「へ?修さんとクレアさんを結婚させる!?」
「ええ、何だかそういう事になってしまいまして」
ハヤトとあすかの結婚をどうやって修に認めさせるか。
啖呵を切ったものの、どうしたらいいのかと悩んでいた矢先に聞かされた案に琉奈は驚きを隠せなかった。
一体どんな作戦会議がなされたのだろう、あすかの口ぶりでは誰かの強行案らしいが。
修とクレアを結婚させる事がハヤト達とどう繋がるのか、
詳細を聞かされて琉奈は呆けたように頷いた。
「……まぁ確かにクレアさんに男の影があれば、修さんも焦って結婚する気になるかもしれないけど」
クレアの推測によると修は結婚に良い印象がないらしい、事実かは疑わしいが。
そうだと仮定して、2人をまずくっつけて結婚は良いものだとわかってもらう。
そうすれば自分が結婚した手前、修もハヤト達の結婚に文句が言えなくなるだろう、という手筈らしい。
「そんなに簡単にいくかな……?」
相手はあの頑固で偏屈な幼馴染みだ。
どうも穴がいくつもあるような気がしてならないが、他に良案がすぐ浮かぶ訳もなく、
協力を頼まれている琉奈は不安感が拭えないながらもその作戦に賭けてみる事にした。
「でもとりあえず私も協力するよ、2人には幸せになってもらいたいし。
あの『自分の意見が絶対』っていう鼻っ柱を一度へし折ってやりたいと思ってたんだよね!」
「そ、それはちょっとやりすぎなんじゃ……」
2人の結婚の為、そして修への仕返しと好奇心の為に琉奈は拳を握り締めた。
「よーし、修さんを負かしてやる!」
初めは、こんな悪戯心からだった。
5・反作用の波紋
修とクレアを結婚させる作戦。
簡単に言えばクレアに男の影をちらつかせて修を焦らせ、クレアが誰かに盗られる前に結婚まで踏み切らせようというもの。
その偽の新恋人として白羽の矢が立ったのは、可哀相な事にシュトルムツェンダーのハイネルだった。
(いいのかな……あんな真面目そうな人を利用しちゃって……)
グーデリアンも完全にノリ気だし(というか彼が言い出した)、ハヤト達も結婚したくて必死のようで。
それでも影ながら協力しようという事で、琉奈はホテルのロビーで修を待ち伏せた。
「修さん、いいお酒があるんだけど飲まない?」
まず最初の作戦は、クレアとハイネルが仲良く食事をする光景を写真に収める事。
それをさりげなく修に見せ、クレアが他の男に惹かれていると自覚させるというものだ。
2人が食事をしている間、修は別の場所にいてもらう必要がある。
引き留める役を任された琉奈は、興味をそそらせるようにワインボトルをちらつかせた。
だが修は厳しい顔で眉を潜めただけ。
「媚を売ってもハヤトとあすかの結婚は認めんぞ」
「違うよ。何て言うか……仲直り?」
とばっちりで琉奈の結婚話にまで発展し喧嘩になったのは記憶に新しい。
普段は譲歩などする筈もないが、意地っ張りな琉奈が珍しく歩み寄りをみせた事で、修も言い過ぎたと反省したのかボトルを受け取った。
目が合えば言い争いばかりしている2人には、落ち着いて話し合いをする為の手段が確立されている。
……穏便に済む事は滅多にないが、とりあえずは一時休戦するというサインだった。
「……明日も早いぞ、起きられるのか?」
「そんなに深酒しませんよー」
修が承諾の意味を込めて笑ったので、しめたと思い部屋に行こうとすると――
「オーナー!大変なんです!」
「ん、どうした?」
遠くからもの凄い勢いで走ってきたのは結婚反対派のめぐみ。
雲行きの怪しそうな顔付きに何だか嫌な予感がしてきた。
「2人を結婚させる会だと!?」
「そうなんです!彩さんとグーデリアンさんが、風見さん達の結婚を石頭の頑固親父に認めさせるって!」
「……ほ~う、その石頭で頑固親父とは私の事かな?」
「う、あ、グーデリアンさんが言ってたんですっ!
それで今もハイネルさんとかと"ハンザ"っていうレストランに集まって、何か企んでるんですー!」
「っ!姑息な事を!何も物のわからぬバカ者どもが!!」
そうして修とめぐみは怒濤のごとくホテルを飛び出して行ってしまった。
「……あーあ、もう……」
琉奈は頭を抱えた。
蒸し返されたくない喧嘩の話題を持ち出してまで引き留めようとしたのに、完全に計画が失敗してしまった。
どうしたものかと考えあぐねたが、とりあえず修の怒りで無実なハイネルが被害に遭う事だけは阻止しようと、
琉奈はワインを預けて2人を追いかけた。
レストランに着いた時、何故かグーデリアンとハヤトとあすか、そして修とめぐみが入り口にいた。
中を覗き込むようにしていた"結婚させよう派"のメンバーは皆、鬼のように現れた人物に青ざめて。
当の修は棒立ちで一点を凝視している。
店内を覗けば、なんとクレアがハイネルの膝元で何やら怪しい行動をしているではないか。
……よく見れば、こぼれたワインをクレアが拭き取っているだけなんだが。
「クレアが……ハイネルと……!」
修の顔を見上げると案の定今にも噴火しそうなほどプルプル震えていた。
これは飛び出す一歩手前の状況だ。
ハイネルが危ない、いや店内にいる人達にまで被害が及んでしまいそうだ。
「は、早まっちゃだめだよ修さんっっっ!……って……え?」
「、…ク……クレアが…っっ!!」
修はもの凄い勢いで逆方向に走り、レストランから飛び出して行った。
怒鳴り込むだろうと誰もが思っていた矢先の事で、一同は唖然と消えた影を見つめていた。
(……何が、どうなったんだろ?)
修が食事会をぶち壊しにしなかった事で、一応は成功に近い結果となった。
当初の予定とは大幅に違うが、クレアが男といる場面は見せる事ができた。
あとは修が慌ててクレアと結婚しようという気になればいいのだと、グーデリアンは楽観的に断言する。
そんなにうまくいくだろうか、ハヤト達は首を傾げながらも淡い期待を抱いて店を出た。
ずっと修の行動が気がかりだった琉奈は、翌朝カフェで朝食中のハヤトとあすかに駆け寄った。
「ねね、昨日のやつって結局どうなったの?」
だがハヤト達の表情を見る限り、朗報はなかったらしい。
「今朝クレアさんは『何もなかった』って言ってたので、プロポーズはなかったみたいです」
「そうかー。意外だったよね、絶対修羅場になると思ったのに」
琉奈に対してもクレアは相変わらずの笑顔だった。
ハヤトとあすかも何か良い事はなかったのかと遠回しに尋ねてみたのだが、肩透かし食らったのだと言う。
「でも明らかに修さんの様子はおかしかったし、何かあるはずだよね?」
「そうですね……プロポーズのタイミングを探しているとか?」
「兄さんの事だからロマンチックなシチュエーションを大急ぎで用意してるのかも」
まだ進展には時間がかかるのだろう、3人はそう結論付けた。
しかし問題が発生したのはその日のテスト走行中。
遅れてピットにやってきたオーナーの顔にクルー全員がざわついた。
「……お、修さん?」
目の下には病気かと思うほどのクマが黒々とできていて、さらには目線や言動すらもおかしい。
めぐみやハヤト達への受け答えにも無感情で抑揚もなくて、何かのロボットのようになっている。
「熊は哺乳類クマ科、パンダは哺乳類アライグマ科に分類されて……」などと譫言のように呟いてはフラフラと歩く。
「ど……どうしちゃったのよ、兄さん?」
「ちょっと……修さん?」
クルー達も様子がおかしいと動揺して遠巻きにオーナーを覗っている。
琉奈が修の正面に立ち塞がってみると、焦点の合わない虚ろな目が眼前の人物をぼんやりと捉えながらも、
魂が抜けたようにまだどこかを彷徨っているようで。
「ああ琉奈どうした」
「どうしたって……頭から足の先まで変だけど……」
「わたしはなにもおかしくはないぞ。ああ、はやくしごとにもどりなさい琉奈」
「………」
おかしさを通り越して、もはや怖い。
ハヤトやあすかまでも一歩引いてしまっている。
(な、何でこんな事に……?)
ちょうどその時、天の助けとばかしにクレアがやってきた。
彼女なら修の様子について何か解決策を講じてくれるかと思いきや、いち早く反応したのは修だった。
「、クレア……っ!!」
「あら、修さん」
驚く事にクレアは、わかりやすいほど動揺している修を見上げても不思議がらなかった。
いつものようにホワンとした雰囲気で修が口をパクパクさせているのを見て「パンダ金魚?」などと命名していた。
「う、うわあああああああ!!!!!」
(お、修さんが走り去って逃げた……)
修が血相を変えて逃げていくのをクルー達はただ呆然と見ているしかできなかった。
スイッチが切れていると天然バリバリのクレア、さらに最大声量で叫びながら走るオーナー兼監督の修。
他一同は互いに顔を合わせ、悪夢でも見ているかのような気分に陥った。
「どうしましょう琉奈さーん!」
「……原因は、昨日の一件しか考えられないよね」
全てクレアが関係していると思われるし、それ以外に思い当たる節はない。
あの目の下のクマの濃さから察するに、夜も寝ていないのだろう。
クレアは「修さんが変なのはいつもの事じゃない」と対して気にもしていなく、
どうしようもなくなったハヤトとあすかは琉奈に縋り付いた。
「あの様子だと、昨夜のあれが相当ショックだったみたいね」
「まさか兄さんがあんな風になっちゃうなんて……」
女性問題に関してはあまり褒められたものではない修に、浮気をしていても何とも思っていないような態度のクレア。
修とクレアには確かな絆があるとわかっていたが、
一向に身を固めようとしない2人は本当に結婚する気があるのだろうかといつも疑問に思っていた。
だから結婚に踏み切るだとか、クレアの事で修が取り乱す所なんかは見た事がなかった。
クレアを見て逃げる。
それはつまり、現実を受け入れたくないからではないだろうか。
クレアに他の男がいる、クレアに恋人がいる、クレアに別れを告げられる、
それが嫌で逃げているのだとしたら修の行動に説明がつく。
「なんだ……ちゃんと人並みの感情持ってるんじゃない……極端だけど」
そんなに彼女が離れていく事が耐えられないのか。
だったら浮気なんかしなきゃいいのに。
ボソッと呟いた言葉はハヤト達には届かなかった。
「ほっとけばいいんじゃない?たまには良い薬だよ」
「で、でも……」
琉奈はどことなく不機嫌だった。
この一件の原因を作ったのは自分達だからと責任を感じていたハヤト達は、追いかける気のない琉奈を置いてピットを出て行った。
「……ふん、私より自分を見直せばいいのよ」
それから浮気の真相を確かめようと、クレアが取材の為に向かったシュトルムツェンダーのモーターホームに修は乗り込んだ。
しかし、またしてもそこには罠が仕掛けてありクレアの艶めかしい声を聞く事になってしまった。
実際には彩のマッサージだったが、完全に誤解した修が逆上し暴れだそうとした所でハヤト達が取り押さえる事に成功した。
気絶してしまった修の対処に困り果てた所で、のほほんとやって来たクレアに修を預けるしかなく。
そして目が覚めた修はコロッといつもの態度に戻っていて、昨日からの一件も全て忘れていた。
旧来の友人のブーツホルツとクレアの話によるとどうやら修の乱心は時々起こるらしく、
決まってクレアが他の男と一緒にいるだけで発症するらしい。
そしてひとしきり暴れた後、気絶しては全て忘れて元通りになると。
それを知っていたからクレアはあんなに平静でいられたのだ(ただの天然なだけの気もするが)。
「…何とも傍迷惑な人」
事の次第を聞き、琉奈は深いため息をついた。
「クレアさんなしに生きていけない……結婚とかと越えちゃった関係、ね……」
修をこらしめる計画は結局失敗した。いや、もしかしたら成功したのかもしれない。
元々の目的だった、ハヤトとあすかの結婚を認めさせようという問題は、
クレアの助言によりひとまずは結婚という単語を避け、一緒に暮らしたいと言ってみる事で落ち着いた。
もの凄く簡単な事だったが、これでハヤト達はようやく結婚への歩みを進められるようになった。
だが無事に一件落着したというのに、琉奈の心の靄だけは晴れなかった。
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ウェディング・ラプソディー話でした。
この話では終始ヒロインは後手に回っていましたね。
ヒロインの不機嫌の理由はまた後ほど。