「あの、綾葉殿……」
「幸村殿。どうなさったんですか?」
出立の準備をしていると、恐る恐るといった風情で近づいてきた。
言いにくそうに言葉を濁しながら。
「いえ……この所、三成殿と上手くいっていないという話を聞きまして……」
「…………ええ、少し」
「もしかして、私と一緒にいた事を怒っていらっしゃるのではないでしょうか」
確かに綾葉と幸村が屋敷に赴いた時に三成は激昂した。
彼は自分のせいでこじれたのかもしれないと、ずっとあの時の事を気に病んでいたのだろう。
だけどそんな簡単な理由ではない。もっと深い、信頼関係の話なのだ。
綾葉はすみませんと呟き、この心優しい彼を安心させようと微笑んだ。
「違います……私が悪いんです」
主にしてみれば、信頼していた臣下に裏切られた気分でいるだろう。
心の中に消えない人がいながらも忠義を誓おうとした自分が引き起こした結果だ。
「でも、いつかわかって下さいます……三成様はお優しい方ですから」
「……そうですか」
「すみませんでした幸村殿。だからご自分を責めないで下さい」
努めて笑おうとする綾葉はまだ無理をしているようだが、
これ以上自分がでしゃばるものでもないと、幸村も笑って見せた。
「私は三成殿と貴女の関係を、少し羨ましく思ってました」
「え……?」
「だから早く仲直りが出来るよう、私も全力を尽くさせていただきます」
「……ありがとうございます」
屈託のない幸村の厚意は、綾葉の胸に棘を残した。
主の縁談を彼は知らない。
そして、もう前のようには戻れないのだと綾葉にはわかっていた。
世界は既に変わってしまっているのだから。
だけど戻ろう、戻らなくてはいけないんだ。
せめてあの静かに揺れる瞳の傍らに、臣下としていられるくらいには。
31・落としてきた欠片
領地の視察と挨拶も順調に終わり、一行は休憩と称して近くの村に立ち寄った。
そこで綾葉は、左近から頼まれていた土産を買わなければいけない事を思い出した。
「在時殿、少しだけ離れます」
各自、何処かで休んでいてと頼み、愛馬の手綱を預ける。
「あ、それならお供しますよ」
「大丈夫、すぐ戻ってきますから」
土産を買うだけなのに配下の手を煩わせる訳にはいかないからと、綾葉は笑って走っていった。
目当ての物はすぐに購入できた。
気前の良さそうな女主人が呼び込みしてくれたおかげで迷う事はなかった。
「あんた、この辺りの人じゃなさそうだね」と世間話までしてくれて、綾葉は丁重に礼をしてきびすを返した。
「あの、すみません……藤綾葉様でいらっしゃいますか?」
そんな時、路地の影から声をかけてきたのは見るからにみすぼらしい格好をした男だった。
まだそれ程の歳ではないのだろうが、やせ細った体躯にボサボサの髪からは若さというものが皆無だった。
薄汚れた召し物からも、このあたりの浮浪人なのだろうと考えられる。
「そうですが……何用でしょうか?」
恵んでくれ、という人間は少なくない。
それについては仕方ないと思っている、だが綾葉が怪訝な顔をしたのはその名を呼ばれたからだ。
慣れた城下ならともかく、ここはごく数回しか来た事がないというのに。
「随分ご立派になられて……見違える程でございます」
「……どこかでお会いしましたでしょうか?」
警戒を解かないまま眉をひそめた綾葉に男は残念そうに肩を落とした。
「そうですよね……私のような人間、覚えていらっしゃらないでしょうな……」
「…………」
(この人、何処かで見た事があるような気がする……)
しかも自分の記憶の中でもかなり深く刻まれた存在だったのではないだろうか。
「……お忘れですか?」
男は少しずつ歩み寄りながら、ゆっくりと口角を上げていく。
何処で会っただろうか、髭がなければ思い出すかもしれないのに。
「私は、かつては皆をまとめる役目を担っている者でした。
よき世を作る為にと……貴女から戦の知恵を頂いた」
「っ……え……?」
それは過去に自分が何度もしてきた事、しかも男から察するに主従の関係だったようで。
忘れた訳ではないがあまり曝されたくもない記憶を掘り返され、
見開かれた目で男を見つめるばかりの綾葉は確かに動揺していた。
「貴女に主と崇められ、祭りあげられ……」
死に場所を与えてくれる主を探していた、正しい世を作れる者を。
荒波に呑まれ、主を亡くしたり変えたりして生きてきた。
そして出会った、この人は、
「そして貴女に裏切られ……敗軍の将となった俺の事を!」
「……っ!」
―――ガッ……!!
男に気を取られ、振り向いた時にはもう遅かった。
背後に迫った別の人間に頭を殴られ綾葉の意識は途絶えた。
「ク……ハハ……!会いたかったぞ、綾葉!!」
暗転していく世界に、狂ったように笑う男の声が聞こえた。
何か変だ、そう思ったのは副長の篠田在時。
すぐ戻ると言った彼女が、もうかなりの時が過ぎているのに帰ってこないのはおかしい。
どこかで寄り道するという性格でもない、在時は焦りの色を滲ませた。
「……隊長が戻ってこない」
すぐさま兵を連れて村を歩き回ったが見慣れた女武将の姿は見えない。
通りに面する店の威勢の良い女将に尋ねると、ここで土産を買ったのだと答えた。
そしてくまなく探し回った路地の隅に不自然に落ちていたのは、甘味の包み紙。
それは良くない事柄に巻き込まれた事を意味していた。
「すぐに城に伝えろ、内密にな」
兵の一人に早馬を飛ばし、悔しさを滲ませた低い声で仲間を振り返る。
「村の中を探せ、村人は怯えさせるなよ。
俺達は外を探す、もし逃げても遠くには行っていないはずだ」
(くそ……護衛の意味がないじゃないか!)
少しでも一人にするべきではなかったのだ、自身を恨みながら在時は馬で駆けた。
彼女はいつか亡くしてはならない人になる。
自分達にとっても、それ以外にとっても。
「っ……綾葉殿ォ!!」
虚しい叫びが木霊した。
―――あれは、まだ三成様に出会うよりずっと以前の事。
長政様を亡くし、仕えるべき主を求めては別離を繰り返し、
何度かわからない放浪の旅をしていた頃、とある村で知り合ったのは一人の青年。
あの頃の私は執念に燃えていた、貧しい村さえも襲うような輩を憎んでいた。
昔、孫のように優しくしてくれた老父が殺されたのも、盗賊という存在がいるからだと。
その男もまた、盗賊に襲われないような村にしたいと望んでいた。
彼は村では有力な商人の息子だったが、強い権力も武力も持っている訳ではなかった。
だけど胸に野望を抱いていた。
人望もあつく快活な性格で、余所者であった私をすぐ受け入れてくれて。
もっと村を豊かに、もっと自分達の道理が通るような世界が欲しい、そんな意思に共感して私は傍についた。
拾ってくれた恩もあり、それまで培ってきた世渡りの術を教え、そして戦う力を彼に与えた。
村人は貧困から救われ、彼を慕い集まる人間で治安を守れるぐらいの組織に成長した。
だけど結局、彼の傍では自分の望みは叶えられないのだと悟り、私は彼とは別の道を歩んだ。
義を欲して、笑って死ねる場所……自信を持って長政様に会いに行ける道を。
ただ、それだけが欲しかったのに―――
暗闇で聞こえてくる声が、少しずつ綾葉の意識を呼び覚ます。
「こんな事までして、俺達に何かあったらどうする気なんだ!」
「こ、殺すのか!?こんな位の高そうな人襲って……それこそ俺達の方が殺されちまうんじゃないのか!?」
「大丈夫だ。これは俺が全部やった事、それでいいだろ」
仲間らしい者達が数人で喚いているのを男は面倒だといった様子であしらっている。
頬に当たる冷たい感触に、綾葉は何処かの家の中で寝かされているのだと推測できた。
だがまだ痛む頭はスッキリしない、恐らくある程度の血が傷口から流れたはず。
「ああ、わかったら早くその反物を持っていけ。しばらくの金になるだろう」
言葉に弾かれるように自分の体を見遣れば、確かに金になりそうな装束は奪われ薄衣だけになっている。
そして手足は動かない、縄できつく縛られていた。
ようやく状況が整理できた綾葉が起き上がると、男は待っていたかのように歩み寄る。
「久しぶりだなぁ綾葉」
「っ…………矢太郎様」
名を呼ばれると、男は満足そうに唇を引き上げた。
「覚えてたのか、嬉しいよ」
あまりにも様子が違っていてわからなかっただけだ。
忘れはしない、一度は信頼し命を預けようとした人なのだから。
強い目で睨み付けたが男は狂ったように笑い出し、そして綾葉を見下ろした。
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長くなりそうなので切ります。
オリキャラです。
どうでもいいですが配下と臣下の違いがわかりません。