それはいつもより帰りが遅くなった日の、会社近くの駅での事。

石造りの駅前花壇の前でうなだれるように座っている女性を見つけた。
いくら駅の周囲は明るいからといって、こんな夜にぽつんと一人でいるなんてと思わず近寄って声をかけていた。

「あの……大丈夫ですか?気分でも悪いんですか?」
「……ふぇ?あー……私、寝てた?」

美弥の声に反応してゆらりと顔を上げ、長い髪で見えなかった表情が露わになる。
ぼんやりと瞼を瞬かせ、どこか間延びしたように喋る口調から察するに、どうやら具合が悪いというよりは酔っているらしい。
吐きそうとか、そういう感じではなさそうなのでひとまず安心したものの、じゃあと言って放っておくのは少し憚られた。

「ここで寝てしまうと危ないですよ?電車乗られるなら、一緒に行きますよ?」
「あー大丈夫大丈夫ぅー、呼んだからぁ」

呼んだ、とは誰かに迎えを頼んだという事だろうか。
力なく手をひらひらさせて俯いてしまった女性を見つめ、美弥はどうしようと悩む。
迎えがどのくらい後に来るのかわからないが、この様子ではまた寝てしまいそうだし、見たところ細身で若そうな人を置いていく事はできなくて、それならと女性の隣に腰を下ろす。

「うんー?どうかした?」
「もう夜も遅いですから、お迎えが来るまで待っていますよ」
「えーごめんねぇ、私これでも強いからー大丈夫よぉ」

まだどこか夢心地のように笑っているので美弥もつられて苦笑する。
知らない自分が一緒にいて迷惑かなとも思ったが邪険にされる事はなく、何となく悪い人ではなさそうな気がした。

「気持ち悪くはないですか?」
「うんー」
「ふふ。楽しいお酒だったんですね」
「みんなとカラオケしてぇ、めっちゃ歌ったわー」

初対面の人だけど盛り上がっているイメージが想像できてしまった。
美弥自身もそういう飲み会の経験はあるがはっちゃけて騒げるタイプではないので、それができる人が少し羨ましいとも思っている。

「あ、由美タン!」

遠くからそんな声が聞こえ、一人の男性がこちらに走ってくる。

「あれぇ、なんでこんな所にチュー吉がいるのぉ?」
「由美タンが呼んだんじゃないかー」

慌てて来たといわんばかりの眼鏡と無精ひげ、そして部屋着のような恰好。
血相を変えてやってきた所を見るに恋人なのかもしれない。

「お迎えが来たみたいでよかった。気を付けて帰ってくださいね」
「うん、ありがとねー」
「もしかして待っててくれたんですか?すみません、一緒にいてくれてありがとうございます!」
「いえいえ」

即座に頭を下げた男性に美弥は笑って手を振る。
優しそうな人だなと思いながら立ち上がれば、女性も恋人に抱き着くような態勢で支え上げられる。

「もー由美タン飲みすぎだよぉ」
「しょうがないじゃん楽しかったんだからー」

そんな事を言いながらも寄り添い合って歩き始める二人は何だか微笑ましい。
律儀に小さく頭を下げてくる男性に会釈を返し、美弥も駅の方へ向かう。

いいなぁ、と素直に思う。
美弥にとっての一番大事だった人はもういない、そしてもう一人知り合った人は簡単に呼び付けられる間柄じゃない。
だから穏やかな気持ちになりつつも、ちょっとだけ寂しさを感じながら家路についた。

そんな些細な出来事。
あの時はまさか、意外な形で二人に再会するとは思ってもいなかった。






虎穴の猫






「はあ……緊張する」
「そう気負わなくていい」

到着したお洒落なフレンチレストランを目の前にして美弥は重めの溜息を漏らす。
いつもだったら雰囲気の良さに心を躍らせていただろうが、今日はただ食事に来た訳ではない。

ついにこの日が来てしまった。
服装はおかしくないか、身なりはきちんとできているか、落ち着かなくてソワソワと何度も視線を彷徨わせる。

美弥
「うん……」

大丈夫だと言わんばかりの優しい声にぎこちなく顔を上げる。
変装もしていない、今日に限ってはニット帽すらも被っていない本来の彼が、気遣うように此方を見下ろしている。

赤井と出会ってから月日が流れ、色々な事が終わった。
FBIが追いかけていた世界的な凶悪組織は事実上壊滅したそうだ。
今は後処理をしたり逃亡した残党の足取りを探っているらしいが、もう必要はなくなったと言って彼は変装を解いた。
"沖矢昴"がいなくなった事にほんの少しだけ寂しい気持ちにもなったが、彼が不自由せず暮らせるならその方がいい。

だけど他の人もいる屋外で日の光に浴びている赤井の姿は未だに慣れない。
初めて会った頃はいつも家の中で夜だったし、外に出る時は変装と変声機のいで立ちだったから。
嫌だとかそういう事ではない、多分気恥ずかしいのだと美弥は思う。
出会ってから結構な時間が経った気がするのに、まだ新鮮な発見があるのは不思議な気分で。
ほら今だって、明るい場所で見る彼の瞳は僅かに色が透けて綺麗だと。

「どうした?」
「あ、ううん」

首を傾げられ、我に返った美弥は何でもないと笑ってみせる。
見惚れている場合ではない、今日は勝負の日だ。
そう、彼の母親に挨拶する日なのだ。

元々は赤井の弟が、恋人を母親や家族に紹介する場を設けるという話がきっかけだった。
良いタイミングだったのかついでなのか、なら美弥も連れていくと彼が言ったので会わせてもらう流れになった。
必要な通過儀礼だともわかっているけれど、弟やその恋人に会うのも初めてだし、母親にいたっては気に入ってもらえるのかが不安で仕方ない。

(ハーフの、シュウのお母さん……)

声にならないうわ言を繰り返し、手土産の紙袋を握り締めながらレストランの奥へと進んでいく。
レトロな木製の床で鳴るヒールの音が、一歩一歩進むたびにまるで心臓の音のように聞こえてくる。

「あ、兄さん!」

用意された個室に入る手前で、別の方角からやってきた男女の二人組。
赤井を兄さんと言っているという事は、彼の弟で間違いないのだろう。

「久しぶりだな、秀吉」
「兄さんこそ、無事でよかった。あれ、貴女は……?」

ちなみに弟が将棋のプロ棋士だという事を事前に教えられた時は本当に驚いた。
太閤名人なんて脅威の七冠を達成した人で、頻繁にメディアに取り上げられるから美弥でも知っている。
その彼が兄に笑いかけ、その次に美弥に視線をずらして少しだけ驚いたような顔をする。
有名人と話すのも緊張するけどちゃんと挨拶をしなければと頭を下げようとすると。

「以前に由美さんを介抱してくれた人ですよね?」
「えっ?」

予想外の言葉が飛んできて美弥は次に続く台詞を失った。
だけど秀吉と呼ばれた弟は目を輝かせながら後ろを振り返る。

「ほら、前に由美タンが酔っ払って駅で僕を呼んだ時!あの時一緒に待っててくれた人だよ!」
「ええ、いきなり言われても……私酔ってたからほとんど覚えてないし」

由美という女性が困惑したように笑っている。
その表情を見ているとじわじわと以前の記憶が蘇ってくる。

「……あ、あの時の?」
「そう、僕です!こんな所で会えると思わなかったなぁ!」

よく覚えてるなと感心してしまった。
一方の美弥は、慌てて迎えに来た彼と目の前の人の顔がすぐ合致しなかったのだけど、それも無理はない。
なにせ、あの時の彼は部屋着に無精ひげで、かなり生活感がある格好だったから。
まさかそれが太閤名人だなんて言われても結びつかなくて驚かされるばかり。

「なんだ、もう知り合いだったのか」
「知り合いっていうか、たまたま駅で由美タンを助けてくれた人だったんだ。
僕はてっきり友達なんだと思ってたけど友達とは駅に一緒に行ってないって言うし、由美タンも覚えてなかったからお礼したくてもできなかったんだ」
「そんな、お礼されるような事はしてませんよ」

自分は彼女の隣で座っていただけで本当に何もしていないのだ。
慌てて手を振るが、秀吉は嬉しそうな表情のまま美弥を見つめてくる。

「貴女だったんですね……兄さんが選んだ人がこんな素敵な人でよかった。兄さんは強くて一人で何でもできちゃう人だけど、どうか兄さんをよろしくお願いします」
「…………はい」

穏やかで誠実そうな眼差しで告げられて、自分はそんな大した人間ではないと否定するのも野暮な気がして。
純粋にそう言ってくれているのはわかったので、面映ゆい気持ちになりながらも美弥は真摯な気持ちで頷いた。
その隣で記憶を思い出せず気まずそうな顔をしている由美が対照的で、面白いカップルだなとそんな事も思った。

「部屋の外で何を騒いでいる、秀吉」
「あ、母さん」

個室になっているらしい部屋から出てきたのは美しいブロンドヘアの女性。
母、その単語を聞いて美弥は思わず背筋を正した。

「実は前に助けてもらった事があって。兄さんの恋人だって知ってビックリしてた所なんだ」
「そうか」

信じられないくらい綺麗な人だった。
彼の母親という事はそれなりの年齢なはずだけど、もっとずっと若く見える。
緩くウェーブがかかったショートヘアから覗く、意思の強そうな宝石のような瞳。
髪の色は違うけど目元が似ていて、ああ彼のお母さんなんだなって一瞬で納得してしまった。

「は、はじめまして……美弥と申します」
「こちらこそ。私はメアリー世良……今はもう赤井だな」

慌てて頭を下げれば、薄く笑ったメアリーから握手を求められおずおずと握り返す。
内心では失礼がないように必死になっているけれど、そういう事を抜きにすれば何だか格好いい女性だと思う。

「会えて嬉しい。息子に代わって礼を言おう」
「いえ、そんな……」
「あ、秀兄と美弥さんだー!」

さらにひょっこりと顔を出した真純が手をヒラヒラと振る。
赤井に似た眼差しと可愛らしい八重歯は何度も見た事があるからかちょっとだけ安心を感じる。
いい加減部屋に入ろうという事で皆で個室に入り、広々とした白いテーブルの席についた。

さきほどの美弥と同じように、由美が幾分か緊張した面持ちでメアリーに挨拶をしている。
やっぱり緊張するよね、と勝手に親近感を覚えながら眺めていると。

美弥さんがボクのお姉さんになるってなんか不思議な気分だけど、嬉しいんだ」

真純がニコニコしながらそう言った。
美弥が口を開こうとしたら、その笑顔が少しだけ翳って眉尻が下がる。

「あの頃は色々探っちゃってごめんなさい。ママの事とか、ちょっと複雑だったから……」
「ううん、事情があったんだと思うから……気にしてないよ。私の方こそ何も協力してあげられなくてごめんね」
「いいえ、美弥さんも大変でしたよね」

あの頃は怖かったのだ。
自分の不用意な発言で誰かを危険に晒してしまうのではないかと。
誰を信じていいかわからなかったから。

「だから、秀兄が生きてるって聞かされた時は驚きましたよ!でも、それ以上に生きててくれてよかったって思ったけど」

真純の視線を辿って美弥も隣を見れば、静かに座っている赤井が小さく笑う。
美弥が打ち明けられた時もそう、色々思う所もあったけれど結局全部許してしまえるのだ。

美弥さんは知ってたんですね、沖矢昴って人が秀兄だって」
「うん……言えなくてごめんね」
「いいんです。今は秀兄がいて吉兄もいて、お姉さんが二人も増えて嬉しい事ばかり。今はいないけど父さんも生きてたし」

行方不明だと以前に聞かされていた赤井の父親も、事件解決と共に生存が確認されたという。
だけど忙しい人なようで、後処理や仕事やらでまたすぐに海外に行ってしまったそうだ。
「生きているならそれでいい」と彼も言っていて、美弥からすると少し特殊な家族だけど見えない何かで繋がっているような気がしていいなと思った。

「またケーキバイキング行きましょうね!」
「うん、もちろん」

高校生探偵に見つめられていた頃が懐かしい。
今はもう屈託なく笑うばかりの真純に頼もしさすら感じて、美弥は笑顔を返した。

真純が隣に座るメアリーに話を振っていると、どこかから内緒話のようなものが聞こえてくる。

「てか、あんたのお母さんが外国人なんて聞いてないわよ!」
「え、いつもメアリー母さんって言ってたじゃないか」
「いや日本人にだってそれくらいの名前ないことはないから……てか、あんたってハーフだったの!?」
「母さんがハーフだから僕は厳密に言えばクォーターだよ」
「はあ!?あんたどうみても日本人顔なのにクォーター!?」

(似たような会話が繰り広げられている……)

以前の自分達を見ているようで、わかるわかると美弥は心の中で頷いた。

料理が運ばれてくると静かな食事が始まった。
メアリーは美弥や由美に何か訊ねてくる事もなく、基本的には真純と兄達の会話を聞いている事の方が多かった。
口調からして厳しい人なのかなと少し不安もあったけれど、家族への言葉には心配というか気遣いを感じて、決して冷たいとかそういう事ではないようだ。

「いずれは結婚式も挙げようと思ってるんだけど、それは僕が七冠を取り返したらって決めてるんだ」

秀吉が結婚の段取りを説明している。
今でも充分すごいと思うのだが、それは彼の中のけじめであるらしい。

「日本に戻ってきてもらう事になるかもしれないけど、兄さん達も式に出てくれるよね?」
「ああ、それはもちろん」
「やった!」

悩む事もなく即答する兄と素直に喜ぶ弟を見ていると微笑ましくて、仲のいい家族なんだとよくわかる。

「兄さん達は式の予定はあるの?」

結婚式の話をしているのだから、きっと自然な流れで此方にもその話が来るのだろうなとは予想していた。
だけど自分達は事情が少し違う。いや、最後の一歩を踏み出せない美弥が悪いのだけれど。
結婚式への憧れはある。だけどそういう事を考えると、どうしても浮かんでしまう顔があって罪悪感の方が強くなるのだ。
この場でそんな湿っぽくなる事は言えなくて、なんと答えようとチラリと隣を見ると。

「いや、今はまだ予定していない」

代わりに答えたのは赤井だった。

「まずはアメリカに連れていき、生活に慣れる事ができるかが最優先だな」
「そっか、そうだよね。兄さんの仕事の事もあるしね……」

(ごめんね、シュウ……)

さっさと結婚してしまった方が手続きも楽だと思うのに。
美弥の感情を優先して、だけど皆が納得できるような言葉にしてもらって申し訳なさすら感じた。
僅かに視線を落としかけていると小さく名前呼ばれ、隣を見遣れば「気にするな」とでも言いたげな彼の穏やかな眼差し。
その優しさにキュッと胸が掴まれた感覚がした。

「彼女は海外経験があるのか?」
「い、いえっ……ないです……」

メアリーの視線が此方を向き、ハッと我に返った美弥は咄嗟にそう答えた。
けれどそんな事言ってしまってよかったのだろうかと不安がよぎり、無意識に身がすくんでいく。
日本を一度も出た事がないのにアメリカで生活できると思っているのかと、反対されてしまうのだろうか。
自分が逆の立場だったら、そんな海外経験もないような人では安心できないと思う。

「……秀一、わかっているんだろうな」

彼に似た強い目が、じとりと隣の赤井を見据えた。

「国を出た事がない彼女がお前に従ってアメリカで住む、それがどれほどの覚悟かわかっているのか。今までの自分の世界を捨ててお前に付いていく彼女を後悔させる事はするなよ」
「わかっているさ」

予想外の言葉に、美弥はそろそろと顔を上げた。
メアリーは経験のない美弥を叱責するのでなく、赤井に自覚を持てと言った。
それはつまりどういう事なんだと内心で動揺していると、メアリーが幾分か視線を緩めて美弥を見る。

「知らない土地では不安な事も多くあるだろう。何かあったら遠慮なく頼ってくれていい」
「あ……ありがとうございます…っ」

美弥の存在は受け入れてもらえたのだろうか。
その言葉がとても心強くて嬉しくて、なんだか泣きそうな気持ちになりながら美弥は自然と深く頭を下げていた。

「今日はみんな集まってくれて嬉しく思う。息子達の元気な顔も久しぶりに見る事ができた。
この場にはいないが、務武さんも新しい家族が増える事を喜んでいる。またいつか会いたいとも言っていた」

食事も終わりに近づき、メアリーが締めくくるように口を開いた。
彼女の目が由美と、そして美弥に交互に視線を送る。

「息子達が自ら選んだ女性達だ、私から言う事は何もない。奔放な息子だが私なりに厳しく育てたつもりだ。息子をよろしく頼みます」
「い、いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」

力のある双眸と美しい笑みに圧倒されながら、それでも美弥はしっかりと言葉を返した。






「疲れただろう?」

帰り道、右側の助手席に揺られていると赤井からそんな言葉が。
溜息が多かっただろうかと、美弥は座席にもたれていた背中を少しだけ伸ばす。

「あ、うん、ちょっとね……でも何とかなった、かな」

ずっと緊張して気を遣っていたから流石に疲れてないとは言えなかった。
それでも達成感というか、良い成果があって帰ってこれたような気はしている。

「お母さん、恰好いい人だね。怖い人だったらどうしようって思ってたけど、もしかしたら優しい人なのかなって」
「大丈夫だと言っただろう?」
「うん……」
「長く父親がいなかったからな、その分も担おうとしてああなったんだろうとは想像がつく。実際に腕っぷしは強いがな」
「う、うん……そんな感じがする」

一般家庭だとはとても思えないから、メアリーもきっと普通の人じゃないんだろうなと美弥は思う。
何をしている人なのか知りたい気もするけれど、どうしてか聞くのが怖いような気もしている。

「でも秀吉さんは良い人そう……って、将棋の七冠なんて全然普通じゃないんだけど」
「そうだな。あいつの記憶力には誰も勝てん」
「由美さんは綺麗だし……ふふ」

一人で思い出し笑いをする美弥に、赤井の不思議そうな視線を感じる。


それは食事会が終わり、帰る直前に寄ったトイレでのやり取りの事だった。
手を洗っていると隣に女性がいて、顔を上げればさっきまで一緒にいた人だと互いに気付いて会釈する。

「あ、どうもー」
「はは……お疲れ様です」

場所のせいか、何だか気まずいような恥ずかしいような気分で美弥も苦笑する。
彼女も距離感を計っているのか、おずおずといった様子で此方の顔色を窺っている。

「ええっと……美弥さんでしたっけ?」
「はい。由美さんですよね?直接話すのがトイレで申し訳ないですけど、会えて嬉しいです」

彼女とも話してみたかったのだけど、今日はそれどころではなくて余裕がなかったのだ。
駅で見かけた人とこんな所で再会するなんて不思議な縁だとは思うけど、それはそれで感慨深いものがある。
美弥が笑ってみせると、どうしてか由美は無言で此方をじっと見つめたまま。

「…………」
「……?」

奇妙な無音の時間のあと、由美が大きく息を吐いた。

「はあー、あなたは普通そうでよかったわー」

安堵したといわんばかりの顔で、急に砕けた口調で話し始める由美。

「ほら、チュー吉は呑気な性格だから、どうせみんなのほほんとした家族だろうと思ってたのよ。そしたらなんかヤバめな目付きの人ばっかだし」

そういう事かと、美弥は納得した。
確かに駅で初めて会った時は酔っていたとはいえ、もっと気さくで親しみやすい印象だった。
今日はまるで借りてきた猫のようにお淑やかだったのは、きっと彼女も恋人の家族の前で無理をしていたのだろう。

(でも、こっちの方がいいな)

サバサバしていて、表裏がない方がいいと思う。
抑圧されていたのかペラペラと話す由美に、美弥もおかしくなって小さく吹き出す。
ヤバめな目付き人にはきっと、いや確実に赤井も含まれているのだろう。

「私はそれを見慣れてる方だから、家族の人もみんな似た感じなのかなってビクビクしてたんだけど……秀吉さんみたいに温厚そうな人がいて嬉しいというか助かるというか……」
「って……ごめんね、他人の彼氏ヤバいとか言っちゃって」
「ううん、そこは私も否定できないから」

妙な親近感を覚えてしまったのか、内緒話のように喋って二人で笑いあう。

「まぁ、仲良くできそうでよかったわ」
「私もちょっと安心しました」
「間柄で言えば私が義理の妹って事になるんでしょーけど、年齢あまり変わらないよね?」
「……そうだね、じゃあ畏まらずに喋ってもいいかな?」
「話がわかるタイプで嬉しい」

あっという間に意気投合し、お互いに頑張ろうと意気込んでトイレを後にした。


「――帰る前に由美さんと話したけど、楽しそうな人だった」

彼女も緊張してたみたい、と掻い摘んで話した。
詳しい内容までは言わなかったけど、くすくすと笑っていると赤井も頬を緩ませた。

「収穫もあったようだな」
「うん。友達になれそう、かな」

気疲れもしたけれど、今日集まる事ができてよかったなとも思っている。

「次はお前の両親だな」
「……うん」
「俺にとってはそっちの方が試練だ」

そうかもしれないと思ったけど、美弥は苦笑するだけに留める。
今日は一歩進めたのだから、次もきっと大丈夫だと自分に言い聞かせた。

さっきまでとは打って変わって、静かで落ち着いた車内。
安心して外を眺めていたら次第に眠気が襲ってくる。
彼も疲れているだろうに自分だけ寝てしまうのも悪いと思って何とか目を瞬かせていると。

「寝ていいぞ」
「でも……」
「気にするな、今日はよく頑張った」
「……うん」

低く心地よい声に誘われれば抗えなくなっていく。
ごめんね、と小さく返事をする頃にはもう意識が遠のいているのが自分でわかった。

「お疲れ」

後頭部を支えられる感覚、そして額に触れる柔らかい体温。
その温かさに浸りながら、美弥はゆっくりと目を閉じた。











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そしかい後、まずはご挨拶ですが顔合わせだけで終わってしまった。
メアリーが元に戻っていたり、お父さんが生きてるという設定です。