襲う月夜、たゆたう混沌。
ただ草を踏む音だけが子守歌となり、協奏歌となり。
まだ少女は目覚めない―――
人が狂気に満ちた瞬間などそうそう目の当たりにするものじゃない。
だけどフェリアの目は完全に血走っていた。
他人の錬成も簡単に真似できるものじゃない。
個人の錬成陣というものは、その人特有の癖や暗号が入っていたりして。
ただ真似て錬成陣を書いても効果は得られない。
だけどフェリアはそれをやってのけた。
血だらけになっても、腕が使えなくなっても。
剥き出しの殺意と、激しい怒号。
逃げるように泣き叫んでいたフェリアはどこにもいなかった。
……その時俺はわかってしまった……
フェリアは『生きて』いないのだと。
荒れ狂う心を揺さぶり続けながら、フェリアは死を待っている。
フェリアの平穏は『死』にしかないのだと。
死ぬために生きている。
だから、消えかかった心に浮かんだ想いはフェリアの全てを優先する。
フェリアは兄のために死のうとしている。
フェリアの全ては兄のために。
それ故にフェリアに芽生えた憎しみや悲しみはあれほどまでに強い。
精神を異常にさせるほど、肉体を滅ぼすほど。
19th
真っ白な天井、無機質な壁。
純白のシーツに包まれた青い顔と、腕に繋がる赤い管が対照的だった。
「……ねぇ兄さん……どうする気なの?」
「どうするったって……」
キメラ達に見つからないように森の中を走り回って数日、ようやく大きな街に到着した。
何よりも先にフェリアを病院に連れて行き、今こうして人形のように眠っている。
その横で、椅子を並べて見つめる兄弟がいた。
「僕あの宿の人に聞いてたんだ、フェリアとフェリアのお兄さんの事……
お兄さんは事故死で、フェリアは自殺だって……そう軍の人に言われたんだって……」
「…………」
フェリアと兄の真相について、部屋で起こった事は森を走り回っている間に大体説明されていた。
では、その嘘を教えたのは誰なのか。
「軍が介入してるなら……もう僕達だけじゃどうにもならないよ、兄さん……」
「…………」
フェリアの兄を殺そうとして、兄の親友やキメラ達を送り込んで来たのが軍……もっと言えば上層部ならば。
こんな所で小さく動いていてもしょうがない。
「2人でフェリアを守って敵とも戦ってなんて……いくら僕達でも無理だよ……」
何も答えが返ってこなくてアルはチラリと横目で隣を盗み見する。
エドは険しい表情で青ざめた少女を見つめていた。
「……守れなかった……」
守ると言ったのに……
「あんなに血まみれで……腕は酷い状態だった……」
医者に、生きてるのは奇跡だと言われたくらい。
だけど左腕の包帯以外は全く損傷はなくて、ただ眠っているだけのようだった。
血がフェリアの錬成の代価なら、おそらく血まみれだったのは爆発の錬成の代価。
深い血の海に佇むフェリアの真っ青な顔は何故か光っているように見えた。
「許せねぇ……あの男……!」
フェリアをこんなになるまで壊して。
その声が聞こえたのか、フェリアの顔が微かに動いた。
「っ……フェリア!?」
兄弟は必死で覗き込むが、それ以上は死んだように動かない。
綺麗な金髪に、透き通った翡翠の瞳。
ちょっと前までは動いていて、笑っていたりもしたのに。
あどけない寝顔なのに、どうしてこうも不安を掻き立てられる血色なのか。
「……死ぬかと思った……」
エドはギュッと拳を握りしめたりまた開いたりしている。
血が足りていないフェリアの体は想像もしなかったほど冷たくて。
力なくダランと投げ出された腕に恐怖を感じた。
「俺は……フェリアに死んでほしくない……」
「……当たり前だよ」
一緒に行動するようになって微かに見せた少女の笑顔。
儚くて、柔らかくて、少し甘えられても許せてしまう……妹のような存在。
……そうか、守りたかったのは……今まで妹だと思ってたからなのか……
『守る』という衝動の理由をエドはそう解釈した。
「フェリアって何か……俺達の妹みたいだよな……」
ボソッとエドが呟くと、アルは驚いたように振り返った。
「……兄さんそれ、本気で言ってるの?」
「あ……?」
何もわかっていない、というキョトン顔の兄。
呆れたように溜息をついて、アルは『何でもない』と言ってフェリアを見た。
「……大佐に取られてもしらないからね」
……どうしてここまできて、兄さんは『フェリアが妹』だなんて思うんだろ……
長い案内と待ち時間に苛々しながら、ようやく聞きたくない男の声が受話器から響く。
「俺……はぁ?俺だよ!『俺』でわかるだろ!?」
発散しきれない怒りは電話機をゴンゴンと叩く人差し指に集まる。
「……ああ……そうだって……」
余裕のある低い声に、自分が無力な人間だという事を思い知らされる。
フェリアを頼まれたのは俺なのに。
「……悪ぃ……俺達だけじゃ、もうどうしようもない……」
誰かに助けを呼ぶとは……何て無様なんだ俺は……
Back Top Next
短くてスイマセン、ちょっと切りました。
エドが何かヒロインちゃんについて考えたらしいですけど、微妙に違ってますね。
ヒロインの心の半分くらいは自分だなんて気付いてやしない。
そろそろ最後の戦いが近づいて参りました(長かった……)