ひとときの休息の後、間道軍は再び雪の中を進軍する。
温まったはずの体は外に出れば一瞬で氷のように冷たくなり、四肢がまともに動かなくなるのを感じた。
悪天候の時は分厚い雲が太陽を覆い隠すので、昼間でも羅刹の体を蝕む光がないのはよかった。
だけどその代わりに吹雪が地肌に当たると、寒いというより痛くて仕方なかった。
天気の良い時は冷風には襲われないが、太陽の眩しさが地面の白い雪に乱反射して羅刹に突き刺さる。

つまりは、どんな時でも激しく苦痛だった。
それでも耐える事ができたのは、その境遇が紫苑だけではなかったからだろう。
土方も含め、残る羅刹はみな此処に集まり、同じく痛みを感じているだろうに誰も弱音を吐かない。
ここまで来て音を上げる人間はいないだろうが、それでも自分だけではないという連帯感だけが唯一の救いで、その気持ちだけで突き進んでいた。

途中、大きな足止めや戦闘がなかったので軍は順調に進み、ついに五稜郭へと到着した。
目的地のそこは、既に新政府軍が撤退しているとの知らせが本道軍から届いていた通りに、すんなりと城門をくぐる事ができた。

「すげぇ!」
「うん、凄いね……」

完成から数年しか経っていない城はまだ新しく、戦闘で痛んでもいなかったので綺麗だった。
計算された西洋式城郭は壮観で、素直に叫んだ藤堂に続き紫苑も感嘆の言葉を漏らす。
他の者達も視線を巡らしながら、一様に同じ反応をしていた。
五角形だという城郭を上から見られないのが残念だとも思った。

大鳥率いる本隊とも合流すると、落ち着く暇もなく次の動きを検討する軍議が執り行われた。
そして蝦夷地唯一の藩である松前藩への進軍が決められる。

土方は松前藩の使者と会談し、僅かな時間の中で和平の道も模索していたが、結局実現には至らず、
五稜郭に着いて早々に土方を総督とした隊が編成され、新たな戦争の地へ発つ事となった。






薄桜 二






五稜郭から出陣し、海岸に近い陸路を通り南西を目指す。
松前城に近付くにつれて敵軍の抵抗が強くなり、戦闘が次第に激しくなる。
時には夜襲に遭い、海上から攻撃される事もあったが何度も返り討ち、じりじりと松前兵を城へと後退させていく。

そうして辿り着いた城は固く閉ざされていた。

城近くに接岸する港からは、回天丸が城への砲撃を開始する。
どんどん、という耳を叩くような爆音と足元の地面が揺れ続けるなかで、陸兵は門の前で時を待つ。

だが城は籠城戦に持ち込みたいのか、門の守りは厳重だった。
門も開かれたと思うと中から一斉に砲撃が放たれ、終わると即座に門が閉められる。
突入の機会を窺おうにも、その繰り返しでなかなかすんなりと進めそうにはなかった。

土方は門の左右に兵を並べさせ、門が開いた瞬間に敵兵を狙撃するよう指示し、
さらに土方が率いる少数の部隊で裏側から攻めると言った。
それはもちろん昔からの仲間達でまとめられ、銃弾や大砲を掻い潜って城をぐるりと回って裏門に隠れる。

「行くぞ」

返事の代わりに瞬時に立ち上がろうとした紫苑の眼前に、土方の静止の腕が伸ばされる。

「お前は俺の後ろだ」
「っ……はい」

約束忘れてないだろうなと言わんばかりにキッと睨まれ、さすがの紫苑も息を詰まらせ身を引いた。
いくら無鉄砲な紫苑でも、あんな顔をした土方との約束を破る気にはなれなかった。

土方としては、紫苑を本当は千鶴や山崎と同じく軍列後方の医療班などにいさせたかったのだが、
野放しにさせた方が危険だという事を身を以て経験していたので、前線ではあるが土方側の突入部隊のすぐ後ろという配置になっていた。
止む無くだと、戦闘の前に苦々しい表情で強調するように、皮肉たっぷりに言われたので、反発するよりも申し訳なく思う方が強かった。
そんなに自分の存在は土方の心労を増やしてしまっているのだろうかと、改めて反省せざるを得ない。

気落ちした空気を察したのか、原田が紫苑の肩をぽんぽんと叩く。

「悪いな、紫苑。ここは一番力の有り余ってる俺らに任せてくれ、な?」
「……うん」
「ああ、俺らを忘れてもらっちゃ困るぜ」

こっちだって飛び出したくてうずうずしてんだ、と永倉が刀を構える。
すると皆が同じようにして紫苑の前に立とうとする。

紫苑、あんたは土方さんを守れ。総督を守る人間がいないと困る」
「一君……」
「そもそも何で君が先に行こうとするの、僕より弱いくせに」
「……喧嘩売ってるの、総司?」
「まあまあ紫苑、俺と一緒に土方さんの左右を固めようぜ」

こんな時にまで挑発をしてくる沖田に青筋を立てていると、藤堂が苦笑しながら間に入る。
沖田相手だからつい素直になれない態度をとってしまうが、紫苑も本気でやり合うつもりなんてない。

何も言わずとも皆の目が、紫苑に無理をさせたくないのだと語っていて。
申し訳なさを感じながらも、大事にされている事が嬉しくもあった。

(そうだよね、みんないるんだ……)

江戸を離れ会津を目指して北進している時のような孤独は感じない。
思うように戦えない悔しさより、頼ってもいいんだという心強さが胸を占める。

戦の最中に何を呑気に喋っているんだという呆れ顔の土方が此方を振り返る。
だけど、渋い表情をするだけで本気で咎めようとしない彼もまた、皆と同じ気持ちだったのだろう。

無駄話を終えた一同を見渡すと小さく息を吐いて、そして城を見上げた。

「よし、突入する!」
「よっしゃああ!!」

紫苑の大事な仲間達が一斉に飛び出していく。

ああ、この背中に憧れていたな、と昔の自分を思い出す。
今はもう、あの浅葱色ではないけれど、目の奥にはあの鮮やかさが色濃く残っている。

今は彼らに付いて行ける、そして一緒に肩を並べて戦える。
それがやっぱり嬉しくて、紫苑はその背中に続いて駆け出した。


敵の捨て身の抵抗はあったものの、何度も劣勢を潜り抜けてきた紫苑達にとっては難しくない戦だった。

誰一人として羅刹になる必要もなく、統率された連携で城の奥へ進んでいく。
大将の土方を守るように、前衛が取り逃した敵兵を紫苑が薙ぎ倒す。

問題があったとすれば、それは血の臭いだった。
なるべく返り血を浴びないように斬り付けてはいるが、全てそうできる訳でもなく。
飛び散った鉄のような臭いが、紫苑の思考を僅かに痺れさせる。

悦ぶように、自分の中の羅刹の部分が顔を覗かせる。
少しずつその感覚が強くなっている事を自覚していたが、紫苑は頭を振って自力で抑え込んだ。

紫苑、大丈夫か?」
「、……何ともない」

新薬を飲んでいる藤堂にはその感覚はまだ弱いのだろうが、同じ感覚を共有してか紫苑を心配してくれる。
ニッと笑ってみせ、紫苑はまた新たな敵を迎え撃つ。
斬り払うよりも突きの方が血が飛び散らないだろうという判断で、紫苑は沖田直伝の突きを主軸に動いた。

そして、戦としては比較的労せずに城は制圧された。

そもそも、松前藩の武力は遅れていて、籠城をした所でその戦力差はどうにも埋まらなかったのだ。
劣っていると知りながらも、最新鋭の敵と戦おうとする姿は少し前の俺達みたいだ、と土方は捕縛した敵兵を眺めながらそう零した。

占拠した城の後処理が始まっていても土方は複雑な表情のままで。
隣に立っていた紫苑がふと彼の横顔を眺めていると、脳内で音が鳴った。

「――え?」

いつものような、頭痛と共に強烈に流れ込んでくるものではない。
軽い耳鳴りのあと、聞こえたのは土方の吐き捨てる声。

目の前の彼ではない、これは未来の彼の声。
何を叫んでいるのかまではわからない。
うるさいくらいの風の音、そして肌が凍ってしまいそうな寒さ。

近くで立ち尽くす榎本が苦悶に満ちた表情を浮かべ、どこかを見つめている。
土方は悔しさを隠そうともせず、木の幹のような何かを殴りつけている。
何度も、血が滲もうとも何度も拳を痛めつけ――

「どうした?」
「―――、いえ……」

怪訝そうな現在の彼の声に我に返ると、先視は終わっていた。
咄嗟に見下ろした土方の右手はまだ血に汚れていない。
呆然と手元を見る紫苑に、同じく視線を下げたものの何も異常はなく、土方は眉を顰める。

一体何だったのだろうと、土方の視線も気にならずそればかりを考えていた。

(どういう事?何かが起きるの……?)

土方が木を殴っているだけの光景で、誰かが大怪我をしているようには見えなかった。
だけど、ただならぬ緊迫した事態が起きているのは確かで。
焦り、怒り、悔しさ、それらが全部混ざったような土方の激しい目。
先視で目の当たりにしただけなのに、今まさに紫苑の心臓はどくどくと音を立てている。
土方のあんな表情など滅多に見ない。
彼があそこまで動揺するなど、まるで流山で近藤が投降する時のような――

「……っ!」

怖い。
身震いするほどの寒さと恐怖に紫苑は自身の身を抱き締める。
刃物に突き刺されるような冷たい風に、未だ体が晒されているような感覚だ。

彼がああいう目をする時は、どうしようもない現実に為すすべなく押し流され、もがき苦しんでいる時だ。
そして後から押し寄せてくる、払拭できない絶望感。
あの先視はつまり、再びそんな未来が待っているという事ではないだろうか。

(そんなの、嫌だ……!)

ぞくりと背中を流れる恐怖に、紫苑は青褪める。

バラバラになった仲間達が戻って来て、皆で蝦夷の地まで来た。
もう十分だと思った事もあった。新政府軍に勝とうだなんて望みすぎではないだろうかとも思った。
だけどいざ土方の苦悶の表情を見ると、紫苑の胸はギュッと締め付けられる。
何とかしたい、もうそんな思いをさせたくないと心が叫ぶ。
恋情からくる感情もあるだろうが、それ以上に新選組で生きてきた紫苑を形作る全ての感情が爆発する。
先視という力を持って、力に振り回され、それでも命懸けで変えようとしてきた紫苑の中にいる獣が吠える。


――あの未来を、変えたいと。


どうしたらいい、だけど具体的に何が起きるかなど、あれだけの先視ではわからない。

(何て役に立たない力なんだ……!)

大事な所で意味を成してくれない水鏡の血に怒りすら感じながら、紫苑は空を仰いだ。
自分に腹が立って、紫苑こそ何かを殴りつけたい気分になった。
未来で彼が苦しむのに何もできないなんて、もう嫌だ。

(あれだけじゃわからない!もう少し、視えたらいいのに……!)

もっと何か、手掛かりでいい、未来の欠片が知りたい。

「おい、紫苑?」

震えながら自身の掌を凝視していた紫苑は奥歯を噛みしめ、突然走り出した。
制圧後の軍の指示を出していた土方はその様子に眉を潜める。


――どうにかしたい、どうにかして未来を知りたいと、紫苑は必死で考えた。

一番初めは、人を殺した時。
それからは戦っている時、血が昂ぶっている時、羅刹化している時。
今でこそ平常時に視える時もあるが、もし血を昂ぶらせたらどうなるのか。
何でもいい、未来が知りたい。
もし紫苑の予想が正しければ、仲間が怪我をしないのなら先視は視られない。
本当に危なくないと、紫苑の血は未来を見せてくれない。

(だけど……もう肝心な時に視られないのは嫌だ!)

紫苑は城壁沿いに走り、なるべく兵達が少ない日陰を探す。
太陽の光は羅刹の力を妨げてしまうかもしれないと思ったのだ。
日の当たらない城壁に近寄れば途端に温かさがかき消され、肌寒さが体を震わせる。

紫苑は静かに呼吸を吐き出し、そして羅刹へと身を変える。
両の角、黄金色の瞳の白い獣が鞘から抜いた刀を振り上げ、自身の太腿に突き刺した。

「ぅ、ぐっっ……!!」

ボタボタと大量の血が地面に落ちて流れていく。
激しい痛みに意識を失いそうになったが、必死で保ち、それから戦場の狂気を思い出す。
ギリッと歯を食いしばり、先程視た光景を思い返す。

(どうか……どうか――!)

柄を握り締めながら、痙攣する両目を強く閉じれば、暗闇の奥で再び想い人の声が聞こえた。
拳の血、彼の叫び、背中を見つめる榎本、冷たい風、吹きすさぶ雪……その奥の暗い海に浮かぶ、傾いた艦船。

あれは―――

(開、陽……!)

「く、あああ!!」

一瞬だけ次々と視えた光景が消えると同時に、紫苑は太腿から刀を抜いた。
またしても鮮血が飛沫となって溢れたが、それは荒い呼吸をしているうちに傷口が静かに元通りになっていく。

紫苑!!」

駆け付けた土方はその光景に絶句した。
急にいなくなった紫苑が、何もない場所で血塗れになって倒れているのだ。

「これはどういう事だ!?」
「土方、さん……か、開陽が沈みます……っ!」
「は、何だとっ!?」

どうして怪我をしているのか聞いているのに、紫苑の口から出た言葉は土方には唐突すぎる話だった。
屈み込んだ土方の洋装の袖を強く握り締め、必死で訴えてくる。

「詳しくは、わかりません、けど……戦って負けた訳じゃなくて、凄く寒くて、海が荒れて……!」
「…………っ」

周囲に逃走する者もおらず、誰かに襲われたにしては不自然な現場。
争った跡もなく、だけど直前まで羅刹化していたのか薄くなっていた髪色は少しずつ黒さを増している。
傍に置ちている血塗れの紫苑の刀、怪我は既に消えているが呼吸の荒い紫苑

「……視たのか?」
「はい……!このままじゃ開陽を失って、さらに戦況が不利に―――っ!」

言い終わる前に土方に激しく頬を叩かれた。
何が起こったのかわからなくて呆然としてると、激昂する土方に胸倉を掴まれる。

「お前……!自分でこの状況を作ったのか!?」
「…………っ」
「何で自分に傷作ってまでこんな事するんだ!?」

土方の激しい怒りの目は、泣いているようだった。

(ああ、またやってしまった)

土方を悲しませたくないと思ったのに、結局悲しませてしまった。

「っ……どうしても、視たかった、から……」
「それでてめぇの足に刀突き刺したっていうのか!?おかしいだろそんな事!!
お前に怪我させて先を読んでもらわなきゃ俺達は何もできねぇって言うのかよ!?」

今までの土方の溜め込んでいた感情が全て爆発したような叫びだった。
ガクガクと揺さぶられながら悲痛な声を聞き、紫苑はやっと自分の異常さに気付いた。

「そんな事されて一体誰が喜ぶっていうんだよ!?」
「ごめ……な、さい……」
「頼むから!!自分で傷なんか付けるんじゃねぇ……!」

力任せに両肩を握り締められ、その痛さをじっと受け入れる。
震える程の激昂に紫苑は訳もなく泣きそうになった。
怒られたからとか怖かったとかそんな理由ではない。きっと、彼の悲しみが流れ込んできたからだろう。
叩かれた頬がジンジンと痛みを主張し、余計にそう思う。

「ごめんなさい、土方さん……もう、こんな事、しません……」
「……っ」

(私は、あなたを苦しませる事しかできない)

昔からずっと……きっと、これからも。

好きになってもらわなければよかったのかもしれないとすら感じる。
そうすれば彼はこんなに胸を痛ませる事もなく、駒として紫苑を見られたのかもしれないのに。
だけど大切にされているという事実に悦びすら感じる自分もいて嫌になる。

そして彼の為に命さえ投げ出してしまう、結局この連鎖から抜けられないのだ。

怒りを落ち着かせているのだろう、耳元で土方の深く繰り返される呼吸が聞こえる。
土方越しの視線の先には、騒ぎを知って集まっていた仲間達が此方を見守っていた。
恐らく大体の事は把握して、何も言えずにそこで待ってくれているのだろう。

しばらくすると土方がすっと紫苑の体を離す。
その時にはもう、彼は軍総督の顔をしていた。

「山崎、島田。それから新八、左之助」

呼ばれてすぐに土方の傍へ駆け付ける。

「お前達に頼みがある。"開陽が沈む恐れあり"と榎本さんに至急に伝えて欲しい」

(土方さん……)

冷静に指示を始めた姿を見て紫苑は驚いた。
怒りはしたものの、視たものを否定しなかった彼は今の短時間で頭を整理させていたのだろう。
紫苑の断片的な言葉を繋ぎ合わせて瞬時に理解し、彼は既に次の行動を決めていた。

「ただ、何処で榎本さんと合流できるかわからない。だから方々に伝令を飛ばし、会えた者が話を通してくれ。
春まで、少なくとも雪が降る時期の間は待機してもらいたし、と」

これから自分名義の書状を作る、と土方は動き出す。
榎本率いる開陽丸は、松前城経由で江差へと進軍する土方を援護する為に、箱館から江差へ行く事になっている。
今現在、開陽丸が出港しているのか、どこまで来ているかわからない状況の為、手当たりしだいに伝令を分けるつもりらしい。

「山崎と島田は悪いが箱館まで戻ってくれ」
「承知しました」
「大至急行って参ります!」
「新八と左之助は一足先に合流地点の江差へ行ってくれ」
「土方さんの頼みとあっちゃ、仕方ねぇなあ」
「ついでに江差あたりの様子も探ってくる」
「ああ、頼む」

榎本軍がまだ箱館から出ていなければいいが、既に海上に出ていると伝令は伝え辛い。
土方軍本隊は松前藩の残党兵を追いかけながら江差へ向かうが、戦いながらになれば時間がかかる。
なので江差へ先回りしてもらい、もし開陽丸がいるようなら土方の言葉を伝えるという手筈だ。

「海からの援軍はいいんですか?」

沖田のいつも通りの声が聞こえる。
開陽丸を待機にするという事は、江差攻略時に海からの砲撃がないという事だ。
だが土方は、逆に強さを持った目で沖田や他の者達を見据えた。

「ひとまずは此処にいる軍だけでやる。これだけの奴等がいるんだ、お前達とならやれるだろう」
「へえ、大きく出ましたね」

奮い立たせるような言葉に、仲間達の顔色が変わる。
沖田もまた、満足そうに笑った。

さらに土方は松前城付近に停泊している回天丸と蟠龍丸にも指示を飛ばした。
二隻はこれから青森まで行く任務があるが、予め伝令を伝えておき、
その後は松前付近の海域で箱館からやってくる開陽丸を待ってもらう事となった。

流れるように話が進んでいき、紫苑は少し放心していた。

「ありがとうございます、土方さん……」
「……開陽を失う訳にはいかねぇ、絶対にな」

ばつが悪い紫苑の声は随分小さかったが、背中を向けていた土方から言葉が返ってくる。
紫苑に振り向いた土方の目は、やっぱり悲しい色をしていたが。

「みんなも、ごめん……」

他の幹部達も、訳もわからないまま指示をされているはずなのに、誰一人として不思議に思ったり不満を言わない。
恐らく紫苑と土方のやり取りで事情は察してくれているのだろうが、
それでも先視という紫苑の不確かな言葉に振り回されているというのに。

暗い顔をする紫苑に、永倉と原田が笑う。

「今更お前を疑っちゃいねぇよ。お前が言うなら、そうなんだろ?」
「そうだな。お前のおかげで俺は此処まで来たんだ。だから俺達が全力で動いてやる」

周りを見れば、皆も同意だとばかりに紫苑を見ている。
恨み言ひとつ言わず、むしろ全面的に信用してくれている。

「……ありがとう」

こんな自分を信じてくれて、ただただ感謝するしかなかった。











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2019.12.15
ストーリーを大幅変更。