範西国―――雁とは蓬山を挟んでほぼ正反対に位置する国。
数十年前に新しい王が即位してから急成長を遂げているという。
金銀や玉などの細工や技巧が盛んだという話で、雁ともいくらか交易が行われている。
「へぇ~確かに凄いね」
鳳綺が若い頃(今でも姿形は若いままだが)、関弓で売られている装飾品の技術に驚いたことがあった。
しかしここの細工・・・彫刻の細かさとは大きな差があったように思う。
無骨と呼べる品などどこにもなく、言うなればこれは繊細。
光り放つ玉石達もギラギラ反射するのではなく、身につければ体全体を淡くまとうような輝きが宿る。
「人の技術を国の財にしたのだろう」
「そうね、それなら気候にも左右されないし良い考えだよね」
元々この国には加工して売るような資源も、畑を耕して生活するための土壌もなかった。
それを今の氾王が変えたのだろう。
とある店では奥で金属の細工をしているのが見える。
こんな繊細な細工なのでてっきり女の人がやっているのかと思いきや、大きな体つきの男だった。
他にも衣装であれば見事な刺繍など、技術を応用できる場は多数見られた。
この範の首都は芸術の街だった。
ここまで発展させた氾王はどのような人だろうかと、鳳綺は少し興味を持った。
「そういえば氾王は風流を愛する方だと聞いたけど?」
「・・・・・」
それを聞くと尚隆は一瞬にして顔色を変えた。
あまり他人に対して(ましてや他国の王に)嫌悪感を顕わにするような人ではない尚隆が、
はっきりとそれを表に出すなんて事は本当に数えるぐらいしかない。
表情からすると「嫌い」というより「苦手」だと言いたいようだけど、
一体どんな事があったのだろうか。
「そんなに尚隆と合わないの?即位式の時にもそう言ってたよね?」
「・・・・俺とは根本的に全てが違う」
この発展した街並みを見るからには、そこまで可笑しな王ではないように思える。
でも尚隆がそう言うのだから、尚隆とは全く正反対に位置するような方なのかもしれない。
「・・・・まぁ確かに、この繊細な技巧見れば何となくわかるけど」
「悪かったな繊細じゃなくて」
「そこまで言ってないでしょ」
尚隆の機嫌を損なわないうちに、なんとか話をごまかしながら歩いた。
君と共に ~範~ 1
「このまま宿探しに行く?」
「ああ、お前はどうする?」
このまま真っ直ぐ行けば、宿が建ち並ぶ通りへと辿り着く。
尚隆の旅の目的は、もっぱら宿でのんびりと楽の音でも聞きながらその土地の地酒を楽しむ事だ。
いつも街並に軽く目を通したらすぐに宿へと行ってしまう。
「私はもう少し歩いてからにする、他の名所とか聞きたいしね」
「そうか、じゃあ琉綏も連れて行くぞ」
「うん、わかった」
そして自分は夕方ぐらいまで街を歩き回るのが、ここ最近の決まり事のようになっている。
朱衡様から結構な休みをもらっていても、何もしないで酒ばかり飲んでいるのはもったいない(それも好きだけど)。
時間がある限り、色々なものを見たいし他の街にも行ってみたい。
鳳綺が尚隆と別れて賑やかな大通りにでると、
再び精巧な金属や衣装の店が立ち並んでいた。
「あ、あの~!」
「はい?」
ふいに声を掛けられて振り返ると、3人の女の人が立っていた。
見かけからすると鳳綺より1・2歳下だろうか。
「あの、突然すみません!私達、ここの芸術専門の学校に通ってるものなんですけど・・・」
「芸術専門?もしかして、こういう技巧とかを習う学校があるんですか?」
「はい、自分達で衣装や装飾品を作ったりしています」
「なるほど・・・・」
技術を国の産物とするなら、その技術を教え伝えていかなくては一代で終わってしまう事になる。
そういう学校があれば今までの伝統の技術も学べるし、さらに新たな技巧を編み出す事もできる。
だからこの国は芸術の国として発展する事ができたのだろう。
「それで、折り入ってお願いがあるんですけど・・・・!」
「・・・・お願い、ですか?」
3人は手を合わせて拝むように頭を下げた。
「明日の大会、出てもらえませんか!?お願いします!!!!」
「・・・・・・・・・・・え?」
突然の事に鳳綺は思わず茫然とその場に突っ立っていた。
彼女達の話はこうだった。
明日、自作した衣装や服飾品を外部から選んだ1人に着せ、
芸術度の高さを競い合うという、学校主催の大会があるらしい。
この大会が結構な規模のもので、街全体をあげての祭りとなる。
これに優勝すると豪華な賞品がもらえる他、学生は芸術家への道が開けるらしい。
彼女達には元々出てくれる人が決まっていたらしいのだが、今日になって急病で寝込んでしまったのだと。
鳳綺としては、自分も昔は学生だったから、彼女達の支援をしてやりたいと思っている。
人前に出るのは恥ずかしいけど、それで彼女達の夢が叶うのなら我慢してもいい。
・・・・・しかし、鳳綺にはどうしても快諾できない訳があった。
「そんな!わ、私には無理ですって!!」
「いいえ!鳳綺さんなら確実に優勝できます!絶対保証できます!!」
それは、審査基準に『参加者の容姿』も含まれているからであった。
無自覚な鳳綺はそれはもう必死に首を横に振った。
「だっていつもヒラヒラした服なんて着ないし、絶対他の人の方が優勝狙えますって!」
「ありえません!!天と地がひっくり返っても大丈夫です!!」
「そ、そんな・・・・入賞だってできるかわからないのに・・・・!」
「何言ってるんですか!鳳綺さんより綺麗な人、この先一生会えるかどうか!」
「き、綺麗なんて・・・そんなの、あまり言われた事ないので・・・・っ!」
それは、終始隣で目を光らせてる奴がいるからなのだが。
いつまで経っても自分の容姿に自信を持とうとしない鳳綺。
いくら言っても無駄だと悟った女達は何やらヒソヒソと作戦を考えたようで、
意を決して再び鳳綺と向き合った。
「ゴホン・・・私達、自分達が作った物には相当な自信を持ってます」
「はい、誰が来ても入賞をとれるくらいの物を作りました」
「大会は明日です、もう鳳綺さんしかいないんです!」
参加者の容姿など関係なくても入賞を狙える、しかももう鳳綺だけが頼みの綱。
そのように説き伏せれば彼女だって断りきれないだろう、という作戦らしい。
「え・・・・でも、優勝を狙っているんでしょう?」
よし、少しその気になったぞ!
ここまで行ければあともう一押し!
「優勝できなくても、入賞するだけでも十分将来の道が保証されるんです」
「入賞さえできればいいんです!」
「・・・・私、なんかでいいんですか?」
頼まれたら断りきれないのが鳳綺の性格。
だんだんとやってみようかな、という気が湧いてきている。
「はい!もう鳳綺さんしかいないんです!」
「もう後がないんです!お願いします!!」
あ、と一人が思い出したように付け加えた。
「鳳綺さんは観光で来たんでしたよね?六位までに入賞すると、
今年は範の装飾技術を駆使した茶器一式がもらえるんです。お土産にどうですか?」
「え・・・・茶器・・・・?」
これには意外なほど鳳綺は反応を示した。
昼間に尚隆と行った料理屋、そこの食器はどれも雁では見たことないような模様ばかりで、
思わずお土産に買って帰ろうかと思うほどの芸術作品だった。
それが、入賞したらもらえる。
あの食器、綺麗だったなぁ・・・・
あれがあれば、苫珠や尚隆とのんびりとお茶も食器も楽しむ事ができそうだな。
「どうですか?そんじゃそこらで買えないような素晴らしい出来だと思いますよ~!」
「大会に参加するだけで茶器一式がもらえる!鳳綺さんにはすごくお得ですよ!」
「え、ええ・・・・・」
どうしよう、欲しくなってきた。
それに・・・・やるからには彼女達の為にも入賞しなくてはいけないけど、
衣装には相当な自信があるみたいだし。
大会は明日、今日はもう太陽が傾きかけている。
しばらくの沈黙の後、鳳綺は律儀に頭を下げた。
「・・・・・・自信はないですけど、もう私しかいないのであれば・・・・・頑張らせてもらいます」
「「「あ、ありがとうございます!!!!」」」
鳳綺の見えない所で、彼女達は密かに拳を握り込んだとか。
「随分と来るのが遅かったが、何か面白い事でもあったのか?」
案の定街で1、2を争う宿の、一番上等な部屋で尚隆は優雅に酒をたしなんでいた。
鳳綺が来た頃にはもう何本も酒を空けた後だった。
「別にないよ?ちょっと歩き回ってたら遅くなっちゃっただけだよ」
「・・・・・そうか」
とりあえず尚隆には内緒にしておこう。
ヒラヒラした服着て大会に出るなんて恥ずかしい事、やっぱり言いたくない。
しかもちょっと茶器が欲しかったからなんて言ったら余計に呆られそうだ。
尚隆が横になっている長椅子にちょこんと腰掛けると、
「飲め」と言わんばかりに杯を渡された。
「・・・・あ、少し甘め?飲みやすくて美味しい」
「ああ、俺には物足りないがお前にはちょうどいいだろう」
そう言いつつも杯を口に運ぶ動作は一向に止まりそうもないらしい。
やはり範の首都の宿ともなると、全体の雰囲気がどこか柔らかい。
家財道具などを見ても繊細な作りのものばかりだし、さっき食べた夕餉も旬を交えた趣のあるものだった。
尚隆には物足りないかもしれないが、女性にとっては何となく過ごしやすい。
ふと、杯に描かれた模様が目に入った。
こんな小さな物にも素晴らしいほどの芸術が込められているんだと思うと、
どうしても入賞の商品に思いを馳せてしまう。
「・・・・やっぱり範の物は違うね」
「線が細いだけだろ」
腕を引かれ、尚隆に覆い被さるような体勢になると唇を要求された。
互いに酒を飲んでいるからか尚隆の唇にも艶があって、もう一度そこを舐めた。
「明日、私はまたここを見て回ろうと思うけど、尚隆は?」
「まだこの辺りの酒を飲み尽くしていない」
この宿にいて地方の酒を全部飲み比べをすると言いたいらしい。
ゆったりとした楽の音が遠くから聞こえてくるから、明日はそれを呼んで酒の肴にする気だろう。
宿から出ないのなら好都合だ。
尚隆の唇が首筋に降りた頃には、すでに腰は強く固定されていた。
「・・・・・じゃぁ、あまり飲み過ぎないように・・・・朱衡様に後から何て言われるか・・・・」
「どこで飲んでも同じ事だろう?」
「それはそうだけど・・・・」
はっと気付いた時にはもう鎖骨に吸い付かれた後だった。
明日は衣装に着替えなくてはいけないのに。
「なんだ」
「・・・・・・・何でもない」
これ以上増やされないように逆に尚隆の首筋に跡を散らしていった。
それに機嫌をよくしたのか、クッと笑いを込めると鳳綺の帯を一気に解いた。
「知らない奴にほいほいついて行くなよ」
ついて行かないよ、という反論は尚隆の舌にかき消された。
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さてお待たせいたしました、やっと範旅行記です。
藍滌様登極時にはもう結婚(正確には違うけど)して100年は経っている計算なので、
少し熟年夫婦っぽく表現してみました。
夜の濡れ場も会話しながらできてもう慣れっこ、な2人に勝手に萌。
範の情報って主従の名前以外ほとんどないので、ねつ造してますんであしからず。
勝手に芸大っぽいの作っちゃいましたけど、やっぱりそれぐらいしないと
国をあげての財産にできないと思うんですよね。
もっと芸大を十二国っぽい言い回しにしたかったんですが、それも断念。
ちなみに「風の匂い」で六太をダシにして範に行こうとしてましたが、
あの後朱衡にバレて説教されて行けなくなったのは子ネタ(笑)
どうしよう、いつのまにかヒロインが鈍感キャラになってる。