『準備はいいですか、リチェルさん』
「いつでも」
リチェルの操るVF-25が砂煙をあげて飛翔する。
打ち合わせ通りに決められた航路を飛んでいく。
皆がリチェルに注目し、カメラ越しにVF-0の機体を思い浮かべる。
リチェルは与えられた役目を冷静にこなしながらも、戦闘時とは違った気分を味わっていた。
演じるなんてのは初めてだった、そして戦闘以外で操縦能力を評価されるのも。
不思議な感覚だった。
スロットルを開いてエンジンをさらに唸らせた。
限りあるホログラムの空の中で上昇して、海と大地と山を手中に収めたかのように羽ばたく。
翼を広げれば、全てから解放されたかのような刻が流れる。
生と死、そんなものすら忘れて。
誰も届かない、誰も自分の邪魔はしない。
『撮影終わりましたよリチェルさん、いつまで飛んでるんですか』
「……あと、少しだけ」
これは鳥だ。
空を自由に舞い、風に育まれて生きる……鳥の人。
12・声を奪われた鳥
「これが映画の撮影かぁ……!」
大勢が撮影の準備に忙しなく動いていてリチェルは感嘆の声を上げた。
監督やカメラマン、大道具小道具係やアシスタント、そして出演者など、
1つの映画にこんなにもスタッフが関係しているんだと初めて知った。
「凄い、出撃時の格納庫みたい」
「そうですね、きちんと役割分担されてる所は似てますね」
白い砂浜、青い海、生い茂る森に険しい山、そしてセットとして作られたロッジ。
どれもが鮮明で、はしゃぐリチェルにならってルカも上機嫌で浜辺を見つめる。
アイランド3の離れ小島がまるごとロケ地な為、ほとんど旅行のような気分だった。
メイク担当らしいボビーと一緒にやってきたのはランカ、ちょい役だが映画に出られるだけでも一大事だとリチェルは思う。
彼女はS.M.Sが来る事を知らなかったらしく、手を振るミハエル達にとびっきりの笑顔を向けた。
「やほーランカ!」
「リチェルちゃんも!?」
ボートを降りるとランカはリチェルに飛びついた。
「うん、バルキリーの操縦でね。ご指名なんだってさー」
当初、制作者側からは特に指定はなかったが、隊員の中に女性がいると知ると是非彼女にお願いしたいという申し出があった。
女性パイロットが新鮮だったという理由もあるが、
操縦者を取材してそれも映画のPRの1つにしてしまおうという意図があったのだろう。
おかげで映画撮影前からリチェルは慣れない取材を受ける羽目になったが、
たまにはこういうのも悪くないと思っていたし、現場でランカに会える事も楽しみの1つだった。
「撮影頑張ってね、ランカ」
「リチェルちゃんこそ……私はただのマヤンの娘Aだし」
「何言ってるの、映画だよ?ランカが映画館で見れるなんて凄い事なんだからー!」
「……本当?」
「うん、本当。楽しみにしてるから」
ランカの心細そうな目を見るとつい頭を撫でたくなる、リチェルはそう思う。
オズマ隊長みたいだなと感じながらも、自然とそうさせる何かがランカにはあった。
ランカを見ていると優しい気持ちになれる、だから好きだ。
彼女だけは大切に大切にしたいんだ。
「美しい姉妹愛だなあ」
「そうですねぇ」
ミハエルとルカが眩しそうに見つめていたが、構わずリチェルは翡翠の髪を撫で続けた。
撮影の待ち時間は長い。
バルキリーが使用されなければS.M.Sの出番はない為、
リチェルはする事もなく島の隅に作られた小屋から現場を眺めていた。
シェリルと一緒に来たアルトが何やら揉めているようだったが、色々大変なんだなぁとリチェルは人工の空を見上げた。
今日の天気はすこぶる良い、それだけで気分が穏やかになるのは何故だろうか。
日頃、機械的で閉鎖された環境にいるからか、任務といえど外に出られるのは嬉しい。
本物の太陽ではないけれど日光浴が思いのほか気持ちよくて、
リチェルは外界の喧噪など忘れて瞼を閉じていた。
だがそんな時、サクサクという小気味良い砂の音が来客を知らせた。
「こんにちは」
「はい……?」
振り返ると見かけない人が立っていた。
整った顔をしていたし、出で立ちが様になっていたから映画出演者かもしれない。
そういえばテレビで見た事あるような気がするが、思い出せない。
「あれに乗っている軍人さんですよね?」
「……はい、確かに」
厳密には軍人ではないんだけど、リチェルは微笑みを絶やさないながらもそう思った。
「女性でパイロットなんて凄いですね、尊敬します」
「ありがとうございます」
「少し、お話しさせてもいいですか?」
「……ええ、どうぞ」
芸能人スマイルが眩しかったが、リチェルには特に効いた訳でもなく動じなかった。
よくよく考えてみればリチェルの周囲には美形が多い。
顔の造形でいったら間違いなくアルトが最高級だ。
姫とあだ名される程だし、芸能の一家だったんだから当たり前だ。
ミハエルだって、あの甘いマスクでどれだけの女を虜にしてきたかわからないし、
ルカだって小動物のような可愛さで年上から絶大な人気を誇っているという。
そんな中にいたものだから美形に慣れているのも無理はない。
「意外でした。戦闘機の現役パイロットっていうから厳つい男性が来るかと思ったら、貴女のような可愛らしい人だったから」
「ありがとうございます……女で驚きました?」
パイロットは男がほとんどですから、と付け足すと素直な肯定が返ってきた。
「あの、できれば撮影が終わった後もお会いしたいのですけど……」
「……私に?」
「はい。恥ずかしいけど一目惚れってやつです」
単刀直入に言われ、リチェルは固まった。
今まで隊員達に冗談で愛の言葉を叫ばれたり、ミハエルに囁かれたりしていたけど、
こんな風に初めて会った人に言われる事はなかった。
とにかく何故自分なのか、そればかりが疑問で返答する余裕は消えた。
「お名前と、携帯のアドレスとか聞いてもいいですか?」
彼が名乗った名前は確かに聞いた事のあるものだった。
オペレーター達が一時期騒いでいた気もする。
さて、どうしたものかとリチェルは悩んだ。
別に教えてもいいのだけれど、任務の都合上きっとメールを頻繁に返したり気軽に会うなんて忙しくてできそうもない。
かといって断っていいものかもよくわからない。
何せ真剣に告げられたのは初めてで、全てが未知数で予想できない。
(それに、私は……)
「お取り込み中すみません。我々は任務中ですのでプライベートな話題はご遠慮いただけますか」
砂浜に金の髪の青年が眼鏡を光らせるようにして立っていた。
明らかなその営業スマイルに、リチェルは内心助かったと思った。
「中尉、任務中に勝手な行動は控えて下さい」
「あ……うん、ごめん」
自分に対する言葉は随分厳しいものだったけど、それはここを離れやすくする為だろう。
機会を得たリチェルは立ち上がると、隣の男性に申し訳なさそうな笑顔を送った。
「リチェルっていうんですけど、たぶんもうお会いする事はできないと思いますので、ごめんなさい」
肩を落として立ち尽くしていた男性の姿は、何だか胸を痛ませた。
「……よかったのかな、あれで」
「OKしてどうする気ですか。できないのならできないとはっきり言ってやればいいんです」
「そう、かな……」
リチェルは先を歩くミハエルの背中を見上げた。
特に気にしている訳でもなさそうな、いつもの口調と表情。
少しは変わってくれてもいいのにと思うのは、きっと我が儘だ。
「ああいう時は笑わなくていいんですよ。つけあがるから」
「……うん、ありがと」
……ねぇミハエル、少しは自惚れてもいいかな?
現場から離れていた私を捜してくれたんだと、困っている私を助けに来てくれたんだと。
貴方はいつだって私を甘やかす。だから余計に、わからない。
「どうしようリチェルちゃん……!」
泣きそうな顔で助けを求められたが、リチェルには的確な言葉が見つからなかった。
(こればっかりはランカの気持ち次第だもんなぁ……)
赤い太陽が沈んでいく水平線、膝を抱えたランカは静かに音を奏でる汐の満ち引きを見つめる。
"鳥の人"は約50年前に地球で起きたとされる騒動を描いた映画だ。
ヒロインであるサラ・ノーム、その妹であるマオは明るく快活な少女で、
主人公であるシンとサラが惹かれ合っているのをわかっていながら、シンを好きになってしまう人物だ。
最後には気持ちを振り切ってシンを送り出すという、とても重要な役だから、
ランカが代役としてマオを演じる事になればそれは大抜擢というもの。
これからの事を考えるなら手放しで喜ぶべきなのだろう。
だけど予想もしなかった大役が流れ込んできた事、さらにシンの代役であるアルトとのキスシーンがあるという事、
様々な要因が重なってランカは未だ躊躇っていた。
相手が他の俳優ならいざ知らず、少なからず想いを寄せているアルトだから無理もない。
そう、多分ランカはアルトに好意を持っている。
時々来るメールにもおおよそアルトの話題が上がるし、ランカはいつもアルトを見ている。
「怖いの……私にできるのかなって……キスの事も、お芝居の事も」
ランカの横にしゃがみ込んで海を眺めるリチェルと、乙女の心を持つボビー。
「私……マオの事、よくわからなくて。
サラが好きになった男の人を好きになって、それで自分からキスまでしちゃって……」
「まだ本気で恋をした事がないのね、ランカちゃんは」
恋、その言葉がリチェルの胸に鈍い痛みを伴って重くのしかかる。
ボビーが緑の髪を優しく撫でるのを横目に見ながらリチェルはポツリと呟いた。
「……マオの想いが恋だっていうなら……私は、嫌だ……」
「リチェルちゃん……」
「だって、報われないし……辛いだけじゃない……」
膝を抱えて赤い海を見つめる姿は拗ねた子供のように顔をしかめている。
あらあらリチェルちゃんまで、とボビーはもう片方の手で柔らかい髪に触れた。
「人の想いってのは思い通りにならないわ。恋は人を狂わせる、だから怖いのよ」
「…………」
(そんなのは嫌だ……)
苦しいだけの恋ならいらない、それがリチェルの素直な感情だった。
肩を並べて縮こまる姿はまさに似たもの姉妹で、ボビーはクスリと微笑んだ。
しかし隣にいたランカがふいに息を詰めた事に気付いて、リチェルもその視線の先を覗いた。
「……っ」
ランカの赤い瞳が揺れる。
彼女の見ている先で今まさにアルトとシェリルがキスをしていた。
突然の事にリチェルも僅かに動揺したが、それよりもランカの表情の変化ばかりが気になった。
彼女は大丈夫なのかと、傷付きやしないかと。
だけどランカはぐっとこらえると意を決したように立ち上がった。
中断されていた撮影が再会され、2人は海へと入って行く。
その様子をリチェルはどこか晴れない表情で見つめていた。
(きっとマオは奪いたいとか自分のものにしたいとか思った訳じゃない。
ただ、自分の想いを伝えたかっただけなんだ……)
自分ではダメだと、自分には振り向いてはもらえないとわかっているけど、
だけど自分も好きなんだと声を大にして叫びたかっただけなんだと思う。
……たとえ、自分を見ていないのだとしても。
「ミハエル、さっきは助けてくれてありがと」
隣の青年は相も変わらず人好きのする微笑みを浮かべて。
「いいんですよ、リチェルさんの露払いをするのが俺の仕事―――」
腕を引っ張って、言葉も言い終わらないうちにその唇を塞いだ。
軽く一舐めして見上げると、吸い込まれそうな翡翠の瞳は動揺する事もなく終始こちらを見ていただけ。
「……何だ、驚かないんだ。つまんないの」
悪戯をしてみたかっただけなのに、彼は何も変らなかった。
「とりあえずこれはお礼ね、有り難く受け取ってよねー」
それでもリチェルは意地悪く笑いながらその場を離れた。
残されたミハエルはそんなリチェルを眺めながら、触れられた箇所を指でなぞった。
女性に関しては百戦錬磨だと自負していた、こんな不意打ちに対する適切な言葉もあるにはあった。
だけど言えなかった。
「……これは予想外だった」
夕日が、2人を赤く染めてゆく。
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ゼロ話ですね。よく考えたらゼロは途中までしか見ていません。
次回からオリジナル話に突入します。