02
「えっ、幽霊?」
誘われて行けなかったキャンプの事を尋ねたはずなのに、話は思わぬ方向に進んだ。
「雨が急に降ってきて!」
「雨宿りさせてもらったお屋敷で幽霊が出ると聞いたんです!」
「オレ達の前で光がバー!ってなったんだよ!」
美弥が作ってきたケーキを食べながら子供達が興奮気味に言う。
皆の話をまとめると、キャンプに行った先で雨に降られてキャンプ場に戻れず、雨宿りで入れてもらった屋敷で幽霊を見たという事らしい。
「誰も乗ってない車椅子が動いたり!ドアが勝手に開いたり!」
「亡くなった奥さんの幽霊だそうで!」
「そこのおじさんが幽霊と話してるのを見ちまったんだ!」
「奥さんの幽霊、なの……?」
情報量が多くなってきて思わずコナンを見る。
美弥の困惑を読み取ったらしい彼は苦笑いをして要約してくれた。
屋敷の亡くなった奥さんが幽霊となって怪奇現象を起こしているんだそうで。
どうして奥さんだとわかるのかというと、会話をしたと屋敷の主人が言ったかららしいが。
子供達が真剣に話しているので全く信じていない訳ではないが、そもそもそれは幽霊なのかとか、半ば混乱状態である。
ケーキもそっちのけで美弥は必死で頭を働かせる。
「けど勝手に動いたのは風のせいだってコナン君が」
「幽霊の光は、灯台の光が反射したものだったそうで」
「幽霊の声はその家の兄ちゃんだったんだ」
「……そうなの?」
またしても振り向けば、コナンが説明してくれた。
幽霊の謎はコナンが解明したそうだが、さらに話は急展開を迎える。
なんと屋敷の奥さんが亡くなったのは、使用人の女性のせいだったというのだ。
「奥さんの幽霊と話をする旦那さんを見て、使用人のおばさんは事故の真相がバレてしまうんじゃないかと思って、旦那さんに劇薬を飲ませようとしたんだ」
劇薬を用意していたのは、別の居候の男性だったらしい。
彼が保険金欲しさにご主人を殺そうと企んでいた時に、ちょうどタイミングよく使用人の女性が焦っている事に気付き、
女性が劇薬で犯行に及んでくれるように仕向けたそうだ。
話がどんどん複雑になっていくので美弥は話を追うだけで精一杯だったが、とにかく幽霊は結局本物ではなく、
狙われたご主人も無事だったという事は理解できた。
「けど……すごいね。それみんなコナン君がやったんだよね?」
毒を盛られる可能性に気付いてあらかじめすり替えておいたり、仕掛けられていたマイクやスピーカーを見つけたり。
先を読んで動けるコナンの洞察力が子供のそれでなく、感心していると焦ったのはコナンだった。
「そ、そういうの見た事あったんだ!小五郎のおじさんがやってたから!」
「それが実行できるだけすごいと思うよ」
「た、たまたまだよ!あはは……」
笑って誤魔化しているが、彼が並外れた頭脳の持ち主である事は間違いない。
彼は隠したがっているが誇っていい事だと美弥は思う。
「羨ましいなぁ。私も、もう少し頭が良かったらな……」
「……美弥さん?」
もし同じ状況になったとしても、たとえ似たような事件を知っていたとしても自分にはコナンのような真似はできない。
(そう、コナン君のような能力が僅かでもあれば……)
少しは彼の役に立つ事ができるかもしれないのにと思う。
事件現場でも、美弥はいつも安全な場所で震えながら解決するのを待っているだけだ。
できるなら赤井の隣に立って、彼と同じ目線で物事が見られるようになりたいけれど。
「考えたって無駄よ。だってこの人、重度の推理オタクだそうだから。常人とは違うのよ」
「灰原ぁ……?」
バッサリと切り捨てたのは哀だった。
コナンは不服そうな目線を送っているが、澄まし顔の哀はどこ吹く風。
美弥を突き放したような言葉の裏で、気にしなくていいんだと言われているようで。
二人のやりとりを見つめながら美弥は小さく笑う。
「でも結局、キャンプは中途半端になってしまいましたねー」
「なー」
「またやればいいよー!今度は美弥お姉さんも一緒にやれるといいねー?」
歩美が目をキラキラさせて美弥を見つめている。
「おーいいなー!そしたらウメーもんいっぱい食えるな!」
「元太君は食べ物しかないんですか!?」
思い思いに喋った後はみな、じっと美弥の反応を待っている。
いくつもの期待のこもった視線に、じわじわと胸に広がっていく何か。
(やっぱり、あったかいなぁ)
美弥が頬を緩ませて頷けば、子供達が嬉しそうに沸いた。
そんな平和な一時を噛みしめた。
*****
「あれ、もしかして美弥さん?」
「え?」
一足先に阿笠の家から出た所で声をかけられた。
そこにいたのは、何度か顔を合わせた事がある中性的な見た目の女子高生だった。
「世良、真純ちゃん?」
「そうです、覚えててくれたんですね!」
以前にケーキバイキングに行く蘭や園子達と出くわした時にバスの中にいた人物で、その後にバイキングのリベンジをした時に初めて話をした。
人懐っこい表情で、ニッと笑うと可愛らしい八重歯が覗く。
利発そうでどこか強い眼差しは、何だか既視感を覚えてつい目が逸らせなくなる。
「奇遇ですね、こんな所で会うなんて。ボクもちょうどこの辺りに用事があったんですけど、ここって阿笠博士っていう人の家ですよね?」
「あ、うん、そうだね」
「ここの家の人と仲が良いんですか?」
「……それなりに、かな」
明るい笑顔で近寄ってくるが次第に、ただ偶然出会ったから世間話を、なんていう空気ではないような予感がする。
そういえば彼女は高校生ながら探偵をやっていると言っていた。
探偵と聞くとどうしても身構えてしまうが、顔には出さないように笑ってみる。
「そうだ!よかったらこれからお茶しませんか?すぐそこにバイクも停めてあるんで」
「あ、ええっと、私これから用事が……」
「少しの時間だけですから!ここで会ったのも何かの縁だし、その後もちゃんと送りますから」
「でも、……」
すぐ隣の工藤邸に行くつもりだったので言いよどむが。
じりじりと距離を詰められ、押しの強そうな涼やかな目に見つめられるとどうしてかはっきりと断る事ができない。
「行きましょ行きましょ!」
「え、ちょっ……」
あれよあれよという間に背中を押され、近くに停められていたバイクの後ろ側に乗せられてしまう。
美弥の抵抗はエンジン音にかき消され、回すように言われた腕はしっかり持たれ、気が付けばカフェに到着していた。
(どうしよう)
美弥はとりあえず赤井に遅くなる事を連絡しなければと、真純に隠れるようにスマホを取り出すと。
『迎えに行く』というメッセージが既に入っていた。
美弥の状況をちゃんと知っていて、そして迎えに来てくれる事実に密かに嬉しくなった。
「彼氏さん?」
「う、うん。ごめんね、この後約束があって」
「いえ、無理矢理誘ったのはボクだし。少し話してみたかっただけですから」
正面に座った真純が楽しそうにニコニコと笑っている。
「阿笠博士というと、コナン君達もよく一緒にいるみたいですけど、みんなとも仲が良いんですか?」
「……うん、みんな仲良くしてくれるよ」
もう一つ、既視感があった。
絡むような彼女の視線は、笑顔で此方の事を探ってくる探偵のそれだった。
ああ、だから自分と話をしたかったのかと納得してしまった。
この街には探偵が多い、そしてどうしてか美弥はいつも探られる。
初めは戸惑ったりもしていたが、流石に慣れてきた美弥もまた、笑顔で当たり障りのない言葉を返す。
赤井の傍にいるなら、それぐらいできなければならないんだと学んだ事だ。
「コナン君って、すごいですよね。洞察力もあって推理もできて、何度も事件を解決してる」
「それは確かに」
「小学生ぽくないなって、思った事ありません?」
注文したコーヒーカップに口を付ける。
喉をゆっくり温めて、カップをソーサーに静かに置く。
「どうなんでしょう?でも可愛いですよね。いつも私の事も気にかけてくれるから」
「へぇ、どんな風に?」
「うーん……優しくしてくれる、かな?だからあの子は信頼できる」
「そう……」
コナンは確かに子供っぽくない。
だけどそれに何度も助けられた事もあるから、美弥としては有り難く思っている。
彼はきっと色々な事を知っているはずなのにそれを晒したりする事もなく、美弥の事情もだいたい把握したうえで気遣うような言葉をくれる。
(何だか、シュウみたい)
似ているとは思わないのに、そういう所は共通している気がする。
だからいつの間にか頼りにしてしまっているのかもしれないと美弥は内心で笑う。
「阿笠博士といえば、灰原哀っていう女の子も一緒に住んでますよね?」
「……そう、だね」
「どんな子なんです?すごくしっかりした、大人びた子ってのは聞いた事あるけど」
「…………」
美弥は少し考える。
しっかりはしていると思うが、それよりも美弥が感じるのは。
「……友達みたいな子、かな?」
年上の美弥に対しても明け透けなく、ストレートな言葉を投げかけてくる。
それは逆に言えば、裏表がないという事で。
素っ気ない表情をしながら、だけど本当に冷たい言葉は口にしないから。
彼女がどう思っているかわからないが、美弥はどこか気の置けない友達のように思っている。
一回り以上も下の小学生に対する感情じゃないかもしれないなと、言ってから少し照れくさくなった。
真純は、そんな美弥のはにかみを静かに観察していた。
「あ……」
スマホが着信を知らせ、画面には沖矢昴の文字が表示されている。
「彼氏さん?」
「……うん、そう」
「沖矢って人ですよね?阿笠博士の家の隣に居候してる」
本当に彼女は探偵らしく、何でも知っている。
苦笑しながら美弥はバッグを持って立ち上がる。
「ごめんね、もう行かなきゃ」
「すごいですね。ボクが選んだ店なのに、よく此処だってわかりましたね」
「…………」
「ボクの方こそ引き止めちゃってごめんなさい。またみんなで一緒に遊びましょうね」
「……うん」
真っ直ぐな眼差しから逃げるように、美弥は自分の分の代金を置いた。
自分が払うと真純は言ったが、変に借りを作りたくなくて割り勘にしてもらった。
そそくさと店の外に出て、辺りを見渡すと。
少しだけ離れた場所に沖矢の車を見つけて自然と駆け足になる。
後ろに真純がいない事を確認してからドアを開けて、運転席にいる沖矢の姿が目に入るとようやく緊張が緩んだ。
「ごめんね、わざわざ」
「いや。家の前で堂々と攫われたら流石にな」
「……ありがとう」
安堵の息を吐きつつも、赤井には悪い事をしたなと思った。
本当はきっと自分で切り抜けなければならないだろうに、彼に来させてしまった。
(シュウに面倒かけてばかりだな……)
役に立ちたいどころか、足を引っ張っている気がする。
「何か聞かれたか?」
「何だったんだろう?目的はわからないけど、コナン君とか哀ちゃんの事聞かれた」
「そうか」
「この街って、探偵多いんだね……」
探偵の探りから逃れるのは神経を使う。
疲労感で溜息を吐くと、沖矢の小さく笑う声がした。
元々遠い場所でもなかったので、じきに工藤邸に戻る事ができた。
他人様の家ではあるが、此処に来ると安心するようになった。
終始細目をしていた彼も中に入ると変声機のスイッチを切り、眼鏡の奥の瞳を露わにする。
その貴重さを噛みしめるように見上げていると、やっぱり既視感を覚えた。
「どうした?」
「…………」
言葉もなく、ただじっと見つめていたせいで沖矢が首を傾げる。
気のせいだろうか、だけど初めて会った時からそれは感じていたから。
「あの世良って子の目……シュウに似てるなって……」
ポツリと呟くと、赤井の目が笑んだ。
「妹だ」
「え、……え!?」
あっさりと衝撃的な事を言うので思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「あちらは俺が死んだと思っているし、今の所変装にも気付いていないだろう」
「そう、なんだね……」
似ている訳だと、もの凄く納得してしまった。
彼の家族の話は聞いた事がなかったが、こんな近くに妹がいるなんて予想外だった。
どうしてか名字も違うようだが、それは美弥が踏み込む場所ではないのだろう。
「向こうは向こうで事情があって、色々と嗅ぎ回っているんだろうな」
「…………」
生きている事、家族には知らせないのだろうか。
だけど、彼は積極的に知らせたりしないのだろうなとも思った。
そもそも組織から身を隠す為に死んだ事にしたのだから、無闇に言うものでもないはずで。
美弥に深い事情までは推し量れないが、言わない方が家族を守る事にも繋がるのだろう。
(だけど、)
家族にまで黙っていなければならないなんて、大変だと思う。
ジョディや他のFBIの人達のように、死んだと思って悲しんでいる人もいるだろうに。
言いたくても言えないのは、苦しくはないだろうか。
「秘密にしてるのって……辛くない?」
「任務だからな、割り切ってやってるさ」
「……そっか」
美弥が思っているより彼は強かった。
余計な心配だったかと少し恥ずかしい気持ちでいると、するりと抱き寄せられる。
「だがお前に対しては、結構キツかったがな」
「…………」
冗談ぽく笑っているが、それは割り切れなかったという意味だろうか。
悩ませたり、葛藤させてしまったのかもしれない。
その特別感を嬉しく思うと同時に、彼の気持ちを思うと胸が締め付けられるようで。
自然と抱き返すように背中まで回した腕に、そっと力を込めた。
「生きてるって教えてくれて、ありがとう……私、シュウを独りにしないように、するから」
「……ああ、そうしてくれ」
自分がいるよ、なんて大きな事は言えないけれど。
彼が望むならいつまででも傍にいる。
ゆっくりと、強く抱き締め合えば、互いの体温が混じり合って一つになる。
慰めなんてできないかもしれないが、寂しい気持ちを少しでも紛らわす事ができたらいいなと思った。
――彼の支えになりたい。
そんな事ばかりを美弥は願った。
だけど、こんな自分でいいのだろうかとも、少し不安になった。
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キャンプ話はアニオリ「探偵団と幽霊館」から。