翌日、早めに起床した二人は琉綏に乗って東へ飛んだ。

教えてもらった場所は虚海側にある州城だった。
何の役職かまでは知らないらしいが、そこで官吏として働いているという。

飛んでいる間、苫珠の口数は少なかった。
だけど冗談を言ったりして多少の会話はあったので、
恐らく緊張しているのだろうと鳳綺は思う。

「・・・何か、話したい事とかはあるの?」

会話が途切れたので、鳳綺は少しだけ聞いてみる事にした。
後ろに乗っている苫珠は小さく笑う。

「・・・別に特にはないかな。何やってるかは気になるかも」

苫珠と初めて会った頃、樺殷が官吏を目指していた理由に興味はないと言っていた。
もう会わないつもりだったのだ、そのぐらいの気持ちがないと割り切れなかったのかもしれない。
だけど、今は状況が違う。

「樺殷さん、驚くだろうね」
「・・・そりゃあね」

苫珠の顔色は晴れなかった。







樺殷と蘇殃と  2







州城に着き、まずは服装を整えようという事になった。
いつも市井に紛れる為に簡素な格好をしているが、流石にそのままでは州府に入れないので、
街にある店で官吏に見えそうな上衣に着替える事にした。

本当はもっとしっかりと準備をしてから来たかったのだが、残念ながら鳳綺達にも仕事がある。
この外出の次はいつ出てこられるのかわからないので、急遽の拵えだった。

そして鳳綺は遂人の顔をして、堂々と州府を訪れた。

「調査で近くまで来たもので。州地官殿にお目通りをお願い致します」

門番に通してもらい、颯爽と州府を歩けば、付き添い人という事になっている苫珠が呆れたような声を出す。

「あんた本当に・・・怖いわ」
「え、何が?」
「違いすぎるって言ってるのよ」

普段はぼんやりしているくせに、仕事となると途端に玲瓏な顔をする鳳綺を、
ころころとよくもそんなに変われるものだ、と苫珠は改めて感心してしまった。

廊下を確かな足取りで進む鳳綺は、確かに有能そうに見えた。

「で、あんた突き進んでるけど、何処にいるとかわかってるの?」
「ううん。とりあえず適当に歩いてみてるだけ」
「・・・・・・」

顔だけなら官吏らしいのに、どうしてこうも落差が激しいのだろうと苫珠は溜息をついた。
その実、苫珠が傍にいるから鳳綺は気を抜いていられるのだが、それを苫珠は気付いていない。

通り過ぎる人に会釈をしながら、失礼にならない程度に様々な人の顔を確認した。
そして行けそうな所までの建物を大体歩いてみた。
だけど中々目的の人には出会えない。

「州府だから人も多いよねえ・・・」
「この中から探すの結構大変な気が―――」

隣を歩く苫珠の声が途切れる。
顔を上げると、苫珠が見つめる先に一人の男性が立ち尽くしている。

「え・・・もしかして・・・苫珠?」
「・・・・・・っ」
「苫珠!?まさか・・・本当に!?」

信じられないという様子で目を見開いている男は、一歩一歩確かめるように苫珠に歩み寄る。
もしかしなくても、この人が樺殷なのだろう。
擦れた所がある蘇殃とは違い、彼は本当に温和で、優しそうな人に見える。
雄飛に似ているかもしれないが、樺殷の方がもっと柔らかい雰囲気がある。

「そんな・・・会えるなんて思ってなかった!どうして此処にいるんだ!?一体いつ仙に!?」
「・・・まあ、色々あってね」

樺殷の驚きように、周囲にいた官吏達が何事かと振り返る。
場所を変えようという事になり、樺殷の仕事場らしき部屋に案内された。

「此処って、秋官の?」
「あ、ああ、朝士の手伝いをしているんだ」

裁判関連の書簡が所狭しと並んでいるので何となく想像がついた。
法務を扱ったり、罪人を裁いたりする管轄が秋官であり、その中でも朝士の役目が様々な業務を監督する事だ。
鳳綺は初めて会ったのだが、何となく彼に似合っているなと思った。

「へぇ・・・」
「それで?どうして苫珠は仙になっているんだ?前はあんなに嫌がってたじゃないか・・・」

苫珠が先程までの不安そうな顔から一転して、妙に落ち着き払っていると感じるのは気のせいじゃない。
確かに会ってからも別に苫珠は喜んだ顔はしていないのだ。

鳳綺が僅かに動揺しているのを余所に、苫珠はフッと口角を上げた。

「とある高貴なお方に勧誘されてね。それは名誉な事だから、喜んで出仕させて頂いてるわ」
「そ、そうなのか・・・」

鳳綺は内心驚いていた。
同じ質問をしてきた蘇殃の時は違う言い方をしたというのに。

苫珠の言っている事は間違ってはいないかもしれないが、ある意味ではもの凄い誤解にも捉える事ができる。
この言い方では、良い男性に出会い、付いて行ったようにも解釈できる。
現に樺殷は誤解の方で読み取ったらしく、乾いた笑いを漏らしている。

「で、でも、また会えてよかった・・・もう会えないと思ってたから」
「・・・・・・」

照れたように笑う樺殷に苫珠は何も答えない。

「そういえば、どうして此処にいるんだ?もしかして・・・」
「いや、たまたま用事があって来ただけだから。普段は関弓にいるから」
「えっ・・・首都じゃないか・・・」

少しだけ期待を含ませた目を向けられるが、苫珠は即座に否定する。
この妙な気まずさが居た堪れなかったが、鳳綺はただ静かに見守っていた。

「だから、もう此処には来ない」
「っ・・・!」
「あんたが生きてるって聞いたから、一度だけ見ておこうと思った、ただそれだけ」

苫珠は決定的な言葉を告げた。
それに関しては苫珠次第なので鳳綺は何も言えないが、内心では納得していた。

「それじゃ」
「あ、苫珠・・・!」
「官吏になれて、よかったわね」

それだけを言い残すと、引き止めようとする樺殷をそのままに部屋を後にした。

帰るわよ、といつもより低い声で言われたので鳳綺は大人しく琉綏に乗った。
州城はあっという間に小さくなって、見えなくなった。



「・・・苫珠、怒ってたよね?」

そろそろ話しかけていいだろうかと、恐る恐る後ろを振り向くと苫珠はいつもの調子で笑った。

「何て言うか・・・あんなに普通だったかなって、思ってる」
「普通?」
「そう、普通。人が死ぬくらいの年数が経って客観的に見えるようになったのか、凄く普通だと思った」

鳳綺が首を傾げている間も、苫珠は何かを思い出したように笑っている。

「だって玄英宮にいる人達の方がよっぽど有能で、尊敬できるわよ。
あんな常人離れした人ばかり見てたら、目も肥えるかもしれないね」
「・・・あそこの人達は多分、本当に一握りの秀才だと思うけど・・・」

そんな国府の頂点にいる人達と比べたら誰だって見劣りしてしまうだろう。
それでは彼が気の毒ではと思うが、苫珠はそれでいいらしい。

「むしろ、あんな事がやりたくて私を捨てたのかって、腹が立ったくらい」
「・・・・・・」

あんな事と言うが、それでも彼も州府の秋官なのだからそれなりに良い地位だとは思うが、
きっと苫珠が言いたいのはそういう事ではないのだろう。

「それにあいつ、鳳綺の事一度も見なかったよね」
「え、そうだった?」

確かにずっと苫珠の隣にはいて存在は認識していただろうが、目も合わなかったかもしれない。

「それだけ苫珠しか見えてなかったんじゃない?」
「私はあいつの、ああいう周りが見えなくなる性格は嫌いだった」

官吏になる、その思いだけで苫珠を仙にさせようとし、断られたとしても官吏になる事はやめなかった。
そんな遥か昔の日の事を、苫珠は思い出していた。

「だから、変わってないんだなと思ったらどうでもよくなった」
「・・・・・・」
「昔はそれなりに好きだったはずなのに、今はどうして好きだったのか思い出せない」

好きだった気持ちは幻想だったのか、それとも年月が経ちすぎて忘れてしまっただけか。

「だから、どうしたいかとかは特にない。ちゃんと官吏になれてよかったね、ってそれぐらいの気持ち」
「・・・そっか」

会って、その時に思った感情で次どうしたいか決めればいいと鳳綺が言った。
その答えに、鳳綺は申し訳なさを感じていた。

「・・・ごめんね」
「何で鳳綺が謝るのよ」
「・・・会わないままの方が、よかったかもしれないね」

綺麗な思い出のままで心に残しておいた方がよかっただろうか。
そう自問して、苫珠は笑って首を横に振る。

「ずっとわだかまっていたのは確かよ。あんたが会おうって言ったから、すっきりできてよかった」
「・・・うん・・・苫珠がそう言うなら」

暗い表情で聞いていた鳳綺がようやく笑みを浮かべた。
光に照らされて揺れる銀色の瞳に、苫珠はくすりと苦笑する。

「私はね、自分が大事にしてるものを大事にしてくれる人じゃないと嫌なのよ」
「え?・・・えっと、どういう事?」
「自分で考えな、馬鹿」
「ええ!?」

突然の罵りに焦っている"高貴な方"に、悪戯な目を向けてやった。


不思議な巡り合わせだと苫珠は思う。

樺殷と別れていなければ、鳳綺と会う事はなかっただろう。
という事は、苫珠は仙にはならなかったのだ。

仙になっていなかったら、百年ほどが経った後に偶然にも幼馴染達に会う事はなかった。
蘇殃は生きていなかったかもしれないし、樺殷がどんな仕事をしているか知る機会もなかったのだ。

(・・・だから、それでいいか)

苫珠は今の生き方が、悪くないと思っているから。














突然の訪問者に、蘇殃は驚いた。

「・・・よく此処まで来られたな」
「ちょっとした伝手を使えば楽なもんよ」

少し前に会った郷城でなく、州城にある蘇殃の官邸に訪れたのは苫珠だった。
今回は一人だけで来たようだったが、伊達に長く生きてはいないらしい。
州城を訪ねられるだけの手段があるのだろう。

「樺殷に会ってきたわよ」
「・・・どうだった?」
「別に。会って話して、それだけだった。あんなに引き摺ってた自分が、馬鹿みたいだった」
「そうか」

苫珠はそう言うが、それだけ自分が前に進めていたのだという事に気付いているのだろうか。
蘇殃はあえて口にはしなかったが、此処にはいない女を思い出して小さく笑う。

「まさか、幻の后妃付きの女御とはな」
「え・・・知ってたの?」
「いや。だが、あんたは自分の意志を簡単に曲げるような性格じゃない。それを曲げさせられるのは、よほどの奴だという事だ」
「・・・・・・」
「幻の后妃は珍しい瞳の色をしているという噂は聞いた事があったし、まぁ・・・あとは何となくだな」

確かな証拠があった訳でもない、ただ漠然とそんな気がしたのだ。
初めて会った時から思っていたが、あの鳳綺という人間は他の奴とは何かが違う。
だから苫珠と再会した時に、百年経っても当たり前のように隣にいる姿に妙に納得したのだ。

「安心しろ、別に言いふらしはしない」
「あんたにその心配はしてないからいいけど・・・」

未だに唖然としている苫珠は、諦めたのかふっと頬を緩ませる。

「・・・そうね。やんちゃで泣き虫な友達と、いい加減なその旦那の世話で毎日忙しくて仕方ないわ」

この国の稀代の王とその唯一の寵姫をそう表現できるのは、後にも先にも苫珠しかいないだろう。
そう言った苫珠の顔はとても楽しそうで、生き生きとしていた。

「じゃあ、報告だけしておきたかったから」
「それはどうも。元気でやれよ」

もう思い残す事はない、そんな気持ちで蘇殃が言うと。

「あんたもね。ちゃんと生きてるか、たまに確認に来るから」
「・・・それは困ったな」

軍人なのに死ねないなと言えば、苫珠はまた楽しそうに笑った。











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再会させてみました。