「はあっ!」
ザクリ、と骨まで届いたとわかる嫌な感触が刀身を通して鳳綺を襲う。
こればっかりは慣れないと、血に染まった剣を風に切らせた。
「あまり無理はするな」
「・・・うん。でもそれなりに成笙様に習ってるから、まだいける」
横目で隣を見遣れば、尚隆も滑らかな動作で剣の処理をしている。
もう相手はいないのだと悟って鳳綺は重苦しい溜息をついた。
――多い、それが2人の感想だった。
少し国に踏み込んだだけで妖魔が姿を現しては牙を剥く。
まだ数年は復興できないだろうに、今からこの状態では先が思いやられる。
あの、慎ましながらも確かに繁栄していた風土は、もう見る影もない。
散る刹那に交わす色
「ついに崩れるか」
「・・・うん・・・また、妖魔が増えるね」
こうやって、もう何度見てきただろうか。
国が成り立ち、栄え、そして滅んでいく最後を、嫌と言うほど目の当たりにしてきた。
「次の王が早く決まればいいんだけどね・・・」
「・・・・・・」
王が決まらなければ国は荒れる、それでなくとも麒麟が失道した頃から荒廃しているというのに。
「良い人、かな・・・今度は・・・」
「麒麟は面倒な生き物だ。選ぶ基準すら偏向して、だから虐げられる事になる」
王が立ったからと言って、その王が賢帝であるとは限らない。
初めは善政だとしても、10年、50年、100年後・・・それ以上まで不変に統治できるだろうか。
王は国内で絶対の力を持つ最上の地位であるにも関わらず、あまりにも危うい存在だ。
永遠に続いてきた国などない、いつかは必ず崩壊する。
近年では驚く程長く続いている奏もその可能性がある。
そして雁もいずれは――
「行くぞ、これ以上此処にいても俺達がやる事はない」
国が死んでいく様を無表情で見届け、だけど目を反らすように背を向けた尚隆に、
鳳綺は思わず後ろから強く抱きしめた、そうせずにはいられなかった。
「大丈夫だよ・・・・・尚隆は、大丈夫」
いずれは自分もこんな風に壊れるのではないかと、漆黒の王は案じているのだろう。
永遠なんてない、いつか虐げる側になると。
今はそうでなくても、この先・・・どう変わるのか尚隆自身にもわからない、だから怖いのだ。
それが痛い程わかっていた鳳綺は故に大きな背中を掻き抱いた、
どんなに国が栄えても時々どこか孤独そうな眼差しをする王を。
良いものか悪いものかはわからないが、確かに存在する闇を内に秘めて。
「もし、全てを投げ出したくなったとしても大丈夫」
貴方は変わったりしないからと、子供を落ち着かせるように。
自身から零れるこの笑みは一体何を意味しているのだろうか、鳳綺にも不思議だったけど。
それで貴方の心が少しでも軽くなるのなら、いくらでも差し出そう。
だから、そんな悲しそうな顔をしないでほしい。
「そうしたら・・・・・私が、命を賭けてでも貴方を止めるから」
――尚隆・・・・・貴方を見ていると時々、愛しくて切なくなる。
それが私の責任であり、貴方にできる最後の愛だと思うから。
「・・・・・・お前が傾国の女でなくてよかったよ」
ふ、といつもと変わらない笑みを漏らして尚隆はゆっくりと緊張を解いた。
そう、確かに彼は強張っていたのだ、その胸を痛ませるように。
「え?」
首を傾げてみせると、こちらを穏やかに見下ろしてくる尚隆がいた。
「お前が望むのなら、俺はいくらでも国を腐らせ破壊させていただろうな」
それは恐らく、紙一重の愛。
王を善にも悪にも導く、諸刃の刃。
「・・・それ、嬉しくない」
褒めたつもりだったのだが、と尚隆は拗ねてしまった最愛の妻の両腕に触れた。
「頼むから、俺を狂王にさせるなよ」
「!・・・する訳ないでしょ!」
もういい、と鳳綺は"たま"の背に乗り込もうとしたが、何を思ったのか手を止めて黙り込んだ。
やがて真剣な白銀の瞳が尚隆を振り仰いだ。
「・・・私はこれからも尚隆と一緒にいたい。
六太も苫珠も笑っていて・・・・・誰も泣かない世界で、
みんなが生きている街を尚隆と一緒に歩きたい。それで充分」
随分庶民的だね、と笑った声に呼応するように尚隆は腕を掴み、そのまま引き寄せた。
荒っぽい動作にも関わらず、鳳綺を襲った温もりは普段以上に優しく、
溶けてしまうのでは、そう思えるほど綿のような甘さだった。
「・・・っ―――」
唇から伝わったのは、不器用な王の確かな感謝の気持ち。
「なら、お前が望む世界を作ろう。お前が望む限り」
「・・・何言ってるの、王は尚隆なんだから自分で判断して統治してよ」
王の責任を押しつけないでほしいと鳳綺は微笑んだ。
尚隆の言葉が冗談なのだとは百も承知だ、だけど純粋に嬉しかったのだ。
鳳綺は手を伸ばすと背の高い男のこめかみから指を差し込み、髪を梳きながら頬を撫でた。
本当ならば男から女にやる仕草なのだろう、だけど構わず何度も往復させた。
「ねえ尚隆・・・・・・私、貴方を選んでよかったと思ってるよ」
「・・・何だそれは」
「尚隆は初めから色々考えて私を選んだのかもしれないけど・・・私は無我夢中だった」
ただ一緒にいたくて、自分を見て欲しくて。
同じものを見たくて、同じ目線に立っていたくて。
「あの頃は好きっていう気持ちばかりで、貴方の苦悩も闇も何も知らなかった。
全部・・・後から知ったんだよ。尚隆、自分の事はほとんど喋らないんだから」
こんなにも孤独を纏う人だと知らなかった。
こんなにも、切ない気持ちが溢れてくる人だと。
「もしかしたら貴方は私の制止も聞かずに国を崩落させる人になっていたかもしれない。
ほら、よく聞くでしょ?夫婦になった途端、乱暴になる亭主とか」
「そんな奴と比べないでほしいんだが」
「わかってるよ、物の例え」
気に入らない、と眉を寄せた男に鳳綺はクスクスと笑みを漏らした。
「だけど貴方はいつも、こうやって私の目を見てくれる」
「・・・・・・」
淡い銀の帯びた光が瞬くたびに輝いて。
この色を瞼に焼き付けてから、もう随分経つ。
それでも飽きない世界は、既に尚隆を形成する一部になっていて。
鳳綺という存在すらも延王として機能している。
「私を愛してくれる旦那様でよかったって・・・そう思う」
見くびられている気がしないでもないが、
尚隆はそれ以上不満を言う事もなく大人しく目を伏せていた。
鳳綺の涼やかな声も、じわじわと侵食しては凪いでいく風のようだと思った。
「それとも、心のどこかでわかっていたのかな?貴方が、こんなにも長い間国を治める人だって」
「少なくとも俺はわかっていたぞ、お前が俺を揺るがす人間だと」
「・・・揺るがしてはないよ、それは尚隆の方でしょ」
「どうだかな」
柔らかく、ほぐれるように微笑む尚隆が鳳綺は堪らなく好きだった。
いや、そんな言葉ではもう足りない程に。
「貴方を見てると・・・泣きたくなる」
あの頃は焦がれる想いで、そして今は恐い程の幸せと。
尚隆の孤独が伝染するように、胸を締め付ける。
後にも先にも、きっとこの双眸から溢れるものは・・・貴方への愛。
「ならば俺が拭い続けよう・・・決して枯れさせてしまわないようにな」
こんなにも尚隆の心を穏やかにさせたのは、他ならぬ鳳綺なのだから。
この白銀がある限り、自分はまだ王として生きていける。
どちらからともなく啄むように触れた唇を離すと、鳳綺は眩いばかりの笑顔を見せた。
「帰ろっか。また六太が拗ねてると思うから」
「ああ、それとお前の女御にまたどやされるのだろうな」
「う・・・という事は、もれなく私も苫珠に怒られるって事じゃない」
「朱衡の相手はお前がしろよ」
「えー!?私もあの方の笑顔恐いのに・・・」
そうして尚隆と鳳綺は、帰る場所である雁へと飛んだ。
―――まだ2人は前に進める・・・だから大丈夫だと、互いに言い聞かせるようにして。
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もの凄い久しぶりの突発ネタ。
切ない気持ちの中にも、確かな幸せを感じてもらえれば本望です。
どうしてもこういうテイストが好きみたいです。
ヒロインが剣を扱える設定、ずっと機会がなかったんですが、
少しだけでも久しぶりに出せて満足しています。
2009.9.23