手を伸ばすと広がる、私の国。
風の匂い
鳳綺は露台に手をかけた。
そこは王后となった私が住む後宮の奥にある。
下を見下ろすと険しい崖、地平線を描くのは雲海、その海に透けて見えるのが、雁の地。
「・・・・・・大きくなったよね・・」
私がここに来たばかりの頃も、確かに雁の国は栄えていた。
だけど今よりは大きくなかったと思う。
いくつもの月日が流れて。
やっぱり私の姿が変わる事はなかった。
この姿でいる時間の方が『人間』でいた時間より何倍も多いのに、まだ違和感がある。
・・・・・この玄英宮全てが変わらない。
鳳綺はもう一度雲海の下の街並みを覗いた。
街は今でも変わり続けている。
「鳳綺」
振り向くと、私の夫で延王、そして稀代の王がいた。
「・・・・・・・尚隆」
尚隆は優しく笑った。
初めて会った時から何も変わらない笑顔で。
尚隆も私も、変わる事はない。
変わるのは・・・・・・不安が募る心だけ。
「鳳綺、いつまでもいると冷えるぞ」
「うん・・・・・」
尚隆は私の髪に手をかざした。
「・・・・・・?」
目の前に葉っぱが差し出された。
「紅葉が髪に絡まっていた」
「あ、ほんとだ・・・・・」
尚隆が振ってみせると、真っ赤な色彩の紅葉がヒラヒラ舞った。
「もう秋なんだね・・・・・・」
「下はな」
ここにいるとあまり季節を感じない。
それも時間を感じさせない原因だった。
風に吹かれた紅い紅葉が、雲海に飛んでいった。
「・・・・ひゃっ・・・・・何、急に・・・・・?」
「何となく寂しそうだったんでな」
尚隆が後ろから私を抱いた。
尚隆の匂いがする。
背中に質量を感じながら、私は紅葉の消えた雲海を臨んだ。
「・・・・・下は変わっていくんだなって思ってね・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
回された腕が強くなった。
・・・・・・尚隆も寂しさを感じているのかもしれない。
いつまで生きるかわからない命。
止める事は許されない。
いつか苫珠が言った。
目的もなく生き続けるのは拷問だと。
・・・・・・・確かにそうかもしれないな、って最近思う。
この玄英宮は・・・・・・牢獄だから。
「・・・・・・尚隆は目的って・・・・ある?」
「・・・・・・何のだ?」
「・・・・・・・・王であり続ける目的」
「・・・・・・・・・・・・・」
尚隆が苦しそうに笑った。
「・・・・・・・・俺の命は民のものだ」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉が、『目的なんかない、生かされているのだから』と聞こえた。
風が頬に触れた。
私は振り向いて尚隆を抱きしめ返した。
悲しそうな背中を軽くさすりながら。
「・・・・・・じゃあ私は尚隆の為に生きてるんだね」
「・・・・・・何でだ」
「私は・・・・・・・人が笑って過ごす為に生きてる。人が笑えば、尚隆は笑えるでしょ?」
白銀の瞳が煌めいた。
「・・・・・・・・・・・・・そうだな」
ギュッと尚隆が強く私を抱きしめた。
それが・・・・・『ありがとう』と聞こえた。
「ねぇ尚隆・・・・・・執務終わったの?」
「まだ残ってるが・・・・・どうした?」
鳳綺が少女のように見上げた。
「・・・・・・お出かけしよ?」
俺達が生きているとわかる証。
俺達がこれからも生きていけると感じるもの。
それは・・・・・人の笑顔。
「珍しいな、お前から執務が残ってる俺を誘うとは」
「たまには・・・・ね?」
「それはいいが・・・・・お前持ちだぞ?」
「何が?」
「朱衡の怒り」
「・・・・・・・・・・・・・」
鳳綺の顔から血の気が引いていった。
「ま、まぁ・・・・・多分大丈夫。朱衡様、私には甘いから・・・・」
平静を装ってるけど、冷や汗が止まらない。
決心が鈍らないうちにと、鳳綺は尚隆の背中を押した。
「さ、行こ行こ!」
尚隆は苦笑しつつ足を進めた。
「・・・・・で、何処に行く?」
「う~ん・・・・・・あ、範がいいな。新しい氾王が登極したばっかりだし」
「・・・・・・・俺はあの男は気に入らん」
「そうなの?」
「お前は即位式に出てないからな」
「だって・・・・・公式なのは出たくないし・・・・」
しゅんと俯いた。
「・・・・・・まぁいいさ。なら朱衡に見つからんうちに早く行くぞ」
「あ、待ってよ・・・・・!」
鳳綺は尚隆の隣まで追い付いた。
「・・・・・・六太は誘わないの?」
「あいつは身代わり」
「・・・・・・・・・・・・・・」
風が薙ぐ。
月日の匂いを乗せて。
変わらない者達に時間を伝えて。
その風だけが、この牢獄に潤いを与える。
私達はその風を頼りにここを飛び出しては、また笑顔を貰う。
それが、私達が生き続ける糧であり、生きている証。
・・・・・・・・・・・・そして、また月日は過ぎる。
変わり続ける風は・・・・・・変わらず2人の間に吹く。
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ちょいシリアスで、ほのぼのに甘くない風味な話になりました(笑)
やっぱり生きていく上でこういうストーリーは必要だろって事で書きました。
ヒロインが王后になってから何年経ったのかは、分かる人にはわかる(苦笑)
藍滌様が登極したばっかですので(^_^;)