―――「ねえ、ミシェル」

「はい?」

「どうして、あの時クランに謝ったの?」

「ああ、怪我した時のですか?」

「うん……あれは、続きは何て言おうとしてたの?」

「あれは―――」


「"ごめんクラン……俺が愛してたのは、リチェルさんだった"って、言おうとしたんですよ」―――
















―――大切な家族がいる。
血は繋がっていなくても揺るぎない絆で結びついているのだと、信じさせてくれた。

例え離れていても自分を心配してくれる人達。
何があっても"ただの自分"として見てくれた、自分を迎えてくれた。

笑顔を教えてくれたのは、兄と妹だった。


リチェル!お前、昨日の夜いつ帰ってきた!」

朝、出勤しようと起きてきたリチェルは落ちた雷に身を縮み込ませた。
振り返れば鬼のごとく目を吊り上げているオズマが仁王立ちしている。

「えっと……日付が変わるまでには帰ってきてましたよ?」
「嘘をつけ!俺が様子を見た時にはいなかったぞ!」
「や、夜勤の人と話し込んでたから遅くなっちゃって……」

適当に言い訳を繕ってもオズマは騙されなかった。
バルキリーを操縦している時のように鋭い眼光が本当に恐ろしい。
S.M.S隊員として勤務している時であれば平気なのに、
この生活を始めてからは頑固な兄の前では弱気な妹に成り下がってしまう。

「ミシェルの所にいたんじゃないだろうな」
「…………」

図星だと言わんばかりに顔を逸らしたリチェルにオズマはくわっと目を見開いた。

「許さんぞ!付き合う事までは良しとしたが、朝帰りまでは許してないぞ!」
「た、隊長……でも病院にいたし、朝までには戻って来たんですから朝帰りっていう表現は……」
「ほらみろ、"日付が変わるまでには帰ってきてた"なんて嘘っぱちじゃないか!」
「ひー!ご、ごめんなさい!」

ガミガミと説教する兄をすり抜けて逃げると、タイミング良く緑の髪の妹がリビングに現れた。
世間では"超時空シンデレラ"と呼ばれ有名すぎる歌姫だが、此処では普通の少女だ。

「わ!ど、どうしたのお姉ちゃん?」
「どうしようーバレちゃった」
「え、昨日の事!?」

ランカに泣きついて背中に隠れるリチェルだったが、オズマの怒りは最高潮に達していた。

「お前ら……2人ともグルなのか!」
「い、いいじゃないお兄ちゃん!リチェルちゃんだってミシェル君に会いたいんだよ!」
「行くなとは言ってない!だが若い娘が深夜にコソコソと男に会いに行くなど、そんな事していいと思っているのか!」

火に油だったようだ。
これを消火させるにはどうやっても数時間はかかる。

「ま、まあまあお兄ちゃん!」

ランカがこっそりと背後に目配せをしたので、その隙にリチェルは玄関へ走った。

リチェル!!逃げても、どうせ行く所は一緒なんだぞ!?」
「し、知ってますけど……行ってきまーす!」
「ええい、邪魔をするなランカ!あいつには清い男女交際をだな……!」
「古いよお兄ちゃんは!」

(ごめんね、ランカ……)

盾になってくれている妹に詫びつつ、リチェルは家を飛び出した。











―――愛しい人がいる。
時には厳しく諭してくれるけど、基本的には自分に優しくて甘えさせてくれる。

人を好きになる事を、愛する事を教えてくれた。
こんな不器用な自分を愛してくれた。

だから似たもの同士である人を支えたい、平穏に生きて欲しい。
自分にできる事は少ないけれど、愛したいと思わせてくれた。

泣ける場所を与えてくれたのは、彼だ。


「ミシェル、もう一周行けそうだよー?」
「相変わらず厳しいですね……リチェル中尉」

リハビリに励むミハエルを嬉しそうに眺めるリチェル

生死の境を彷徨う程の腹部の損傷、そして長期に及ぶベッドでの生活。
衰えてしまった体力を取り戻す為にミハエルは歩行訓練から筋トレさらに軍事的訓練まで、
様々なメニューを驚異的な早さでこなしていた。

汗をかきながらリチェルの元にやって来たミハエルに、はいとタオルを手渡す。

「で、隊長の怒りは治まったんですか?」
「ううん、全然。"貴様等全然なっとらん!"とか言って、全員の訓練メニューにEX-ギア無動力歩き入れるし」
「はは。まあ隊長の気持ちもわからないではないですけどね。隊長にとって、俺はどう見ても"悪い虫"でしょうから」
「アルトも何故か周回数増やされてた」
「……そりゃ、あいつも"悪い虫"候補だから」

もう1人の大事な妹が想いを寄せている相手だからと、オズマは過敏になっているのだろう。
そっか、とリチェルがくすくす笑っていると、ふいにミハエルが距離をつめた。

リチェルさんにとっても、ですよ」
「私?……何が?」
「貴女がアルトに惹かれる可能性が十分にあるんですから」
「……そんな事ないよ」

座り込んでいたリチェルに覆い被さるようにしてミハエルは柔らかく微笑する。
だけど目が笑っていないせいか、薄ら恐ろしさをまとわせて。

「無自覚だから怖いんですよ。俺が復帰しようと頑張ってるのに、平気で他の男の名が出せるくらいですからね」
「、それは……」
「わかってますよ。仲間だから、でしょう?」
「―――っ」

にっこり微笑みながらミハエルはリチェルの唇に吸い付いた。
突然の事に目を閉じたけど、一瞬の間にそれは離れていった。

「…………」
「これだけじゃ、足りない?」
「……そんな事ない」
「素直じゃないですね」

だがミハエルはそれ以上は触れようとはせず、全身の筋肉を伸ばしながら立ち上がった。

「もう休憩終わり?」
「ええ、リチェルさんと"それ以上の事"をする為にも、早く戻りたいですから」

冗談じみた言葉を呟いていたが、向けられた背中は真剣味を帯びていた。

「退役なんてしない、地上勤務にもならない」
「……うん」

あれだけの大怪我をしたのだ、もう戦闘機に乗る事は不可能に近いと言われている。
ただでさえ体力と集中力を強いられ、重力に引っかき回されるというのに、
いくら進歩した技術があっても医者は復帰する事を勧めない。

リチェルとしては生きていてくれるだけでいい。
だからS.M.Sから離れた普通の生活でもいいと思っているし、
パイロットではなく艦内クルーとして従業するのも十分に重要な仕事だと思っている。

だがミハエルはあくまでもパイロットを望んでいる。
再び"スカル2"の席を欲するなら、リチェルはそれを支えるだけ。

「俺は、また飛びますよ。だってリチェルさんと一緒に飛びたいから」
「うん」

ミハエルと一緒に飛びたいと思っているのはリチェルも同じだ。
叶うなら、またあの青いパーソナルカラーをまとって空を駆けて欲しい。

「その為だったらこんなリハビリすぐに終わらせますよ。だから空で待ってて」
「……うん、待ってる」


――空は誰の上にも降り注ぎ、平等に翼を広げているから。
望めば、願えばきっと空は手に入れられる。

リチェルは思う、だから自分は飛び続けると。

そして自分の世界で今度は彼を染め上げよう、鮮やかで海のように深い色で。
あんなにも素晴らしくて泣けるほどの青天を、彼に届けたいから。
漆黒の闇すらも溶かして、輝かせるようにして。


空が、リチェルの世界だ。

逃げ出して目を背けて、だけどずっと傍にいてくれた"空"をリチェルは愛していた。




「それでリチェルさん、俺にやる気出させる為に約束してくれます?」
「一緒に飛ぼう、とかじゃなくて?」
「それよりももっと強い約束が欲しいんです」
「……いいよ、私にできる事なら」

純粋な眼差しだった。
そんな約束で彼が復帰できるなら何でもする、リチェルは次の言葉を待った。

人好きのする微笑で、囁くような甘い声でミハエルが振り返る。


「S.M.Sに復帰できたら……隊長の家じゃなく、俺と一緒に住みません?」



そんな彼に、リチェルは満面の笑顔を向けた―――






Sky High










<完>


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(あとがき)

ようやく完結いたしました!
ここまで読んでいただいた方々、本当にありがとうございます!!

この夢のテーマはとにかくミシェル救済です。
怪我もして終盤はほとんど出番なしでしたが、
生きてさえいれば次の可能性はいくらでもあるという事で、このような終わりになりました。

重体ですからね、本当ならたぶんパイロットは無理なんじゃないかという気がします。
ですがマクロスという世界の医療技術と、ミハエルの混血の力に賭けています。
インプラント技術まであるぐらいですからね、時間はかかるかと思いますが、彼ならきっと復帰してくれるでしょう。

そして主人公。
かなりクセのある、病み気味(笑)の主人公でしたが、最後は良い形で終われたと思います。
笑いながら壁を作っていた人間が、今や家族や仲間に囲まれ、恋人までいる訳ですから。
これからも笑顔で時には泣いて、幸せに生きて欲しいです。
裏設定も考えながら書いていたので、個人的にはとても楽しかったです(笑)

文才がないので苦労したんですが、初めから終わりまで空の世界を描く事を目的としていました。
生まれ変わったら戦闘機乗りになりたい作者が憧れる世界と、それに魅入られた人達の、
苦しみながらも命懸けで空に生き、溢れる悦びの心が描けていたら幸いです。

ちなみに文中の要所で、空とミハエルを結びつけてます。
空の青=ミハエルのカラーという事で、主人公にとって2つは同義です。
なので結構前半の方から、主人公は無意識にミハエル(と空)が好きだったんですね。

そんな淡い世界でしたが、読み手の皆様に何かを感じ取ってもらえたら嬉しいです。
よろしければ感想をお待ちしております。

2010.10.10