「山猿は呼んでいないよ」
「勝手に妻を連れ回しておいてよく言う」

部屋は一気に修羅場へと化した。

冗談なのか本気なのかはわからないが、2人とも火花が飛び散る勢いで睨み合っていた。
というよりも尚隆が一方的に睨み付けて、氾王がそれを軽くあしらっているようだった。

「私は良いものを見せてもらった礼をしていただけ。
連れ回すとか下品な言葉を使わないでいただきたいね」
「貴様の行為に上品も下品もあるか。返してもらいたいんだが」

2人が睨み合っている隙に普段の服に着替え終わっていた鳳綺に近づき、
不機嫌な顔で腕を掴んだ。

「本当にそなたは野蛮だの。
猿王とは違って后妃は美しく、奥ゆかしく、清楚であるというのに」
「気に入ったか?だが悪いな、それでも俺の女だ」

「行くぞ」と低く囁かれ、鳳綺はそのまま尚隆に連れられる。

「まだ話も終わってないのに出て行くのかえ?」
「貴様と話す事など何もない」
「やれやれ、后妃もどうしてこのような男を選ばれたのか・・・」

はぁ、と溜息をついた藍滌に、尚隆は一度だけ振り返った。

「余計なお世話だ」

その後はほとんど無理矢理連れて行かされた。
鳳綺はこのままでは互いに悪い関係が残るだけだと思い、
せめて挨拶だけでもと、藍滌と梨雪を振り返った。

「あ、あの・・・今日はお会いできてよかったです。ありがとうございました」
「ああ、またおいで。今度は野暮天なしでね」

その言葉に、尚隆はさらに青筋を立てた。







君と共に ~範~ 4







「・・・・・ごめんね、尚隆」

尚隆があそこの場所を知っていたという事は、また使令が報告に行ったんだろう。
それを聞いてわざわざ迎えに来てくれたんだ。

「お前はよくよく運のあるやつだな」

腕はもう痛くない、だけどやっぱり不機嫌な尚隆。

「宿の女中達がざわついていた、今日は年に一度の祭りの日だと。
その上、優勝したのが銀色の目をした女だと言ったらお前しかいないだろう」
「そっか・・・知られちゃったのか・・・」

面倒かけたくなくて内緒にしていたのに、結局は迎えに来てもらった始末。
宿でのんびり酒でも飲んでいたかっただろうに迷惑をかけてしまったし、
さらに追い打ちをかけるように、性格の合わない範主従との望まぬ対面。

少し先を行く尚隆の顔を伺うように鳳綺は首を傾けた。

「・・・怒ってる?」
「お前の巻き込まれる才能に一々怒ってなどいられん」
「じゃあどうして眉間に皺が寄ってるのよ」
「・・・・わからんか?」


・・・・絶対、さっきの氾王の事だろう。


「・・・・『合わない』って言ってたのがよくわかった」
「お前は合いそうだがな」
「そう見えた?結構頑張ってたんだけど・・・」

正直ついて行けないと思ったのは、尚隆と一緒にいるのが長いからなのか。

「知らない奴にほいほいついて行くなと、言わなかったか?」
「そうだけど・・・・氾麟に氾王なら断ったら無礼じゃない」

あんな事が原因で仲が悪くなったら国交に関わる。
私情で国を動かす人達ではない事はわかりきっているけど、それでもやっぱり嫌だ。

「・・・・ごめんね、尚隆」
「何がだ」
「迎えに来てくれて・・・」


迷惑かけて、ごめんね。

それでも、尚隆がわざわざ迎えに来てくれたのはかなり嬉しかった。
会いたくない人だったはずなのに、その上特に危険な人物な訳じゃないのに。

今さらだけど自分の女だと言ってくれて、嬉しかった。
冗談ではよく言うけど、滅多に真剣な顔で言った事のない人なのに。
何十年、何百年経ってもきっと、尚隆の言葉は貴重なものだから。

・・・私の手を痛いくらい掴んでくれて、ありがとう。


「何百年経っても、お前を迎えに行くのが俺の役目だろう?」

少し距離があいた尚隆の背中は振り返りはしなかったけど、
それが無性に愛されている気がして不覚にも赤くなってしまった。

そして私はいつも駆け足で尚隆に追い付く。


「ね、折角だからお土産買っていかない?」
「構わんが、その荷物では無理だろう?」
「あ、そうか。じゃあ一回宿に帰っていい?」
「ああ」

そう言うと尚隆は荷物の半分を軽々と持ち上げた。

そういえば、奏に行った時もこうしてくれた気がする。
もっとも、あの時は私が強制したんだけど。

「・・・・・ありがと」
「お前の荷物持ちも年季が入っているんでな」


今日は、どうしてかいつもの倍以上優しい。


「これは賞品か?」
「そう、あとは衣装を作った女の子達のお礼とか、茶器とか」
「そうか」
「あ、素敵な茶器一式もらったから、今度一緒にお茶しようね」
「茶などいつもしているではないか」
「そうだけど・・・範の芸術が詰まった茶器で飲みたいの」
「俺は何でも構わんが」

もう、尚隆は風情がないな・・・なんて言おうと思った矢先、
周りの人達の何人かが、こちらを見て話をしているのが見えた。



――「あの人って、さっき優勝した人じゃない?」
――「本当だ・・・・やっぱり美人だねぇ・・・」

という女達の会話だったり、

――「綺麗だなぁ・・・・俺の好みだ・・・」
――「残念だったな、男付きみたいだぞ」

という男達だったり、至る所でざわざわと聞こえる。




「・・・・・・ねぇ、尚隆・・・・」
「わかったか、俺の苛々が。お前を迎えに行くだけで散々噂を聞かされた」
「・・・・・ごめん・・・」

尚隆は眉一つ動かさずその人達の間を堂々と歩く。
そんなに目立つだろうか自分は、と何だか申し訳ない気分になった。
でも反対に嫉妬してくれているのは、悪くないと思ってる。



――「あ、でも隣りにいる方も格好いい・・・・!」
――「本当だぁ・・・・どこの人かしら?」


え・・・・・・・・・?


今度聞こえた声は、私ではなく尚隆に対してのものだった。
それはそうだ、尚隆は誰が見ても端整な容姿。

周りを見れば女達がほとんど尚隆を見ている気がする。


・・・・それは、ちょっと嫌だ。


「ん?」
「・・・・・・・・・・・」

鳳綺は尚隆の袖をキュッと掴んだ。

「どうした?」
「・・・・・・・・・・・」

何と言ったらいいのかわからなくて、上から声が降ってきてもただ俯いていた。
身勝手かもしれないけど、尚隆がそのような目で見られるのは嫌だった。



――「でも・・・男の人も格好いいけど、女の人も綺麗よね・・・」
――「恋人なのかしら?2人して荷物抱えて」
――「ねぇ、悔しいけどお似合いだね」


そう、周りの声が変わっていた。
尚隆は全部知っていたのだろう、ただ軽く鼻先で笑うばかり。

恋人だとして見られていることも恥ずかしい。
尚隆が独り者だと思われたくなくて袖を引っ張ってしまったのも恥ずかしい。
・・・・それらの葛藤を全て尚隆が理解しているのが、恥ずかしい。



でも・・・・・ま、いっか・・・・・



たまには、周りにお似合いの恋人だと噂されながら尚隆と2人、
等分した荷物をかかえて街を歩くのも・・・・悪くない。







――しかし、このほのぼのとした雰囲気が後に無惨にも崩される事になるのを、
鳳綺はまだ知らない。












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藍滌様が動かしにくいから修羅場は軽く終わってしまいました。
もっと出す予定だったけど、尚隆が迎えに来たのでご勘弁。

たまにはお似合いカップルデート。
・・・・・・どうしよう、本当に盛り上がりに欠けちゃった。
範旅行の目的は藍滌様と尚隆の喧嘩だったんだけど・・・(汗)