06-2
どうやらあれは人間だったらしい。
死体だと騒いでいるのでそうなのだろうが、なにぶん美弥の周りにはコナンを倣ってか皆が取り囲むようにして視線を遮るので、それ以外の景色は何も見えない。
最初は気付いていなかったが、一瞬でも見えてしまったあれが死体だったのかと考えると、自然と心臓がドクドクと脈打って怖くなる。
だけど子供達は美弥が苦手な事を知っていて、自分達もショックだろうにそれでも美弥を守るように立っていてくれるので、その気持ちで恐怖が少し和らいだ。
事件なのか、それとも事故なのだろうか。
もし事件なのだとしたらどうして、犯人は一体誰でどこにいるというのか。
音だけで状況を読み取っていると、吊り橋を渡り切ったコナンが器用に川に降りて遺体の傍に駆け寄っているらしい。
いつまでも吊り橋にいても仕方ないと、現場を見ないようにしながらそろそろと陸地まで進み、連絡を頼まれた美弥がスマホで警察を呼び、宿に残っている阿笠にも連絡した。
通報するのは初めてだったので緊張しながら一通りの説明を終えると、再び阿笠から着信が入る。
『大変じゃ!温泉街の方でも切りつけられて怪我をした人がいて大騒ぎじゃ!』
「ええ!?」
川岸に流れ着いていた女性は殺害されているようだとコナンは言っていたが、まさかこうも立て続けに事件が起こるとは。
「そ、その人大丈夫なんですか?」
『周りの人達が救急車を呼んだらしいが、幸い意識はありそうじゃ』
「どうかしたの!?」
不穏な会話を察知したらしいコナンがいつの間にか戻ってきていて美弥を見上げている。
「向こうでも切りつけられた人がいるんだって……」
「!通話をスピーカーにしてくれる!?」
「う、うん」
慌てて指示通りにボタンを押して、コナンの方にスマホを寄せる。
「博士、襲われた人って女の人!?」
『あ、ああ、若い女性じゃったと思うが』
「……!」
「あ、コナン君!」
コナンは脇目もふらずに走って遊歩道を戻って行ってしまった。
きっと彼の事だ、切りつけられたという女性の所へ向かったのかもしれない。
「俺達も行こうぜ!」
「ええ!」
「あ、みんな……!」
とりあえず此処まで来てくれる事になった阿笠との通話を終えている隙に、子供達まで率先して戻って行ってしまう。
子供だけで行動させる訳にもいかず追いかけなければと思うのだが、警察を呼んだのに現場に遺体を残して誰もいなくなってもいいのかとオロオロしていると。
「私が博士と一緒にいるから、美弥さん行ってきてくれる?」
「っ、うん、ごめんね哀ちゃん!」
遺体の傍にいても役に立たない事を知っているからだろうか、判断力のある哀がそう言ってくれたので美弥は申し訳なく思いながらも子供達を追いかけた。
吊り橋を戻り、行きはのんびり歩いた遊歩道を転ばないようにしながら駆け足で走り、入り口付近にある小さな橋を渡った所でこちらにやって来る阿笠と出会った。
途中で子供達とすれ違ったのだろう、背後を心配そうに振り返っている。
「私が子供達の所に行きます。哀ちゃんが残ってくれてるので、すみませんがお願いします」
「お、おお、すまんの」
中心街の方へ走っていったぞという阿笠の言葉に従い、周囲を見渡しながら戻ってみると次第に異様な騒がしさが耳に入ってくる。
あっちの方かもしれないと、苦しくなってきた呼吸もそのままに走ると動揺や恐怖を浮かべて茫然と立ち尽くしているような人が増えていき、
その人だかりの中心にいるコナン達と蹲っている女性を見つけた。
痛みか恐怖か、女性は表情を歪ませているが意識はありそうで、応急手当をされて救急車を待っている所のようだ。
コンクリートに落ちて広がっている赤黒い染みのような液体を視界に入れてしまい、美弥はグッと胸の苦しさを覚える。
「あ、美弥お姉さん」
「みんな……っ、急にいなくならないで。何が起こってるかわからないんだから……っ」
「すみません……けど放っておけなくて」
もう、と息を吐きながら走ってきた呼吸と動揺を整えていると、美弥の声に気付いたコナンがバッと顔を上げる。
「お前ら、すぐに美弥さんを連れて旅館に戻れ!」
「ああ?何だよ急に」
「これは恐らく、数日前から騒がれている連続殺人犯の仕業だ!」
「ええ!?連続殺人犯!?」
コナンの必死な形相に子供達だけでなく、周りの観光客すらもどよめいた。
「犯人は若い女性ばかりを無作為に狙ってる。美弥さんもその対象に入ってるから警察が来るまで安全な場所にいるんだ!」
「で、でも、あれって東京でばかり起きてる事件じゃなかったんですか!?」
「さっきラジオで逃走中って言ってただろ?オレの推理が正しければ、犯人は今この辺りに潜伏してる!」
「ええー!?」
今までに刺された女性の共通点や事件が起きた場所から、少し前から世間を騒がせている女性を狙った連続殺人犯がいるとコナン言う。
聞いていた客の中には同じような年齢の女性も数多くいて、コナンの言葉に血相を変えた女性達は慌てて自分の宿に散っていく。
一方で早口で言われた言葉がまるで他人事のように聞こえて僅かに放心していた美弥の腕を、歩美が握り締める。
「行こう、お姉さん!」
「え、でも……」
「ボクは大丈夫だから!みんなと戻ってて!」
「う、うん……」
戻るように言い渡された子供達も少し不満そうにしていたが、美弥を安全な場所に送り届けるという使命があるからか素直に頷いた。
美弥は判断に困った。
連続殺人犯は怖いが、だからといって小学生を置いて自分だけ安全な場所に逃げていいのだろうかと。
だけど此処にいて自分ができる事なんてない、だから足を引っ張らないようにするしかないのだ。
役に立たない自分を情けなく感じながら美弥は大人しく宿への道を一緒に戻る。
「ぜってぇあいつだぜ!」
「うん、歩美も見た!」
急ぎ足で旅館に向かっている途中でも元太と歩美は息巻いていた。
中心街を散策している時にぶつかった、怪しい雰囲気の男がそうに違いないと二人は口々に言う。
怪しいってだけで犯人だと決めつけていいものかと美弥は頷けなかったが、異様な目をしていたのは確かだった。
観光客でも、ましてや地元の人でもあんな雰囲気で歩いている人はいないだろう。
(まさか、本当に?)
「歩美、次にその人見たらわかると思うもん!服着替えてたってわかる気がする!」
「オレだってわかるぜ!」
「ええ、見つけてやりましょう!」
まるで自分達が捕まえてやるんだとでも言いたげに拳を握っている。
それは勇敢ともとれるが、一歩間違えればそれは無謀だ。
「気持ちはわかるけど……それは警察の人に伝えるものだよ。どんな仕返しに遭うかわからないんだから、自分達だけで動いたら危険だからね?」
「はーい……」
「ちぇ、コナンばっかりズルいよな」
「ええ、僕達も少年探偵団なのに……」
「…………」
わかってはくれたようだが、子供達はやっぱり面白くなさそうだった。
(確かに……どうしてコナン君ならいいと思うんだろう)
本来なら同じ小学生で、子供だ。
引き摺ってでも連れてこなければいけなかっただろうに。
どうしてか、あの強い目に見つめられると自然と頷いてしまうのだ。
コナンだけでなく、哀もそうだ。
阿笠が後から来るとはいえ小学生の女の子をあんな山奥で一人にさせてしまっている。
あの二人を不思議と、美弥の意識の中で大人として接してしまっている気がする。
それは良い事なのか悪い事なのか、考えているうちに泊まる予定の旅館に到着した。
無事に着いたとひとまず息を吐いて、美弥はスマホを取り出した。
すぐに目に入る沖矢昴の文字を見下ろして、連絡しようか少し悩む。
(シュウ……)
安全な所に戻ってはきたが事件はまだ解決していないし、犯人はどこにいるかわからないし、何よりコナンや哀は現場に残っている。
判断を仰ぐ為にいちいち遠くの人を頼るのもどうなのだろうと思う。
だけど彼はいつも何でも知っているし、何か気になる事があって連絡してきたのだから報告はしてもいいかもしれないと、メッセージを打ち込もうとしていると。
「、え……!みんなどこに行くの!?」
「僕達は子供ですから!」
「ねーちゃんはそこにいろよ!」
「っ、待って!」
子供達が示し合わせたように旅館から出て行ってしまった。
自分達は狙われないから現場にいても大丈夫だと、そう言いたいらしい。
確実に、彼らは犯人を探しにいくつもりだ。
(どうしよう……!)
迷ったのは一瞬だった。
どこに犯人がいるのかわからない状況で自分だけが安全な場所にいていいのか。
それで子供達に何かあったら美弥は一生後悔するだろう。
(誰かが死ぬ所なんて、もう見たくない!)
スマホを握りしめたまま美弥は旅館を飛び出して走った。
夕方に差し掛かっていた外は既に薄暗くなっていて、このままでは夜になってしまう。
見えなくなってしまった小さな背中を必死で探すと、先ほど行った遊歩道の入り口あたりで集まっている子供達を見つけた。
作戦でも立てているのだろうか、肩を寄せ合って何かを話し合っている。
追いついて、無茶な事をしては駄目だと怒ろうとして、ふいに子供達の背後に人影が現れた事に気付いた。
(あれは……!?)
音もなく一目散に子供達に接近する人影は、服装は違うのに見覚えがある。
そう、僅かに見えたあの目が記憶と同じで、震え上がるほどに怖くて。
その視線が真っ直ぐに歩美の背中を凝視している。
「!歩美ちゃん!」
犯人だと思った。根拠はない、だけどそう思ったのだ。
このままでは美弥が辿り着くよりも早く男が子供達を襲ってしまう。
だから手に持っていたままだったスマホを咄嗟に投げつけた。
運よく男の腕にカツンと当たって、男が少し怯んだ隙に美弥はそのまま背中から体当たりした。
「っ!」
「うわ、なんだ!?」
状況に気付いた子供達が混乱する横で縺れ合って倒れる美弥と男。
男の手には抜き身のナイフが握られていて、やっぱり犯人なのだと確信した。
「え、美弥さん!?」
「あ!この男!」
子供達が驚いて騒ぐ声はどこか遠くに聞こえた。
それよりも、至近距離にあった男の狂ったような歪な視線が子供達から美弥に移るのが見えたからだ。
標的が此方に代わった事に気付いて、ゾクリと背筋を走る本能が危険を訴える。
だけど周囲には動揺する子供達がいて、目の前にはナイフを持った男がいて、逃げ道は美弥の背後にある遊歩道しかなかった。
「っ!みんなは逃げて!」
立ち上がった男が迫ってくるのと同時、美弥は唯一の道を走り出した。
小川にかかる橋を渡り、遊歩道の湿った道を奥に進んで逃げる。
「あの人が犯人だよ!」
「くそ、待てー!」
子供達がそう言いながら後を追ってくるのがわかったが、大人の足には到底敵わない。
むしろ追ってこないで欲しいとも思った。
子供達が狙われるくらいなら、自分が狙われればいいと思ったから。
息が切れる、だけど逃げなければ。
視線だけで振り返れば剥き出しの刃物の鉛色がちらついて恐怖が増長する。
(駄目だ!吊り橋まで行ったら哀ちゃん達がいる!)
一度来た事のある分かれ道に差し掛かり、美弥は咄嗟に滝への道ではない逆の道を選んだ。
滝への道の途中には吊り橋があり、そこには哀と阿笠がいるから。
あそこに犯人を近づけさせる訳にはいかなかった。
「はぁ、はぁ……っ!」
この道の先に何があるのかは読めなかった、どこに辿り着くのかも。
だけど背後には男の異様な目が迫っていて、美弥の進む道はただ目の前にしかなかった。
「っ!」
湿ったぬかるみに足をとられてバランスが崩れた。
転びまではしなかったが、一瞬走るスピードが遅くなってしまったせいで男に手首を掴まれた。
「!、いやっ!」
「お前も俺の邪魔をするのか!」
意味のわからない事を口走りながら男がナイフを振り上げる。
咄嗟に男の腕を押し退けてナイフは当たらなかったが、手首をギリギリと掴まれていて逃げられない。
いやだ、怖い、逃げなきゃ。
無我夢中で引き剥がそうとして、何度も何度も無理に体ごと腕を引っ張った。
「っ!?」
弾みで足元が滑った。
踏ん張ろうとして、できなかった。
気が付けば遊歩道の道から外れた急な坂を、男もろとも滑り落ちていた。
全身が痛い、特に足がじくじくと痛む。
すぐには動けなかったけどよろよろと起き上がれば、何が起きたのか少しずつ状況が理解できてくる。
落ちた場所は崖ではなく幸いにも山の斜面だったようで、草や落ち葉がクッションになったのか軽い擦り傷や切り傷ぐらいで済んだらしい。
美弥の手首を掴んでいた男は、少し離れた位置に倒れていてまだ動かない。
美弥は足から落ちてきたが、手を引っ張られる状態だった男はもしかしたら頭から落ちて衝撃が大きかったのかもしれない。
怪我の様子はどうなのか少し心配だったが、その男に命を狙われていたので悠長に助けている場合ではない。
目が覚めるまでに安全な場所まで逃げなければと顔を上げる。
だけど滑り落ちてきた斜面はかなり急で距離もあり、何より薄暗くて上の方がどうなっているかさえもよく見えない。
視界も悪く、この滑りやすそうな坂をよじ登る事は難しそうで。
「ぅ……」
男の呻き声が聞こえる。
何も良い考えが浮かばないうちに、美弥はとにかく男から離れようと立ち上がって山の中を走り出した。
木の幹と岩と落ち葉が密集した斜面は、一歩踏み出せば勝手に足が下方へと滑っていく。
(ここがどこかわからない)
助けを呼びたくても、スマホはさっき投げつけてしまったので連絡をする手段がない。
子供達が追いかけてきていたとしても、こんな広い場所を探すのは無理だろうし、犯人もいるから危険だ。
もしかしたらコナンなら何か思い付いて動いているかもしれないが、そんな一縷の望みに賭けて自分は犯人と暗闇に怯えて待っていなければならないのだろうか。
「はぁ……っはぁ……!」
勝手に涙が溢れてくる。
走っているだけでなく、恐らく恐怖も合わさって過呼吸のように胸が苦しい。
今更になって男の殺意に満ちた目を思い出して、怖くて怖くてどうしようもなくなって。
背後を追いかけてくる人影がない事を確認しながら美弥はひとまず斜面を下りきって、ゴロゴロと転がっている岩の影に隠れてしゃがみ込む。
「、ひ…っ、は……ぁ!」
呼吸が浅くなって、何も考えられない。
恐怖に震える手を必死で動かして首元のネックレスを持ち上げ、チャームの底を引っ張ると内部が2センチほどスライドして伸びる。
出てきた内部パーツにある小さな押しボタンを数秒間押して、隣にあるランプが赤く光るのを確認してからカチッと本体に戻す。
(シュウ……!)
ネックレスを握りしめながら心の中で叫ぶ。
助けに来てくれるだろうか、こんな遠くまで。
重要人物でも何でもない、ただの一般人の美弥の為に。
だけど彼なら来てくれる気がする。いや、きっと、来る。
だから美弥にできる事は、それまで必死に逃げ続ければいい。
そうすれば、また彼に会える。
あの目が、美弥を救ってくれる。
(よし……っ)
自身に言い聞かせれば少しだけ呼吸が落ち着いた。
ボトムスを膝までめくりあげてみると両足には細かい擦り傷がいくつかと、ふくらはぎにはどこかで引っ掻いただろう切り傷があって血が流れている。
だけど出血は多くなさそうで、急いで止血しなければ危ないという事はなさそうだった。
(まだ走れる)
目尻と頬を乱暴に拭うと美弥は再び立ち上がり、さっきよりも平坦になった森の中を彷徨った。
とにかく登れそうな斜面を見つけて、何とか舗装された歩道に出たい。
そうすれば道を辿っていつかは皆の元に戻れるはずだ。
だけど視界がどんどん暗くなっていく。
もう少し経てば日は完全に沈み、こんな山の中では何も見えなくなるだろう。
自分がどの方向に向かっているのか、山の奥に進んでいるのか戻っているのかもわからない。
不安に押し潰されながら周囲を見渡していると、風の音しかしなかった耳に草を踏む足音が聞こえてきて美弥は振り向いた。
小さな光が美弥をぼんやりと照らす。
「ひ…っ!!」
ライトを手にしているのはあの犯人で、美弥を見つけてからは速度を上げて此方に向かってくる。
小さな悲鳴を上げながら美弥も走った。
走って、走って、とにかく逃げる。
だけど切り開かれていない山の中の岩や木の幹が邪魔をして、引っかかった衝撃で今度こそ転んでしまう。
気付けば追いつかれ、腕を掴まれて地面に突き倒される。
「いや……っ!」
覆い被さってきた男が両手を伸ばしてくる。
首を絞められる、そう気付いて闇雲に腕を動かして抵抗する。
引っ掻いて殴ってでも逃げなければ、そう思うのに男は痛みすら感じていないかのような形相で手を振り上げる。
「っ!?」
バチンと弾くような嫌な音と、左頬に衝撃。
一瞬何が起こったのかわからなくて、遅れてやってきた痛みがジクジクと頬や口の中で悲鳴を上げる。
叩かれたのかと呆然としている隙に男の指が首に回されて気道が潰される。
「っ、あ――、!!」
痛い、苦しい、怖い。
咄嗟に突き出した拳が顎に当たり、男の手の力が弱まる。
だけどすぐに力を取り戻してまた酸素が送り込まれなくなる。
もはや何も言わなくなった男の歪んだ目だけが美弥を見下ろしている。
バタバタと足を動かし、必死で手を引き剥がそうと力を入れるがびくともしない。
「ぅ、っ――!!」
酸素が足りない、苦しい、痛い。
涙で視界すらぼやけていく。
(ここで終わりたくなんかない)
こんな自分でも、きっと傷付いて悲しむ人がいる。
助けられなかったと嘆く人がいるだろう。
その思いが駆け巡った脳裏の先に"シュウ"の顔が浮かんで、ハッと意識を取り戻す。
自分は先に逝ってはいけない。
だから、どうにかして逃げないと。
弾かれるように咄嗟に足を振り上げて、男の急所を何度も蹴り上げた。
「ぐっ!!」
一瞬怯んだ隙に拘束から抜け出して、立ち上がろうとするが今度は足を掴まれる。
無理に引っ張られて倒れた背後から圧し掛かられて、またしても首を絞められる。
うつ伏せにされた状態では手足をバタバタさせても男にろくなダメージが与えられない。
地面の土と石に頬を押し付けられながら、恐怖と闇に呑み込まれそうになる。
「美弥さん!!」
遠くの方で子供のような声がする。
薄くなっていく意識で声と光の方角を視線だけで辿ると、コナンが駆け寄ってくるのが見えた。
「美弥さんを離せ!!」
「ちっ!」
「っ、ひゅ……!ゴホ…っ!!」
首を絞める事を諦めたのか手が離され、急に送り込まれた酸素に気道がむせる。
その隙に逃げなければと思うのに体は自由に動いてくれなくて、うずくまった体を持ち上げられて男に背後から羽交い絞めにされた。
「美弥さん!」
「コナ、…君…っ!」
「殺す!この女は殺す!!」
後ろから拘束された状態で腕が首に回されてまた絞められる。
コナンが腕時計をかざして何かを狙っているようだが犯人の前には美弥がいて、恐らく自分が邪魔でどうにもできないのかもしれない。
悔しそうなコナンがポケットからスマホを取り出す。
「ガキ!通報なんかするなよ!こいつの首をへし折るぞ!」
「っ!」
電話をしようとしていたのか、画面を操作していた指が躊躇いで止まる。
そのスマホはどこか見覚えがあるような気がするが、意識がはっきりしないせいでよくわからない。
「そいつをこっちに投げろ!」
「美弥お姉さんには何もしないで!」
「いいからよこせ!!」
コナンはしばらく男を睨んでいたが、諦めたようにスマホを美弥達の方へ放り投げた。
足元に転がってきたそれ、その画面は確かに通話中の状態だった。
『伏せろ』
「っ!!」
スピーカーから聞こえてきたその声が誰のものか、頭が判断するよりも先に体が動いていた。
首を拘束されたままだったが、残されたありったけの力で一気に体を縮み込ませる。
突然の下方向への動きに油断していた男の腕が外れ、美弥だけが地面近くにしゃがみ込む。
その瞬間、破裂するような音が聞こえた。
「ぐああっ!!」
叫び声に振り返れば、何かに弾き飛ばされた男が後ろに倒れていく。
男は肩を押さえて呻いていて、血は出ていないのにかなり痛そうに悶えていた。
逃げられる、そう思って美弥は力の入らない手足を必死に動かして這うようにしてその場を離れる。
入れ違いに駆けていくコナンが腕時計から何かを発射すると、男はそれきり声を出す事もなく動かなくなった。
さらに近付いてくる、草を踏む別の足音。
振り返った美弥の視界にぼんやりと、もう一度会いたいと願った人が飛び込んでくる。
山の中を埋め尽くす暗闇であろうとも、それが誰かなんて心がわかっていた。
「っ……!!」
ああ、やっぱり助けに来てくれた。
嬉しさと恐怖から解放されて気持ちが緩んで、涙が溢れる。
ゆるゆると手を伸ばせば、沖矢に変装した彼が美弥の腕を強く引き寄せる。
その力強さ、温かさ、彼の匂い、それは美弥がずっと欲していたもの。
眼鏡の奥の美しい瞳が美弥だけを見つめている。
「っ、……シュウ……!」
「すまない、遅くなった」
そんな事ないと、美弥は腕の中で首を振る。
いつもより強く抱き締められて、美弥はボロボロと泣きじゃくった。
「言っただろう?お前は俺が守ると」
「っ、うん……!」
耳元で低い声に囁かれ、美弥は声を詰まらせながら何度も頷いた。
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男に撃ったのはゴム弾です。