「僕は妹を助けに行く……だから、いつか別れなくてはいけない……君を傷つける事になる」
「それでもいい……少しの間だけでもいい……私、コムイと一緒にいたいの……!」


後悔はしていない、だって貴方と一緒にいられたから。
妹を助ける、強い意志を持っていた貴方だから……少しの間だけでも支えたいと思った。


「……じゃあ……一つ条件がある」


その条件で貴方の傍にいられるなら。


「僕を……愛してはダメだよ?」


……ごめんなさい、ここまで引きずるほど愛してしまったよ。






「おかえり!」
「……ただいま」
「ご飯できてるよ~!あ、お風呂が先?」
「……アリィンが先」
「わかった~……って、ええ!?い、いや、ちょっと待って……!!」


幸せだった。


「う~ん……死んだ人の事を強く思うと、千年伯爵が来て?で、死んだ人が蘇って自分はアクマになる???」
「はは、大体そんな感じかな」
「後は……イノセンスの適合者がエクソシストになるんだっけ?」
「……まぁ、間違ってはいないよ」


貴方は忙しくて毎日帰ってこられなかったけど。
それでも毎日がかけがえのないものだった。


「……昨日、僕の研究が認められたよ」
「っ……そう、よかったじゃない!」
「あと少し……あと少しで教団が変えられる」


だけどずっと不安だった。
『あと少し』……貴方がそう呟くほど、私は刻一刻と迫る別れを覚悟した。


「……はい、コーヒー」
「ありがとうアリィン
「……あと少しね……」
「そうだね、あと少しでリナリーが……」


ずっと幸せだったけど、ずっと怖かったんだ。






「ごめん……っ……アリィン!!」


貴方は最後に私をきつく抱きしめた。
息ができないほど強く、涙が溢れそうになるほど切なく。


「……頑張ってね」


笑顔で送り出した。
笑顔で別れた。

貴方が私を気にしないように。

貴方が自分の目的だけを見て生きていけるように。


「さようなら……コムイ……」


私は知ってる、これから貴方が行く所がどんな所か。

だから私は知ってる、貴方が私を迎えに来てくれない事を。


私と貴方では世界が違うって知ってるから。




………永遠に、さようなら。






「……っ……ひ……ぅ…っ!」


枯れない涙、止まらない想い。


強がって笑っていたけど、私はそこまで強くなんかない。
帰らぬ人を想って泣き暮らして。

2年半留守にした道場に戻って、私は修行に明け暮れた。
偶然手に入れた武器と共に一心不乱に。


……一生、私は貴方を想って泣くのかもしれない。


別れた時はそう思っていたのに、いつしか涙は消えていた。
また月日が巡れば、いつしか笑っていた。


忘れている訳ではないのに、寂しさは薄れていて。

段々と貴方が思い出になっていくのがとても悲しかった。


アリィンさん!ずっと好きだった!!」
「……うん、私も好きだよ」


『好き』という言葉はこんなに安っぽいものだっただろうか。
わからない、でも今は寂しさを紛らわす為に使ってる。

こんなに愛の行為というものは空しいものだっただろうか。
好きでもない相手に組み敷かれて、それでも私は女の声を漏らす。


誰も貴方を忘れさせてくれない。
誰にも貴方を忘れさせられたくない。


貴方はしっかりと私の心の中にいて。
一歩足を踏み出して冷めた目で現実を知るたび、貴方は優しい笑顔で私の心を支配して引き留める。


……迎えに来ないのにずっといるなんて……ずるいよコムイは……


なんて呟いて、久しぶりに涙が出た。




ねぇ、どうしてる………?

もう妹は助けられた?

もう好きな人はできた?

もう、愛してると言える人はできた?

私には一度も言わなかった言葉を、他の人に言う事はできた?


………だったら、もう私の心を荒らさないで。

もうその眼差しで笑わないで。


もう愛さないから。

もう愛せないから。


……完全に忘れさせてよ……






11・Retrospection






「……っ!!!」

ガバッとアリィンはベッドから上体だけ跳び上がる。
そして気付く、自分の目から透明な想いが溢れていることを。


止まらない、涙が止まらない。


「……っぅ……!」


過去が止まらない、過去の記憶が止まらない。


「も、う……いいよっ!!」

頭を抱えて振り回しても気持ちは晴れることない。


つい昨日、コムイと付き合い始めた気がする。
つい昨日、コムイと別れた気がする。

つい昨日、つい昨日………


あの頃から今まで感じた、悲しんで苦しんで泣いた感情の全てが頭でぐるぐると巡る。
全ての思い出がつい昨日の事のように蘇ってきて、涙が止まらない。

もう一度、コムイに別れを告げられたかのように心臓が酷く打ち付けられる。


原因はわかっている。
あの記憶を呼び覚ます鏡と、涙の水の効果がまだ残っているのだ。
悲しみの感情だけ無理に引き起こされた為、自分が過ごしてきた記憶と感情の時間軸がずれている。
感情だけがその当時に引き戻されている感覚だった。


「……もう……遅いよ……」



外の日を見れば、随分寝坊をしたようだった。
アリィンは気を紛らわそうと傍にある棍を持ち部屋を出た。











「最近アリィンさん来ないっすね」

山積みの書類を処理しながらリーバーは呟いた。

「あ~ん?そうだっけ~~?」

コムイは机で溶けたバターのようになっていた。

「神田との任務があってから来てませんよね?……何かあったんスかね?」
「……………」


確かに、今までほぼ毎日顔を見せていたアリィンがある日を境にぱったりと来なくなった。
コムイもそれは知っていたが気にしないように毎日を送っていた。


……もし自分に興味がなくなったとしても、他に興味が渡っていったとしても。


僕には何も言う権利はない……










「……はっ!!」

棍を振り回す。
体全体で舞って、何も考えられないほど自分を酷使する。

「やぁっ!!」

コムイがいなくなって代わりに現れたこの棍に想いを託す。
次から次へと溢れる感情の波を手先から空中に散らす。

涙は汗となって流れていけばいい。

「……っ……はぁ……!」


修錬に集中しているうちは自分を保っていられた。

笑顔の仮面を被った私でいられた。


「……っ……ふぅ……」


「頑張ってるね」
「!!」

一息つこうと動きを止めると、突然背後から聞こえた優しい音色。
一瞬で体中の血が湧き上がって、破裂しそうなほどアリィンを攻め立てる。

「ごめん……一人にして」

アリィンはそう言って立ち去ろうとした。


……会いたくない。

今は何をするかわからないから。


「どうしたんだアリィン―――っ!!」

強く腕を掴まれ、そのまま振り向かせられる。
コムイはその光景に目を見開いた。

「なっ……!」


涙が溢れているとかそういう次元ではなかった。
顔中全てが涙の通り道と言えるくらい、涙腺が壊れた赤い瞳からは次々と透明な川が作られていく。


コムイが目の前にいる……


アリィンの手を掴むのは、数年前からずっと心の中にいた人。


「コムイ……」


悲しい。

苦しい。

寂しい。


その原因であるコムイが今、目の前にいる。
ずっと会いたかったコムイがいる。


「……何があった?!」
「……コムイ……っ」

アリィンはじっとコムイの黒い瞳を見上げた。


会いたかった。

声が聞きたかった。


もう会えないと思っていたのに…………!


アリィンの両手がコムイに抱き付こうと勝手に動いてる。


アリィン……!」
「……っ……!」

だけど、同時に無理して笑っていた感情が耳で囁く。




――コムイに心配かけてはいけない――


――コムイは自分の仕事の事だけ考えていてほしい――



――……コムイは迎えに来ない……だから……――





コムイの背中に回りそうだったその両手は、何かに触れる事なくだらんと降ろされる。

「……へい、きだから……」

俯いたまま静かに呟く。
そして泣き腫らした顔に最大限の笑顔を作った。

「大丈夫、平気だから……!」
「……っ……アリィン!!」

コムイの止める声も聞かずアリィンは走り出した。
初めて見たその光景にアリィンの後ろ姿を見続ける事しかできなかった。



「……泣いている……アリィンが泣いていた………」



君には……もう僕が必要ないのだろうか……



「……違うな……」


君は一度も涙を見せなかった。



僕は……ずっと昔からも今も、君の拠り所とはなれないんだ。



………それは僕が望んだ事だから。











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コムイ兄さんの愛してる発言が恥ずかしい…
ちょこっと昔話もできましたね。
ヒロインがまだ若いので無邪気っぽい台詞まわしが楽しかった。

兄さんと別れてからのヒロインには色々とあったようです。
まぁ、その辺はまた追々出していきますので。