「あ、リュシアさんがテレビに出てるー!」

バンド練習を終えて、息抜きにテレビの電源を付けたミレーヌが声を上げた。

画面に映っているのは、エース部隊の軍服を完璧に着こなしたバトル7作戦指揮官で、
インタビュアーと軍の現状や今後の活動方針について対談している。
玲瓏ながらも鋭さをにじませた聡明な眼差し、
緩く流れている長い髪はきっちりとまとめ上げられていて、"出来る女"の代表のような彼女がそこにいた。

「ああ、この間テレビ局にいた時に撮ったやつだな」
「凄いね、やっぱりこうやって見ると軍人って感じ!」

楽器やアンプを片付けていたレイもテレビに寄ってきて答えた。
ミレーヌは画面に噛り付く勢いで正面を占領して、テレビの向こうの"リュシア"を凝視する。

かなり難しい話題を真面目な表情で受け答えをするリュシアは、
ミレーヌ達が見た事のあるオフの姿とは真逆で貴重で、新鮮だった。

「ガムリンさんとか他にも男の人いっぱいいるのに、その中で隊長さんなんだもんね!格好いいなぁ~」
「それを言ったらミレーヌの両親だって船団長とシティ7の市長じゃないか」

そんなに新鮮なものでもないじゃないかとレイが笑えば、ミレーヌは拗ねたように顔を背ける。

「パパとママは違うの!リュシアさんは少し年上なだけなのに、凄いなぁって。
パパもリュシアさんは優秀だって言ってたし、仕事ができる人って何か憧れるなぁ」
「まぁ、そうだな。厳つい男達の中でよくやってると思うよ、なあバサラ」

振り返ると、ギターの調弦を弄っていたバサラが顔を上げる。

「あ?ああ」

テレビの事など興味がなさそうに適当に相槌をして、立ち上がる。

「え、ちょっとバサラ、見ないの?せっかくリュシアさん映ってるのに!」
「別にそんな珍しいもんでもねぇだろ」

練習が終わったならもう用はないとばかりにバサラは部屋を出た。
「そりゃバサラはいつも会ってるからいいよねー!?」というミレーヌの嫌味が背後から聞こえたが、特に気にしなかった。

階段を上るとミレーヌ達の騒がしい音も次第に小さくなっていく。
静寂を取り戻した空間にある、鍵もかからない自分の部屋のドアを開け、
バサラはギターを抱えながら器用に梯子を上った。

カタン、と小さな物音を立てたらベッドシーツに包まれた塊がモゾリと動いた。

「……ぅー、ん……バサラ?」
「ああ」
「練習……終わった?」
「ああ」

白いシーツに長い髪が艶やかにうねり、
意識の底から浮上したばかりで溶けるように笑うリュシアがそこにいた。

その柔和な表情を他の人間が見れば、テレビに映っていた軍人と同一人物とは思えないのだろう。
だけどバサラにとっては目の前に存在している彼女がリュシア、ただそれだけなのだった。






揺れる水面を透かす光






物音で目が覚めると、バサラがギターを手に梯子を上がって来た所だった。
夢うつつにバサラ達の音楽が聞こえていたような気がするが、
あれは現実に皆で音合わせをしていたからだったのだろう。

「練習……終わった?」
「ああ」

どうりで寝心地が良かったのだと思う。
バサラの声が微かでも聞こえるなら、それだけでリュシアは満たされる。

ギターを置いているバサラの背中をぼんやりと眺めて、そしてハッと気付く。

「ごめん、何も食べてないよね?」

歌が全てな彼は放っておくと食事をよく忘れる。
だからリュシアが来ている時は極力食事を作って、少しでも栄養をとってもらうように気を付けていたのだが。
今はもう朝と呼べる時間ではない。

きっとバサラは朝食も食べずに練習に行っていたのだろう。

「すぐ作るから――」
「いい、寝てろ。お前昨日遅かったじゃねぇか」
「……そう、だけど……」

慌ててベッドから起きようとすれば押し留められた。

確かに昨夜は非番前だから早く終わりたいのに仕事が片付かず、此処にやって来たのは明け方に近かった。
そんな時間に部屋を訪ねたら迷惑だろうとは思ったが、少しでもバサラと一緒に寝られるならと、無理矢理来てしまったのだ。
だけどバサラは嫌な顔もせず、リュシアが来た事に気付くとベッドを半分空けてくれた。
そして静かに彼の隣に入り込むと、そのまま今まで一度も目を覚まさずに眠ってしまっていた。

正直疲れてはいる、だけど体力的な問題とバサラの食事を作りたい意欲は別だ。
まさかバサラに何も食べない状態でいさせる事なんてできないと思っていると、
スタスタと部屋を歩いたバサラは冷蔵庫を開けて中を覗く。
しばらく何かを考えていた後、僅かしかない食品をいくつか取り出して小さなキッチンに立つ。

(えっ?)

リュシアは半ば呆然としてその光景を見つめていた。
バサラが辺りを見渡しながらフライパンを用意し、卵を割り出したのだ。

「……もしかして、作ってくれてるの?」
「あー?ああ」

別に簡単なものぐらいならできる、と言いながらバサラがキッチンを使っている。

リュシアがこの部屋に転がり込むようになってから結構な月日が経ったが、
彼が率先して料理をする所など見た事がなかった。

冷蔵庫に食材なんてほとんどなかったし、最初の頃は栄養補助食品のようなものを齧っているだけの事が多かった。
だから見かねてリュシアが料理を作り始めた。
元々はフライパンすらなくて、恋人と呼べるような関係になってから少しずつ調理器具を増やしたのだが。

(バサラが……料理してる)

もう呑気に寝ている事なんてできずに、バサラの様子を一秒たりとも漏らさないように見つめる。
卵とハムの焼ける匂いが漂ってきて、リュシアの腹が小さく鳴る。

こうしてはいられないとベッドから出て顔を洗った後、食器類が並べられるようにテーブルを綺麗にする。
そこへバサラが用意した2人分の皿とマグカップを置いていく。

「こんなんだけど」
「……ううん」

焼かれたハムと目玉焼き、それからインスタントコーヒー、そして切っただけの食パン。
簡単なメニューだったけれど、リュシアにとってはどんな高級料理よりも豪華で贅沢なものだった。

「本当に嬉しい……ありがとう、バサラ」
「ああ」

リュシアを気遣って、しない料理をわざわざしてくれた、その気持ちだけで幸せだった。
席に着いて目玉焼きを口にすれば、喜びはさらに倍増する。

「美味しい」
「焼いただけだぞ」
「でも美味しいから」

そうか?と目の前のバサラが首を傾げる。
だけど本当に、今まで食べた目玉焼きで一番美味しいのだから仕方ない。

自分で作ったから照れ隠しなのだろうかと思っていると。

「お前の料理のが美味い」
「…………」

ハムと食パンを齧りながら、いつもの調子で言われた言葉にリュシアは固まった。

(本当に、バサラは……)

こんなにもあっさりとリュシアが喜ぶ事ばかり言ってくれるのだ。
彼はきっと、思ったままの事を口にしているだけなのだろうが、
それこそが裏表のない彼の、本当の言葉であるという証で。

(もう、抜け出せない)

嬉しくて、愛おしくて、喉が熱くなる。
自然と笑顔が零れてバサラを見つめた。

「じゃあ、次は私が頑張って作るね」
「ああ」

バサラは気付いているのだろうか。

皆はリュシアの事を冷たいとか厳しいとかよく言うけれど、それは間違いではない。
実際にそうしている自覚はあるし、自分でも勝手にそうなってしまうのだ。

バサラだけなのだ、リュシアのそういう壁を取り去ってしまったのは。
閉じこもっていた殻を破り、冷え切った心を溶かし、
そして自分自身でも見た事のないような穏やかで甘えたな自分が現れた。

お前はお前だろ、と、いつかのバサラは言った。
だけど本来の自分を引っ張り出して見つけてくれたのは、後にも先にもバサラだけなのだ。
いとも簡単にやってしまったから彼はきっと気付いていないけど、それはとても稀な事で、とても凄い事なのだ。

バサラ以外の人間の前では、リュシアの無防備な顔など作ろうとしてもできない。
彼の傍にいるメンバー達は見た事があるかもしれないが、彼がいたこそ流れで見せてしまっただけで。
そして、それもまた少し違うのだ。

「何か食べたいものある?」
「別に何でも……あー、この前のやつ、あれがいい」
「好きだね、それ。わかった、後で買い物に行ってくるね」
「ん」

返事だけだったけど、彼は律儀に買い物に付き合ってくれるのだろう。
バサラがバサラであるだけで、取り繕う必要もなく笑顔が溢れていく。

彼だけに見せられる顔で、リュシアはふわりと笑った。










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短め。
バサラが朝ご飯作ってくれたら感動するよねという話。
ベーコンでなくてハムな所が個人的なポイント。