02-2
次の日、ゆったりとした朝を過ごした後、変装した沖矢の車に乗り込んで家を出た。
年代物のような、どこか可愛らしくも思える車を運転しているのが赤井だと思うと笑ってしまいそうになるが、それを抑えて美弥は動き出した車内で隣を見る。
「何処へ行くの?」
「そうだな、定番だがまずは映画でも見るか」
「…………」
何をするかは知らされていなかったが、まさか彼の口から映画なんていう言葉が出てくるとは思わなかったので美弥は目を見開いた。
それを、眼鏡の奥の細目がチラリと一瞥する。
「映画はよく見ると言っていただろう?」
「言ったけど、意外だったから……」
いつだったか、テレビで放送されている映画を見ていたら「好きなのか?」と聞かれた事があった。
こだわるほど好きな訳ではないが、話題になってるものはよく見に行くと答えたような記憶があるが、彼はそれを覚えていたという事だ。
一緒に行く人がいなくなってからは出掛けてまで見る事はなくなっていた。
「そうか?俺もわざわざ足を運ぶまではしないが、たまには悪くない。気分転換にもなるし、情報を入れておくに越した事はない」
「……なるほど」
彼は職業的にもそうだろうし、実際筋肉も細身なのにしっかりついているから、普段は外に出て活発に動くタイプなのだと思う。
だけど一方で家では静かにシャーロックホームズを読んでいるようなインドアな一面もある。
物語が好きであるなら、映画もそれなりに楽しめる人なのだろう。
それでも列に並んでまで鑑賞するタイプには見えないので、美弥に合わせている面が強いのかもしれない。
(普通のデートみたい)
きっと、あえてそうしてくれている赤井に密かに笑いつつも、デートだと自覚すると少しだけ緊張してきた。
彼がどういうジャンルの映画を見るのか、そんな会話をしているうちに目的地に到着する。
何を見るかは選んでいいと言われたので少し困ったが、ちょうど話題になっていた洋画でミステリー色の強いアクション作品があったのでそれにした。
ミステリーという事は謎を解明する要素がありそうだから、彼も興味が持てるかもしれないと思ったからだ。
映画は、結論から言うと結構面白かった。
途中謎解きの部分でわからない所はあったが、最後はアクションシーンが豪快だったので爽快感があった。
「あれってどういう意味だったの?」
「簡単な事だ」
近場のイタリアンでランチをしながら疑問に思った箇所をいくつか訊ねてみた。
ちなみにこの店も、何が食べたいか答えられなかった美弥に代わって彼が選んだ所で。
すんなりとここに決めていたので、多分ある程度候補を絞っていたのだろうなと思う。
沖矢の姿で慣れたようにフォークを使いながら、変声機を通した声で美弥の質問に一つ一つ的確に答えてくれる。
「凄い、一回見ただけでそこまで理解できてるなんて。私、全然わかってない」
この人が犯人かな?と思っても違っていたり、どうして主人公が犯人に気付いたのかわからなかったりするのだ。
目の前に頭の良い人がいるからか、自身の理解できなさ加減を余計に感じて美弥は苦笑するが。
「わかったからといって良い事ばかりでもない。先の展開が読めるという事は意外性がないからな。
お前のように一喜一憂しながら見た方が、本来の映画の楽しみ方としては正解だと思うぞ」
「そうかな……」
「面白かったんだろう?」
「それは、うん」
「ならそれでいい。今回は凝った作り方をしていたからな、俺もそれなりに楽しめた。だからそれでいいんだ」
「……うん」
優しいな、なんて思っていると、「今度はラブロマンスにするか」と至極真面目な顔で冗談ぽく言うので美弥は吹き出した。
一番見なさそうだし、普段の彼からは意外すぎるジャンルだったけれど、此方に合わせてくれた発言なのだろう。
さりげない次回の提案に、美弥の頬は自然と緩んだ。
ランチを終え、満足感に包まれた後は腹ごなしも兼ねてショッピングモールで買い物をする事になった。
好きな店に行っていいと言われるが、女性が多いエリアで彼を連れ回すのも悪いなと振り返ると。
「よく考えてみたら、お前が何を好きなのか、どういうものに興味があるのかを知らずにきてしまったからな」
この機会に知っておきたいから構わず好きなものを見ればいいと、彼は美弥に付き添うスタンスを崩さない。
行動を終始見られるのは気恥ずかしいが、美弥の事を知ろうとしてくれているんだと思うと温かいような気持ちになる。
いくつかの雑貨店やファッションブランド店を控えめに眺めていると、そういえばこんな風に歩くのは久しぶりだという事に気がついた。
今まではとてもじゃないがそんな気分になれなくて、塞ぎ込んでいる事が多かった。
次第に気持ちに余裕ができたのか、店内に一歩入ってお洒落なデザインの服を手にしては可愛いなと思ってみたりする。
「良い色だ、お前に似合うと思うが」
「えっ、そうかな」
背後から沖矢の声がして少し驚いた。
この距離感では本当に付き合ってるみたいだ。
(この人、本当にFBIなんだよね?)
中身が赤井だと思うと、おかしくはないが奇妙な感覚になるのだ。
意外と日本に順応しているらしい。
「いらっしゃいませ。そちらの色、彼氏さんにも好評なようですね」
「えっ、あ、はい」
どこからともなく現れたショップの店員に笑顔でそう言われ、美弥は色んな意味で困惑する。
(彼氏……)
確かに見た目は普通の大学院生なのだから、男女が二人で歩いていたら例え違っていてもそう言うかもしれない。
だけど改めて第三者からそう言葉にされると、嬉しさよりも戸惑いを覚えた。
違和感のような、後ろめたさ。
否定も肯定もしなかった沖矢を咄嗟に振り返ってみても、微笑んでいる彼の目から感情は読み取れない。
美弥の違和感も何となく知られたくなくて、視線から外れるように店員に試着をお願いする。
勢いで試着してみたが意外と悪くはなく、値段もそんなに高くないから美弥自身もそれを気に入った。
元の服に着替えてカーテンを開ければすぐ近くに沖矢がいて、また少しびっくりする。
「おや、試着した姿を見せてはくれないんですか?」
「……いるとは思わなかったの。でも良かったから買うね」
「そうですか」
よそ行きの敬語と笑みで、沖矢は美弥が持っていた服を手に取った。
「買ってくる」
「え、待って!そんな、いいよいいよ――!」
シュウ、と呼ぶ訳にはいかず思わず口を噤んだ。
沖矢さんと言ったらいいのか、それとも名前の方がいいのか、躊躇っている間に沖矢はさっさと会計に行ってしまう。
試着室から出た頃には既に支払いは終わっていて、ショップの紙袋をスッと渡された。
「映画もお昼も出してもらったのに……」
「それぐらいの甲斐性はあるぞ。いつも食事を用意してもらってるのだから、これぐらいは払わせてくれ」
「……ありがとう」
彼が礼をする必要なんてないと思うけど、それ以上遠慮しても悪いかと思って美弥は有り難く受け取った。
礼をしなければならないのは自分の方なのにと思いながら、構わず歩いていく沖矢の背中を追う。
「ねぇ、えっと……」
「ん?」
こういう公共の場で何と呼びかけたらいいかわからなくて、沖矢の顔をチラリと見上げる。
「沖矢さん、だと不自然かな?」
別に付き合っている訳ではないが、どうしたって周りからはそう見られる。
いちいち否定するのも大変だし、そもそも説明しようもないし、彼も何も言わないからそう思わせておけばいいという判断なのだろう。
そうであるなら、いつまでも名字呼びなのはさっきのような時に距離感としておかしいのかなと思ったのだ。
「ああ……どちらでも構わないが、昴でもいいぞ」
「じゃあ……昴さん?」
「まぁ、いいだろう」
美弥にとっては見た目がどちらであっても彼はシュウなのだから、そう呼びたい気持ちはあるが色々複雑なのでそうはいかず、
まだ名前の方が不自然さがなくなるだろうという事で落ち着いた。
正直な所、さん付けもしっくりこない部分はあったが、とはいえ"昴"を呼び捨てになんてできなさそうだから、それで慣れようと思う。
(シュウは言えるのにな……)
何も知らなかった頃は、沖矢に対してさん付けだったし敬語で話していた。
だけど"シュウ"に対しては、初めの出会いが普通ではなかったので、最初から呼び捨てだし敬語すらなかった。
彼を知る人達を見ていると、もしかして気安く話せるような相手じゃないのかなとも思ったが、結局その方が慣れているし自然だった。
沖矢が赤井だとわかってからは沖矢の姿に対しても普通に話すようになったが、こういう所で奇妙な違和感が残る。
そもそも自分達は順序というか、人として知り合う過程が逆だったような気がしている。
それがこんな風にショッピングをしているのだから不思議なものだと、美弥は苦笑しながら彼の隣に立つ。
「昴さんは、何か買わないの?」
「お前はもういいのか?」
「うん」
「そうだな……」
辺りを見渡しながら、指を顎に当てて考えている。
「頼み事、という訳ではないんだが」
「……うん」
ふと、彼が口にする。
こんな所で頼み事とは何だろうと思わず身構える。
「首が隠れる服で、なおかつ大学院生らしい恰好をするのは結構面倒なんだ」
「そうだね、確かに」
「俺よりもお前の方が流行りには詳しいだろう?だから、できればいくつか見繕ってくれると助かるが」
チョーカー型変声機を隠す為に沖矢は季節を問わずいつも首が詰まった服を着ている。
わざわざそれを選んで、かつ日本に順応したファッションを作るのは確かに大変かもしれない。
「うん……わかった、やってみる」
流行に敏感な訳ではないので期待に答えられるかわからないが、頼み事をされるなんて滅多になくて、使命感を燃やす美弥は拳を握りしめる勢いで頷いた。
適当なメンズショップに入り、とりあえず首の詰まったトップスを探し、それに合いそうなボトムスを選んでみる。
沖矢が無言で見守る中、うーんと唸る美弥にやってきた女性店員がアドバイスをしてくれる。
そしていくつか候補を挙げてみると、彼にそれを渡して試着してもらった。
「どう?」
「なるほど、自分では思い付かない組み合わせですけど、いいと思います」
試着室から出てきた姿を見て、美弥よりも隣にいる店員の方が「お似合いです!」なんて言って興奮している。
確かにスタイルがいいから何でも似合う。
沖矢は沖矢で、着せ替え人形な状態になっているにも関わらず文句ひとつ言わずに頷いて素直に試着して、見せてくれる。
それを店員と一緒になって、ああでもないこうでもないと言い合って熟考する。
「どうしよう、楽しいかも……っ」
どれを着せても恰好良いのだから、本人をそっちのけでつい夢中で選んでしまっていた。
ハッと我に返った美弥が振り向くと、沖矢は静かに笑っている。
「50:50だな」
「えっ」
「そうだろう?俺は服を選んでもらえて、お前は楽しんでいる。互いに利点があるなら何よりだ」
「……うん」
彼らしい発想だなと思った。
美弥としては、少しでも彼の役に立てたのなら喜ばしい事だ。
「素敵な彼氏さんですね」
「あ、はい、あはは……」
試着を待っている間に店員に耳打ちされ、美弥は話を合わせて苦笑する。
外に出るなら、こう見られるのも慣れなければいけないのだろう。
美弥が決めた服をまとめて購入した後は、カフェで少し休憩をしてから帰路についた。
車に揺られながら、本当に普通のデートだったなと思う。
気負わず、背伸びする事もない、穏やかな一日だったけどとても楽しかった。
(中身FBIなのに……)
美弥に合わせて、無理のないデートにしてくれたのだろう。
そんな気遣いに浸っているうちに、車は美弥のマンションの前で停まった。
「上がっていかないの?」
「休日全て独占するのも疲れるだろう?今日はこれくらいにしておく」
「……うん、わかった」
家事も残っているから有り難く思いつつ、少し寂しい気もする。
だけど美弥は素直に受け入れて微笑んだ。
「今日はありがとう。シュウと出掛けられて、嬉しかった」
最後にその名前が呼びたくて口にすると、彼の腕が伸びて唇が塞がれる。
「またな」
美しい色合いの瞳に笑われて、美弥がぼんやりしている間に彼は行ってしまった。
(深みにはまってるかもしれない……)
大切にされているかもしれない感覚が、むず痒い。
体で繋がっていただけのあの頃とは違う、この関係は一体何なのだろう。
嬉しく思う気持ちと裏腹に、心では違う何かが自分に呼びかける。
これ以上はいけないと、駄目だと、誰かが警鐘を鳴らしていた。
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やっとデートらしいものが。