last blood
「フェリアの事は……残念だったな……」
「…………」
周りの音も聞こえない無音の空間に、大佐は一つ溜息を落とす。
……あの時の事が今でも鮮明に蘇る。
フェレスは片翼を失っただけでなく、足に何重にも受けた銃の傷により動けそうにもなかった。
半分放心状態にあった俺に代わって、アルがとどめを刺した。
いくら強靱なキメラだと言っても、心臓を貫けばすぐだった。
そして、ぐったりとして目を覚まさないフェリアの背後には、重力に逆らえなかった翼が地面に飛び散っていた。
錬成の反動で空に舞い上がった血の羽がフェリアの最後のはばたきだった。
「あの合成獣達についてはまだ調査中だ、黒幕も規模も何もわかっていない。
……とりあえずしばらくは、もう襲ってくる事はないだろう」
「…………」
漏れた情報源を、奴等は確かに仕留めていったのだから。
そして俺達は奴等を仕切っていた男も仕留めたのだから。
だけどエドには、そんなもの少しも嬉しくなんかない。
大佐の机に迫るエドの背を見ながら、アルはソファーで項垂れていた。
首にくっきりと浮かぶ痣を隠そうともしない兄が、痛々しくて見ていられない。
「彼女は病院での爆発に巻き込まれて……という事にしておいた。死体が確認できないようにな」
「…………!」
大佐はまた一つ大きな溜息をついた。
「……彼女は『幸せ』に死んでいったんだ」
「幸せ、だと!?これのどこが……!」
堰を切ったかのように怒りを顕わにするエド。
「幸せは人それぞれだ、それがどんなに短くとも……ただの抜け殻のように生きるのが幸せの形ではないのだ」
「ならフェリアは幸せだったってのかよ!」
「……兄さん……」
バン!!と机を叩き付ける。
俺とアルを守って死ぬなんて……そんなの幸せなはずがない!!
「……それを知ってるのは、鋼の、お前ではないのか?」
「…………」
『ありがとう』と……あんなに嬉しそうに微笑んでいた。
ああなって、心から幸せだった、と……?
「彼女は元々、早く死ぬ事を望んでいた。だが彼女は『生きて』死んだ、自分なりの幸せを見つけてな」
「あいつなりの幸せ、だと……?」
「そうだ」
あいつは、自分を『あげる』と言っていた……
死ぬ為に生きているんだとは何となく感じていた……だけど、だからと言って……!
「……何で、俺達と旅をさせた?」
地の底から響くような低い声で大佐を睨む。
「君達なら変えられると思ったからだ、彼女の生き方を。私には……変えられなかった」
最後に自分に言ってくれた『ありがとう』は、鋼のが彼女に教えたんだ。
自分では……心を開く事はなかった。
「……どこも出ていなかったら、フェリアは追っ手に追われる事も、死ぬ事もなかった」
「それは違うな、ここにいたままだったら彼女は間違いなく自害していただろう」
「……………」
「彼女の望みは死ぬ事。君達がそれを変えたんだよ、鋼の」
「変わってねぇ……何も変わってねぇよ!!」
結局死んでしまったのなら、俺達だって何一つ変える事なんてできなかったんだ……っ
「変わったさ。『愛した者を彼女なりに愛して生きた』、それで充分さ」
「……そんな風に愛されても……俺は何一つ返してやれなかったじゃねぇか!」
守るって言っときながら守られてばかりだった
傍にいてやりたかったのに、1人にさせてばかりだった
もっと、外で元気に遊ばせてやりたかった
もっと、一緒に街を歩いてやりたかった
どんな食べ物が好きで、どんな色が好きで……とか、そんな基本的な事も知る事ができなかった
女の幸せ……とかも、何一つ知る事もなく
「……なんで……なんでだよ!!何で死んじまうんだよっ!!!」
全てが解決しても……もう、何も、してやれない。
「……初めて会った時の彼女は心が死んでいた。怯えて、泣き喚いて、
兄に対する謝罪の言葉ばかり口にしていた。そんな彼女が、自分が殺してしまった兄を乗り越え、
兄の為にしか生き長らえていなかったのに、最後は君の為に生きて、笑った」
大佐は立ち上がると、俯いているエドの頭にポンと手を乗せた。
「彼女は確かに幸せだった。
そして鋼の、君はちゃんと彼女に光を返せたんだ。彼女の兄よりも強い、愛を」
……等身大の、愛を……
「……そろそろ墓参りに行ってやれ、彼女が待っているぞ」
……そんな所に行っても、あいつが笑っているはずがないのに。
―――フェリア・エンディード 斬血の錬金術師―――
そう無機質に書かれた石碑に、アルは花束を添えた。
エドは俯き、何も映さない瞳で石碑を見つめた。
「……これでよかったんだな、フェリア……?」
泣いてばかりいたと思うのに、頭に浮かぶのは儚げに微笑んでいた時の表情ばかり。
俺の心配をよそに、いつもあいつは笑っていたんだ。
『温かいね』って、幸せそうに……
―――彼女は幸せに死んでいったんだ―――
涙が溢れて、止まらない。
「……俺は……そこまで、できた人間じゃねぇ……っ!」
最後の涙が、フェリアの墓に一つの染みを作った―――――
「……エド?アル?」
突然背後に聞こえる、愛しくて寂しくて仕方がなかった少女の声が。
幻覚かと思ってみても、アルも驚いているのだからあれは間違いなく本物だろう。
「「フェリア!?!?」」
もの凄い大声にフェリアはビックリして思わず一歩後ろにさがる。
「あ、の、大佐に……ここに来いって、言われて……」
「大佐に!?」
ついに声さえも出なくなったエドの代わりにアルが反応を示す。
「う、うん。私が生きてるのは極秘扱いだったからエドとアルにも連絡取れなかったんだけど、
さっき大佐に呼ばれて、ここに来ればエドとアルに会えるからって……」
た、大佐……兄さんを騙してたんだ!!!
今頃、フッとか鼻で笑ってそうだ……
「…………フェリア……」
我に返ったらしいエドがゆっくりとフェリアに近づいて、長い髪に触れた。
でもまだ信じられないのか、顔は真剣だった。
「生きて、たのか……」
「なんかね?よくわからないんだけど、私が反動起こすときに、エドが私の肩に触れてたよね?」
「……あぁ」
確かにあの時、鋼の腕は使い物にならなくなっていたから生身の左手で触れた。
「ちょうど触れてた部分にエドの傷口と私の傷口が重なってたらしくてね?それで、エドの血も使われたみたいで」
「……それって、お前の代わりに俺の血が代価になったって事か?」
フェリアの錬成に必要な代価は血。
傷口が繋がっていたおかげでフェリアの血が尽きる事はなく、俺の血が持って行かれたという事だろうか。
……『フェリアの血』じゃなくてもいいってか……
そういえばフェリアは何度も輸血してるから、他人の血も混ざってる事になる。
「たぶん、そういう事らしいんだけど……」
「……あの時、何か気が抜けたような気がしたけど……まさか血が抜かれてるなんて思ってもなかった……」
「それとね?更に偶然に私とエドの血液型が一緒だったみたいで、大佐が
『同じ血液型じゃなかったら反動をやり過ごしても拒否反応を起こしていたぞ』って言ってた」
エドは耐えきれずに笑みを溢した。
「……ははっ」
何という偶然の重なりだろうか。
「……それでもいい、お前が生きていてくれたなら……っ!!」
俺が咄嗟に手を伸ばしたおかげで、今フェリアは生きている。
最後に……お前を守れたんだ。
ギュッと強く抱きしめると、フェリアの細い体を肌で感じる事ができた。
胸に埋まっていたフェリアから「く、苦しい……」なんて聞こえたけど、離す気なんかない。
「……俺の幸せは……お前が生きて、ずっと傍にいて笑っている事だ。頼むからもう……俺の幸せを奪うんじゃねぇよ……っ」
「……うん、ごめん」
エドが泣きそうな声で言うものだから、私の目にも涙が溜まる。
「……大佐にも言われた。エドが泣くから、もう死ぬなって……傷つけたくないけど……エドが悲しむのは、もっと嫌かも……」
「当たり前だろ、もう死ぬんじゃねぇよ!あと60年ぐらいしたら嫌でも死ねるからその時までは死ぬな!!」
「……ごめんね」
こんなに怒られてるのに、凄く嬉しい。
「ずっと、一緒にいていい……?」
そう言うと、エドは力を緩めて私を見据えた。
「嫌だっつても離さねぇ……ずっと、俺の傍ではしゃいでろ」
「あはは、何それ……」
太陽のような人……でも手を伸ばせば届く、私の光。
「…………ありがとう、エド……」
今度は柔らかく抱きしめられた。
アルにも大きな手で頭を撫でられる。
大佐にもさっき、優しく背中を押された。
「温かいね、エド……みんな、温かい……」
……ねぇ、お兄ちゃん。
穢れてしまった手だけど、もう一度……太陽の手を掴んでみようと思うの。
もう泣かないから、もう死のうと思わないから。
だから、もう一度……生きさせてください――――
「……そういえば名前、どうしたらいいのかな?
私、もうハルヴァードでもエンディードでも死んでる事になっちゃってるんだけど……」
そう言うと、彼にバカと頭を小突かれた。
「んなもん、名前なんかどうだっていいだろ。フェリアはフェリア、だろ?」
そうか、そうだよね。
キュッと、繋がれた手が強くなった。
「……お前がよければ、フェリア・エルリックでもいいんだよ」
穢れた願いに 最後の涙を
<完>
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(あとがき)
やっと……やっと終わりましたっっっ!!
随分長い事かかりましたね~(大汗)
始めに思い付いたのが、自分の血を代価にするという設定。
錬金術を使えば使うほど自分の命を削っていく、自己犠牲の錬金術師。
そこから色々話を起こして今のヒロインができました。
ホントはこれ……最後は死んだままで終わりのつもりだったんです(苦笑)
だけど書いてるうちに思わぬ情がでてきてしまって、何とか死なないようにできないかなぁ~、という事で今回の偶然が重なりました。
元々死ぬつもりだったから大変でしたよ、死なせないようにするの(笑)
大佐との昔話も書いてるうちに、何故か大佐もヒロインに想いをよせるように……
おかしいなぁ……何で最後まで大佐が出張ってきてるんだろう(汗)
そして、対照的にアルの出番が少なく……ごめんね、アル(涙)
……という、私的の偶然の重なりで(笑)ハッピーエンドができました。
久しぶりに清々しい気分で一杯です(じ~ん)
こういうヒロイン、個人的に大好き。
気に入ってもらえたら幸いです。
06.9.1