実家の年季の入った客間のテーブルを前にして座る美弥と、その隣でいつもより神妙な顔付きでいる、帽子を脱いだ赤井。
そして向かい合って座っているのは、あんぐりと口を開けて固まっている両親。
彼を紹介したいと連絡した時は母親は驚きながらも喜んでくれたのだけど、玄関をくぐった赤井と対面すると予想外だと言わんばかりの困惑の顔になり、
そして身の上を証明する為に彼がFBIのパスを見せ、アメリカで暮らしたいという話をすると完全に言葉を失ってしまった二人。
無理もないと美弥自身でも思うので、情報を整理しようとしている沈黙に耐えひたすらに返答を待つ。
きっとこういう反応をされるだろうとわかってはいたけど、いざその空気に晒されると喉の奥から何かがせり上がってくるような緊張感が走る。
「FBIって……あのアメリカのか?」
「はい」
ようやく言葉を発した父親に、赤井は仕事の内容を掻い摘んで説明する。
それを聞いて次第に戸惑いの表情を浮かべ始めた母親が、視線を彷徨わせながら恐る恐るといった様子で口を開く。
「危ない仕事なんでしょう?それこそ大丈夫なの?どうしてわざわざそんな……」
「……うん、わかってる」
どうして、よりにもよって命の危険がある職の人を選んだのか、そう言いたいのだろう。
「アメリカに行くのも正直不安だし、危険な事だって多いと思うし、いつ……帰ってこなくなるかもわからない」
「…………」
「でも、日本にいて、普通の会社員をしてたって……死ぬ時は死ぬんだよ」
呟いた言葉は引きつっていたけれど、その意味にハッとして両親は俯いた。
"あの人"をこうやって正式に連れてきた事はないけれど元から両親も知っていたし、そして突然にいなくなってしまった事まで。
喉が熱くなりそうな感覚を抑え込んで、美弥は顔を上げる。
「絶対に安全なんてない……それでも彼と出会って、覚悟を決めたの」
大丈夫だよと伝えるように、心配そうな両親の目を真っ直ぐに見つめる。
「いつかは死に別れてしまうかもしれない。でも、それは誰だってそうだから……それまでは、少しでも長く一緒に生きたいと思ったの」
気が付けば目に涙が溜まっていた。
どうして泣きそうになっているのかは自分でもよくわからなかった。
「彼が、私を必要だと言ってくれたから……一緒に、アメリカに行きたい」
少し乱雑に目尻を拭えば、両親が互いに顔を見合わせている。
一呼吸置いて、隣の赤井が静かに身じろいだ。
「……確かに危険な仕事ですが、何があっても生き残り、彼女の元へ帰ると約束しました」
静かに、だけど強さを感じる声だった。
「どんな時も彼女を守ります。悲しませるつもりはありません」
多くを語らないけれど、それが虚言や出まかせではない事を美弥は知っている。
それが、どうか二人にも伝わってほしいと願った。
「彼女と共に生きる許可をいただきたい」
「……っ」
そうはっきり言われるとは思っていなかったから、動揺したのは美弥の方だった。
密かに喜んでいるのを隠すように俯き、両親からの言葉を待つ。
重苦しい時間だった。
だけどこれはきっと、二人が短い時間の間で必死に考えてくれているからなのだろう。
「……ええっと、秀一さん、でしたよね?」
「はい」
母親が、戸惑いながら声をかけた。
「貴方はこの子の……前の人の事をご存じですか?」
「ええ、もちろん」
「そう……ユキ君を失って、もしかしたら自分の娘は一生独身のままなのかと、思った事もあった」
学生の時からの全てを知っている母親の言葉に、我慢していた涙がぶわりと溢れそうになる。
「自分達がこの先老いていき、いなくなった後……離れて住む娘は独りで生きていくのかと、それが心配だった」
口には出さなかったけど、ずっと心配をかけていたのだろう。
ごめんねと、そんな思いが頭をよぎる。
「色々不安はあるわ……だけど、こうも言ってくれる人を無碍にしてはいけないとも思うの」
「お母さん……」
「それに貴方、悪い人じゃなさそうだから」
初めて母親が、小さく笑ってくれた。
美弥が赤井に対して思った第一印象と同じような事を言うので、少しだけ緊張がほぐれたような気がした。
母親がチラリと父親を窺う。
ずっと怖い顔をして喋らずにいた父親は何を思っているのだろう。
やっぱり反対なんだろうかと見つめていると、眉根を寄せていた父が長い息を吐いた。
「言いたいのはひとつだけだ」
視線を上げ、咎めるような複雑な表情で赤井を見据えている。
「娘より先に死なないでほしい。もう娘が泣く姿は見たくない、それだけだ」
「っ……」
結局は二人とも美弥を心配して、そして意思を尊重してくれるのだ。
その気持ちに感謝しかなくて、ついに涙が頬を流れていった。
「肝に銘じます」
ありがとうと呟く美弥の隣で赤井は静かに頭を下げた。
取捨選択
「何から何までごめんね、ジョディ」
「いいのよ。貴女の事情は知っているから」
「……ありがとう」
テーブル越しに書類を受け取り、丁寧にバッグの中にしまう。
それを見届けてコーヒーを口にするジョディは、しみじみとした声を出す。
「でも貴女が学生になるなんてね。なかなか決断できる事じゃないわ」
「それが一番いいかなって。英語も勉強できるし一石二鳥だと思う事にしたの」
本当はすぐにでも結婚してしまえば話は早いのだけど、それをせずに日本人の美弥がアメリカに住む為にはどうしたらいいのかをしばらく考えた時に、アメリカの語学学校に留学という選択肢を見つけた。
いくら勉強していても英語力はまだまだで、現地で本格的に学べるならと決めた美弥の行動は早かった。
英会話教室の先生達やジョディに相談して学校を選び、必要な課題と手続きを済ませ、アメリカに渡るビザも取得した。
留学の期間はアルバイトもできないけれど、元々少しずつ貯めてあった貯金があるので何とかなる。
「一緒に暮らすのだから金は気にしなくていい」と赤井は言ってくれるが、これはある意味美弥のけじめというか決意の表れのようなものだった。
「久しぶりに学校に通うのってちょっと緊張するけど、楽しみにも思えてきたから」
「そう思えるのがすごい事よ。それよりもこれでシュウの悩みの種が増えるのね」
「どうして?」
「だって、貴女のような日本人の女性が単身で学校に入るのよ。中でも外でも、悪い虫が際限なく寄ってくるって事なんだから」
「そうかな?若い子いっぱいいるだろうから私はそんな事ないよ」
真剣に首を傾げる美弥に、わかってないわねとジョディは苦笑を漏らす。
けれど頭を悩ます彼を思うと、面白そうだからそのままでいいかとそれ以上は言わなかった。
「会社は辞めたのね……」
「うん……辞める事にもっと悩んだりするのかと思ったけど、意外と迷わなかったよ」
「そう、決心がついたのね」
会社には留学するという話をして、職場の親しい人には彼についていく事をこっそりと報告した。
ずっと言えずにいて、色々訊かれてもはぐらかしてばかりだったから最後くらいは本当の事を伝えたかったのだ。
――「橘ちゃん辞めちゃうなんて~!だけど良い人できてよかった~!」
同僚の女の子は半分泣きそうになりながら自分の事のように喜んでくれた。
なんて優しい人だろうかと思った。そしてちゃんと言えてよかったと、美弥も頬を緩ませた。
「今までありがとう。何度も迷惑かけたけど、いつも助けてくれたから今日まで会社にいられたんだよ」
「ええ~そんな事言われたら泣いちゃう~!幸せになってね!たまには連絡してね!」
笑顔で送り出してくれた同僚に何度も感謝を伝えた。
そして何かと気を遣ってくれた先輩もやっぱり良い人で、よかったと笑ってくれた。
アメリカ行きを知った時は流石に唖然としたような顔をしていたけれど――
「居心地は悪くなかったから少し寂しい気もするけど、正直に言えてスッキリしたかな」
「良い会社だったのね。でも彼、いくら変装する必要がなくなったからって好き勝手動きすぎじゃない?この前の送別会だって、ほとんど牽制に行ったようなものじゃない」
「はは……そうかも」
すごく申し訳ない気はしたのだけど、美弥の為の内輪の送別会を開いてもらった時。
終わったら迎えに行くと言った彼を、やはり当たり前のようにどんな人だと知りたがった同僚や同じ部署の人達。
『どうしよう、みんないるよ』と短い文章をこっそりと送ったら、届いたのはいつもの『問題ない』で。
半分不安な気持ちで待っていると、店先に颯爽と乗り付けられたのはマスタングだった。
赤い外車に左側の運転席から出てきた全身真っ黒な出で立ちの目付きの鋭い男に、みんなが言葉を失った。
「えと……そ、送別会ありがとうございました!今までお世話になりました」
皆が呆気にとられているうちに頭を下げ、早々に彼に車に乗ってもらいその場を去ったのだが。
同僚達から質問攻めのようなメッセージを受け取る事になって、返すのが少し大変だったのは余談だ。
「やっぱり長い間変装してたから……素顔で外に出たかったのかな」
「見せびらかしに行ったのよ」
呆れた顔をするジョディに、それは確かにそうかもしれないと美弥は苦笑する。
でもみんなに見られたのはちょっと恥ずかしかったけど、嬉しいような気もしたのだ。
沖矢昴という姿ではなくて、彼が本当の美弥の大切な人だと言いたかった気持ちも少しはあるのかもしれない。
彼の話題でひとしきり喋って笑って、ふうと息をつく。
「書類はこれで全部揃ったわね?」
「大丈夫だと思う。……ジョディはそろそろ行くんだよね?」
「ええ、後処理はほとんど終わったから私達は先に戻るわ。次に会うときは向こうね」
「うん……」
赤井は美弥の為に最後まで残ってくれるが、一連の事件が解決したなら早々に戻るものだとは美弥もわかる。
だけど少しの間だけでも国を隔てる事に、やっぱり寂しいというか心細いような気持ちにもなって。
美弥が薄く笑って視線を伏せると、ジョディの明るい声が聞こえる。
「心配ないわ。私もいるし、なんなら以前に貴女に会ったFBIのメンバーはみんな貴女の味方だから、いくらでも協力を惜しまないわよ」
「ありがとう……そこまでしてくれて」
「もう仲間のようなものよ」
そう言ってくれるだけで有難くて、美弥も務めて明るく笑みを浮かべる。
「また会いましょう、美弥」
「うん。またね、ジョディ」
心強い友達ができた事に、美弥は誰にともなくありがとうと心で感謝した。
*****
「本当に新しい家じゃなくてよかったのか?」
「うん」
美弥の部屋の荷物をまとめていると、手伝ってくれている赤井がそう訊ねた。
最初、彼は一緒に住む為に新しい家を探すと言ってくれていたが、元々向こうで住んでいた家に住まわせてもらえばいいと答えた。
そんなに広くないぞと彼は難色を示したが、それでも美弥が住んでいる此処よりは楽に広いらしいので、別にわざわざ引っ越さなくてもそこでいいと思ったのだ。
「シュウが住んでる家がどんな所か見てみたいしね」
「特段面白いものもないと思うがな」
「そうかな?私にとっては新鮮な気がするし、シュウが住み慣れてる所の方がいいかなとも思うから」
「お前がいいならいいが……向こうに着いたらまずは掃除と場所の確保だな」
珍しく困ったように呟いた赤井。
忙しい仕事なのは想像がつくから、常に整理整頓して部屋を綺麗にというのは普通の人でも難しいのではないだろうか。
ものすごく几帳面な訳でもないし、きっと色々な物がそのままにしてあるのかもな、なんて思って美弥はくすりと笑う。
「大丈夫、片付けは得意だよ」
「それは頼もしいかぎりだ」
あちらに行ってやるべき事がある、そんな小さな使命感が何だか嬉しかった。
持っていくもの、送るものなどを選別して段ボールに詰めて、少し広くなった部屋を見渡すと何だか感慨深いような気持ちになる。
ここにはそんなに長く住んでいた訳じゃないけど、思い出は結構あるような気がする。
クローゼットに入れておいたユキの荷物は、一足先に他の荷物と一緒に美弥の実家に運んだ。
流石に持っていくつもりはなかったが、やっぱり処分もできないので親の了承を得て美弥の自室に置かせてもらう事にした。
学生時代を過ごしたあの部屋で、記憶と共に静かに眠り続ける。
(そういえば……あの時、どこに行ってたんだろう?)
赤井と一緒に実家に行って荷物を運び入れ、段ボールを置くにしても綺麗にしなきゃと掃除や整頓をしていると。
「少し出てきてもいいか?」と彼が言うので少し驚いた。
美弥にとっては慣れた町だけど、彼にゆかりがあるようなものはないはずで。
行きたい所があるなら一緒に行こうかと訊いたら一人で問題ないと答えが返ってきて、若干戸惑いながら頷いた。
結局一時間くらいでふらりと戻ってきた彼に、どこに行ってきたの?とそれとなく尋ねてみたが、周囲を歩いてきたと答えただけで具体的にはわからなかったのだ。
そんな小さな記憶を思い出していると、ふいに美弥のスマホが震えた。
それはメッセージでなく電話で、表示された意外な名前に慌てて通話を押す。
「もしもし?……どうしたの?うん、大丈夫だけど……え、こっちに?わ、わかった……」
困惑しながら電話を切ると赤井が首を傾げる。
「どうかしたか」
「亜里歌ちゃん……私の友達なんだけど、これからこっちに来て話したい事があるって」
亜里歌という名前は赤井も知っていた。
以前変装して外出している時に出くわした、ユキと繋がりのある友人達。
美弥にとっては罪悪感を呼び覚ましてしまう相手であるからなのか、あまり嬉しそうな顔ではない。
「近くで落ち合う事になったから、ちょっとだけ出てもいいかな?ごめんね、荷造り手伝ってくれてるのに……」
「いや、構わんが」
何の話題なんだろう、美弥はそんな事ばかり考えていた。
亜里歌の声もどちらかというと真剣なもので、近くに来たからちょっと喋ろうよなんて明るい空気でもなくて。
覗うような赤井を横目に、美弥は外出できる恰好に着替えてそそくさと部屋を出た。
自分の部屋は今まさに散らかっているし、立ち話では悪いような気がして、近くにある公園を待ち合わせに選んだ。
遊んでいる子供達を遠くから眺められるように並んでいるベンチのうち、ちょうど木の陰になっている静かな場所に座って、ふと気付く。
呆然と闇色の空を眺めていたら"シュウ"が目の前に現れたのは、確かここだったと。
懐かしいなと、そう思うようになった。
生き地獄のような世界から逃げ出したくて、知らない男性の胸に飛び込んだ。
そこから美弥の生き方が変わって、新しい選択をする事になるとは思いもしなかった。
複雑な心境に苦笑いしていると、かさりと砂を踏む音がした。
「亜里歌ちゃん……」
「ごめんね美弥ちゃん、待った?」
「ううん……」
少し慌てたような表情の亜里歌がやってきて、反射的に美弥は立ち上がる。
こうやってきちんと顔を合わせるのは、亜里歌と星司に赤井との事を打ち明けた時以来だ。
あの後はなんとなく気まずくて、メッセージのやりとりだってほとんどしていなかった。
その彼女が、わざわざ電話してきて美弥に会いに来て話がしたいと言うのはどういう事だろうと、ちょっとだけ怖くなった。
そう、自分は彼女にまだ言えていない事がある。
「アメリカに行くって、星司くんがユキくんのお母さんから聞いて……本当なの?」
「っ……うん」
「どうして教えてくれなかったの?知らないままだったら、そのままアメリカ行っちゃってたって事……?」
「…………ごめん」
咎めるような声に、やっぱりと美弥は目を伏せる。
ユキの母親には、実家に荷物を運んだ時に挨拶に行っていた。
優しい人だったからきっと美弥の事も心配しているだろうと思って、改めて報告をしたら案の定彼女は喜んでくれた。
「気にしなくていいんだよ。幸せになってね」と笑ってくれて、美弥はまた泣いてしまいそうになったけど。
だけど亜里歌と星司には伝えていなかった。
言った方がいいとはわかっていたのに、ユキを置いて新しい男とアメリカに行って新しい生活を始めますなんて伝えづらくて、今日まで言えずにいた。
先延ばしにしていた代償が、今の亜里歌の悲しそうな顔だ。
「言わなきゃって思ってたんだけど……何て言えばいいか、わからなくて……」
ちゃんと自分の口で報告しなければいけなかったと、今更後悔しても遅い。
失望されて、非難されても仕方がない。
俯きながら彼女の言葉を受け止めようとしたが。
「……私達、友達だよね?ユキ君がいなくても、友達だよね?」
「っ……」
ああ、まだ友達でいてくれるのかと思った。
軽蔑されてもおかしくないのに。
「私と、友達でいてくれるの?」
「当たり前だよ!最初聞いた時はびっくりしたけど、それで友達やめたりしないよ」
「っ……うん、ありがとう……」
その言葉が嬉しくて、だからこそ彼女の信頼を裏切るような事をしてしまって申し訳なかった。
亜里歌は、こんな美弥でもまだ見限らずにいてくれたのだ。
「だから、何も言わずにいなくならないで……もう身近な人がいなくなるのは、やだよ」
「うん、ごめん……」
「本当はアメリカに行ってほしくないけど、そこまで我が儘は言わないよ」
座っていい?と亜里歌が尋ねる。
隣を譲り、二人で並んでベンチに腰掛ける。
それから、ぽつりぽつりと色んな話をした。
アメリカに行く事になった経緯とか、向こうに行ってどう過ごすのかとか。
こんなにたくさんの話題を話すのは久しぶりだった。
それこそユキがいなくなってから、お互いに何を話していいかわからない事が多かったから。
ようやくお互いに笑えてきた頃、新たに足音が聞こえた。
「星司君……あっ」
やって来た星司が大事そうに抱えているものに目がいった。
産まれたと連絡はもらっていたけれど、姿を見たのは初めてだった。
「もっと、早く会ってほしかったんだけどね」
「……うん」
立ち上がって近寄れば、腕の中で静かに眠っている小さな命を見つけた。
「可愛い……」
くすぐったいような、生命の神秘を目の当たりにしたような不思議な気分にもなって。
少し前だったら苦い気持ちも芽生えていたかもしれないけど、今はもうそんな事はなかった。
「美弥ちゃん。寂しくなるけど、新しい所でも頑張って。俺達も少しずつ前に進んでるから、応援するよ」
「ありがとう……」
頭上の星司が穏やかに笑った。
進んでいいんだと、背中を押されているようだった。
「できれば、たまには亜里歌に連絡してあげて。すぐ寂しがるから」
「……うん」
くすりと笑えば、亜里歌が恥ずかしそうに目をそらした。
彼女は言わなかったけれど、もしかしたら連絡しなかった分だけ寂しい思いをさせていたのかもしれない。
「――あ」
「え?」
星司が声を出して美弥の背後を見るのでつられて振り返ると。
いつからいたのか、赤井がそこに立っていた。
「っ……」
シュウと、きっともう普通に声に出していいのだろう。
だけど外では言わないようにしていたから未だにその癖が抜けなくて、言おうとした言葉を飲み込んでしまった。
いつの間に来ていたのだろう。
けれど彼の事だから、きっと心配でついてきてくれていたのだろう。
「あれ、前に会った人とは、違う人?」
「あ、えっと……」
沖矢昴の姿とは雰囲気から何から違いすぎる。
別人に見えるだろうなと思いながら、ちゃんと説明しなければと美弥は彼を振り返る。
「同じ人だよ……ただ、あの時会ったのは普通の人っぽくしてた時で……こっちが、本当の彼なの」
こんな言葉でわかるだろうかと若干不安になる。
だけど変装していたなんていうと余計にややこしくなるし、けれど嘘はつきたくなくてこんな説明になってしまった。
亜里歌と星司はよくわかっていなさそうな顔をしていたけれど、二人がペコリと頭を下げれば赤井も小さく会釈を返した。
「見た目はちょっと怖いけど、優しい人だよ」
「そっか……うん、それならよかった」
声を潜めて言えば、安心してくれたのか亜里歌は表情を緩めた。
かと思ったら、亜里歌がすたすたと赤井に近付いた。
「美弥ちゃん、良い子だから……泣かさないでくださいね」
一見すると怖がられてしまいそうな風貌の赤井に対して、亜里歌は臆さずにそう告げた。
それこそが、彼女に大事な人だと思われている証なのだと美弥は実感した。
「本当は、連れてっちゃうのイヤだけど……っ、笑ってほしいから…」
「約束する」
赤井が端的に答えれば、満足したのか亜里歌は此方に戻ってくる。
そして何を言うのかと思っていると、おもむろに彼女が美弥を覆うようにぎゅっと抱き締める。
「元気でね……」
「……っ、うん……亜里歌ちゃんも…」
日本を離れる直前になって、大切な友達がいる事に気付いてしまった。
ユキと星司に連れられて出会い、一緒に時を過ごして笑い合った思い出が一瞬で蘇る。
自分はいつもユキの事ばかりで頭がいっぱいだったけれど、傍にいたのが亜里歌だったから楽しく笑えていたのだろう。
今までの分のありがとうとごめんなさいを思うと、勝手に涙が溢れた。
「ちゃんと、連絡するから……」
「待ってる……それで、いつかは会いに行くから」
そう頷き合い、名残惜しさを感じながら美弥は先に進むことを選んだ。
Top
両親への挨拶は必須でしたが、あまり長引かせる気はなかったので短めにまとめました。
※会社の先輩も沖矢の姿で会ってるので、あれ?と思ってますが、展開が被るので割愛しました。
きっとそんなメッセージが送られてきて必死で釈明したんじゃないでしょうか。