「・・・・・・あ・・・・」

ちょうど仕事が終わった頃、客人が来ているという連絡を受けた。
その人物の名前に驚きが隠せないまま雄飛は扉を開けた。

「久しぶり」

彼女は以前と変わらない仏頂面だった。
橙色の髪を豊かにしならせ、その性格を表すように仁王立ちをしている。

「・・・・・ひ、久しぶり苫珠。全然変わらないなぁ・・・・」
「あんたもね」

自分が何かやらかしたかと不安になってくるその威圧的な態度。
だけどこれが普段の苫珠だと雄飛は知っている。

「どうしたんだよこんな所まで?」
「ちょっとあんたの働きぶりを見に来ただけよ」
「・・・・・へ、へぇ・・・・・そっちはどう?女御も結構大変なんだろ?」
「まあね、こんな頼まれ事されるくらいにね」
「え?」

貞州府なのに苫珠は自分の家のように部屋のドアを開け放つ。
何が起こったのかわからない雄飛を振り返って、付いてこいと手で招いた。


「連行」




そして連れてこられた先に、雄飛は開いた口が塞がらなかった。





「・・・・・・・・・・・・・・・あ、あの苫珠・・・・・・・・ここ禁門なんですけど・・・・」


はあ?とばかりに苫珠は振り返る。

「禁門に来たんだから当たり前でしょ」
「何で!?」
「私は頼まれただけだから知らないわよ」
「関弓に行くんじゃなかったっけ!?」
「来たじゃない、関弓に」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

鳳綺から無断で借りたらしい琉綏から降りようか迷っていると警備の役人がこっちに歩いてくる。
完全に萎縮している雄飛に対して苫珠は堂々と騎獣から降りて懐から書状を取り出した。

「主上の命により客人をお連れしました」

書面には確かに延王の御璽が。

それでさらに目を見開いたのは雄飛。
禁門を通り、廊下を歩きながらさらに焦りを露わにする。

「(主上!?しゅ、主上って、延王!?)」
「それ以外に誰がいるのよ」

だけどまわりを気にしているのか雄飛の声量は極少だった。

「(い、いや、何で!?どうして!?)」
「はいはい、細かい事は気にしない」
「(気にするって!!主上の命って、どうして俺が呼ばれるんだよ・・・・!?)」
「言ってみればわかるわ」


ほとんど説明もない状態のままで苫珠の後を付いていくしかない雄飛。

何故ただの一官吏である自分が呼ばれるのか、どうして主上が自分なんかを知っているのか。
様々な考えが頭をよぎるがどれも結論を出せそうになかった。







譲れぬ想いと銀の天秤   7






長い廊下を歩き苫珠が立ち止まったのは、とある部屋の前。

大きくないが見事な装飾がなされている扉の前では、自分がとても小さな存在のように感じる。

壁を背にして立つ衛兵は苫珠の顔を見ただけですぐ扉への道を明け渡した。
そういえば廊下ですれ違った偉そうな官の人も、部外者である自分に対して何も反応を示さなかった。
苫珠の女御という地位は、それほどいいものではないと聞いていたのに。



「・・・・・・・主上、連れて参りました」


部屋の中にいるのが稀代の王だという事を苫珠の台詞から知り、雄飛はこれ以上ないほどたじろいだ。
ただの役人が遥か天上にいる王と対面するなんて事、普通ではありえない。
雄飛でなくてもこの場合、たとえ関弓山に済む官吏でさえも狼狽するだろう。


部屋の中は想像していたより幾らか狭くて、だけど整頓された家具が並べられていた。
そして窓の外を眺めている1人の男の背中がこちらを振り返った。


「すまなかったな」
「いえ・・・・・・・それよりもこの部屋、どうにかならなかったんですか?」
「他は姑に見つかりそうでな」


「な・・・・・・・!!!」


雄飛は扉の前で茫然と立ち尽くした。


上質な官服をキッチリと着こなし、漆黒が映える髪は豊かに流れる。
この雁の国を100年以上治める名君と謳われる王。

「・・・・・あ、貴方・・・・・!!!」


幾度となく鳳綺を泣かせ、突き放し続けた人。
常に女の香りを残していそうな、だらしない普段の身なり。
その、人を嘲り笑うような目と口元。
鳳綺の事を本当に想っているのか、全く理解できなかった男。

その人物が今、目の前にいる。
記憶にあるような不真面目な表情はなく、キリッと精悍な顔立ちで。


「わざわざ呼び出して悪かったな」


苫珠が主上と呼び、鳳綺が『尚隆』と呼んだ・・・・・鳳綺の最愛の人・・・・・・・・


「俺がこの雁州国の王、人は俺を延王と呼ぶ」
「・・・・・・貴方が・・・・延王・・・・!?じ、じゃあ・・・・鳳綺は・・・・・!?」

半ば放心状態で、声を震わせて答えを導こうとしている雄飛に尚隆は軽く笑った。

「遂人の仕事も兼任しているが実際は違う。あいつは俺の妻、つまり延后妃にあたる」
「!!!」


鳳綺が延后妃で・・・・・『あの人』が延王・・・・!?!?


衝撃的な事実ばかりで頭が鈍器で殴られた気分になる。
何も考えられない思考回路を必死に動かして、とりあえず地に頭を伏せなければとだけ頭に浮かんだ。

「・・・・・・か、数々のご無礼を―――」
「何故詫びる必要がある?お前は俺に対して無礼な振る舞いをした事はないだろう?」

尚隆はそれを見下ろして苦笑する。

「で、ですが・・・・知らなかった事をはいえ、主上に対して拳を振るいそうになりました・・・・」
「それで?」
「・・・・・・・・な、何なりと処罰を・・・・・・」


普通ならばこれくらいの考えに至るのは当たり前の事。
稀代の王の胸ぐらを掴んだり、『誠意が感じられない』などと言ったり敵意を剥き出しにしたのだ。
知らなかった、なんて言い訳では済むはずがない・・・・・・そう誰もが感じるだろう。

それほどただの仙籍にある役人と、神籍の王の差は大きい。


しかし予想に反して、尚隆は溜息をついた。


「・・・・・・怯むか、俺が王だと知って」


・・・・・・・もう少し骨のある奴だと思っていたが・・・・・・やはり無理か?


「ならば鳳綺はどうする?王后だから諦めるというのか?
俺に掴み掛かってきたお前の想いはその程度のものなのか?」



その言葉に、平伏する雄飛の肩が揺れた。










「・・・・・・・・いえ・・・・・鳳綺は・・・・・鳳綺です・・・・・」



しばらくの沈黙の後、静かに、だけど次第に強くなっていく口調。
自分の中で結論を導くように、しっかりと延王を見上げて。



「一緒に大学生活を過ごしてきたんです・・・・・泣いてる時は必死に慰めて、
笑顔の時は無性に嬉しくて・・・・・・・・・そして今でも時折会いに来てくれる・・・・・・・・」


下手すれば、今ここで無礼を働いたとして裁かれるかもしれない。
だけど言わずにはいられなかった。
神を敵にしてでも、想う気持ちは吐き出したかった。


「今さら王后などという身分で隔てられても、僕の気持ちは変わらない。
・・・・・・僕は『鳳綺』が好きなんです・・・・・・・・そんなの、関係ありません・・・・」


・・・・・もし・・・・・・これぐらいで自分を殺そうとするの程度の王ならば・・・・
力ずくでも鳳綺を連れ去さらなければ。

悲しい顔をしても泣き暮らしても、そんな男の傍で騙されているよりずっといい。
鳳綺の為を思えば俺はいくらでも罪人になる。



「たとえ王の命令であったとしても、僕は鳳綺を諦める気はありません」


鋭い漆黒の瞳で睨んでくる延王を、強い眼差しで見返す。
しかし言葉ではああいったものの、緊張で顔中から冷汗が吹き出る。
目の前に立ち塞がるものは巨大で、偉大で、あまりにも恐ろしくて。

雄飛は死さえも覚悟した。



「・・・・・・・・・フッ・・・・・・よく言った」


だけど剣が降りかかってくる事はなく尚隆は満足そうに笑った。
相変わらず心が読めない人だけど、今この時の表情は嘘ではないと雄飛は漠然と感じた。


「俺は王だ、だがもう王に逃げたりはしない。
身分など関係なく、ただの男として俺はお前に負ける訳にはいかぬ」


・・・・・それは、鳳綺への気持ちを諦めなくてもいいという事だろうか。
この人は純粋に1人の男として俺と戦うと、そう言っているのだろうか。


「ひれ伏すな、躊躇うな。お前にとっては、ただの男である俺は敵だろう?
敵に頭を垂れるな、お前に伏礼は許さぬ!」
「・・・・・・・・・・・・わかりました」

尚隆が強く言い放つと、雄飛はその意味を汲み取るようにゆっくりと立ち上がった。


鳳綺は自分の女だと主張すればいいのに、一言もそんな事は口にしない絶対権力の王。
だけどそれは鳳綺の存在がどうでもいい訳ではなくて。
選択権は鳳綺にあって、自分はそれを受け入れるだけだと・・・・・・そう考えているのかも知れない。
本当はよくわからない・・・・・・だけどこれが、貴方の誠意なのだろうか。

・・・・・・そうであるなら、なんて器が大きい人だろう。



「俺から奪えると思うならいつでも奪いに来い」
「・・・・・はい、すぐにでも」

雄飛は真っ直ぐな瞳で尚隆に微笑んだ。

「・・・・・・あの、聞いていいですか?」
「なんだ」


ずっと気になっていた事をポツリと尋ねた。


「・・・・・・・・・鳳綺を愛しているんですか?」


今度はふざける事もなく、尚隆は目を細めるようにして笑った。
その柔らかい表情に、鳳綺への想い全てが詰め込まれていた。


「・・・・・・・・・・・・・恐いぐらいにな」













行きは大きくなっていった関弓山が、今度はだんだんと小さくなっていく。
騎獣を操っているのはこの吉量の主ではなく、苫珠と雄飛が代わりに騎乗している。

「・・・・・・よくもまぁ王に対抗する気になるもんだわ」

尚隆と雄飛のやり取りを1人蚊帳の外で聞いていた苫珠。
あそこまで本気で王に喧嘩を売れるのはたぶん雄飛ぐらいかもしれない。


「・・・・・・・・・しょうがないさ、ずっと好きなんだから」

苫珠の後ろに乗り、自嘲するように笑う雄飛。
実際は自分も結構びびっていたのだが、その辺は言わない事にした。

「・・・・・・・でも、しばらくは出歩くのは控えるって鳳綺に言われたからあまり会う機会はないかも」


『一番大好きな親友』発言をされたその次に会った時、鳳綺は済まなそうに謝ってきた。


「『あの人が不安がるから』って・・・・・・笑顔で言われたよ」


俺との関係が気まずいからじゃない、心底『あの人』の為だけの笑顔だった。


「・・・・・俺わかんなかったんだ、『あの人』ってのが。
俺には遊びほうけてる女たらしにしか見えなかった・・・・・」


目付き、口元、容姿、全てが鳳綺の純白さを穢しているような気がした。


「だけど鳳綺の見ている『あの人』は全然違うように思えた・・・・・さっきの主上も・・・・・・・・」


・・・・・・・・俺が間違っていたのか?


雄飛が一人言のように呟いていると、ずっと黙っていた苫珠が口を開いた。

「確かにあの人は仕事ほったらかしてすぐ逃げるし、酒浸りだし、嘘ばかり付いてる人よ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・でもそれだけじゃないのよ、あの人は」

珍しく話をしようとする苫珠に雄飛は顔を上げたけど、その表情は窺えなかった。

「器用に何でもやるクセして、本当は不器用なのよ。
好きなものを好きだって言えない、心配なのに心配だって言えない人なのよ」
「・・・・・・・・じゃあ、俺が見てた姿は本当の『あの人』じゃないって事?」
「あれもある意味本当なんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」


それはそれで王としてどうかと思うけど・・・・・・・


複雑そうな表情を横目で見て苫珠は微かに苦笑した。

「まあ私は『あの人』でも鳳綺でもないから本当の所はわからないけど」


・・・・・そう、自分だって本当の『尚隆』の姿なんて見たことがないのかもしれない。


「・・・・・でもたぶんあの人は、鳳綺がいなくなったら壊れると思う」


鳳綺を見つめる延王の視線の奥にある想い、少し宮中で過ごしただけでも痛い程伝わってくる。
鳳綺という存在がどれほど大きいものかという事が。

・・・・・・鳳綺を愛しているかと聞いて、返ってきた王の言葉は『恐いぐらいにな』だった。
苫珠の発言がいかに物騒な事かを本能的に理解し、雄飛は眉をしかめた。













―――あいつが幸せになれるのなら
あいつが俺以外の男を選ぶのなら

俺はあいつを手放すべきなのだろう

離したくない、他の男になど触れさせたくない
あいつの笑顔の前では、そんな誰にも劣らぬ譲れぬ想いなど小さなもの

常に己の傍らで、己だけに笑っていて欲しい
そう感じさせる女だからこそ、俺のいない所で幸せになるならその方がいい


だがあいつは俺を選んだ

俺といる時が一番幸せだと、そう言ってくれた


・・・・・・ならば、俺の心の全てをお前に預けよう

こんな俺でもいいというのなら、俺はその期待に答えてやる
お前の心が俺に向かなくなるその時まで、お前を守り続けてやる



・・・・・・愛してる、己を恐ろしいと思うほど



お前が俺をやめ、他の男に幸せを見い出すようになった時は

愛を以てお前を手放そう



だが、お前が俺の傍にいてくれる間は

俺は愛を以てお前と共に生きよう






望むは、お前が笑う悠久の時を・・・・・・・・・―――













「・・・・・鳳綺、戻らなくていいのか?」
「・・・・・・・・あ、そうだね、そろそろ行かないと」


君は知らない、俺が知っているという事を。
あの人はこの国の王で、君はこの国の王后、君は既にあの人のものだって事を。


「ん~・・・・・・せっかく雄飛と一緒にいるのにもう夕方か・・・・・」
「何言ってるんだよ、早く帰らないとあの人が心配するだろ?」
「それはそうだけど・・・・・・・半年ぶりなのに・・・・」


君はあの人を愛している、そしてあの人も君を愛している。


「じゃあもっと頻繁に遊びに来たら?他の場所にもよく行くんだろ?」
「・・・・・・勘が鋭いんだよね、結構」
「それは残念」


諦めた訳じゃない、認めた訳じゃない。

愛しているんだとしても、あの人は幾度となく君を泣かせた。
君を想う男として、あの人は紛れもなく敵。


「・・・・・・・だからまたね?」
「ああ、いつでも遊びにおいで」


ただ・・・・・・・『王』として、苦悩するべき事もあったのだろうとわかってしまったから・・・・・・


以前のように敵意を剥き出しにできなくなってしまった。




「・・・・・・・・・・鳳綺
「なに?」


・・・・・・・君の瞳、君の髪、君の心はあの人のものだけど。


「好きだよ」
「・・・・・・え?な、な、何、急に・・・・・!?」




それでもこの微笑みがまだ俺に向けられる限り。


俺は決して諦めない・・・・・・・・




「・・・・・・・世界で一番大好きな親友だよ、鳳綺
「・・・・・・・・・うん!大好きだよ、雄飛」





だけど今はまだ『一番大好きな親友』でいようと思う・・・・・・




俺も鳳綺を愛しているから。








・・・・・・・・・貴方と俺の愛する鳳綺の為に。













<了>





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終わりです!疲れた!(いきなりそれかよ・・・)

さていかがだったでしょうか、尚隆様と雄飛くんの愛の闘い!(笑)
雄飛くんも不幸で終わってません、先があるようにしておきましたv
雄飛くんはこれからもヒロインをずっと好きでい続けるでしょうが、ひとまず雄飛編は終了です。

1人呑気なのは何も知らないヒロインだね・・・・
水面下でこんな争いがあったのに露知らず、勝手に騎獣を乗り回されたのも全く知らず(笑)
だけど知ってしまったら誰かが苦しんで収拾がつかなくなるので、都合良く回避させました。

尚隆様が王だという事を明かしたのは、おそらく尚隆なりの誠意だと思います。
雄飛が全身全霊でヒロインを愛しているのだから、己も全てを見せて愛を示したかったのだと。
それと、王だと知った時の雄飛の気持ちの動向を見極めたかったんでしょう。

尚隆様はヒロインを愛するが故に手放そうと考えていましたが、ずっと守ろうと決意を新たに。
反対に、雄飛くんは奪おうとか画策してましたが、愛故に何も言うまいという考えに至り。

同じ女を想う2人の男の違った結論、楽しんでもらえたら嬉しいです。
・・・・・でも尚隆夢的にはヒヤヒヤものだったから楽しめないかも(苦笑)
それにしてももうちょっと尚隆様自信持とうよ・・・・
でもヒロインを愛しちゃったから仕方ないんだよねv(恥ずかしっ)

あ、あと尚隆様がいた部屋はどっかの小さな部屋です(曖昧だな・・・)
秘密で雄飛を呼んだので、バレると色々と面倒なのでこっそりやってます。


ちょっと話が難しくなっちゃって読みにくいと思います・・・・
文章力が皆無なのでごめんなさい、いつか書き直すかも。
次回の話はほのぼのでも書こうかな。