15-2




事件は結局、阿笠が犯人を言い当てた。
お参りの時に元太にアドバイスをした女性が自白して無事解決に至った。

「博士、ありがとうございました。疑いが晴れて本当によかったです」
「あ、いや、ワシは何も……」

ほんの少しでも疑いをかけられていたので、美弥も犯人が判明するまでは気が気ではなかった。
後日にスリの被害者として事情を聞かれるそうだが、容疑者として警察に連行されたらどうしようと考えていたから、それがなくて安心した。
頭を下げた美弥に阿笠は否定をしかけ、だけど困ったように頷いた。

気が付けば時刻は既に夕方。
せっかく花見に来たのにできなくなってしまったなと美弥は桜を見上げる。

「ええ、そうなのよキャメル」

近くにいたジョディが電話で誰かと話している声が聞こえる。

「あの火傷の彼、シュウじゃなかったみたい。シュウが本当に死んだかどうかを確かめる為に、彼らが仕組んだ囮だったって所かしら」

(……囮?)

百貨店で見かけた彼の顔には、火傷の痕があった。
会話から察するなら、その彼はシュウではなかったという事らしい。

それはつまり、彼は本当に死んだという証で。
ほんの少しの希望すら打ち砕かれてしまった事を意味していた。

(シュウはもう、どこにもいない)

何の為の囮とか、それを仕組んだ彼らが何者なのかとか、美弥にとって重要なのはそこではない。
ただ再認識させられたその事実が、こんなにも簡単に心を抉っていく。

「…………っ」

勝手に流れていく涙に気付いてしまったジョディが、驚いて此方を見つめている。

「ねぇ、貴女……もしかしてシュウの事……」
「、何でもありません。失礼します」

無礼だとは思いながらも、美弥は顔を上げる事ができずにその場から立ち去った。
何食わぬ顔で子供達の輪に戻り、弁当やら荷物やらを抱えて早々に帰る準備をした。






「せっかくのお花見だったのに、桜全然見れませんでしたね」
「弁当だって食べ損ねたしなー」
「しょうがないよ。お弁当食べよう?」

阿笠の家に戻るともう夕食の時間帯になってしまったが、食べられなかった弁当を広げて小さなパーティーを始めた。
一応傷んでいるものがないかどうかチェックをして、大丈夫そうなものをテーブルに並べた。
子供達が夢中で食べている様子を、美弥はただ眺めている。

美弥さん、食べないんですか?」
「う、ん……あまり食欲がなくて」

光彦に気付かれるが、どうも胸がいっぱいで食べようという気が起きない。

「仕方ないさ、事件の現場に居合わせちまったんだから」
美弥お姉さん、元気だしてね?」
「ウマいもん食べたら元気でるぞ!」
「それは元太君だけです」
「……ありがとう、みんな」

コナンが言えば子供達も口々に美弥を気遣う言葉をくれたけど、本当の所はちょっと違う。
殺人事件を遠巻きにでも見てしまったショックも確かにあるけど、以前のクリスマス会の日に事件に巻き込まれた時だって、その後に普通にパーティーをしていた。

だからこれはたぶん、シュウの話を聞いてしまったからだろうと美弥は思う。
ジョディが電話の相手に話していた内容が頭から離れない。
その全てが理解できなくとも、彼と親しかった人から絶望的な言葉を聞かされて、自分は打ちひしがれているらしい。

優しい子供達は美弥をじっと見つめてきて、きっと笑うのを待っている。
ごめんね、と思う。だけど今はまだ、無理そうだ。
楽しい食事の席でいつまでも悲しい顔をしていてはいけないと、美弥は口元だけ必死に笑みを作って席を立つ。

「片付けだけやっちゃうから、みんな先食べてて。お腹空いたら食べるから心配しないでね」
美弥さん……」
「早く来ないとなくなっちまうぞー!」
「うん、わかった」

心配されているのはわかっていたが、美弥はそれすらも振り切ってキッチンに移動した。
洗剤を付けて容器を洗い始めれば、気を取り直したのか子供達の楽しそうな声が聞こえてくる。

(シュウ……)

ジョディは、彼の何だったのだろう。
仕事仲間だったのか、それともプライベートで付き合いがあった人なのか。
わからないけど、美弥の事を感付かれていなければいいなと思った。

結局、自分にはもう誰もいない。
わかっていたのに、思い知らされると苦しくて、泣いてしまいそうだ。

「おや、今日はお花見ではなかったんですか?」

突然聞こえた声にハッと顔を上げると沖矢が鍋を持って立っていた。
来客の音が鳴ったような気はしていたが、まさか彼だったとは。

「そのはずだったんですけど、殺人事件が起きてそれどころではなくなってしまったんです!」
「だからお弁当も食べれなくて、今やっと食べてるのー!」
「そうですか、それは災難でしたね」

大変だったんだと子供達が不満を口にすると、沖矢が眉尻を下げる。

「では、美弥さんは大丈夫なんですか?」

キッチンにいた美弥だったが、しっかりと沖矢と目が合って少しだけ慌てた。
意識的に避けていた彼が意図せずやってきてしまったので何だか気まずい。

「は、はい、何とか……現場は見てないので」
「ですが、あまり気分は良くなさそうですね。夜も更けてしまいましたし、家まで送っていきますよ」
「…………」

まだ事件のショックが落ち着いていないのも確か。
食事をする気分になれないのも確か。
何だか怖くて夜道を歩くのは不安だった事も確かで。

だけどたった今来た人に、全て見透かされるなんてと美弥は戸惑う。

(どうしてこの人は、私の事がわかるの?)

頼りにしてはいけない、そう思っているのに、彼は美弥が不快にならない言葉を選びながらすっと心の内に入ってくる。
嬉しいと思う、だけどそれと同じくらい怖いのだ。

美弥の返答を聞かないうちに沖矢は鍋を阿笠に渡して、車の準備で外に出て行ってしまった。
これは有無を言わさない、というやつだと思う。
だけど、どうしてか彼には抗えない。

諦めて美弥はみんなに帰る旨を告げた。
子供達は残念そうにしていたが、美弥に元気がない事も知っているのですぐに納得した。

美弥さん……」

駆け寄ってきたコナンが少しだけ声を潜める。

「昴さん、本当に美弥さんの事を心配してると思うから……昴さんなら、大丈夫だよ」
「……うん、わかってる。ありがとう」

以前に、安室と一緒にいたら『気を許しては駄目だ』と釘を刺された。
だけど彼に対しては違うんだな、と美弥は苦笑してコナンの頭を撫でた。

外に出れば既に門扉の前に車が寄せられていて、美弥はおずおずとドアを開ける。

「いつも、すみません」
「いえ、構いませんよ」

ゆっくり走り出した車内は静かなものだった。
沖矢に会うのは久しぶりで、何を話せばいいのか、何から切り出したらいいのかわからない。
元々彼もよく喋るタイプではないし、それを苦に思った事もなかったが、美弥が意識しているせいで今は無言の空間が落ち着かない。

(沖矢さん、気付いているのかな?)

美弥が距離を置いている事を。
何かを断ったりしてないのであからさまではないが、テニスコートの事件以降ではクリスマスに来たメッセージに返信したのが最後で、あれから結構な日にちが立っている。
今までの美弥だったら、お礼をする為に何かを作って持って行くぐらいはしていただろう。
電話で気を紛らわせてくれた事、結構嬉しかったというのに。

(また作ってほしい、って言われたのにな)

それをしないでいる事、彼はどう思っているのだろう。
気にしていないのかもしれないけど、以前より距離が開いているのは確かだ。
運転中の彼をチラリと盗み見ると、感情が読み取れない細目で正面をじっと見つめている。

美弥さん」
「は、はいっ」

ふいに話しかけられて、声が少し上擦った。

「後部座席にスープの入った容器がありますので、帰ったら可能であれば飲んで下さい。容器の返却は不要ですので」
「……ありがとう、ございます」

後ろを振り返ると、確かにそのような容器が置いてある。
あの短時間で用意してくれたのだろうか。

「食べられる気分ではないと思いますが、多少でも胃に入れた方がいい」
「何から何まで、すみません」
「いえ、僕がしたくてしている事ですから」

温かいな、と思った。
実際にスープに触れている訳でもないが、何だか心遣いが温かいと感じた。

気付けば美弥の自宅はもうすぐ近くという所まで来ていた。
気まずいと思いながら、だけどあっという間だったような気がする。

「僕の勘違いだったらすみませんが……」

マンションの前で車がゆっくりと停車して、気を許した瞬間だった。

「どうして貴女は、僕を見るといつも怯えたような目をするんですか?」
「っ……」

美弥はドキリと肩を震わせ、固まった。
何かを言われるかもしれないとは思っていた。
だけど美弥が予想していたものとは違う言葉を投げかけられて、二の句が継げない。

「貴女から見た僕は、そんなに恐ろしい存在に映っていますか?」
「そ、そんな事ないです……!」

美弥は即座に首を振った。
彼自身に対して恐怖を感じた事なんて一度もない。
なのに美弥が避けていたせいで、彼に勘違いをさせてしまったかもしれない。

「すみません、責めているつもりはないんです」

だけど彼はその読めない表情のまま言葉を続ける。

(違う、沖矢さんのせいじゃない……!)

違うんだ。
彼に怯えている訳でも、拒絶している訳でもない。

「本来、貴女を笑わせられるのなら他の誰だっていいんです。僕の前でも笑っていて欲しいと思うのは、此方の自己満足に過ぎないのですから」
「違うんです……沖矢さんは悪くなくて……っ」

彼を傷付けたくなくて、美弥は何度も否定の言葉を紡いだ。
ハンドルを握ったままの沖矢の顔を見上げ、だけどいつまでも見つめていられなくて目を伏せる。
しどろもどろになりながらも何とか言葉を絞り出す。

「いつも、助けてもらって……本当に感謝してます……っ、沖矢さんが嫌とかじゃないんです!これは、私の問題なだけで……だから、すいません」

だけど彼を避けている本当の理由も言えそうになくて。
どうしたらいいかと視線を彷徨わせていると、彼の左手が動いて手首を掴まれた。

「っ!」

ビクリと、美弥の心の奥が震える。
その強さが、掌の感触が……似ているから、やめて欲しい。

「……そんな顔をされたら、僕はどうすればいいんでしょうかね」

顔を上げて、懇願するようにふるふると揺れる眼差しはきっと怯えた色をしていたかもしれない。
彼の目の奥は覗けないのに、困ったような表情をしているのはわかった。
眼鏡を上げる仕草で、少しだけ癖のある茶色の髪がさらりと流れる。

(駄目だ、逃げられなくなる)

怖い、心が動いている自分が怖いのだ。
このままいけば、目の前の彼に今にも手を伸ばしてしまいそうだから。
そして代わりにしてしまうかもしれないから。

(私はまたいつか、彼に言ってしまうかもしれない)

慰めて欲しい、その一言を。

手を伸ばして、彼の首に腕を絡めて。
縋ってしまいそうな衝動を抑え込んでいる自分が、怖い。
今日は特に弱っているから駄目なのだ。

「勝手に触れてすみません。今夜はゆっくり休んでください」

すっと離れていった体温が物寂しくて、肌寒さを感じて、ぐっと喉が熱くなる。
だけどここで泣いたら彼を本当に悪者にしてしまう。

美弥は必死ですみませんと口にして、今度こそ頭を下げて車から降りた。
忘れずに手にしたスープの容器は、彼のようにほんのり温かかった。











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