心の道標 2
「さぁ入れよ、鳳綺」
「うん・・・・・・ありがとう」
六太に言われるまま、麒麟の住まいである仁重殿に重い足取りで入る。
近くの椅子に座らせ、六太は手際よくお茶を煎れての前に出した。
「・・・・・・・・・ありがとう、六太」
「いいってことさ」
数分前、は何処に行こうか悩みながら廊下をトボトボと歩いていた。
苫珠には『正寝にいる』と言ってしまった手前、後宮に戻っていくのは少し気まずい。
戻るにしても、もうちょっと気分を落ち着かせてからじゃないと帰る気にはならない。
「・・・・・・・・・?・・・・・どうかしたのか?」
溜息をつくの目の前に現れたのが金色の鬣をもつ少年だった。
「何かあったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・うん・・・・・」
向かいに座った六太は優しい口調で問いかけてきた。
それに曖昧に返事をしながらはお茶に口をつける。
それを見て六太はクスっと微かに笑いを零した。
「・・・・・・久しぶりだな、がそういう顔するの」
「え・・・・?」
「の笑顔はわかりやすいからな」
は首を傾げたが、笑ってお茶を啜るだけでその答えはくれなかった。
さっきとは違い、時間が穏やかに過ぎていく。
「・・・・・・尚隆と何かあったんだろ?」
「・・・・・・・・」
は笑って何も言わなかったが、逆にそれが肯定を意味していると六太は知っていた。
「・・・・・・・・・・尚隆のね、様子が変だったの」
「それで?」
「話し掛けてもずっと上の空で、一度も私の方見てくれなくて・・・・・・」
何か思い詰めたような顔をしていた。
「やっとこっちを見てくれたと思ったら、尚隆の目が・・・・・何となく怖くて・・・・・・・・逃げて来ちゃった」
漆黒の闇がどこまでも続く瞳で。
引き込まれたら戻って来られないような、そんな気さえした。
「・・・・・・・いつもの少しふざけた、余裕のある尚隆じゃなかった・・・・・・・・」
でも・・・・・・・・・『いつもの尚隆』って何だろう・・・・・?
確かにや他の臣下達の前では、余裕のあるような笑みを浮かべた顔をする。
だけどそれが本当の尚隆だという確証は何処にもなくて。
と尚隆が出会ってからおよそ4、5年。
100年以上生きている尚隆の本当の顔なんてものが想像できる訳がない。
「『いつもの尚隆』って・・・・・・・何か尚隆を決めつけるみたいな言い方だね、だから尚隆・・・怒ったのかな?」
「・・・・・・・・・・・」
「考えてみれば私・・・・・・・尚隆のこと何も知らないんだよね」
尚隆が過ごした100年以上の刻。
墓参りに行ったという、80年ほど前の斡由の乱のこと。
雁の王になる前の、蓬莱にいた頃の事。
「尚隆が何を見て、何を聞いて、何を思ってきたかなんて・・・・・・
所詮他人だった私にはわかりっこないんだよね・・・・・・・・」
人の心などというものは、結局その人にしかわからない。
わからないから他人は、普段の言動からその人の心を勝手に憶測する。
「・・・・・・・何があったんだろう、尚隆・・・・・・・・」
は渇いた喉にお茶を流し込んだ。
ぽつりぽつりと話した言葉を、六太は何も言わず聞いていた。
眉を潜めてしばらく考え事をしてたと思ったら、今度は指折り数えて溜息をついた。
「・・・・・・・・・六太?」
「そうか・・・・・・・今日は斡由の乱の・・・・・」
「?うん・・・・・墓参りに行ってきたって言ってた」
「・・・・・・そうか、それでか」
「墓参りに何かあるの?そういえば『もう一人の尚隆の墓』とも言ってた・・・・・・」
「やっぱり・・・・・・・」
は六太の次の言葉を待った。
「斡由の事・・・・・どれだけ知ってる?」
「え?確か・・・・・州侯に代わって元州を治めてた令伊が延麒を誘拐して、漉水に堤防を作る事を要求したんだっけ?」
今の延王が登極した後に起こった斡由の乱は歴史の中では新しい。
少学や大学でその事については詳しく学んだ。
「でも本当は、自分が王と同等、それ以上の地位が欲しくて戦いを仕掛けてきたんだよね?」
「・・・・・・・そうか、そこまで知ってるのか。確かに俺は斡由の人質として元州にいた。
だけど俺は斡由の言う事ももっともだと思ったんだよ」
「斡由・・・・令伊の言った事?」
「尚隆は、ほら・・・・・・・ロクに仕事もしないで市井で遊んでばかりだったし。俺は王はいらないと思ってた」
「え?」
「要は・・・・・尚隆の事信じてなかったんだよ」
六太はお茶をお代わりしながら少しずつ話してくれた。
斡由は最初、真面目に執務を行わない延王の危険性を説いた。
漉水の堤防は早めに作らなければ元州の街は水害に遭う事は確かであったから、六太は斡由に賛同した。
しかし斡由は戦いが劣勢だとわかると、だんだん本性を表に出すようになった。
そればかりか元州侯を幽閉していた事実も発覚した。
王師側が急遽建設していた漉水の堤防を破壊させてでも戦に勝とうとした、と。
「・・・・・・・そんなの本末転倒じゃない」
「斡由は自分の負を絶対に認めようとしなかった。斡由に諫言する臣下までも殺しだしてな・・・・」
斡由は、美名が欲しかった。
「最後まで尚隆に卑怯な手を使って、結局は俺の使令が倒した」
「・・・・・・・そうだったんだ・・・」
「だけどな尚隆の奴、ご丁寧にそんな奴の墓も作ってやって毎年墓参りに行ってるんだ。
一人で行って、そんで帰ってくるといつもが言ったような顔をするんだ」
どこか投げやりで、自分を笑うかのような尚隆。
「それだけ悪い事した人なのに、何で尚隆はその人の事『もう一人の自分』なんて言ったのかな・・・・」
「・・・・・・・・・・」
は目線を落としお茶に手をかけるが、もう湯気は出ていなかった。
さっきの尚隆は確かに怖い顔付きだった。
だけどその奥に悲しみを混じらせていたようにも思う。
「・・・・・・・・尚隆は王だからな。一歩間違えれば斡由のようになる。国が滅びる原因のほとんどは王の圧政だ。
いつか自分も民を虐げ、私欲の為だけに土地を荒らしていく、そう思ったんだろう」
「そんな・・・・尚隆に限って・・・・」
「人の心なんか変わるものだからな。だから昔は善政だった王も人が変わったみたいに国を滅ぼす」
王の責任と重圧はわかっているはずだった。
だけどそれはやっぱり尚隆にしかわからない圧力で。
確かに、長い年月の末いつか自分の心が変わってしまうかもと考えると・・・・・・怖いかもしれない。
自分が築き、民が積み上げてきたもの全てを、未来の自分が壊してしまうかもしれない、と。
そんな事を尚隆はいつも考えていたのかな・・・・・・・?
「・・・・・・・・尚隆・・・・・そんな事を考えてるようには見えなかった。
そう、『いつもの尚隆』は本当にいい加減で余裕たっぷりで・・・・」
「まぁ・・・・・・・半分はそういう性格なんだろうけど、でも尚隆はそこまでバカで脳天気な奴じゃない。
俺も最初信じてなかったけど・・・・・・・斡由を『もう一人の自分』という尚隆を信じてみようと思った」
闇のような漆黒の瞳。
あれが尚隆の持つ重圧と不安の影。
悲しいような、投げやりの笑み。
あれが・・・・・・奥に隠された本当の尚隆なのかもしれない・・・・・・
「それに・・・・・・・・・・斡由を見てると思い出すんじゃないのか。昔、みすみす民を見殺しにした自分を・・・・」
「え・・・・・・?」
が顔を上げると、六太は困ったように笑った。
「何かこれ以上言うのは、尚隆の過去を暴いてるみたいで気が引けるから言わないけど・・・・・・・
尚隆はな、ここに来る前も王だった」
「それって蓬莱ってこと・・・?」
「そう、王しかいない国のな」
「え?どういう―――」
「はい、この話はこれで終わり~」
「え?ち、ちょっと!」
「さて、まだ尚隆の奴が怖いか?」
は目を丸くさせて慌てた。
どういう事?蓬莱では何があったの?民を見殺しにした・・・・・・?
気になるよ。
だけど、今の尚隆の様子がもっと気になる。
まだあんな顔してるのかな、一人で考え込んでるのかな?
逃げて来ちゃったから・・・・・どうしてるんだろう?
「・・・・・・・怖くない・・・・・それよりも心配になってきた」
が立ち上がると、六太は満面の笑顔で見上げた。
「ここからは次第だよ。・・・・・あのバカ殿を少しでも軽くしてやって」
「・・・・・・うん・・・・・・行ってくるね!六太ありがとう!」
は律儀にお礼をしてバタバタと急ぐようにして出ていった。
それを満足そうに見ながら六太は冷めたお茶を流し込んだ。
「だから俺はを王后にしたかったんだよ」
「・・・・・・・・・尚隆?」
こそっと正寝の扉を開けると、尚隆はずっと寝台に腰掛けていたようだった。
こちらからは背中しか見えないが、の呼びかけにすっと顔を上げたのはわかった。
「えっと・・・・・尚隆・・・・・」
「来るな。今はお前に優しく接してやる事などできないぞ」
言葉はキツイのに、何処か気落ちした背中からは怖いとかそういう感情は湧かなかった。
どちらかと言えば、傷付いた子供のようだった。
たぶん、私を乱暴に扱った事を後悔しているのかもしれない。
それとも、また重圧に押し潰されようとしているのか。
どっちもあるかもしれないけど・・・・・・・もうその背中は全然怖くなくて。
見れば見るほど・・・・・・・笑顔がこみ上げてくる。
「いいよ、尚隆になら乱暴にされても」
尚隆はゆっくりとこちらを向いた。
漆黒の瞳は闇がとても深くて。
だけど、悲しい表情をしているのがわかって胸が締め付けられた。
は足を進めて尚隆を見下ろせる位置まで近づいた。
「尚隆がしたいなら、いくらでもそうして」
目を見開いている尚隆に微笑んで、上から柔らかく抱きしめた。
ふわりと尚隆の匂いがしたけど、今日は眩暈なんかじゃなくて違う喜びが胸を占めた。
「でも私は、いつもこうやって抱きしめてあげる。ずっと傍にいる・・・・・・」
すっと顔を上げると、は柔らかい笑顔を俺に向けた。
白銀の光を零しながら、その純真で綺麗な瞳で見つめてくる。
さっき俺はお前に酷い事をしたはず・・・・・
自分の事しか考えていなくて、お前の気持ちなど無視した。
なのに何故、お前はそんな笑顔でいる?
何故俺を包もうとする?
俺はお前が思ってるほど優しくないし、醜い感情などいくらでも持ち合わせている。
一歩間違えれば、俺はその内お前を殺すかもしれない。
なのに何故、こんなに温かいのだろうか・・・・・・
「全部・・・・・・・受け止めてあげる・・・・・」
「・・・・・・」
俺はお前のその笑顔が好きだ。
だが、この与えられる優しさと温かさには、『好き』だけでは収まらない。
『好き』などという言葉では安っぽすぎる。
俺は王だ。
民に生かされ、民の望むような国を作る。
・・・・・・そしていつか全てを滅ぼす。
俺はお前にも手をかけるかもしれない。
そんな黒い感情を・・・・・・お前はいとも簡単に取り払ってしまう。
「・・・・・・・・・・・・・」
こうやって唇を合わせるだけの事では満足してくれるのだろうか。
深く、何度も、これで俺の気持ちはお前に伝わるだろうか。
伝えたい。
伝えたい。
全身で伝えたい。
感謝してもしたりないこの気持ちを。
言葉に出来ないこの感情を。
俺の体全てで・・・・・・お前に伝えよう。
「・・・・・・」
「ん・・・・?」
互いに一糸まとわない姿で、もそっと尚隆の顔を覗き込んだ。
尚隆は何故か浮かない顔をしていた。
「・・・・・・・・昔、国を亡くした主がいてな」
「え・・・・・?」
「勝ち目がなかったと言っても、結局民を全て死なせて主一人生き残ってしまった」
「それは・・・・・戦でってこと?」
「そうだな・・・・・・・若、若とちやほやされてきた主は最後まで民に何も返してやれなかった」
たぶんこれは蓬莱での尚隆の事なのかもしれない。
「恩を仇で返した主・・・・・・・面白い話だろう?」
勝ち目がなかった・・・・・・それは、国が滅びるのは仕方なかったって事でしょう?
なのに、何で尚隆はそれを自分のせいだと感じてるんだろう?
尚隆はまた自嘲するような笑みを作った。
それを見たくなくて尚隆の顔を抱きしめた。
「どうしたの、急に・・・・・?」
「・・・・・・・・・どうもしないさ」
「・・・・・・・・・何を言われたって、私は尚隆の傍にいるから。ずっと・・・・・」
『いつも』の、余裕たっぷりでいい加減な尚隆。
だけどいざという時には真剣でとても頭が回る。
そんな尚隆に夢中になってしまうんだ。
でも、本当は弱くて儚い人。
話してくれた尚隆の過去と、改めて知った責任の重さと尚隆の闇。
今はそれすらも愛しく感じるんだ。
強くて、弱くて。
私がこの人を支えたい。
私がこの人を守りたい。
重みに耐えきれなくなった時には、荒くてもいい、その思いをぶつけて欲しい。
尚隆・・・・・・・好きだよ、大好きだよ。
だけど、今の感情はそんな言葉では足りない。
「愛してるよ、尚隆・・・・・・」
尚隆が見上げると、また瞳を輝かせたが笑っていた。
『愛してる』などと初めて囁かれて、尚隆は思わず俯いた。
くすぐったい気持ちだったが、妙に納得できて苦笑した。
・・・・・・俺が言いたかった感情は、この言葉か・・・・・
嬉しさがこみ上げてくる。
「・・・・・・・好きと愛してるは違うのか?」
「違うよ。全然違う・・・・・・・」
は指で尚隆の唇に触れた。
「好きだけど、愛してる・・・・・・・」
・・・・・・・・・『愛してる』と言ったお前に、俺は何がしてやれる?
この温かさをくれるお前に何を与えればいいのだろうか?
俺はお前にそうやって笑っていてほしい。
・・・・・・・そうか、簡単な事だな。
俺は・・・・・・お前に平穏を与えてやる。
悲しむ事がないように、不安になる事がないように。
国民と一緒に平和を与えてやる。
お前を幸せにしてやる。
「そうか・・・・・・これが『愛』というものか・・・・」
永遠に、お前を幸せにしてやる。
<了>
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ぎゃーーーー!な、何かこっ恥ずかしいっっ!!(赤面ダッシュ)
さ、さて『好き』と『愛』は違うというのが私の持論です。
言ってしまえば、好きは感情です。
愛は『愛する』という風に、動詞で使うんですよね。
つまり、愛するという行為を行うんです。
ので、結婚した段階あたりでは互いに『好き』という感情しかないです。
好きだから結婚する訳で。
その夫婦生活を持続させるのに必要なのが『愛』だと思います。
有名な歌にもありましたよね、恋は「シタゴコロ」って。
愛は「受け入れる心」なんです(個人的にすごく納得しました)
なのでタイトルを心の道標(みちしるべ)にしました。
恋から愛に心が移動しますのでね。
ヒロインも尚隆も、一応互いに愛するという事を知りました(言ってて恥ずかしっ)
これでやっと400年くらい生活できますねvv
ついでに尚隆の過去編なども全部混ぜちゃいました☆テヘッ★(帰れ)
あ、「もう一人の俺」発言はアニメを採用しております(CDブック読んでませんので/涙)
自分なりに尚隆様を理解して頑張って書きましたが、
「ここが違う!」みたいなのがありましたら是非ご一報下さい。
最後は・・・・・甘くなりましたよね?ね?
さて、やっと鬼門を越えることが出来ました(ふ~)