昨日は酷い嵐だった。

凌雲山から見える雨足はそんなには強くなかったけど、
雨が上がった次の日の報告を聞いて私は開いた口が塞がらなかった。
思っていたより市井の被害は大きくて、川が氾濫した所もあった。
その処理の書類が机に山のように積み上げられて、一瞬目が回りそうで。

だけど私は書類整理より、被害に遭った市井の人達がどうしてるかの方が心配だった。

―――と、言うわけで・・・・飛び出してきてしまいました。







見上げれば鐘の音?








「わぁ・・・・・結構酷かったんだね」

琉綏に騎乗し、嵐の傷跡を眺めていく鳳綺
それは田舎のあぜ道になるほど酷くなり、至る所に水溜まりができている。

茶色い泥水が勢いよくうねりながら川を流れていく。
川幅も明らかに広くなっているし、倒された木まで混じっている。


「川も随分増水してる・・・・・・・・・・・あっ!!」


鳳綺は驚いて琉綏から落っこちそうになるほど身を乗り出した。
増水してる川の中に女の子が流されていくのが見えた。

「莉苑(りえん)ーー!!!」

遠くの方で家族らしき数人が必死で走って追い付こうとしてる。
だけど川の流れは速くて、どんどん間が離れていく。
女の子は何とか溺れないように頑張ってはいるが、体力がなくなるのは時間の問題だった。

琉綏!行くよ!」

鳳綺のかけ声と共に琉綏が嘶き、女の子目掛けて降下する。

「掴まって!!」

濁った水面すれすれまで近づいた所に、身を乗り出した鳳綺の手が女の子の小さな手をギュッと握りしめる。
それと同時に琉綏は高く飛翔して川から離れた所に着地した。

「大丈夫!?」
「ごほっ・・・・げほっ・・・!」
「莉苑!!!」


程なくして家族のような人達が走り寄ってくる。
まだ若い男の人、お兄さんらしき人が真っ先に駆けつけ女の子の肩を握りしめた。

「莉苑!!大丈夫か!?」
「ご・・ほっ・・・・お、お兄ちゃ・・・・!」
「喋るな!そのまま水を吐き出せ!」
「莉苑!」
「莉苑!!」

次に駆け寄ってきたのは母親と父親だろう。
座り込んでいる女の子・・・莉苑ちゃんを強く抱きしめていた。

「あ、あの!莉苑を助けていただいて、ありがとうございました!!」

母親は傍で満足げに見下ろしていた鳳綺に涙ながらに深く頭を下げた。

「いえ・・・・たまたま通りがかりましたので」
「あのままだったらどうなっていたか・・・・!」
「本当にありがとうございました!」

母親と父親に口々に言われ、鳳綺は恥ずかしながらも嬉しく感じた。
それまでずっと莉苑に付き添っていた兄は、やっと鳳綺気づいたかのようにバッと顔を上げ立ち上がった。

「ありがとう!ありがとう!!」
「えっ・・・・・あの・・・ちょっ・・・・・!」

突然、兄がギュッと抱きしめてきたので、鳳綺は顔を赤くさせながら両手を宙に彷徨わせた。
あまりにもきつく抱きしめられて息が苦しくなってくる奥で、両親が目を丸くしてこっちを見ていた。

「・・・・・・あ!!ごめん、つい・・・・!」
「い、いえ・・・・・・!」

兄はやっと状況に気がついたらしく、顔を赤らめて離れた。
ちょっと、気まずい雰囲気になってしまった。



「・・・・・・・あの、よかったら家に来ませんか?」
「え?」

莉苑を抱きしめた母親がニッコリと笑った。

「この子を助けて貰ったお礼です。すぐ近くだから是非、ね?」
「どうぞ、お茶ぐらいしか用意できませんけど・・・」

両親に迫られ、しょうがなく鳳綺は家に付いていく事にした。











「そうですか・・・・鳳綺さんは国中を飛び回ってるんですか」

父親がお茶を注いでくれた。

「はい、色々な場所を見るのが好きなので」
「・・・・お仕事は?」
「え、その・・・・・・関弓で、宿の手伝いを・・・・」
「へぇ~関弓!首都なんか一度も言った事ないですよ」
「あ、はは・・・あの!莉苑さんは大丈夫ですか?」

嘘を付いてちょっと良心が痛んで、慌てて鳳綺は話を変えた。

「大したことなくてよかったよ、もうすぐ来るはずだけど・・・・・お、莉苑!」

向こうの部屋から、莉苑と母親が飛び込むように入ってきた。

「莉苑、ちゃんと鳳綺さんにお礼を言いなさい」
鳳綺さん、ありがとう!!」
「いいえ、どういたしまして」
鳳綺さん、本当にありがとうございました・・・・!」
「いえいえ、当然の事をしたまでですから・・・・!」

鳳綺は段々恥ずかしくなって手を振った。
そしてコホンと咳払いをして母親の顔を見た。

「あの・・・・・いつもあんなに川が増水するんですか?」
「最近はね、昔と違って大分よくなってきたよ。氾濫する事もなくなったしね」


昔と違ってよくなってきた、その言葉が凄く嬉しかった。


「でも今日は・・・・・どうしても外に出ていかなきゃならない用事があって・・・・」
「俺のせいだよ」

突然聞こえた声の元を辿ると、兄が険しい顔で扉の所に立っていた。

「俺が莉苑を見てればこんな事には・・・・・!」
「あんたのせいじゃないよ。もう自分を責めるんじゃないよ」
「・・・・・・」

兄は黙り込んでしまった。
一瞬鳳綺と目があったが、はっと気づいたように兄は頬を染めながらまた俯いてしまった。


「でも、あの時に鳳綺さんがいて本当によかったわよ~」
「そうだな、命の恩人だからな」
「綺麗だし、物腰も凄く上品だし・・・・・・このまま鳳綺さんがずっと家にいてくれるといいな~」
「・・・・・・・え!?」

鳳綺は耳を疑った。
だけど母親は冗談に思えない笑顔を零し、父親までうんうん頷いていた。
莉苑も嬉しそうにピョンピョン跳びはねた。

「あたしも鳳綺さんにずっといてほしいな!」
「莉苑もそう思う?こんないい人めったにいないよね~」
「え、や、あの・・・・・・!」
「母さん何馬鹿な事言ってんだよ!父さんも莉苑も!」

兄だけが間に入って止めようとした。
しかし、母親も莉苑もニヤリと寒気がする目線で兄を見上げた。

「簡単な事でしょ~?鳳綺さんが玲輝と結婚すれば~~!」
「「え!?」」
「そうだ!お兄ちゃんと結婚すれば鳳綺さんはずっとここにいられるんだ!」
「ば、な、そんな事できる訳ないだろ!?」

玲輝と呼ばれた兄は茹でダコのようになって動揺した。
鳳綺は訳がわからなくなってしばらく茫然としていた。

「さっきなんか鳳綺さんに抱き付いちゃったしね~!」
「や、それは・・・・!」
「お兄ちゃん顔赤~い♪」
「~~~~!父さんも頷いてないで何か言ってよ!」
「・・・・・・・お父さんは、別にそれでもいいと思うぞ」
「はぁ!?」
「やったやった♪」
鳳綺さんがお嫁さんなら凄く嬉しいな~!」

「「鳳綺さんはどう思う!?」」

女2人にそう言われて鳳綺は後ずさりをした。


ほ、本気で・・・・・!?


「あ、あの、私・・・・・・・・!」
「ほら、鳳綺さんだって困ってるだろ!」
「じゃあ、玲輝はどう思ってるの?」
「えっ!?」

逆に聞かれ、玲輝は口をどもらせた。

「お、俺の事はいいんだよ!」
「だめだよ、ちゃんと言わないと!」
「そうだよ玲輝!こんなに素敵な人もう現れないよ!」
「だからって・・・・!」

「「どうなの!?」」

女2人の暴走は止まらない。


ほ、本当に私と玲輝さんを結婚させる気・・・・・・!?


そろそろ事態が深刻になってきた事を自覚した鳳綺は、目を泳がせる玲輝を見上げた。
その見上げた瞳は白銀で、玲輝は真っ赤な顔でゆっくりと見つめた。


「お、俺は・・・・別に・・・・・鳳綺さんがいいって言うなら・・・・・」


えーーーーーーーー!?!?!?


開いた口が塞がらないのは鳳綺だった。


や、あの、私結婚してるし・・・・・!


「じゃあ決まり~~♪」
「やったぁ~鳳綺さんがお嫁さん★」
「・・・・・・ウチも華やかになるなぁ・・・・・」
「あ、あの、私実はですね・・・・・・!」
鳳綺さん!よ、よければ・・・ずっと・・・いてくれませんか・・・・・?」
「はい!?」


さっきまで玲輝さんも止めてたのにーーー!


「そうしなよ鳳綺さん!」
「いや、あの、だから私・・・・・!」
「あ~~これでおばちゃんも安心して死ねるよ~!」
「そうだな、鳳綺さんなら家を任せられるな」
「お兄ちゃんのお嫁さんって事は~鳳綺さんはあたしのお姉ちゃんになるんだよね!!」
「そんな!母さん達気が早いよ!!」
「あの~~~!!」
「早く孫の顔が見たいわ~♪」
「え~!あたしがおばさんになっちゃうよ~!」
「でも、赤ちゃんは可愛いわよ~!」
「・・・・・・(父、頷いている)」
「わ~いいな!赤ちゃん育てたい~~!!」
「な、だから気が早すぎるって!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・あ、あの~・・・!!」


どうしようこの状況・・・・・・・


鳳綺は半分泣きそうになった。









コンコン・・・・・・・・







そこは扉をノックする音で一気に静寂が訪れた。


「は、はいどなたでしょう?」

母親が開けると、そこには長身の男の人が立っていた。
長い黒髪を後ろでまとめ、微笑を漂わせていた。


!!尚隆・・・・・・・何でここに!?


「すみませんが、こちらに鳳綺はいらっしゃいませんか?」
「え?はい、今お客さんとして来てもらってますけど・・・・・」

母親が鳳綺を呼ぶので、大きな瞳をさらに零しそうな程開いて近づいた。
尚隆は一瞬ニヤリと笑うと、突然鳳綺の視界は真っ暗になった。

鳳綺!何処行ってたんだ、心配したんだぞ!」
「え!?しょ・・・・・・ふ、風漢?」

めいっぱい抱きしめられて、身動きしようとするが尚隆は離そうとはしない。
でも、何となく芝居じみた台詞がどうもおかしい。

「あぁ!俺はお前がいなかったらこの先どうやって生きていけばいい!?」
「ちょっと・・・・風漢・・・!」
「一時でもお前を離した俺が悪かった!これからも絶対離さない!いや、もう離したくない!」

茫然とその愛の言葉達を聞いていたのは、家の中にいた4人である。
魚のように目がまん丸になって口をパクパクさせていた。

「ふ・・・風漢ってば・・!」
「そうか、この人達に世話になっていたのか!俺はてっきり迷子になったものかと!」
「あ、あのね、私が川で女の子を助けたから、そのお礼でって・・・・・」
「何だと!お前は・・・・本当に俺が認めた女だ!」
「え、う、うん・・・・・」
「さぁ帰るぞ!みんなが待っている!すまなかったな、鳳綺が世話になった」

「え、いえ・・・・・・こちらこそ・・・・・・」

これだけ目の前で見せつけられ、母親はそう返す事しかできなかった。
玲輝に至っては倒れそうなほど顔を蒼白にさせていた。

家族が誰一人何も言えないまま、尚隆は半ば強制的に琉綏に騎乗させ、空に飛び立った。












「え、えっと・・・・・・・尚隆?」

空に出ると一転して尚隆は真顔になって何も言わなくなった。

「何で・・・・あそこにいるってわかったの?」
「・・・・・・・・悧角が教えてくれた」
「・・・・・・あ。」

鳳綺はこうやってよく一人で玄英宮を飛び出す。
王后の身分で単身というのはさすがに危ない、その為に使令を遁甲させると尚隆に決められていた。
悧角曰く、ある意味鳳綺が危ない状況になったので玄英宮まで駆けつけたらしい。

「お前、あのままどう収拾つけるつもりだったんだ?」
「うっ・・・・・・・」
「俺が来てなかったらあの男と結婚してたんじゃないのか?」
「ま、まさか!」
「そうか?あの家族ならやりかねんと思うが」
「・・・・・・・・だからあんな芝居したの?」
「あの家族の顔、面白かっただろ?」

尚隆は悪戯が成功したような顔で後ろにいる鳳綺に笑ってみせた。

「・・・・・・・・ありがと」
「・・・・・・・・あの男がまんざらでもない台詞言ってたからな」
「尚隆・・・・・・もしかして嫉妬した?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

尚隆は何も答えず前を向いてしまった。
顔は見えないけど、否定もしないって事は・・・・・・・・・

鳳綺は嬉しくなって顔に花を咲かせて、『たま』の隣に接近した。

「ねぇねぇ、あの台詞はホント?」
「・・・・・・・・あんな臭い台詞、本当の訳がないだろう」
「でもあれだけペラペラ出てくるって事はさ、日頃考えてないと出てこないよ?」
「俺とお前を一緒にするな、これでも俺は王だぞ」

尚隆は中々首を縦に振らない。

「・・・・・・・・じゃあいつも妓楼で言ってるんだ!」
「・・・・・お前、本気で言ってるのか?」
「本気って言ったらどうする?」
「・・・・・・・・・・・・」

大きく溜息をついて、尚隆は正面を向いた。
真顔だったけど、それは全然怒った顔じゃなくて。

「・・・・・・・・・・嘘は言わん」


そう呟かれた一言が鳳綺の心に染みた。
いつもだったらキスでもして黙らせるのが尚隆の常套手段なのに、今日は言葉で返してくれた。

くすぐったくて、いつもと違って調子が狂う。
でも・・・・・・愛されてる気がしたんだ。


「・・・・・・・・・尚隆、ちょっとちょっと」
「・・・・・・・・・?」


鳳綺は手招きをして『たま』に騎乗している尚隆を近づかせた。
騎獣を挟んで、意味のわかっていない尚隆の袖を引っ張り、自分の唇を尚隆のに触れさせた。


「ありがと、尚隆・・・・・・・」


精一杯、尚隆にできる事だった。


「・・・・・・・・・・あぁ・・・」




尚隆が目を瞬かせる姿なんかめったに見れなくて、また尚隆の事が好きになった。











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いきなり結婚させられそうになって慌てるヒロインと、
オイシイ所をかっさらっていく尚隆様が書きたくて出来た話なので内容はおかしくておかしくて!
中途半端なギャグでしたね(ギャグですらない・・・・)
何なのあの家族!!(怒)・・・・・・という苦情はご勘弁を(笑)
ほら、結局最後に尚隆様が素敵に登場したから許してください。

たまにはこんな呑気話もいいのかな、と思ってみたり思わなかったり・・・(どっちだ)
尚隆に臭いセリフも吐かせられたので楽しかったですが。