06-3
「ありがとう、コナン君」
ほどなくして警察が到着して犯人は捕まり、美弥は山の中から助け出された。
救急車やパトカーが何台も集まった温泉街は騒々しく、美弥の周囲にも警察や救急隊の人などが入れ代わり立ち代わりにやってきては容態を尋ねられる。
結局温泉旅行どころではなくなってしまったなと、美弥は大人達がバタバタ動いているのをぼんやりと眺める。
「間に合ってよかったけど……もう少し早く助け出したかった」
改めてお礼を言えば、笑ってくれるかと思っていたコナンは悲しそうに眉尻を下げた。
コナンの視線の先の美弥は頬を腫らし、唇の端は切れて赤くなり、首には絞められた跡ともがいて付いた引っ掻き傷、それから手首も痣になっている。
きっと痛々しい姿に見えているだろうと思うが、美弥は小さなヒーローの頭を撫でて微笑む。
「そんな事ない。助けてくれてありがとう……恰好よかったよ」
「……うん」
大丈夫、自分は生きている。
後遺症になりそうなものもなさそうだし、それだけでコナンには感謝してもしたりないのだ。
まだ自分が納得できてない感情もあるのだろう、だけどそれを堪えるようにして彼は小さく頷いてくれた。
詳しくはまだ聞いていないけれど、恐らく美弥を助ける為に赤井と何か作戦を立てた上で、コナンが犯人を引き付ける役をしていたのだろう。
人質をとった犯人の前で見せた悔しそうな表情も演技だったのだろうと思う。
「ごめんなさい、美弥お姉さん……」
「すみません……美弥さんが来てくれなければ、僕達も危なかったかもしれません」
「ごめん、ねーちゃん」
美弥の傍にまで寄ってきてシュンと肩を落とす三人にも、美弥は目を細めて笑みを浮かべた。
「みんなが無事でよかった。あんまり、無茶な事はしちゃ駄目だよ?」
「はーい……」
返事が重なった三人の子供達は危なっかしいけれどちゃんと反省して謝る事ができるのだから、そういう所が素直で可愛い。
子供達を守れて本当によかったと美弥は心から思った。
あの時自分がとった行動を後悔はしていない、むしろ満足感のようなものの方が大きい。
「無茶な事をしたのは、あなたもだと思うけど?」
「う……はい」
哀に痛いところをつかれて、今度は美弥がシュンと肩を落とす。
確かに何の特技も武器もない一般人の自分が闇雲に危険に飛び込んだって、巻き込まれたり返り討ちに遭うだけだ。
咄嗟に動いてしまった事とはいえ、確かに考えなしだったなとそこは反省している。
一回り以上も年下の哀の貫禄に勝てず、すみませんと呟くと、少女はふっと視線を逸らした。
「でも……よかった」
「……うん」
小さな声だったけどしっかり聞こえて、心配してくれているのがわかって嬉しくなった。
なんだか自分が思っている以上にみんなに心配されて、無事を喜ばれている。
もしかしたら自分は結構皆に必要とされているのかもしれないと思ったら胸がじわじわ温かくなるようで、密かに笑みが零れた。
「けど……どうして昴さんがここにいるんですか?」
当たり前のように美弥の隣にいる沖矢に、光彦が首を傾げた。
それは確かに美弥も疑問だった。
助けに来てほしいとは思っていたが、実際どうしてこんなに早く、こんな遠い場所にまで来られたのか今更になって不思議だった。
皆の視線を浴びながらも、沖矢はいつもの調子で微笑を浮かべている。
「連続殺人犯がこのあたりに潜伏しているかもしれないとニュースでやっていたので、もしかしてと思って心配だったので近くまで来てたんですよ」
「それでここまで来るなんて、すごいねー!」
「昴さんって意外と心配性なんですねぇ」
「そうかもしれませんね」
過保護な恋人のように思われてしまっている気がするが、沖矢は否定もせずに素知らぬ顔で立っている。
皆で散歩に出かける直前にかかってきた電話がそれを知ったタイミングだったのだろう。
美弥には何も言わなかったが、結局彼は事件が起きるかもわからない段階で既に此処へ向かっていた事になる。
でなければ、いくら美弥が助けを呼んでもあんなに早くは来られなかっただろう。
(もしかして、本当に過保護なのかな……?)
チラリと沖矢を覗うが、彼は柔らかな笑顔を崩さない。
だけどその表情の奥で一体何を思い、どれだけ先を読んで動いていたのだろうと考えると、何だかくすぐったいような、申し訳ないような気持ちになる。
「ねーちゃんの場所は何でわかったんだ?オレ達も追いかけたけど暗くてよく見えなかったぞ」
「あ、それはね……」
元太の疑問には美弥がクスリと笑って首元のネックレスを持ち上げる。
小さく揺れるそれを、集まってきた子供達がしげしげと見つめる。
「それ、いつもしていますよね?」
「歩美も見た事あるー!」
「うん。これが私の位置を昴さんに教えてくれてるの」
GPS機能が内蔵された、シルバーのチャームが付いたネックレス。
赤井に生きている事を打ち明けられた時に渡されたもので、それ以来美弥は肌身離さず身に着けている。
外に出る時や仕事中はもちろん、家の中でもお風呂に入ったりする以外はだいたい付けている。
「もちろん普段は使用しませんが、非常時にはいつでも把握できるようになっているんですよ」
「へぇーそうなんだ!」
「だからずっと付けてるんですね!」
最初に受け取った時にも彼からそう説明された。
だけど常に美弥の居場所がわかってしまったとしても嫌だと思った事はない。
むしろ、このネックレスが自分と彼を繋げてくれている気がして安心するのだ。
頻繁に会えなくても、彼が危険な場所に行っていたとしても、彼が傍にいてくれるようだから。
実際に今までにも何回かお世話になったし、今回はちゃんと彼を呼んでくれた。
「僕が阿笠博士に頼んで作ってもらったんですよ」
「すげえ!いいなあ!」
もちろん電子機器になるので定期的な充電が必要になるのだが、安心を買うと思えば苦ではない。
底に充電用の小さな端子があるので、夜寝る前などにそこにコードを繋げてちゃんと習慣的に充電している。
「それで、これを引っ張ると……」
さらに美弥から緊急のSOSを発信したい時は、引き出した内側のパーツにある小さなボタンを長押しする動作が合図になり、自動的にそれが赤井の端末に伝達される。
此方に向かっている途中でその知らせが来て、即座に美弥に電話をかけたそうだが実際に出たのはコナンだった。
スマホは犯人の気を引く為に投げてしまったので、それを子供達が拾ってコナンに渡してくれたのだろう。
「彼女のスマホにもGPSが内蔵されていますから、先に現場に向かってもらうコナン君が持てばその位置も此方で確認できる」
「それで両方の位置がわかっている昴さんに、美弥さんの場所を教えてもらいながら追いかけたのさ」
「そうだったんだ……」
子供達から事情を聞いたコナンは、美弥のスマホを受け取って沖矢の指示通りに山を走ってきたという。
沖矢とコナンの詳細な説明に、子供達だけでなく美弥も感嘆の声を上げた。
以前にも思った事だが、一方は小学生だというのに二人がこんなに連携のとれた動きができる事にいつも驚いてしまう。
沖矢というか赤井もまた、コナンを一人前の大人のように扱っているようで。
それだけコナンの頭脳を買っているのかもしれないが、彼がそこまで信頼するのはとてもすごい事なんじゃないかと美弥は思う。
「博士!オレ達にも作ってくれよ!」
「なんじゃと!?みんなには探偵バッジがあるじゃろう?」
「会話もできるし、機能だけで言えばこっちの方が高性能よ」
「そっか、なら別にいっか」
困る阿笠に哀が冷静なフォローを入れれば、元太はあっさりと納得した。
事件の後とは思えない平和な会話に美弥は苦笑する。
子供達のおかげか、大変な目に遭ったというのに思ったより美弥の気持ちは落ち着いていた。
救急隊の人が戻って来て、これから近くの病院に搬送するという説明を受けた。
首は絞められたが大きな怪我はないのでそこまでしなくとも、と思ったが必要な事らしい。
「では、病院に大勢で押し掛けても邪魔になるでしょうから、僕は先に帰っていますよ。何かあれば連絡してください」
「…………」
変装している沖矢があまり此処に長居したくないのはわかる。
だけど今はどうしてか心細くて、まだいなくならないで欲しくて、美弥は踵を返した沖矢の指を咄嗟に掴んだ。
「、…………」
「あ……えっと……」
振り返った沖矢が窺うような目を此方に向けてくる。
わかっている。これが我が儘だとわかっているけれど、どうしてか体温を離したくなくて。
下手な言い訳もできなくて美弥は視線を落とす。
変装していても赤井のままの指を力なく握っていると、やがて絡めるように握り返される。
「……わかった。一緒に行く」
「……いいの?」
「そんな顔をされたらな」
「ごめん……」
「謝る事じゃない」
小さく表情を緩ませた沖矢のもう片方の指が、美弥の腫れた頬を触れるか触れないかくらいの力加減でそっと撫でる。
眼鏡の奥の伏せがちな瞼から覗く瞳にはどこか悔しさすら浮かんでいて。
きっと美弥の怪我を気にしているのだろう、そう思ったら胸がギュッと掴まれて、また涙が滲んでいく。
(ああ、もう、言い逃れできない)
意味もなく泣きたくなるような、胸を締め付けるこの想いは。
大丈夫だと、そう言って抱き締めたくなるようなこの気持ちの名前は。
ずっと見て見ぬふりをしていた自分の感情に、気が付いてしまった。
――私はこの人の事を、どうしようもなく好きになってしまった、と。
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余談。
借りたレンタカーは赤井が人を手配して返却してくれました(たぶんキャメル)