人間離れした技ばかり使うのに、本気で仕掛けてこない。
少しこちらを痛めつけたと思ったらすぐに去っていく。
手の中で遊ばれている気がして腹が立つ。
「エドーー!」
はっと我に返って顔を上げると、フェリアの笑顔が咲いた。
フェリアは本当に綺麗に笑うようになった。
瞳から光が溢れては零れる。
それが俺に向けられていると思うと嬉しい。
だけど、俺は無理して笑うしかない。
輝くように笑うフェリアとは正反対に、真っ青な顔。
白いとは……もう言えない。
いつ倒れるかもわからない体。
「フェリア!そんなにはしゃぐな……!」
「えぇ……何で?」
追いかけてもフェリアは楽しそうに逃げていく。
自分の体を全然気遣わない。
「また倒れたらどうするんだよ!」
あれから何回倒れたと思ってるんだよ。
「大丈夫だって、エド……」
全然大丈夫じゃない。
頼むから大人しくしていろ。
「フェリア!」
ガッと腕を掴んだ。
その腕の……何て細い事。
脅すように睨み付けても、フェリアは全く怯まない。
「大丈夫だよ……」
だから離して?と目が訴えている。
……頼むから、体を大事にしてくれよ。
フェリアの腕を引いて、俺が前を歩く。
「エド……図書館行かないの?」
「そんな場合じゃない」
手を引っ張ろうとしても、離してなどやらない。
「私……1人で歩けるよ……?」
「…………」
何故俺から離れていこうとする?
俺がお前を守ってやるから。
……だから俺の傍にいろよ。
バシィッ!
「くそっ……!」
また変な奴が襲ってきた。
ご丁寧に寝静まった時刻に。
腹が立つ。
フェリアを殺す事が目的な筈なのに、何故こんな回り道をする?
何故、まず最初に俺を狙う?
……まぁいい、上等だ!
今度はぜってぇ負けねぇ!
青白い光を発生させ、俺は自分の腕を剣に変えた。
「いくぜ!」
ダッ!と同時に飛びかかる。
相手は男……とはもう呼べない。
夜の闇に潜むその姿は、トカゲのような体だった。
黄色い目だけが俺を睨み付ける。
すばしっこいが……向こうの武器は爪のみ。
トカゲ野郎の右爪をかわし、左爪を剣とかち合わせる。
腹を蹴り上げるとその反動でトカゲ男は高く跳躍した。
地面をえぐる程の爪攻撃を何度も飛び退りながら避ける。
「ちょこまかと………大人しくしやがれ!」
今度はトカゲの頭を蹴り落としてやった。
痛そうな地面を擦る音が聞こえたが、トカゲ男は体をひねりながら再び仕掛けてくる。
「……へっ……攻撃が単調になってきたぜ!」
男は突進しながら爪攻撃を繰り返すだけだから、反撃の策はいくらでも思い付く。
確実に任務をこなすタイプのようだが……こいつ結構弱い。
手を叩き、トカゲ男の目の前に石の壁を作ってやると、高く跳躍して来た。
得意の爪を地面に突き立てるが……俺はそんな所にはいねぇ!
「後ろがガラ空きだぞトカゲ野郎!!」
高い位置から降りるという事は、その分起きあがる反動は大きくなる。
その隙に後ろに回り込み、鋼の剣を薙いだ。
「!!!」
トカゲ男の肩を浅くだが切り込んだ。
これで勝算は一気に上がる。
「トドメを刺してやる!!」
俺は嬉しさで思わずニヤついた。
「エド!!」
「兄さん!!」
「……なっ……お前ら!」
振り向くとフェリアとアルがいた。
アルは良い。
だけど……
「フェリア!何で来たんだよ!」
「私も戦えるよ!それに……私の敵だから、私が戦わないと!」
馬鹿言うな!
これじゃ1人で宿を飛び出した意味がない!
「アル!何でフェリアを連れてきたんだよ!?」
「フェリア1人宿に残すのも危険だと思ったから……!」
そうこうしているうちにトカゲが起きあがった。
俺は舌打ちをしてトカゲに剣を向けた。
「兄さん!」
「うるせぇ!こんな奴……俺1人で何とかできんだよ!」
鋼の剣で斬り付けるが……さっきより素早い動きで避けられた。
コイツ……今まで本気じゃなかったって事か。
俺と戯れるなんざ……良い度胸じゃねぇか!
俺は槍を錬成して、それを棍のように両端を使ってトカゲに迫った。
……だけど、背後にフェリアがいると思うと、力を出し切れない。
こいつがいつフェリアを狙うかが頭によぎって大きな技が使えない。
「……この……いい加減に……!」
トカゲ野郎の余裕なツラが俺を苛立たせる。
トカゲの目が一瞬細められた。
殺気を感じて一歩後退し槍で防御をしたが、
体ごと跳んできて鋭い牙が俺の左肩をえぐった。
「……ぅぐ…!!」
あれ以来治りきる事がなくなった左肩。
だけどそんなものはどうでもいい。
俺が怯んでいるうちに、最も敬遠していた事が起こった。
あのトカゲ野郎、アルとフェリアを標的にしやがった。
「エド!」
「バカ!いいからお前は下がれって!!」
「エドこそ逃げて!肩怪我してるじゃない!」
フェリアは聞く耳持たず、不器用に構えている。
「……っくそ!!」
俺の傷なんかどうでもいい!
バシッ!!
手を叩いて地面を変成し、遠ざかるトカゲ野郎に下から無数の槍を飛び出させる。
だけど、その内の2、3本が足を貫いただけで勢いを止めるまでにはいかない。
「……チッ…!」
苛々する。
思い通りにならない全てに。
「フェリアはやらせない!」
アルが殴りかかった。
一瞬足を止めたトカゲはアルの胴に頭突きを食らわす。
怯まないアルはトカゲ野郎の傷ついた足を掴んで体ごと振り回した。
その隙に俺もトカゲの所まで追い付く。
そして地面に叩き付けられたトカゲの腕に素早く剣を突き立てた。
トカゲ男は人間とは思えないような奇声を上げた。
「今度こそくたばれ!」
肩で息をしながら俺は叫んだ。
しかしトカゲ野郎は、自らの腕を無理矢理引っ張り、真っ二つに裂いて剣のしがらみを解いた。
ボタボタと鮮血を流しながらも、俺とアルの間をぬってフェリアに飛びかかった。
「!!」
ヤバイ!
「フェリア!!下がれ!!!」
フェリアは逃げない。
駄目だ!!
フェリアがやっちまう!!
そして俺はトカゲに追いつけない。
「フェリア!!」
パンッ!
バシュッ………!
「っう……ああああぁぁぁっ!!!!」
俺の目の前でまた起こしてしまった。
手を伸ばすその先で、静止画像のようにフェリアが叫びを上げる。
血が吹き出る、嫌な音。
ツンと血の臭いが鼻に付くほどの、大量の血。
そして……笑顔で叫ぶフェリアの顔……。
裂け出た赤黒い血はフェリアの目の前で、爆発した。
その勢いでトカゲ男に飛んでいく、無数の血の針。
「!!!」
トカゲが身を翻し、迫る血の針をやり過ごそうとする。
しかし、その内の一本がトカゲ野郎の猫目を潰した。
「グァァッ……!!!」
トカゲ男は悶え、そのまま夜の闇に消えていった。
しかし……その顔は笑っていた。
「はあっ………はっ……!」
フェリアは顔を顰めながら、掌を押さえていた。
……俺に笑いかけながら。
俺は下唇を噛んだ。
噛んで、噛みきって血が出るまで。
夜の街に一面に広がる、『無数の針』だったフェリアの血。
壁にまでそれが飛び散り、辺りは散々な状況になっていた。
鋼の手を握りしめた。
あいつ……俺の錬成を真似しやがった……
俺がさっきあんな錬成をしなければ、こんなに大量に血を出さなくてもよかった。
俺が最初に仕留めておけば、フェリアはまた錬成しなくてもよかった。
俺が油断しなければ……俺がしっかりしてれば……フェリアが傷つく事はなかった。
「はぁっ……エド……大丈夫…?」
何で俺の心配をする!?
何で出てきたんだよ!?
……何で笑いながら命を削る!?
「…………」
「……エド?」
「……んで…」
「え…………?」
「……何で……笑ってんだよ……!」
悔しい。
フェリアに錬成させたのは俺のせいで。
なのにお前は笑って寄ってくる。
「だって……エドを守れたから……」
「!!!」
悔しい。
目の前の女1人守れない。
「俺はっ……フェリアに守ってもらいたくなんかない!」
「え………?」
フェリア1人だけ悲しそうな顔をしている。
アルも何か言いたそうだけど、わかっているから何も言わない。
「フェリアは……もう錬金術を使うな!!」
「そ……んな……私……」
「二度と使うな!!わかったな!?」
「でも私も……エドと戦いたい……!」
「戦わなくていい!!お前が出てくると、俺の調子が狂うんだよ!」
お前がいなかったら、俺はあいつを仕留められた筈なんだよ!
「私……私っ……!」
フェリアの目が見開かれている。
そこで俺は後悔した。
違う……俺が言いたいのはそういう事じゃなくて……!
「あ……フェリア!」
フェリアは目に涙を浮かべながら走っていってしまった。
それをアルが追う。
この血の惨劇に残されたのは俺1人。
ギリッと鋼の腕が軋んだ。
…………苛々する。
頼むから真っ青な顔で俺に笑うな。
俺が無力だって思い知らされる。
頼むから戦おうとするな。
お前は俺の後ろにいればいいんだよ。
フェリアに守ってほしくない。
俺がフェリアを守りたいのに。
1人で走っていくな。
俺を置いていくな。
俺の傍にいろよ。
……俺を頼りにしろよ。
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エド視点。
ちなみに、トカゲ男は原作に出てくる奴とは違いますのであしからず。
書き上げた当初、またしてもエドが弱くなってたので修正(笑)
金も権力も武力もある人は……扱い辛いなぁ……。