鳳綺と苫珠は、運ばれてきた食事を仲良く頬張った。

「あら、確かにこれ美味しいわ」
「でしょう?」

苫珠が頷くので鳳綺は嬉しくなる。

「この前、尚隆と来た時に此処を見つけたんだけど、
美味しかったから絶対苫珠も気に入るだろうなって思ってた」

歩き回るのがほぼ趣味な二人は、新しく開店した食庁に入る事も好きだ。
久しぶりの遠出で関弓からさらに北西にある光州の端、その辺りで一番大きい郷城まで飛んだ。
是非この美味しさを共有したくて苫珠を連れて来たのだった。

思った通り苫珠の箸は止まらないようで、鳳綺はそれだけで来た甲斐があると思っている。

「あんた達、本当詳しいわね」
「新しい所見つけたら、入っちゃうでしょう?」

鳳綺が出会った頃と変わらない無邪気さで笑うので、苫珠も密かに頬を緩ませる。

鳳綺が後宮に入り、苫珠が女御となってから、もうどれぐらいの年月が経っただろうか。
その間に店の入れ替わりなんて激しく、気に入りだった店がなくなってしまう事など多々ある。

知っていた人との別れも経験して、塞ぎ込んでしまう時期だってあった。
だけど諦めたのか、麻痺してしまったのか、それでも自分達は生きている。

今ではこうやって新しい店を見つけたりと、新しく生まれた物を喜べるようになってきた。
決して忘れた訳ではない、だけど小さな楽しみを見つけられる事に苫珠は安堵している。

「また来ようね」
「いいけど、あんたが朱衡様に許可とりなさいよ」
「えっ・・・う、うん、頑張る・・・」

料理を全部平らげて、満腹感に包まれながら食庁を出る。

ちょうど表の通りは混雑していた。
外から帰還したであろう兵士達が列をなして歩いている。

「光州師だよね?何かあったのかな」
「演習とかそんな感じじゃない?緊迫してはなさそうだけど」

規律が行き届いているのか、皆が堂々とした顔ぶれで軍列を乱す事なく歩いている。
首都である関弓などは流石に治安は良くなっているが、他の州となると小さないざこざも珍しくない。
だけど特に問題が起きた訳ではないのなら安心だと、
鳳綺達は列が終わるのを静かに待っていた。
そういえば禁軍はある程度把握しているが、他の州師はあまり知らないなとぼんやり眺めていると。

「・・・苫珠?」
「え・・・?」

兵の一人が立ち止まって此方を凝視していた。

「・・・・・・蘇殃」

苫珠が目を見開いた。

それは、苫珠と初めて会った時の事。
鳳綺とも一度だけ会った、苫珠の知り合いだった。

あの時と変わらない見た目の蘇殃がそこにいた。






樺殷と蘇殃と  1






あれから何年経っただろう。
少なくとも、本来ならば苫珠達はこうして再会する事はなかった。
実年齢で言えば、もう知り合いがちらほらといなくなっていてもおかしくない歳なのだ。

蘇殃は軍属といえど仙籍である程の地位ではなく、
苫珠だって仙になる事を嫌がり、ただの人間として暮らしていた。

その二人が若いままのお互いである事に衝撃を受けて、時間が止まったように固まっている。

「蘇殃・・・どうして、生きてるの・・・?」
「・・・それは此方の台詞だ。どうして、仙になった?」

見た目が変わっていない、それは考えなくても互いが不老である事の証。
最後に会った時は、二人とも仙という存在に嫌気が差していたというのに。

「将軍?どうかなさいましたか?」
「ああ、先に行っていてくれ。後から行く」
「わかりました」

近くを歩いていた兵が、蘇殃を将軍と呼んだ。
兵は当たり前のように指示に頷き、軍列を率いて郷城へと消えて行った。

「・・・あんた、将軍なの?」
「右軍のな。そんなつもりはなかったが、何だかんだ登りつめてしまった」
「・・・・・・」

蘇殃は肩をすくめて苦笑した。
元々は苫珠達の故郷である元州の卒長だったが、少しずつ出世して将軍にまでなったという。
そして今はこの光州で右軍将軍の任についているらしい。

兵は将軍に取り立てられると仙籍になる。
わかってはいただろうが、あれだけ生きる事に執着していなかった蘇殃が何故それを受け入れたのだろう。
苫珠の疑問の表情を悟ったのか、蘇殃は目を細める。

「大丈夫だ、今は別に生きる事に絶望しちゃいない。
いつの間にか兵達を守る事が楽しくなったから、かもしれないな」
「・・・驚きだわ」
「自分でもそう思う。そうだな・・・あんたに会って、何か変わったのかもな」

蘇殃の笑みは、どこか温かみのあるものだった。
昔に見た絶望に囚われた瞳はなく、相変わらず影はあるが吹っ切れたような明るさも垣間見える。

彼は腕も立ったようだし、破落戸のような人達だったが人望はあったように思う。
だから元々、出世してもおかしくない人柄だったのだろう。

生きなさいよ、と苫珠は言った。
それに小さく微笑んだ蘇殃が変わってくれればいいと、あの場に居合わせた鳳綺も感じた。

今の蘇殃は、頼りがいがある雰囲気を醸し出している。

「それで?俺はあんたの気が変わった事の方が意外だぞ」
「・・・まあ、色々あって」
「しかもあの時と同じ顔ぶれでいるとは、こんな事もあるものだな」

蘇殃は笑いながら隣の鳳綺を見る。

「・・・覚えて、いるの?」
「その銀目はそうそういるものじゃない。見た目も変わっていないしな」
「・・・・・・」

鳳綺はどう答えようか困った。
鳳綺自体は官吏と言えばいいのだが、苫珠はどう説明したらいいのだろう。
ちらりと苫珠を窺うと、ふっと小さく笑う声が聞こえた。

「私は今、女官として関弓にいるのよ」
「女官?あんたが?」
「自分でも意外だってわかってるわよ。けどまぁ、気が変わったって事よ、あんたと一緒で」
「・・・・・・」

苫珠は嫌そうな声をしていたが、顔は何だか楽しそうで。
蘇殃はしばらく呆けていたが、苫珠があの頃のように意味もなく生きて、
陰湿な店主にこき使われている訳でもないのだと気付き、蘇殃も笑う。

「・・・ならば、よかった。その顔を見れただけで満足だ」

仙になってもいい、そう思えるだけの事があったのだろう。

「まさか、また会えるとは思わなかった」
「私もよ」

しかも笑い合いながら、こんな風に近況を報告するなんて。

どこか嬉しそうな二人を見つめて、鳳綺は微笑んだ。
鳳綺だって、あれから彼らはどうなったのだろうと考える事があった。
だけど苫珠は一度も口にしなかったから、あえて鳳綺が言う事でもないだろうと黙っていた。

いくら知り合い程度の関係とはいえ、自分を知っている人がいなくなるのはいつだって寂しい。
だから苫珠にも、幼い頃から知る蘇殃がいてくれてよかったと心から思った。

だけど次の言葉で、苫珠の笑みは消えた。

「・・・樺殷がどこにいるか、知っているか?」
「え・・・」

それは鳳綺だって気になっていた。
樺殷は官吏を目指していたから、もし官吏になれているなら何処かにいるのだろう。

「ようやく見つけた。何処にいるか知りたいか?」
「・・・・・・」

苫珠の反応は悪い。
確かに、苫珠は縛られたくなくて彼から離れたのだから、仙になっている状態で彼に会うのは気まずいだろう。

樺殷がどういう気持ちでいるかもわからないのだから余計に。

「・・・知って、どうするのよ」
「別にどうも。それはあんたが決めればいい」
「・・・・・・」

苫珠は黙り込んでしまった。
蘇殃はそういう反応をするのがわかっていたのか、特に驚かない。

「俺はまだしばらく此処に滞在している。それまでに気が変われば、聞きに来い」

そう言うと蘇殃は郷城を指差して、行ってしまった。
苫珠は追いかけることもなく郷城を見遣っただけで、溜息を吐くと逆の方向へ歩き出す。

後ろ髪を引かれる思いでいるのは鳳綺の方だった。

「ねえ、よかったの?」
「・・・何が」

露店を眺めながらもどこか心ここにあらずな苫珠に、鳳綺は口を開く。

「樺殷さんに会いに行かなくていいの?」
「・・・・・・」

言葉は返ってこないが、表情を見る限り苫珠も考えあぐねているようだ。

複雑だとは思う。
だから蘇殃もいきなり教える事はしなかったのだろう。
あくまでも苫珠が知りたいと思ったら伝える、そんな気遣いを感じた。

「・・・今更会って、どうするっていうのよ」

ポツリと、苫珠にしては弱々しい呟きだった。

「それは、会ってからでいいんじゃない?会った時に思った気持ちで、どうしたいか決めていいんだと思うよ」
「・・・・・・」

会って、気持ちが復活する事もあるだろう。
それで苫珠が樺殷と一緒にいたいと望むなら、鳳綺は引き止めたりはしない。
こればっかりはどうしようもない事だから、鳳綺が寂しくても仕方ないと思っている。

会うだけ会って、満足するならそれでもいい。

「ずっと、気にはしてたんでしょう?」
「・・・・・・」

一度は好きになった人で、嫌いになって別れていないのなら、多少なりとも気になってしまうものだろうと思う。
苫珠も口には出さないけど、心の何処かには残っていただろう。

鳳綺だって、どう足掻いたって忘れる事ができなかったのだから。

「・・・世の中には知らなくていい事だって、あるのよ」
「それは、そうだけど・・・」

苫珠の言いたい事もわかる。
今までは何処にいるのかさえ知らなかったから諦めもついた。
余計な事を知って、今まで確立してきた生活だったり考えが変わってしまう事もあるだろう。

「だけど、もう知っちゃったんだよ?このまま会わずにいる事の方がモヤモヤしない?」
「・・・・・・」
「それに、蘇殃さんだって気軽に会える人じゃないから、
樺殷さんの事知りたいと思った時に蘇殃さんを探しても、簡単には会えないかもしれないよ」

蘇殃は今や州師の将軍だ。
州城の蘇殃を訪ねようと思ったら結構な手間だ。
将軍に会うだけの身分と理由が必要になるだろう。

「会った方が、いいと思う」

それが鳳綺の意見だった。

知った風な口をと怒られるかもしれないが、もう今更だ。
百年ぐらい一緒にいるのだ、互いの事なんて知り尽くしている。

「でもこれは私の気持ちだから、あとは苫珠次第だけどね」
「・・・・・・」

とりあえず言いたい事は言い終えた。
暗い表情で考え込んでいる苫珠を邪魔しないように、鳳綺は露店の商品を眺めた。

今頃渋々仕事しているだろう尚隆に何か買っていこう。
そんな風にいくつかの露店を見比べていると。

「あーもう!行けばいいんでしょう、行けば!」

突然に苫珠が叫びを上げた。
結局はっきりさせなければ気が済まない性格なのだ。
鬱々としている自分に嫌気が差している所が、やっぱり苫珠だなと鳳綺は笑って頷いた。

「さっさと蘇殃に聞いて、さっさと行って帰るわよ!」
「え、ちょっと待って、今尚隆の土産を・・・」
「そんなもん後にしなさい!」

商品を買う寸前で苫珠に引き摺られるようにしながら、鳳綺達は郷城へ向かった。

役所の門番に蘇殃と会いたい旨を伝えると、話が通っていたのかあっさりと通された。
そして現れた蘇殃は、予想外に早く登場した苫珠を見て苦笑した。
どちらかというと殴り込みに行きそうな顔をしていたから。

樺殷の居場所を聞くと少し遠い州だったので、向かうのは明日にしようという事で二人は宿に戻った。

鳳綺はぼんやりと、去り際に蘇殃に話しかけられた事を思い出す。

「まさか、あんただったとはな。だが、友人にするには中々難儀な奴だろう?」

大股で先を行く苫珠の背中を見ながら蘇殃は言った。
鳳綺も同じように彼女を見つめ、そして微笑んだ。

「・・・でも、大切な友達ですから」
「・・・そうか」

あの時の満足そうな蘇殃の顔が何だか印象的だった。
そして、「あんただったとは」という言葉は、どういう意味だったのだろう。
























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リメイク作業して思いついた話。