「エンジン出力75%で固定、ガウォークからバトロイドに変形しつつ展開」
リチェルは与えられた試験項目を確実にこなしながら新統合軍の機体を追い詰めていく。
『ま、負けるもんかー!』
訓練機からのガンポッドの間をすり抜けるようにしてそのまま正面から接近するリチェル。
相手は為す術がなくなったのか、特に抵抗する事もなくコックピットがペイントに染まる。
「ベビー3撃墜、次の目標を捕捉」
ファイター形態で敵を追撃、後ろからガンポッドを発射させるとあっけなく命中した。
「ベビー2撃墜。第3、5、6模擬弾が命中せず。発射角をさらに右へ3度傾斜」
問題点と改善点をまとめながら最後の一機を狙い定める。
残りのベビー1は岩礁を使いつつ応戦するが、かまわずスロットルを開き急加速する漆黒のバルキリー。
リチェルにそのような小細工は無駄だった。
『うわああ!』
「……全機撃墜、現時刻をもってプログラムを終了する」
統合軍との演習を終え、黒いVF-25Sはマクロス・クウォーターに着艦する。
収容作業をしている間、演習を見ていたカナリアが回線を繋いできた。
『どうだ、新統合軍の新入り達は?』
「反応が遅い……実戦では使い物にならない」
『向こうは温室育ちばかりだからな』
「あれでは死にに行くようなものね」
顔色一つ変えずに簡潔に指摘していくリチェル。
その目は何の感情も浮かび上がっていない、まさしく亡霊の姿がモニタに映っていた。
バルキリーを降りたリチェルは途端に伸びをすると、ヘルメットを脱いだ頭を無造作に振った。
「ん~手応えがなくて物足りない」
首をコキコキならして戦闘データをチェックする顔は完全にいつものリチェルに戻っていた。
さっきまでとはうって変わり、間延びしたような声が格納庫に響く。
カナリアはそんなギャップに苦笑しつつ、同じくモニターをのぞき込んだ。
「こちらのチェック項目についてはいいデータがとれたらしいな」
「でも相手がもうちょっと頑張ってくれたらもっと数値が上がったんだよ?」
「言うな、あちらは形通りの動きしかできないのさ」
「あれでよく戦闘機乗ってるよねぇ」
シャワーでも浴びて隊長に報告しに行こう、そんな事を考えていると
ちょうど高校から帰ってきて一仕事終えた後であろうアルトが目に入った。
「あ、アルトー!帰ってたんだ!」
リチェルは獲物を見つけたと言わんばかりに目を輝かせて駆け寄った。
「これから一緒にシミュレーター訓練しない?」
「い゛!?」
「何その返事。ね、一緒にやろーよー!」
「はあ……まぁ、いいですけど」
リチェルはなるべくの事なら"鬼"にさせたくない。
確かに一番実戦力がつく相手だけど、それ以上に彼女に追われるのは本当に怖い。
だけど一応上官からあのように嬉しそうに誘われては断れる訳もなく、アルトは渋々シミュレーター室へ向かった。
「手応えのある人がほしかったんだよねー」なんていう呟きが聞こえ、カナリアは内心でアルトを哀れんだ。
「全く……恐ろしい奴だなリチェルは」
5・最後の覚悟を
「いいなー学校、楽しそうだよねぇ」
シミュレーター戦は案の定リチェルの全戦全勝で、疲労感漂うアルトとは対照的にリチェルは満足そうに笑っていた。
食堂で夕食を一緒にしていると話題はシミュレーター戦の復習から高校の話になる。
「別にそんなに楽しい訳じゃない」
「そう?いいじゃん、友達とかもいっぱいいるし。いいなぁー」
「……リチェル中尉は、大学とか…?」
「高校は行かせてもらったよ。大学は行ってないから学生卒業してからしばらく経つかな」
「なら、ずっとS.M.Sに?」
「そうだね、高校に入る前から。高校だってオズマ隊長に行けって言われたしね」
「そんな前から……」
行き場のなかったリチェルを拾ったS.M.S、そして隊長のオズマ。
「ガキは勉強が仕事なんだよ」、そう言ってオズマはリチェルを高校に行かせてくれた。
学費はS.M.Sの給料でまかなえたが、それだけじゃ何となく嫌でリチェルは奨学生になれるように必死で勉強した。
だから不満はなかったが、リチェルはあまり楽しめたとは言えない高校生活だった。
「高校でミハエル達と一緒にEX-ギアやってるんだって?いいなぁ、EX-ギアだと何も考えずに飛べるよねー」
「………」
リチェルはどこか遠くを見るように微笑んだ。
それは空に憧れ続ける自分に似ていて、アルトはその横顔を見つめた。
「あれはね、普通に好きなんだ。だって生身で空が飛べる」
鳥にでもなったみたいでしょ、そう言うリチェルはここからは見えない空を描いていた。
「S.M.Sならいくらでも軍用のがあるんじゃ……?」
「そうなんだけどね、そんなに簡単に持ち出せないでしょ?ほら、使用申請とか色々とね」
「それもそうか……」
アルトには目の前の人物が何だか年上に思えなくなってきていた。
確かに戦闘時は怖いが、それ以外は無邪気な子供のようにはしゃいでいて面白い。
「……なら来ればいいじゃないですか」
「へ?」
「ウチの高校。見学とか言ったら入れてくれますよ。俺、案内しますよ」
「ほ、本当に!?やったーありがとアルト!」
「……別に、大した事じゃない」
感謝される事がこんなに嬉しいものかと、アルトは内心笑っていた。
もう少しこの不思議な上官の事が知りたい、
そう感じた矢先にリチェルの背後には見慣れた人物が立っていてアルトは反射的に顔を曇らせた。
「おいおい、何俺のリチェルさん口説いてんだよ」
「っ、口説いてねぇよ!」
リチェルの首に後ろから腕が回され、軽く引き寄せられた。
振り向くとミハエルは「遅くなりました」と言いながら隣の席に腰を下ろした。
「で、何話してたんですか?」
「んー、何だろうねぇ」
「教えてくれないんですか?」
「うん、内緒ー♪ね、アルト」
「………」
ミハエルの有無を言わせないスマイルにも、リチェルはのほほんと笑ってすり抜けた。
アルトの整った顔がまた不機嫌になってしまったな、そんな事が頭をよぎった。
内緒にしたのは特に意味がなかった。
しいて言えば、女も羨む端正な容姿とその琥珀色の瞳が歪むのを見たくなかったのかも知れない。
だけど結局ミハエルから逃げられる訳もなく。
「リチェルさん」
「ん……?」
衣類を身につけていない姿で微睡んでいた意識が、ミハエルの声で僅かに覚醒する。
リチェルの髪を手櫛で解きながらミハエルは笑った。
「今日アルトと何話してたんですか?」
「……私がEX-ギアで飛びたいって言ったらアルトが高校でやらせてくれるっていう話」
まだその話題を引きずってたのか、リチェルは可笑しくなってミハエルの首に両腕を絡ませた。
「そんなの、俺に言ってくれればいつでも連れて行ったのに」
「話の流れでそうなっただけだよ?」
「俺が行くから」
ミハエルはリチェルの桜色の唇と自分のものを重ねた。
口内を蹂躙されながら、先に約束したのはアルトだという事が引っかかった。
(……3人で行けばいっか)
リチェルは両手でミハエルの頬を覆い、普段は眼鏡の奥に隠れている翡翠の瞳を見つめ笑った。
「うん、ありがと。そのうち連れて行ってね」
「―――そんな事言ってる場合じゃなくなったね」
「どうかした、リチェルちゃん?」
「いいえー、何にも」
大統領の声明を背に聞きながら、リチェルはボビーの入れてくれた特製ドリンクを喉に流し込んだ。
隣ではオズマが大声でヒソヒソ電話をしている、恐らく相手はランカだろう。
「戦争か……」
携帯の端末には特例B項発動の知らせがうるさいくらいに点滅する。
これで、自分達は軍人とほぼ変わらない立場になった。
「……リチェルちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です。私は飛びますよ」
心配そうな顔のボビーとは対照的にあっけらかんとしたリチェル。
いつもリチェルを人一倍心配してくれる、姉と兄を兼ね備えたような存在のボビー、そして兄のようなオズマ。
ランカとの電話を終えたオズマが険しい顔でこちらを向いた。
「厳しくなるぞ」
「わかってます。ずっと前から覚悟してましたから」
「……お前は少しぐらい弱音を吐いたっていいんだ。これからは言いたくてもできなくなるぞ」
「大丈夫ですってばー。私は戦う為にここにいるんですから」
それでもリチェルは笑っていた。
Back Top Next
アルトのヒロインに対する言葉遣い、敬語で話したり普通に話したりと統一されてません。
さすがに上官年上と面と向かってる時は敬語使いそうです、感情が高ぶってる時は別として。
なのでアルトの口調はこれからもバラバラだと思いますのでご了承下さいー。